第42話:秋葉原への旅と友情の絆
真壁基氏と真壁碧純は、アパートで穏やかな金曜の朝を迎えていた。
碧純が朝食を準備していると、基氏が提案した。
「碧純、明日、秋葉原行くけどどうする?」
「え? 東京行くの?」
「秋葉原限定な」
「…キモ」
「キモくないっとに、行かないんだな」
「行くよ、東京」
「秋葉原限定だぞ」
「え~渋谷とか原宿とか行ってみようよ~」
「…行ったことないもん」
「ごめん、お兄ちゃんに東京観光案内期待したのが馬鹿だった。でも、面白そうだから行く。何買うの?」
「世界英雄美少女伝説のヒロインのグッズが発売されたんだ。それとお掃除ロボット」
「また買うの? あんなにあるのに?」
「あれの中にはない」
「…オタクが分かんないよ、お兄ちゃん」
「お前、旦那の趣味の物勝手に売り払うような悪魔の嫁にはなるなよ。あいつらはプラモデル永遠作る地獄行きが待ってるぞ」
「…何その限定的な地獄指定。まあ、人の物勝手にどうこうするのは私も反対、見てて気持ち良くない」
「よし、それでこそ俺の妹だ」
「褒められてる気がしないんですけど~」
二人は笑い合い、朝食を始めた。
「いただきます」
「いただきます。お兄ちゃん、秋葉原楽しみだね」
「そだね~。お兄ちゃんの健康管理、私がしてるから安心だよね」
「ポイント高いな」
「うん、妹的なポイント。お兄ちゃん、私のことちゃんと見ててね」
「あぁ、見てるよ。お前、俺の大事な女だからな」
翌日、二人はつくば駅からつくばエクスプレスで秋葉原へ向かった。60分でオタクの聖地に到着。
「あきはばらーーーーー」
「今度は『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』観たのか?」
「うん、あれすごい良かったよ」
実の兄妹が結ばれる神ライトノベルは、二人にとって特別な作品だった。
5月の秋葉原は夏のような暑さだった。
「お兄ちゃん、暑い、人多い」
「んだから、東京観光は諦めてくれ」
「うん、今の季節じゃないね。お兄ちゃん、なんで暑いのにベスト着てるの?」
基氏が鞄からナイロン製の白いベストを取り出し、羽織ってスイッチを入れた。ブーーーっと低い音がした。
「扇風機付きのベスト」
「うわ、パパとママが農作業で着てるやつじゃん。ベスト版お洒落だね」
「良いだろ」
元々野外作業用に作られた扇風機付き服が、オタク文化からお洒落に進化したものだ。
「なんかズルい」
「そう言うと思って、首かけ扇風機買っておいたぞ」
薄黄色のお洒落な扇風機を渡され、碧純が喜んだ。
「ありがとう! 目的の物買って帰るぞ」
「うん、涼しい時期に来ようね。お兄ちゃん、メイドさんビラ配りしてる~」
「初めてなんだっけ?」
「小学校の修学旅行、磐梯山登山だったもん。中学は京都だから、東京観光したことないんだ」
「あっ、碧純の年はそうだったな。俺らは舞浜遊園地と東京観光だったけど」
「ずるい~お兄ちゃん達の世代のせいかよ」
ガシガシと基氏の脇腹を小突く碧純に、基氏が笑った。
「濡れ衣はやめてくれ。痛いって」
サブカルチャーグッズ専門店に入ると、客が多く、意外に女性が目立った。
「へぇ~、女の人多いんだね」
「刀剣なんちゃらとか、鬼の刃とか人気だし。俺、18禁コーナー行くから、この階で待ってろ」
「お兄ちゃん、妹に堂々と18禁コーナー行く宣言しないでよね、キモっ」
「キモ」と言う声が聞こえ、客に睨まれる碧純。気まずい雰囲気が流れたが、基氏は気にせず上の階へ。
有名アニメグッズを見ていると、結城有紀が現れた。
「あれ? 碧純ちゃん?」
「え? 有紀ちゃん、どうしたの?」
「それはこっちの台詞だよ~」
お洒落な服装の結城有紀に、碧純が答えた。
「お兄ちゃんに付いてきたんだ」
「先生でござるか、どこでござるか?」
「上…」
「あぁぁ…」
気まずい空気が流れ、目線で言葉を省いた。
「有紀ちゃんも買い物?」
「レッスン帰りに寄ってみたの」
「原宿の事務所で?」
「うん、二週間に一回くらいかな」
「原宿! 行きたいなぁ~」
「行こうか?」
「え? いいの?」
「うん、今日は午前のレッスンだけだから」
「お兄ちゃん待たなきゃ…」
「すぐ降りてくると思うでござるよ。予約してるでござるから」
「そうなんだ」
「で、ござる」
「有紀ちゃん、お兄ちゃんの話だと武士になるね」
「なってしまうでござる」
基氏がグッズを手に入れ降りてくると、結城有紀を見て手を振った。彼女が深々とお辞儀した。
「お兄ちゃん、有紀ちゃんレッスン帰りなんだって」
「あ~お疲れ様」
「ねぇ、原宿行っていい? 有紀ちゃん案内してくれるって」
「道くらいなら案内できるでござる」
「レッスン後で疲れてない? 大丈夫?」
「大丈夫でござる」
「ごめん…だったら、スカイツリーに連れてってもらっていいかな?」
碧純が口を尖らせた。
「お兄ちゃん、は、ら、じゅく~! お買い物~」
「碧純ちゃん、スカイツリーにもお買い物エリアあるよ」
「え? そうなの?」
「うん、撮影モデルで行ったことある。綺麗な施設だよ」
「じゃあスカイツリーへ!」
碧純が結城有紀の腕を掴み、基氏がペコペコ頭を下げた。
スカイツリーに着き、碧純が見上げた。
「へぇ~、間近で見るとすごいね」
634メートルの高さに驚き、記念撮影を試みたが難しかった。
「お兄ちゃん、有紀ちゃん、撮って~」
基氏と結城有紀が肩を寄せ、スマートフォンを地面に置いて角度を調整した。
「碧純、もういいだろ。展望室のチケットの時間だ」
「む~いい写真撮れないよ~」
ふくれっ面の碧純の頬を、結城有紀が突っついた。
エレベーターで展望台へ上がると、基氏が耳を押さえた。
「うわっ、耳キーンきた」
「拙者も慣れないでござる」
「私も~気持ち悪いよね~」
ドアが開くと、青空が広がり、遠くに富士山が見えた。
「すっご~い…ねぇ、あっちが原宿かな?」
「お前まだ原宿にこだわるのか?」
「だって~」
「碧純ちゃん、今度行こうね」
「え、いいの?」
「もちろん」
「無駄遣いするなよ~」
「お兄ちゃんの18禁グッズより無駄遣いじゃないよ~」
碧純の頬を結城有紀が突っつき、クスクス笑った。
一周見て回る碧純に、基氏と結城有紀が付き合った。
「お兄ちゃん、有紀ちゃん、あっちが茨城だよ」
北を指さす碧純に、二人が笑った。
「先生、ここ物語に書くでござるか?」
「どうだろ? 候補ではあるけど、きっかけがないとな」
「他も案内するでござるよ」
「バイト特別料金か?」
「碧純ちゃん友人特別割引でござる」
「何それ~」
寂しげに結城有紀が言った。
「お兄さん、私、友人が少なくて…容姿気にしない友達、夢を笑わない人って初めてなんです。碧純ちゃんと先生の妹、特別な友達でござるよ」
「そっか。碧純が心開ける相手なら、兄として嬉しいよ」
「碧純ちゃん、可愛いでござるね…」
ハムスターのようにはしゃぐ碧純に、基氏が笑った。
「うん、可愛い自慢の妹だ」
結城有紀が違和感を感じた。基氏の目線が親のようでない気がした。
「先生、勘違いならごめんなさい。碧純ちゃんのこと好きでござるか?」
「好きだよ。大事な妹だ」
「…そうじゃなくて」
「有紀ちゃん、分かるよ。でも今は言わないって決めてる。今はね…気持ち悪い兄だろ」
「そんなことないでござる」
「あぁ、碧純と俺は血縁上従兄妹なんだ。両親に引き取られて育った。養子縁組してないから本当は兄妹じゃない」
「え?…」
「大丈夫、碧純も知ってる。小さい頃から一緒だから兄妹だけど」
「でも、違う…」
「あぁ、気づいちゃうんだ」
「ごめんなさい。人目を気にして育ったせい感じてしまって」
「隠してるわけじゃないよ。碧純が大人になるまでは兄妹って決めてる」
「碧純ちゃんも、もしかして?」
「うん、言葉にしてないけど知ってる。両親も望んでる。農家の跡継ぎ欲しいからな」
「…」
「気持ち悪いだろ」
「違います。素敵でござる。良いなぁ~」
「そうかな?」
「はい…優しい先生でござるもん」
見つめ合う二人を、碧純が割った。
「ロリコン」
「え?」
悪意ある言葉に、基氏が頭をグリグリした。
「誰がロリコンじゃい」
「有紀ちゃんは私と同じ年だよ。口説くなんてロリコンだよ」
「あははっ、そうだね。私も15歳、ロリコン先生でござる」
「うわ、やめて。みんな変な目線送ってるから」
「ロリコンお兄ちゃん」
「ロリコン先生」
「痛い、心に刺さる視線が痛い」
逃げるように展望台を降り、三人はショッピング施設で買い物と夕飯を済ませ、浅草に寄った。
雷門の提灯に碧純がテンションを上げた。
「原宿行けなかったけど、楽しかった」
「碧純、まだ原宿こだわるな」
「だって原宿だよ」
「俺は明治神宮行きたいな」
「竹下通りと明治神宮、同じ駅でござるよ」
「え? そうなの?」
「裏と表でござる」
「じゃあ、お兄ちゃんは明治神宮行ってる間に、私と有紀ちゃんで竹下通り。今度行こうね」
ケラケラ笑う碧純に、基氏が頷いた。
浅草駅からつくばエクスプレスで帰路につくと、碧純が基氏にもたれかかって寝た。
「先生、拙者羨ましいでござる。こんな楽しくて優しいお兄ちゃんがいて」
「ありがとう、照れるな」
「私も好きでござるよ、先生のこと」
結城有紀が小さく呟き、駅で降り、手を振った。
「有紀ちゃん帰っちゃった?」
「うん、今降りた」
「有紀ちゃん、学校だとあんな楽しげな表情出さないんだよ」
「いろいろあるんだよ」
「みんな難しく考えすぎだよね」
「碧純はその楽しげな表情見せる数少ない友人だ。大事にしろよ」
「うん、分かってる…でもお兄ちゃんは譲らないよ」
碧純が基氏の肩に顔を埋め、寝息を立てた。




