第43話:新車の選択と友情の誘い
真壁基氏と真壁碧純は、アパートのリビングで穏やかな夕方を過ごしていた。
碧純がキッチンで夕飯の準備をしていると、基氏がタブレットで中古車情報アプリを見ていた。
「やっと車買い換える気になったの?」
ミニバンを見ている基氏に、碧純が声をかけた。
「ミニバンとSUVならどっちがいい?」
「車の形別に何でもいいんだよね~、乗り心地が良ければいい」
「今の若者らしい意見でござるな」
学校帰りに寄った結城有紀が笑った。若者の車離れが進む中、税金や交通網の発達で必要性が薄れているが、茨城では車が必須。常磐線やつくばエクスプレスはあるものの、バスが少なく不便な地域が多い。
「有紀ちゃん家は車ある?」
「あるよ、パパが車好き。久しぶりに新車に買い換えるってウキウキしてた」
「へぇ~新車かぁ~いいなぁ~」
「ローンだけどね」
「お兄ちゃんも新車にしなよ~」
「ローン組むのが難しい」
「え?」
「作家は個人事業主。安定してないとローン組めない。俺みたいに一本の若手だと厳しいんだ」
クリエイターはクレジットカードの審査も通りにくい現実を、結城有紀が頷いた。
「よく聞くでござるな」
「そんなもんなんだぁ~。パパも個人事業主じゃない?」
「農家には農協があるから別枠だな」
「よく分かんないけど、中古で一括支払いするの? お兄ちゃん?」
「うん、貯金が貯まったから、200万円で探してる」
「ひゅーお金持ち~」
「売れっ子なら一冊で新車買えるけどな」
「そうなの? 有紀ちゃん?」
「そうでござるな…」
困った顔で答える結城有紀に、碧純が笑った。
基氏がアプリで検索を続けると、インプレッサWRXに目が留まった。
「5人乗り以上、2015年式より新しくて、4WD…インプレッサWRXもあるのか」
オタク受けの良いスポーツカーに食いつく基氏に、碧純が顔をくっつけて見た。
「それもスポーツカーじゃん。あれ売らないなら、もう一台はスポーツカーじゃないのにしようよ」
「スポーツカーのがいいのに」
「先生、VIPカーが似合いそうでござったが」
「父さんがクラウン乗ってるからね~」
「うん、パパずっとクラウン一筋だよね」
「父上、クラウンに取り憑かれてるでござるか?」
「なんだろ? マークが好きなんじゃないかな」
王冠マークが特徴のクラウンに、碧純が笑った。
「パパ達乗せられる車にするんだよね? 痛車にしないよね?」
「え? しないの? 『妹のためならなんでもしたいお兄ちゃん』の痛車かと思ってたでござるよ」
「有紀ちゃん…お兄ちゃんの味方しないでよ」
頬を膨らませる碧純に、結城有紀が残念そうな顔をした。
「したいけど、父さん達乗せられる車にしたいし、碧純があの車で学校来るなって言うから気にしてるんだ」
「だって痛車で迎えに来て欲しくないもん」
「私はまた乗りたいでござるが、先生の助手席」
艶やかに言う結城有紀に、碧純が右人差し指で脇腹をつついた。
「ん~これが無難かな?」
タブレットに映されたのはSUBARUエクシーガ。7人乗りのミニバンで、走りに定評がある絶版車。
「ん~まあいいんじゃないかな」
車に詳しくない碧純が軽く返すと、結城有紀が言った。
「先生の助手席に乗れるなら何でもいいでござる」
左脇腹をつつかれて結城有紀がもだえた。
「よし、二台目はこれに決めた」
近くの車屋で登録を済ませ、2週間で納車されたエクシーガクロスオーバー7。白色で、内装は革の薄いオレンジ色がお洒落だった。
「有紀ちゃんも誘ったけどレッスンなんだって」
「あ~ユエルから聞いた」
「二人いるみたいだけど一人なんだからね。有紀ちゃんとユエルは同一人物」
「分かってるけど、うちに来る時はお前の友達、画面越しは仕事のパートナーだ」
「お兄ちゃんのこだわり分かんないけど、今日はどこ行くの?」
「大宝八幡宮にしようか?」
関東一古い八幡宮で、左甚五郎の彫刻や平将門の戦勝祈願で知られる下妻市の神社だ。
「お兄ちゃん? この前みたいなことにならないよね?」
「筑波山神社でのヒット祈願か? 今回は交通安全祈願だから大丈夫だ」
「なら付いて行くよ」
大家さんのガレージに駐めるシンプルな白色の車に、碧純が満足げに言った。
「ふぅ~これで安心してお迎え頼める」
「悪天候の時だけだからな」
「分かってるって」
ニヤリと笑う碧純に、基氏が苦笑した。
つくば市から1時間強、田畑を抜けた丘に到着。駐車場でおばあちゃんが誘導していた。
「お兄ちゃん、駐車料金出す?」
「ここ無料だよ。お祓い場に駐めるから」
裏側に進むと、碧純が言った。
「さっきのおばあちゃん、がっかりしてたよ」
「あれ、お土産屋さんだ。無料で駐めさせてくれるし、草団子が美味しいぞ」
「え~なら買って行こうよ」
「もちろん買うぞ」
あんこたっぷりの柔らかな草団子が名物で、宝くじ高額当選の噂もあるが、香りと甘さが人気だ。
参拝後、基氏が社務所で交通安全祈願を頼み、狛犬の多い参道を進んだ。
「上手く撮ればインスタ映えするね」
碧純が写真を試みたが、基氏が軽いチョップで止め、手水で清めて参拝。お祓いを済ませた。
「お兄ちゃんの趣味、寺社巡り」
「いいだろ、好きなんだから」
「駄目って言ってないよ。こういった物語書いて欲しいな」
「陰陽師とか?」
「神主探偵とか」
「書けたら江戸川乱歩賞狙えるな」
「碧純、お願い事ってそれ?」
「してないよ。子供の頃からずっと同じお願いだもん」
ニヒッと笑い、腕にしがみつき、ネックレスを触る碧純に、基氏が笑った。
「言葉にしなくても分かるよ。叶えてやるさ」
草団子を買い込む碧純が念押しした。
「この車は絵書いちゃ駄目だからね」
「ラッピングしたいのに…」
「陰陽師物語なら許す」
「陰陽師が美少女だったら?」
「許さない」
「なんだよそれ~」
「お兄ちゃん、二次元から抜け出してよ~」
「萌えの上にも3年だな」
「キモッ。でも、付き合う妹ポイント高いでしょ?」
「春のパン祭りは終わったぞ」
「じゃ~夏のパンツ祭り」
「おい、めっちゃいい匂いしそう」
「変態」
「変態上等」
「まぁ、犯罪に走らないなら私のパンツ一枚くらいあげるよ」
「体育の日のしっとりしたのがいいな」
「キモッ」
あんこを唇脇に付けながら笑う碧純は、『お兄ちゃんのためならパンツもあげるよ』の妹のようだったが、運転中の基氏は見られなかった。
翌日、結城有紀が遊びに来た。
「有紀ちゃん、お土産今日中に食べてね」
保冷バッグに草団子を渡す碧純に、結城有紀が笑った。
「ありがとう。先生、寺社仏閣巡り好きでござるね」
「うん、今度東国詣でするって」
「いいなぁ~。鹿島神宮、武道してる者としては行きたいでござる」
「そう言う神社なの?」
「武神の神様だから、道場に『鹿島大明神』の掛け軸飾ったりするでござるよ」
「じゃあ一緒に行く? お兄ちゃん、いつでも予定合わせられるし」
「お邪魔じゃないなら行きたいでござる」
「何がお邪魔? 一緒に行こうよ」
「うん」
結城有紀は基氏に恋心を抱き始めていた。優しく、オタクの共通点、憧れの作家としての魅力に惹かれていたが、碧純への基氏の想いを知り、叶わぬ恋と彼女への羨ましさを覚えた。
三人の心に隠された恋物語が始まったばかりだった。




