忘れてください
私が初めて異変に気付いたのは、放課後の教室だった――
教壇の近くに立っていたのは、今にも声を荒げそうな女帝……いや、同じクラスの園田さん。
前の日に掃除当番を押し付けられた私は、案の定すっかり忘れて帰ってしまった。
怖かったくせに……忘れる自分もどうかと思うけど。
園田さんは先生のお叱りを受けたようで、目の前で腕を組んでいる。
「あんたのせいだからね……?なんかいいなよ。」
「あ、その……ごめんなさい。」
「……それだけ?もっとあるでしょ。言わなきゃ分かんないわけ?」
詰め寄られるだけで、肩幅が一段階狭くなった気がする……。
でも、どうすればいいのか分からない。
土下座?それとも……お金?
「聞こえてんでしょ……?はやく答えて。」
脳が答えを見つけられない……。
園田さんの声が、少し遠く聞こえる。
乾いた喉が、震える唇を裏切るようだった――。
((お願い……!!もう、どうか忘れてください――!!))
「なんでも言ってください!!私、こういうの分からなくて……!」
もう、どうにでもなれと、
半ばヤケになった私は、誠心誠意の言葉を吐き出す……。
視線を上げ、おそるおそる女帝の顔色を伺うと……
なんだか園田さんは、少しぽかんとしていた。
「……ん、えーっと?三上さん…だっけ。急にどうしたの?」
「あの、だから私……」
「あー、ごめん。あたし用事あるから。」
言うが早いか、スマホ片手に、園田さんはさっさと教室を後にした――。
私は、その背中を見送りながら、30秒くらいは茫然としていたと思う……。
目つきだけで人を殺せそうだった女帝は、急に私に興味を無くしたようだった。
さっきまでの話が無かったかのように。
(……忘れた?でも、どうして……?)
なにか試されているのだろうかと疑心暗鬼にもなったが、
翌日になっても、その後も、園田さんがこの話を蒸し返すことはなかった……。
少し前にテレビで見た特集が、ふと脳裏をよぎる――。
『あなたの周りにもいるかも?!世界中で見つかり始めた特殊能力者!』
たしか、数万人に1人って言ってたような―― 。
(そんなわけないけど……ほら、万が一もあるし……ちょっと、確かめてみようかな?)