契約結婚を提示してきますが、嘘おっしゃい! どう考えても私のことお好きでしょう!?
「いい加減認めたらいかがです!? 私のことお好きでしょう!?」
紅茶を片手に、真っ赤になって項垂れる公爵令息を問い詰めることかれこれ数時間。一体どうしてこんなことになっているのかと言うと、時を遡って説明しなければならない。
我がサファイア家は異国との貿易を行い、美しい品々を貴族に売りさばき、平民には生活を少しでも楽にする品を売り歩くことで栄えてきた一族である。
父の目利きが良いために、商売は大きく発展し、位の高い貴族と同じような、贅沢な暮らしが叶うほどの財力があったのだが――もっとも、我が一族は過剰な贅沢を嫌うのだが――、それがつい数週間前、もっとも交易のあった国との間に過剰な関税がかけられることが決まり、突然、うまくいっていたはずの商売に大きな支障が出るようになったのだ。
父は商売のルートを変更しようと尽力したが、がた落ちした売り上げは日が経っても戻らず、父は胃を痛めていた。そこに訪れたのが、ガーネット家の令息だったのである。
彼はロナルド。領地経営の手腕は非常に優秀であるのだが、女性相手には無口で冷たい、なんて噂もある。私は社交パーティーで何度か目にしたことがあり、また言葉も交わしたこともあるのだが、それも幼いころの話だ。もっと明るく柔らかい印象だったと記憶しているが、あてになるかどうかは分からない。
要件を聞かされていなかったサファイア家が慌てて彼をもてなしていると、彼は唐突に、私との結婚の「取引」を提示してきた。
「契約結婚だ。期間はサファイア家の商売が立て直せるまで。経済的な援助を約束しよう」
父と母が思わず顔を見合わせる。ロナルドはガーネット家特有の燃えるような赤い瞳でこちらを見ているが、内側にある表情を抑えようとしているような、曖昧な無表情を浮かべているのだった。白銀の髪は身動きするたびに光りを零し、ソファーに落ちる。
「ローズをその間僕の花嫁に。悪い条件ではないだろう」
彼は言い切ると、一口紅茶を飲む。上品なジャケットから伸びる細い指が震えているのを、私は見逃さなかった。
「お伺いしますが、私を一時的な伴侶にすることで、ガーネット家にどんなメリットがありますの」
「君は虫よけだ。僕と結ばれたいと寄ってくる娘が多すぎるからな」
「私の家が経済を立て直すまで、どれほど資金が必要だとお思いですの? 虫よけ程度にそれほどのお金を払うなんて、馬鹿げていると思いません? 他に目的があるのでしょう、仰ってくださいな」
私も優雅さを崩さないようにお茶を飲むと、一瞬、彼の頬が朱に染まるのが見えた。ああ、これは。その場の全員が察してしまう。
「もしや、娘のことが好きなのかい?」
恐る恐る尋ねる父に、ロナルドが固まる。どうしてこうも分かりやすいのか。
「別に君のことが好きではなく利益があるからで、でも君の家の商売が立て直せたら僕はもう不要だろう? だから結婚はそれまでで僕の虫よけになってほしくてこれは絶対的に契約結婚であって恋愛ではなく」
早口にまくしたてる彼に、私は思わず飲みかけていた紅茶をソーサーに戻した。
「あーもーごちゃごちゃうるさいですわ!! どう考えても私のこと好きですわよね!!??」
「断じて違う! 決して幼いころ、君の笑顔を見た時に綺麗だと思ったとか、そんなことはなく!」
「ご自分でばらしてどうしますの!?」
彼という人物のことはよくは知らない。噂というものはあてにならないから、他の娘があれこれ騒ぎ立てる話を、私は信じない。だけど彼が幼いころに浮かべていた笑顔そのままに育ってくれているのなら、彼のことを好ましく思うであろうことは想像が出来る。だから、契約結婚なんかじゃなく、生涯添い遂げても良いと思ったのに。そう思ったらなんだかおかしくなってしまって、彼という人物を知る会話がてら、契約結婚が言い訳で、私を好いていることを彼に認めさせようと思ったのだ。
そうしてかれこれ数時間問い詰めているのである。
「あなた領地の仕事は超有能なのにどうして色恋のことになるとどうしてそうもポンコツなのですか!!??」
「だって、君みたいな可愛くて優しくて賢い子に僕が相応しいわけないじゃないか」
「急に自信なくすのやめていただけませんか!?」
認めたかと思えば彼はしょぼくれてしまったが、彼と話していて分かったことは、謙虚で、仕事熱心で、領民を想っていること。そして本気で私の幸せを願っていること。彼と結婚すればきっと私は幸せになれるという確信が湧いて、思わずくすりと笑いが零れた。
「契約結婚ではなく、生涯、わたくしをお傍に置いてくださいな」
意気地なしなあなたのこと、好きになってしまいました。そう言えば、彼はかぁと顔を赤くして、顔を覆った。
「プロポーズは僕がしたかった」
「あなたさっきからずっとポロポーズしていましてよ」
微笑みながら彼の手を取ると、彼は鳴きだしそうな顔でふわりと微笑んで、私の手を握り返した。それから彼はポケットから小さな箱を取り出して、私に差し出した。
「指輪なんて準備ばっちりではありませんか」
「そりゃ、伴侶に迎える予定だったのだから」
差し出されたのはサファイアとガーネットが組み合わさって花の模様を描く指輪だ。それを薬指につけて、私はもう一度微笑んだ。式はいつにしますの? 尋ねると、彼は真っ赤になって顔を逸らした。