表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/46

第1話:筑波の春と封印された思い

 筑波山から吹き下ろす風が心地よい春の日。

 つくば市は梅祭りの観光客で賑わっていた。

 そんな中。

 比較的新しい二階建てアパートの一室。

 そこに住むライトノベル作家・茨城基氏。

 本名は真壁基氏、21歳。

 彼はスマートフォンの画面を見つめていた。

 画面にはメッセージ。

 血縁上は叔母だが、義母として育ててくれた真壁佳奈子からだ。

 基氏は幼い頃、自然災害で両親を失った。

 叔母夫婦に引き取られた過去がある。

 叔母の佳奈子と叔父の忠信。

 実の両親のように温かく、時に厳しく接してくれた。

 周囲からは実子と見られるほど自然な家族だった。

 基氏自身も、その家が居心地悪いと感じたことは一度もない。

 それでも。

 高校卒業と同時に実家を出ざるを得なかった。

 進学や将来の就職を考えれば。

 山奥にある実家は現実的ではない。

「ポツンと一軒家」の取材が来そうなほど辺鄙な場所だ。

 通学も通勤も難しい。

 だが、それだけじゃない。

 基氏にはもう一つ、重大な理由があった。

 可愛すぎる妹。

 血縁上は従妹、真壁碧純。

 彼女への禁じられた感情だ。

 小学校高学年を迎えた頃。

 碧純の体は女性らしくなり始めていた。

 その姿を見ていると。

 基氏は抑えきれぬ欲情を感じるようになっていた。

 守るべき存在であるはずの妹。

 なのに、傷つけるような欲望に苛まれる。

 自分自身を許せないほど苦しんだ。

 ブラコン気質の基氏。

 妹が恋しい気持ちは強かった。

 だが、歳の離れた碧純が成長するにつれ。

 その女性らしさが際立つ姿に。

 いつ過ちを犯してしまうかと恐れていた。

 だからこそ。

 自ら進学を機に実家を離れた。

 妹への思いを封印しようと決めたのだ。

 鹿島神宮の要石のように。

 心に重い石を乗せて固く閉ざした。

 実家のある大子町から遠く離れたつくば市へ。

 国立の理化学系トップクラスの筑波大学に進学。

 物理的にも精神的にも距離を取った。

 水戸市の国立大学も選択肢にあった。

 だが、大子町から水郡線一本で来られてしまう近さ。

 碧純が気軽に訪ねてくる可能性がある。

 それを避けたかった。

 あえて常磐線だけではアクセスしにくい、つくば市を選んだ。

 お小遣いの乏しい妹にとって。

 地理的にも経済的にも訪ねづらい場所。

 それも計算済みだった。

 新しい環境での大学生活。

 基氏にとって、それは孤独との戦いだった。

 田舎で育ち。

 小学校から高校までほぼ同じ顔ぶれ。

 そんな彼にとって。

 知り合いのいない大学での人間関係は難しかった。

 コミュニケーションがうまく取れない。

 孤独と寂しさに押し潰されそうになった。

 妹への愛を封印したストレスも重なる。

 心の隙間はどんどん広がっていった。

 そんな時。

 深夜アニメとライトノベルに出会った。

「へぇ、この作品も小説投稿サイト『小説家になっちゃおう』からアニメ化か」

「サラリーマンになってから書籍化デビューって」

「夢を追い続ければネットで実現できるんだな」

 最初は軽い興味だった。

 だが、次第に二次元の世界にのめり込む。

 そして、自ら書き始めた。

 プロになるなんて夢のまた夢。

 ただ、寂しさを紛らわすためなら何でも良かった。

 心の隙間を埋める手段。

 イラストでも音楽でもなく、文章だった。

 それは偶然に過ぎなかったのかもしれない。

 そうして書き上げた処女作。

『妹のためならなんでもしたいお兄ちゃん』。

 驚くべきことに5000万アクセスを突破。

『小説家になっちゃおうWEB小説大賞・大賞』を受賞した。

 大手出版社から書籍化。

 一躍注目を浴びた。

 大学2年生、20歳の冬のことだ。

 実家からは連絡があった。

「冬休みに帰ってこられないのか?」

「仕事と学業の両立で忙しい」と返した。

 実際、基氏の妹への熱い思いが込められたこの作品。

 妹物を愛する読者の心に深く刺さった。

 妹好きや妹に憧れる者だけでなく。

 兄に憧れる女性にも支持される。

 緊急重版が決まり、シリーズ化も進んだ。

 さらに、中堅出版社からSNS経由でオファー。

 第二作『お兄ちゃんのためならパンツもあげるよ』を執筆。

 これも重版となり。

 2シリーズを持つ人気ライトノベル作家の仲間入りを果たした。

 執筆に追われる中。

 大学に通う目的が「家を出るため」だった基氏。

 退学を考えた。

 だが、世間体や打ち切りリスクを考慮。

 ひとまず休学を選んだ。

 印税で生活が安定。

 心の隙間を埋めるように。

 部屋は萌え美少女ポスターやタペストリー、フィギュアで埋め尽くされていった。

 21歳の春。

 ほどほどに落ち着いた生活を送っていた基氏。

 そこに衝撃的な知らせが届く。

 妹の碧純が。

 基氏のアパートから徒歩圏内の東京の私立女子高校に進学。

 住まわせてほしいというのだ。

 佳奈子からのメッセージ。

 可愛い兎のスタンプと共にこう書かれていた。

『碧純、春から基氏の所から学校行くから住まわせてヤってね』

「酷い誤字だな、大丈夫か母さん」

 基氏は苦笑した。

 忙しさからか、軽く返信してしまう。

『ん、わかった』

 萌え美少女が敬礼するスタンプを添えて送った。

 深く考えないままの返信だった。

 萌え美少女に没頭するあまり。

 妹への思いを心の奥に封印したまま。

 一緒に暮らしても大丈夫だと楽観視していたのかもしれない。

 碧純も成長した。

 もし何かあれば自分で拒否できるだろう。

 兄離れもしているはずだ。

 無防備な姿で接してくることもないだろう。

 そう考えた。

 一人暮らしの心配もある中。

 ここは叔母夫婦への恩返しの機会だとも思った。

 叔父が借りた2LDKのアパート。

 一人で住むには広く、碧純用の部屋も空いている。

 こうして、基氏は碧純との共同生活を受け入れることにした。

 だが、それは序章に過ぎなかった。

 封印していた心の要石が。

 揺らぎ始めるきっかけだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ