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AVG1,200  作者: 零尾右右
2/2

2日目:購買部

ここは均高の本棟1階、昇降口前。


「おい肘利、最近なんか良いもん入ったか?」


購買部が構えるこの場所では日夜生徒教師問わず色々な人が買い物に来る。昇降口の目の前に設置されている購買部はイメージとしては駅の構内にあるキヨ〇クのような回りに商品が陳列されているタイプの簡易施設とNe〇Da〇sのような小さめのコンビニエンスストアの部分が融合した構造になっており、二台のレジで全ての商品を管理している。


「……」


そこの店員、もとい部員である肘利・景作(ひじり・けいさく)は、高校という環境上、11:45~13:00と15:45~20:00までの間しか開店ができない購買部の部長を勤めている。彼は購買部専用の均高のロゴが入った紺色のエプロン、いわゆる購買部の公式ユニフォーム的なものを着ている。


「……」


何かに悩んでいるのかなかなか発声をしない。


「……?肘利?」


最近の良いものを聞いていた男子生徒はそのモジモジした肘利を見てさすがにしびれを切らしたのか、改めて声をかけ直した。


「……!」


思いついたのか思い出したのか何かを勢いよく探し出す肘利。ただ、レジ周辺には目当てのものはなく、仕方なく中から出てきた。そしておもむろに手に取ったのは小さなキャラクターのぬいぐるみだ。


「これは……なに?」


説明のしようがなくあたふたしていたが、レジ横にそのキャラクターの大きめのぬいぐるみが置いてあり、それには「売る造くん」と名札が付いている。


「売る造くん?……うん、これはなに?」


ゆっくりと首を傾げる肘利。彼にも売る造くんが何者なのかは分かっていないようだ。


「うーん、じゃあいつものこれ頂戴」


そう言って男子生徒はおにぎりとお茶を渡し、お会計を済ませる。買い物が終わった後は一生懸命肘利がお辞儀をしお見送りをする。すると、廊下の向こうからやや小走りの男二人がやってくるのが見えた。


「おい肘利!これなんだこれ」


小走ってきたのは万人と尾頭だ。これと言って手に持っているのは作りかけのUSBのように見える。


「これ、これ見て肘利!!」


万人が持っているものを尾頭も一緒に指差す。肘利は万人と尾頭と同い年の均高の2年生であり、平和維持部の部員でもある。


「……」


またもあたふたする肘利。それを見かねて万人があることに気付く。


「……あれ?肘利お前、スケッチブックは?」


そう言って万人が購買の中を見渡す。「あれ、ほんとだ、どこかに置いてきたの?」と言って尾頭も見渡す。ちなみに彼らの言うスケッチブックとは、我々が思い描くあのスケッチブックで差し支えない。


「あれ、何してるんですか?先輩たち」


そこに、一人の女子生徒がエプロンを着替えながら入ってくる。


「あ、おはよー夕妃ちゃん」


「おはよーございます、尾頭先輩!」


彼女は膝館・夕妃(ひさだて・ゆうひ)。均高の1年生であり、購買部の部員である。均高の購買部というのはその設備も含め近隣の学校からも注目が集まるほどの人気を博しているのだが、その7割8分がこの膝館の恩恵に預かっていると言っても過言ではない。


「どうかしたんですか?二人揃って」


「ああ、肘利のスケッチ(ブック)知らない?」


「え、なくなったんですか?」


「だから今会話ができない」


「それは困りますね」


膝館も捜索に加わる。そこで、肘利が何かを思い出してどこかにかけていく。


「……どこ行ったあいつ」


「どこかには行ったは合ってるんですか?」


「え、なにまさかこの状況に絶えきれなくて逃げたかもってこと?」


唖然とする3人だったが、かけていった方からすぐに肘利が戻ってきた。その手には探していたスケッチブックが抱えられている。


「あ、帰ってきた」


帰り着いた肘利はものすごい速度でそのスケッチブックをめくって文字を書き始めた。


〔良かった、どこかいっちゃったのかと思った〕


そう書いて3人に見せた。その状況に一切驚かない様子を見るに肘利の筆談というのは特段珍しいものではなく、日常茶飯事のようだ。


「よかったじゃん、どこにあったんだ?」


〔さっき学校運営部に家電の販売申請をしにいったんだけど、そのまま置いてきたのを忘れてた〕


「また家電の申請行ったの?通った?」


〔ううん、全く。高すぎるから学校で販売するメリットがないって〕


「まあ、うん、言っていることは向こうが正しい」


学校でする会話ではないのは確かだ。購買部が販売しているものは生徒アンケートの上位にくるもの、直接販売を依頼されたもの、そして購買部員が販売を希望するものに対して許可書を申請する必要がある。


〔今、炊飯器がスゴいんだよ?だって炊飯器一台で精米までできるんだって!〕


「お前、文字だとすげぇお喋りだよな」


極度の緊張しいであり、赤面症と失声症の合併症を患っている肘利にとって、対人における会話というのは九郎が絶えないものである。人前に立つとそれはさらに加速し、本来は店員として店頭に立つとなったら恥ずかしくてショートしてしまうくらいなのだ。ただ、万人や膝館の協力もあり、対人戦の克服と耐性をつけるために最低限の会話を筆談でできるようになったのだが、それが彼の中の会話欲を思う存分発散させているのだ。


〔ごめん、ちょっとオタクが出てた〕


そう言いながらペコッと頭を下げる。端から見たらピン芸人のネタ中のようだ。


「まああと置く場所がないよな、このスペースには」


「うん、だいぶものが多くなったよね購買も」


「そうですよね、あとは本当に必要ないってだけで」


「夕妃ちゃんそれはだけではなく真理なのでは?」


ただやはり口頭で会話をする人間の速度には完璧に順応できないようで、肘利は書いては消して書いては消してを結構繰り返している。


〔え、需要はあると思っていたんだけど〕


それでもかなりの速度で筆談ができているので慣れというのは恐ろしいものである。


「流石に炊飯器とか冷蔵庫とかは高校生にとって今すぐ必要って訳ではないしな」


「うん、あと持って帰るの大変そう」


〔……配送サービスも要検討、か〕


「部長、そういうことでは無いと思いますよ?」


悩んでいる肘利を横目に膝館が万人たちに視線を戻す。


「あれ、そういえば万人先輩たちは何しに来たんでしたっけ?」


「ああ、そうだった完全に忘れてた、これだよ購買部諸君」


そう言って万人はずっと手に持っていてやや熱を帯びた組立式のUSBをこれ見よがしに見せつける。


「ああこれ……」


〔ああこれ、あれだよね、新入生勧誘のパンフに入ってた〕


「そうですよね」


購買部の二人が顔を見合わす。


〔はいはいはい、これね〕


「なんだ、その顔は」


その時の肘利の顔は苦いものを食べた顔をしている。


〔あの、正直に言うと……〕


「超がつく欠陥品ですね」


「……え?」


「これはあの、私たち購買部と開発元の情報部の間では本末転倒商品と呼ばれていまして……」


「……はい?」


「あの……組み立ててもらえればわかるんですけど……」


それができねぇから来てんのよ、の顔×2の顔をしている。


〔維持部って機械強い奴いないんだっけ?〕


「出払ってる」


「素直にいないでいいじゃないですか」


何も言わずに肘利にUSBを渡す万人を見て微笑みながら呆れている膝館。均高は2年生から理系コースと文系コースに強制的に分けられるのだが、万人と尾頭は文系、肘利は理系コースに所属しているのだ。


〔はい、これ。これでこいつが本末転倒なのが分かるよ〕


そう言って組み立て終わったUSBと各部活に支給されているPCを渡してきた。


「差せってこと?」


「そういうことです」


両手が塞がっているのでスケッチブックを持てないので代わりに膝館が返答し、それに合わせて肘利が大きく頷く。


「……ああ、逆だ」


小さなUSBあるあるも誰にも何も言われない。


「おお、ささった、これか?新入生勧誘USB」


そう言ってPC内のフォルダを開いた。そこには……


「マジ……?」


「マジか……」


「マジなんですよ」


〔ね、本末転倒〕


「本末転倒っていうか、これ……」


そのフォルダには『組立式USB 説明書』と書かれたPDFが入れられている。


「……何目的?」


「まあ、確かに説明書付きではあった……のか?」


くだらない日常に似合っている些細な事件が幕を閉じた。

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