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第28話:雷雨の帰路と誤解の解消

 真壁基氏と真壁碧純は、雷雨の中、痛車RX-7に結城有紀を乗せて走り出していた。

 狭い後部座席に座る碧純が、助手席の結城有紀に気まずそうに言った。

「ごめん、委員長、お兄ちゃんの車変だよね。できれば内緒にして」

 結城有紀が首を振った。

「無理しなくてもいいよ。でも、この雷じゃ待つか、迎えに来てもらうしかないよね。スマートフォンある? 貸してあげようか?」

「私、今、一人なの」

「なら、我慢して乗ってく? 遠慮しなくていいよ。実家じゃ友達の迎えに便乗するの普通だし。あ、お兄ちゃんだからね。変な男じゃないよ、ちゃんと『家族の兄』であって、『おにいちゃん』って意味じゃないよ」

「兄? お兄ちゃん?」

「うん、兄だよ」

「おい、早くしろ、雨強くなってきてるぞ」

 基氏に急かされ、二人は車に乗り込んだ。碧純が後部座席、結城有紀が助手席に座った。

「お兄ちゃん、早く行って。他の人に見られたくない」

「っとに、せっかく迎えに来てやったのに。お友達はどこに帰るんだ? 遠慮すんな。田舎じゃ当たり前なんだから。助け合いがない今の風潮のがおかしいよな」

「お兄ちゃん、それには同意するけど、見ず知らずの人で、この痛車じゃ警戒するって」

「そうか? 同級生の兄ならいいだろ?」

 基氏が走り出すと、結城有紀がか細い声で言った。

「つ、つくば駅までお願いします」

 基氏はどこかで聞いた声だと感じつつ、「オッケー」と承諾した。車内には雷の雑音が混じるラジオが流れ、茨城弁丸出しのパーソナリティが「気象情報と交通情報入れっかんね」と言うと、大雨警報とつくばエクスプレスの運行休止が伝えられた。

「つくば駅からどこまで?」

「えと、研究学園都市駅ですけど、つくば駅で大丈夫です。キュートで時間潰しますから」

 結城有紀が地声で答えると、基氏が反応した。

「ん? 誰かに似てる声だな。綺麗な声だ。あ、セクハラか? ごめん。それより研究学園都市駅ならすぐだ。雷だと運行再開分からんし、送ってくよ」

「そんな、悪いですって」

「委員長、遠慮しなくていいよ。気持ち悪い車で悪いけど」

「真壁さん」

「は、はい?」

「あなた、何か勘違いしてる。この『お兄ちゃんのためならパンツもあげるよ』は比喩で、中身は純愛物。血の繋がらないブラコンの四人の妹が兄を取り合う全年齢対象のライトノベルよ。イラストとタイトルは過激だけど、小学生が読んでもいいくらい繊細で綺麗な物語なの」

 結城有紀が早口でまくし立てた。

「知ってるよ。お兄ちゃんの本だもん。読んだよ」

「碧純、読んだの?」

「も~中身とタイトルとイラストがちぐはぐだよ。お兄ちゃんがバカ変態作家なら、編集さんも同レベルなの?」

「イラストは俺の好みで無理言って頼んだんだ。タイトルも仮のが編集会議でOK出ちゃったし」

「委員長、知ってるの? 読んでるの?」

「当然よ。『妹のためならなんでもしたいお兄ちゃん』も読んでる。理想のお兄ちゃんじゃない。私だってこんなお兄ちゃんに体洗ってもらいたい」

「へぇ、真面目一徹、北欧神話でも読んでそうって噂の委員長がこんなの読むんだ」

「君、委員長なんだ。うちの碧純、田舎っぺなとこもあるけど、仲良くしてやってくれ」

「当然です。茨城基氏先生の妹様なら仲良くしたいござる。てっきりバーチャルユエルに飽きて女子高生を連れ込んだのかと思ったでござる。真壁さんが画面に映ってびっくりしたでござるよ」

「「はい?」」

「ござる」に変わった結城有紀に、基氏と碧純が驚いた。

「あっ」

「バーチャル女子高生の件は猿渡さんと本人しか知らないはず。ござる語は俺しか知らないはず…もしや?」

「バーチャル女子高生、ユエルでござる。先生、世間は狭いでござるな」

「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」

 二人がハモって驚くと、結城有紀が続けた。

「先生、変なこと言ってないでござる。大丈夫でござる。流行りの物や女子高生の言い回しの確認でござった」

「委員長、なんで『ござる』なの?」

「緊張でござる」

 狭い車内でエアコンが効いても汗が止まらず、基氏が叫んだ。

「うわ~アドバイザーがいなくなるの厳しいーーーーーー」

「先生、やめられたら私も困るでござる」

「え?」

 身を乗り出す碧純に、結城有紀が説明した。

「事務所のレッスン費はアルバイトで出してるでござる」

「プロの声優目指してるんだよね」

「で、ござる」

「俺もリアルな女子高生アドバイザーいなくなるのは辛いから続けて欲しいけど、大丈夫か?」

「拙者、先生の作品のお役に立てて本望でござる。契約通り、他では話してないでござる」

「もう、お兄ちゃん、リアルなアドバイザーなら家にいるじゃん」

「碧純だとヒロインが田舎っぺになる。ユエルはお洒落なサラダ専門店やタピオカの流行を教えてくれる」

「ふきのとうの天ぷらなら青森の女子高生魔女漫画があるでござる。人気でござるよ」

 基氏は碧純をモデルにできない本当の理由――尊ぶ存在だから――を隠した。

「これからもお願いしますでござる」

「かまわないなら続けて欲しい」

 車が研究学園都市駅に着くと、雨が上がり、筑波山に虹が架かっていた。

「先生、ありがとうござる。真壁さん、学校では内密にしてくださいでござる」

 結城有紀が足早に去った。

 助手席に座り直した碧純が、家に向かう基氏に言った。

「お兄ちゃん、委員長に変なこと絶対話さないでよね。会うのも禁止だからね」

「法を犯さないためにああいう手段にしてるんだから」

「リアルなアドバイザーなら家にいるのに」

 口を尖らせて怒る碧純に、基氏が苦笑した。



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