第35話:荷物の波乱と心の確認
真壁基氏と真壁碧純は、つくば市のアパートで穏やかな朝を迎えていた。
その日、大きなダンボールが届いた。両親からの荷物だが、珍しく宛名が碧純になっていた。
基氏は開けずに帰りを待った。妹とはいえ女子への荷物で、要冷蔵でもないため大丈夫だろうと考えた。着替えや下着、生理用品が入っている可能性もある。最低限のマナーとして触らなかった。
太陽の日差しで温まった乾いた妹のパンツを畳みながら、鼻に持っていき一息吸い込む。
「お日様の匂い…」
その頃、学校では放課後の帰り支度中、結城有紀が碧純を呼び止めた。
「真壁さん、良いかしら」
クラスメイトが驚く中、憧れの『筑波のエルフ』が碧純に話しかけた。
「碧純でいいよ」
「だめよ、先生の妹君にそんなことできないでござる」
「委員長、また武士語になってるよ」
ハッと口を押さえる結城有紀。周りに気づかれていない様子に安堵した。
「で、委員長どうしたの?」
「お兄様はご在宅かしら?」
「ん~いるんじゃないかな? 家から出ないし。私が学校の間、ウォーキングくらいはしてるみたいだけど、あと食糧の買い出しとか」
基氏の玄関には、ジュラルミン製のスポーツ用杖が二本。ノルディックウォーキング用だ。作務衣姿で昼間うろつく姿が怪しまれ、職務質問を受けたため始めたもの。タオルを首にかけ、腕を鍛えつつ歩けばスポーツマンに見える。一石二鳥だったが、実は警察に顔を覚えられただけだった。
「行って良いかしら?」
「え? 委員長、うち来たい?」
大きな声で言う碧純に、周りがざわついた。憧れの存在が碧純の家へ行くことに、百合展開を想像する者もいた。
「別に構わないけど、なんで急に?」
「お兄様にこの前の御礼をと思って、クッキーを焼いたの」
「気を使わなくていいのに~。田舎じゃ乗り合いなんて普通だよ」
「それは分かった。でも、バイトの雇い主でもあるし、運転してくれたわけだし」
「ん~…リアルな女子高生アドバイザー、っとに。お兄ちゃん、私がいながら」
怒る碧純を、結城有紀が上品に笑った。周りは白い百合が咲き乱れるように見ていた。
「エルフ様が笑ってる」
「結城様が碧純ちゃんと会話してる」
「ただならぬ関係なのかしら」
そんな声は届かず、碧純がメッセージを送った。
『委員長がお兄ちゃんに会いたいって』
『おぉっおっ俺に』汗マークのスタンプと共に
『何勘違いしてるの? バカ兄貴、こないだの下校の御礼のクッキー渡したいって』
『あっ、なるほど良いよ。今原稿落ち着いたし』
「お兄ちゃん、いいって」
二人は下校し、周りは温かい視線で見送った。
「委員長もアニメやライトノベル好きなの?」
「当然大好きでござる。ヒロインを演じたいと思うくらいに」
「声優さんだよね? いいなぁ~夢があって」
「碧純さんは笑わないのですね」
「ん?」
「声優と言っても」
「え~人の夢笑うほどデリカシーないわけじゃないよ。楽しませる職業って必要だし。でも、委員長ならモデルのが似合いそう」
ケラケラ笑う碧純に、結城有紀が言った。
「友達になってくれませんか?」
「え? 友達じゃん。クラスメイトみんな友達」
「そうじゃなくて、連絡先交換した友達に」
「みんななんで線引きするんだろ? 田舎じゃ顔見知りはみんな友達なのに。まあ、アドレス交換しようね」
スマートフォンを出す結城有紀に、碧純がズバッと言った。
「歩きスマホ禁止」
新鮮な反応に、結城有紀がギュッと抱きしめた。
「うわっ、急に何! 暑苦しいって」
「ふふっ、ごめんなさい。嬉しくて。有紀って呼んで欲しいでござるよ」
「有紀殿のが似合うよ~」
「でもいいでござるよ」
「やだよ、私が恥ずかしいもん。有紀ちゃん」
また抱きしめる結城有紀に、碧純が距離を取った。
アパートに着き、連絡先を交換した。
「お兄ちゃん、ただいま~」
「お邪魔するでござる」
「お帰り~、いらっしゃい。碧純が同級生連れてきて嬉しいぞ」
「うわ、キモい。私、普通に友達できてるし」
「田舎っぺがハブられてないか心配してたんだ」
「キモ、やめてよ」
兄妹のやりとりに、結城有紀が羨ましそうな視線を送った。
「先生、これこないだの御礼とバイトの御礼でござる」
可愛いリボンのクッキーを渡すと、基氏が笑った。
「ありがとう。でも、バイトはお互い助かってる。女の子の服なんて分からんから」
「先生、また服選びでござるか?」
「ユエルがいなきゃ書けないよ」
雑誌の山を見せた。
「拙者が勧めた雑誌ばかりでござるな」
「お茶入れたから、クッキー食べようよ」
碧純が大子のお茶を淹れ、リビングに並べた。
「自慢の緑茶だよ。大子のお茶、飲んでみて」
「拙者、外見で誤解されるでござるが、中身は日本人。緑茶愛するでござる」
「有紀ちゃん、その話し方疲れない?」
「平気でござる。いただきます。色薄めなのにしっかりした味、甘さと渋みが香り豊かで美味しい…でござる」
武士語が抜けかけた結城有紀に、基氏が言った。
「そう言えば、碧純、実家から荷物届いてるぞ」
「あ、ママだ。お菓子入ってないかな~。のし梅、吉原殿中、刺し身こんにゃくでもいいなぁ」
ダンボールを開けると、お菓子や刺し身こんにゃく、常陸秋そば、奥久慈シャモのだし汁が入っていた。
下には、ピンクと黒のメイド服、ブルマ体操着、スクール水着、セーラー服、ルーズソックス、シマシマパンツ10枚、コンドーム10箱が。
「ゲホゲホゲホ! っとに何送ってきてるんだよ、母さん…」
手紙にはこう書かれていた。
『お父さんと使おうと買いましたがインポになってしまったので、基氏、"大切な人"とするときに使いなさい。コスプレ衣装も使えなかったので碧純、部屋着にでもしなさい』
結城有紀が大受けした。
「あははっ、面白い母君でござるな」
「うん、ちょっと変わってる」
「母さん…父さんインポって隠してあげてよ」
「でも、先生、シマシマパンツ好きでござるよな」
「うん、嫌いな人いるの?」
「なんでパンツの柄を平然と話せるのよ!」
「作品アドバイザーで話してたから」
「で、ござる」
「有紀ちゃん、シマシマパンツ持ってるの?」
二人の視線が結城有紀の足に。黒タイツが似合う細い足に、基氏は匂いを嗅ぎたい衝動を抑えた。
「持ってないでござるよ」
「だよね。お兄ちゃん、みんな穿いてるみたいに書くけど」
「そう言えば、碧純のパンツにないな。昔はクマさんパンツだったよな」
「おろ?」
「有紀ちゃん誤解しないで。お兄ちゃんが洗濯係で、私が料理係なの。農家で忙しい時、家事分担してたし、ここでもそうしてるだけ」
「おろ~、大丈夫でござるよ。誰にも言わないでござる」
「絶対誤解してるから~」
顔を赤らめる碧純に、結城有紀が肩を叩いた。
基氏がメイド服を広げた。
「へぇ~こんな感じか。着てる人見たいな~」
「お兄ちゃんが着ろって言うなら着てあげなくもないよ」
「先生がご所望なら拙者も着るでござる」
「え? いいの?」
「バイト特別料金でござるが、碧純ちゃん割引で」
「怪しげな料金はおいといて、その割引何?」
「ハグ代でござる」
「うわっ、なにそれ~」
ジト目で結城有紀を見る碧純に、基氏が興奮した。
「ちょっと待ってて、着替えてくる。有紀ちゃんこっち」
メイド服とシマシマパンツ、ルーズソックスを持って部屋へ行く二人を見送り、基氏はコンドームを隠した。
クッキーを食べながらスクール水着を眺める基氏。10分後、二人が戻った。
「ジャーン、お兄ちゃんどう?」
ピンクのメイド服にルーズソックスの碧純が勢いよく登場。
「メイド服にルーズソックス…萌える…ハァハァ」
黒のメイド服の結城有紀は丈が短く、もじもじしていた。
「拙者には似合わなかったでござるよ」
「ロリと長身メイドの戦隊物かよ、ハァハァ」
「お兄ちゃん、あんまり見ちゃだめ」
スカートの隙間からシマシマパンツが見えた。
「え? パンツも履いたの? ハァハァ」
「パンツの上から履いたでござるが、見られると恥ずかしいでござりんす」
「キャラ崩壊キター」
「お兄ちゃん、通報案件だよ」
「待て、ブルマ履いてよ。ブルマならいいだろ」
「はいでありんす」
結城有紀がブルマを受け取り部屋へ。碧純が言った。
「お兄ちゃん、有紀ちゃんばっかり見すぎ」
誤解だった。基氏は碧純に欲情しないよう視線を移していた。
ピンクのブルマで戻った結城有紀がもぞもぞした。
「ブルマも履いたことないでありんす」
「ブルマとスクール水着は国の宝だ」
「お巡りさんって何番だっけ?」
「やめろ、兄を突き出す気か」
「キモいよ」
「キモくても兄だぞ」
「前科持ちの兄になるのか…シクシク」
「通報しなけりゃ前科持ちにならん」
結城有紀が大笑いした。
「あははっ、お腹痛い!」
「有紀ちゃん?」
「ユエル?」
「一人っ子で、こんな楽しいことなかったから」
「そうか? 喜んでもらえて何よりだ」
「変態お兄ちゃんが笑いの種になって妹として何よりだ」
「いたっ、チョップ禁止」
「もう止まっただろ?」
「これから有紀ちゃんみたいに育つもん」
「あははっ、お腹痛い!」
結城有紀がお腹を抱えて笑う中、大家さんが入ってきた。
「あら、鍵開いてるわね。真壁君、お散歩中にお届け物預かってたわよ」
メイド服とブルマの二人を見て、誤解した。
「忠信さんにプロのお姉さんが来てるって連絡しなきゃ」
「違うんだよ、大家さん、待って!」
必死の説明で連絡は避けられた。
その夜、両親が留守と聞いた二人は、けんちん蕎麦を振る舞い、結城有紀を痛車で送った。
「先生、碧純ちゃん、また遊びに行ってもいいでござるか?」
「いつでも歓迎だよ、有紀ちゃん」
「妹共々よろしくね、気をつけて帰るんだよ」
「ごちそうさまでした」
夜、碧純が基氏に言った。
「お兄ちゃん、私たち実の兄妹じゃないの、有紀ちゃんに言った方がいいかな?」
その言葉に込められた気持ちを基氏が感じた。
「言わなくてもいいんじゃないか?」
不機嫌な表情の碧純。車内は静かだった。
その夜、基氏がお風呂に入ると、バスタオルを巻いた碧純が入ってきた。
「お兄ちゃん、一緒に入ろう」
「バッカ、お前…」
「水着着てるからいいでしょ。昔よく入ってたじゃん」
寂しげな表情に、基氏は拒否しなかった。スクール水着姿の碧純が背中を向けて湯船に浸かった。
「お兄ちゃんを誰かに取られるの嫌だよ」
「分かってるって」
「え?」
「高校卒業するまでは、これ以上言えない。そう決めてる」
「そういうことか」
「そういうことだ、分かれ」
「うん、分かるよ。ずっと一緒だったもん。背中に堅いの当たってるよ」
「バッカ、それは生理現象だっつうの」
「うん、分かってる…待っててね、お兄ちゃん」
「あぁ、ちゃんと待つさ」
短い言葉で両思いを確信し、二人は卒業まで我慢する決意を固めた。




