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AVG1,200  作者: 零尾右右
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1日目:平和維持部

 神奈川県立平均島(たいらひとしま)高等学校、通称「均高(きんこう)」。偏差値69,全校生徒数1050名、神奈川県の県央に位置する平市(たいらし)に居を構える立派な進学校である。公立高校にしては広い土地に綺麗な校舎、学校生活は制服も私服もどちらも許容していて、校則はかなり自由に近い風紀の良い高校と言える。ただ、その中でもこの学校には絶対に守らなければならない校則が存在する。それは「平均島高校の生徒は例外なく部活動に所属しなければならない」というもの。この校則は学校ができた123年前から変わることのない最古の校則であり、均高の特徴の一つでもある。


「万人~、やってる~?」


 ここはそんな均高の第三十部室棟の3002号室、「平和維持部」の部室である。部屋は8.5畳ほどの広さはあり、三人は並べる机とその回りを二つの座椅子が取り囲んでいる。備え付けなのだろうかテレビと冷蔵庫も完備されており、正直泊まるのも余裕といった面持ちの部室だ。先も述べたが公立高校にしては綺麗な部室もとい綺麗な部室棟であり、均高の校則にあった校舎をしている。


「やってない。帰れ」


 この仏頂面で本を読んでいる男は万人・瑛介(まひと・えいすけ)。均高の2年生であり、平和維持部の形式上の部長である。


「帰れないのよ、下校時刻があるから」


 こっちのヘラヘラしているのが尾頭・隆起(おず・りゅうき)。万人と同じ均高の2年生であり、保育園の頃からの幼馴染である。勿論こいつも平和維持部の部員である。ちなみに尾頭が実質的な部長であるのは機密情報だ。


「チッ、鬱陶しい奴だな、夏かお前は」


「何それどゆこと」


 平和維持部とは、部活動に所属しなければならないという呪縛のような均高の校則を守るために他のどの部活にも入りたくなかった5人が集まって作った名ばかりの部活であり、他の部活からは「暇部」と揶揄されている怠惰と退屈を具現化したような部活だ。活動内容は一切不明、活動報告も嘘すぎて何故廃部にならずに見過ごされているのか全く分からない部活である。


「……あと1時間半、今日はなげぇな」


 現在時刻は17:00を少し回ったところ。校則で定められた下校時刻は時期を問わず18:30と決められている。


「じゃあさ、これ見ようぜ」


 そう言って尾頭が机の上にでかい冊子の目次らしきページを大雑把に広げた。


「なにこれ」


「今、なんの時期?」


「いや、だからこれなによ」


「だから、今なんの時期?」


「お前会話できねぇのか」


 広げた大きな冊子の上部にはこれまた大きく「部活動紹介」と書かれている。今日は4/10。新学期もとい新年度が始まっておよそ5日が経とうとしているこの生温い春の季節は、新入生の勧誘時期と化しているのだ。


「高校生の卵たちがいっぱいだよ!見てみろって!」


「きもちわりぃ言い方しやがって」


 冊子の中には折り込みで各部活動の勧誘ポスターやチラシが大量に挟まれておりさながら回覧板やポストの中のような状態になっている。この時期どの学校でも部活動の勧誘は血気盛んに行われているようだが、均高はその校則上その盛り上がりは体育祭や文化祭などの学校行事に勝るとも劣らない熱気を纏っているのだ。


「ほら見て見て、この部活とかチラシ格好良くない?」


「絵うま」


 無理矢理万人に読ませる尾頭のその光景は確かに暑苦しいが、その割に万人はその暑苦しさに付き合っているところを見るに仲は良さそうだ。ただ一瞬だけ目を通してすぐに雑に閉じる。


「……読むの早くない?」


「春目の真似『あんまり面白くないわね』」


 キリッとした顔をしてモノマネをする万人。それに対して尾頭がゲラゲラ笑っている。


「悪趣味ね」


 ガチャッという音と共に部室のドアの前に女の人が立っている。手には五冊ほど文庫本を抱えており、どれも封が切られていないようだ。


「うわ、当事者が来た」


 彼女は春目・雪穂(はるのめ・ゆきほ)。平和維持部の副部長であり、クラスも万人と尾頭と同じ均高の2年生である。


「失礼ね、被害者よ」


 肩にはトートバックをかけ、その中には学校生活で使っているであろうアイテムが沢山入っている。毎日の服装を考えるのが面倒らしく春目は制服を選んでいるようだ。


「まーた本増えてんな、新刊?」


「ええ、購買部にお願いして本も置いてもらうようにしたの。今日は新刊発売日が被っていたから出費が嵩んじゃった」


 そう言いながら部室に入り靴を脱ぎ、定位置であろう座椅子が置いてある場所に移る。春目の隣には大きめの本棚が固定されており、そこには文庫が大量に並んでいるが、よく見てみるとシリーズものは順番通りに並んでおらず、性格が窺われる。


「……」


 完全な沈黙。部室インからわずか10秒で本の世界に浸っている。


「あーあー、ああなったらこっちの話聞いてくれねぇもんな」


 端から見ても究極に集中しているこの様子に二人も簡単に手が出せない。


「見ろ万人、平和維持部(うち)の勧誘」


 話を無理矢理冊子に戻す。部活動勧誘の冊子なわけなので平和維持部も勿論載っている。その触れ込みを見ているようだ。


「誰でも歓迎……?」


「誰が書いたのこれ」


 二人とも春目を見る。が、先と同様モードに入っており一切目線を本から逸らさない。


「……絶対」


「ああ、あいつだ」


 まあ、維持部の設立理由的にも特に入部動機や足きりがあるわけでもないので、「誰でも歓迎」もあながち間違いではないのだが、万人的にはこの空間を邪魔するような人間を歓迎などできないという顔をしている。


「他の部活もすごいよ。ほら!うちダンス部強いからめちゃくちゃ気合い入ってるじゃん」


「はっ、踊ってて何が楽しいんだか」


「ほら、演劇部も!」


「ドラマ見てる方がいいだろ」


「予知部だって!」


「なんだそれ」


「なんだこれ?!」


「うるせぇよ!」


 漫才のようなテンポで会話が進んでいく。こんだけ騒がしいのも見慣れた感じで一切目もくれない春目が維持部の雰囲気をより一層特殊なものにしている。


「……なんだこれ」


 冊子の中から付録のようなものがポロッと落ちる。そこには『購買部オススメ!情報部作成の組み立て式USBメモリ』と書かれており、細かくされた部品が小さな袋に所狭しと入れられている。


「組み立て式USB?」


「……USBって組み立てられるの?」


「まあ、この世の全てのものは誰かが組み立ててるからな」


 机の上に袋から出したパーツを形が同じもの同士まとめて並べる。完全にレゴの組み立てと同じだ。


「どっから始める?」


「まずこれは見たら組み立てなきゃいけないのか?」


「だって開けちゃったし」


 差し込む部分だけはなんとなく分かりそうだ。


「……はい」


「ん。……」


 どうやら二人は集中するとお互いに黙ってしまうタイプのようだ。


「ちょっと待って」


「……?どうした」


「こっから先分かんないんだけど、これ説明書ないの?」


 万人が辺りを見回す。さっきの冊子のなかも一応目を通す。


「……ない」


「終わったんだけど、もう組み立てられない」


「……乗り込みに行くか?」


「でもこれどっちに乗り込むの?購買部?それとも情報部?」


「う~ん……」


 悩むこと、2秒。


「どっちもだろ」


 そう言って二人は部室を後にした。残された春目は本を読み終わり机の上の散らかされたまま放置された状態を見下ろす。


「……」


 そして本を閉じ、座椅子にもたれ掛かって天井を見つめる。


「あんまり面白くないわね」


 そう言って次の本を開き、また自分の世界に浸っていく。部室の外では新入生の勧誘の声がひっきりなしに響き渡り、今日もまた均高は賑やかな時を過ごしていく。

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