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第5話:妹物の真実と揺れる心

 真壁碧純はベッドに寝転がる。

 スマートフォン片手に。

 購入した電子書籍を開いた。

『妹のためならなんでもしたいお兄ちゃん』。

 読み始めた。

 画面に映る文字を追う。

 彼女の心は複雑に揺れていた。

 物語の主人公。

 妹を守るためなら命すら投げ出す兄。

 過保護で、時にコミカル。

 でもどこか切ない。

「お兄ちゃんみたい……」

「でも、ちょっと違う」

 碧純の脳裏に浮かぶ。

 基氏との懐かしい記憶。

 田んぼの水路。

 一緒にザリガニを捕まえた夏の日。

 泥だらけの笑顔。

 山の中。

 カブトムシを探してくれた夜。

 懐中電灯の光に映る兄の横顔。

 だが、物語が進む。

 兄の妹への愛。

 ただの家族愛を超える。

 禁断の領域に踏み込んでいく。

 碧純は眉をひそめた。

「え、ちょっと待って……」

「キス!?」

「いやいや、これはないでしょ!」

 物語の終盤。

 兄と妹がキスで別れを告げるシーン。

 碧純は思わず声を上げた。

「気持ち悪い……」

「でも、なんか泣ける」

 胸が締め付けられる。

 涙が滲んだ。

 読み終えた後。

 彼女は天井を見つめた。

 しばらく動けない。

 基氏の作品が人気な理由。

 少し分かった気がした。

 妹への愛を求める読者。

 その切なさと過激さ。

 心を掴むのだろう。

 でも、それが自分の兄の手によるもの。

 背筋がゾクッとした。

 翌朝。

 朝食の準備をする碧純。

 キッチンに立つ。

 包丁の音が響く。

 兄に声をかけた。

「お兄ちゃん、起きてよ」

「朝ご飯できたから」

「うぃ~、今行く」

 寝ぼけ眼でリビングに現れた基氏。

 テーブルを見る。

 味噌汁と焼き魚。

 目を丸くした。

「おお、実家の味だ」

「美味そう」

「そりゃね、実家から送られてきた魚だもん」

「いただきます」

「いただきます」

 二人は黙々と食べ始めた。

 箸が動く音だけが響く。

 だが、碧純の頭の中。

 昨夜の読書が離れない。

「お兄ちゃんさ」

「『妹のためならなんでもしたいお兄ちゃん』って」

「実体験入ってるの?」

 基氏の手がピタリと止まる。

 味噌汁がこぼれそうに。

 椀が揺れた。

「……何だよ、急に」

「読んだよ、昨日」

「電子書籍で買っちゃった」

「お、お前……読んだのか」

「うん」

「面白かったけど、ちょっとキモかった」

「キモいって言うなよ」

「作家として悲しくなる」

「だってさ、妹とキスって何!?」

「お兄ちゃん、私とそんなこと考えたことあるの?」

「ない!」

「ないって!」

「フィクションだよ、あれは!」

 慌てて否定する基氏。

 顔が赤い。

 碧純はジト目で追及。

「ほんとかなぁ~」

「お兄ちゃん、昔から私にベタベタだったじゃん」

「それは兄として当然だろ」

「守ってただけだよ」

「ふーん」

「でも、あの本読んでると」

「私のことモデルにしてるんじゃないかって思うよね」

「……そんなわけないだろ」

 基氏の声が少し震えた。

 だが、碧純は気づかないふり。

 実際、彼女を直接モデルにしたわけではない。

 でも、妹への愛と欲望を投影した作品。

 否定できない事実だった。

 その日。

 学校から帰った碧純。

 疲れた顔でソファに倒れ込む。

 鞄を床に置いた。

「お兄ちゃん、今日の夕飯は何か買ってきてよ」

「私疲れた」

「分かった」

「ピザでいいか?」

「うん、またピザでもいいよ」

「都会の味だし」

 基氏がデリバリーを注文。

 スマートフォンを操作する。

 その間、碧純はふと。

 兄の部屋を覗いた。

 萌え美少女グッズに囲まれた空間。

 相変わらずだ。

 だが、机の上。

 積まれた原稿が目に入る。

 紙の束が乱雑に重なっていた。

「ねえ、お兄ちゃん」

「今何書いてるの?」

「新作だよ」

「締め切り近いから忙しい」

「また妹物?」

「……まあな」

「もう、妹物ばっかりじゃん!」

「私、クラスで『お兄ちゃんの本読んでる』って言えないよ!」

「別に言わなくていいだろ」

「俺だってペンネーム使ってるんだから」

「でもさ、友達が『茨城基氏大好き』って言ってるの聞くと」

「変な感じするんだから」

「そりゃ……悪いな」

 基氏は苦笑い。

 だが、内心は複雑だった。

 碧純が自分の作品に触れること。

 封印した感情が揺らぐ。

 それを恐れていた。

 夕飯のピザが届く。

 テーブルに並べる。

 二人はまた軽い言い合い。

「お兄ちゃん、キッチン使わないなら私が占領するね」

「料理するの楽しいし」

「いいよ」

「俺、外食飽きてたから助かる」

「でもさ、お兄ちゃんの部屋」

「あの美少女グッズなんとかならない?」

「見るたび気持ち悪いよ」

「気持ち悪いって言うな!」

「あれは俺の心の支えなんだよ!」

「心の支えって何!?」

「私じゃダメなの?」

 その言葉に。

 基氏は一瞬言葉を失った。

 喉が詰まる。

「……お前は別だよ」

「妹として大事だから」

「ふーん」

「ならいいけど」

 碧純は頬を膨らませる。

 ピザを頬張った。

 だが、内心はモヤモヤ。

 兄の作品に投影された「妹」。

 自分と似ているようで別人。

 そのギャップに戸惑う。

 その夜。

 風呂に入った碧純。

 湯船に浸かる。

 温かい湯気が顔を包む。

 考え込んだ。

「お兄ちゃん、私のことどう思ってるんだろう」

 基氏が自分を異性として見ている可能性。

 考えたくなかった。

 でも、作品の過激さ。

 時折見せる妙な視線。

 不安が芽生え始めていた。

 湯船の中で膝を抱える。

 水面が揺れる。

 自分の気持ちも定まらない。

 風呂から上がる。

 タオルを巻いてリビングへ。

 基氏は原稿をチェック中。

 赤ペンを手に持つ。

「お兄ちゃん、私の足臭いかな?」

「は? 何だよ急に」

「昨日、マッサージした時」

「なんか匂い嗅いでたでしょ」

「気持ち悪いよ」

「あれは良い匂いだったんだよ!」

「誤解すんな!」

「良い匂いって何!?」

「お兄ちゃん、ほんと変態っぽいよ!」

「変態じゃねえ!」

「ただ、懐かしい感じがしただけだよ!」

 言い争いながら。

 二人は笑い合った。

 リビングに笑い声が響く。

 だが、基氏の胸には疼き。

 碧純の無防備な姿や言葉。

 封印したはずの欲望を刺激する。

 心がざわついた。

 一方、碧純も何かを感じ取る。

 兄の反応に。

 微かな違和感。

「お兄ちゃん、私のことモデルにしてるよね?」

 電子書籍を読み返す。

 物語の中の妹。

 幼い頃の自分の仕草や癖。

 似すぎている。

 確信に近づいていた。

「もしそうなら、どうしよう……」

 その夜。

 二人の心は揺れる。

 基氏は欲望を抑え込むため。

 碧純は兄の真意を探るため。

 翌朝。

 碧純はキッチンに立つ。

 朝食の支度。

 卵を焼く音が響く。

 基氏が起きてくる。

「おはよう、お兄ちゃん」

「朝ご飯できたよ」

「おはよう」

「また美味そうだな」

 テーブルに並ぶ。

 目玉焼きと納豆。

 実家から送られた漬物。

 二人で食べ始める。

「お兄ちゃんさ」

「昨日考えたんだけど」

「私、モデルにされてるよね?」

 基氏が箸を落とす。

 納豆がテーブルに飛び散った。

「何!? 何だよ急に!」

「だってさ、あの本の妹」

「私の小さい頃そっくりなんだもん」

「カブトムシ捕まえるシーンとか」

「私とお兄ちゃんの思い出じゃん」

「……偶然だよ」

「嘘ついてる顔だよ」

「お兄ちゃん、目泳いでる」

「泳いでねえよ!」

「ほんとかなぁ」

「私、怒るよ?」

「怒るなって!」

「ちょっとだけ参考にしただけだよ!」

「ちょっとだけじゃないでしょ!」

「キスとか、私にそんなこと考えたの!?」

「考えてねえ!」

「フィクションだって言ってるだろ!」

「信じられない!」

「気持ち悪いよ、お兄ちゃん!」

 言い合いがヒートアップ。

 だが、碧純の声に笑いが混じる。

 基氏も苦笑い。

「まあ、面白かったから許すけど」

「次からは私をモデルにしないでね」

「……努力するよ」

 二人は笑い合った。

 だが、基氏の心。

 完全に否定できない。

 碧純の存在が作品に影響を与えている。

 その事実は消せない。

 その日。

 学校での碧純。

 クラスメイトと話す。

 ライトノベル好きのグループ。

「真壁さん、茨城基氏読んだ?」

「うん、読んだよ」

「面白かったけど、ちょっと変な感じ」

「変な感じって?」

「なんか、身近に感じすぎて」

「気持ち悪い部分もあるけど、泣けた」

「わかる!」

「それが茨城基氏の魅力だよね」

「うん、そうかも」

「でも、私にはキモい部分が強すぎて」

 笑いながら話す。

 だが、心の中。

 兄の作品が自分と重なる。

 その感覚が拭えない。

 放課後。

 アパートに帰る。

 玄関を開けると。

 基氏が机に向かう。

 原稿に没頭していた。

「お兄ちゃん、ただいま」

「お帰り」

「今日も疲れたか?」

「うん、ちょっとね」

「お兄ちゃん、新作どう?」

「順調だよ」

「でも、また妹物になっちゃってる」

「もう! また!?」

「私、モデルじゃないよね?」

「違うって!」

「今回は完全フィクションだよ」

「ほんとかなぁ」

「信じられないよ」

「信じろよ!」

「俺だって頑張ってるんだから」

 二人はまた言い合い。

 だが、どこか楽しそう。

 兄妹の距離が近づく。

 その夜。

 碧純はベッドで考える。

 兄の作品。

 自分の存在。

 その交錯する部分。

「お兄ちゃん、私のことどう思ってるんだろう」

 不安と好奇心。

 混ざり合う。

 基氏の視線や言葉。

 何か隠してる気がする。

 一方、基氏は部屋で。

 原稿を書きながら。

 碧純の笑顔を思い出す。

 欲望と愛情。

 その間で揺れる。

「あと3年」

「我慢すればいい」

 そう言い聞かせる。

 だが、心は簡単には静まらない。

 共同生活はまだ始まったばかり。

 封印された思いが解ける日。

 近づいているのかもしれなかった。



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