第11話:実家への帰還と母の思惑
真壁基氏と真壁碧純。
リビングに座る。
佳奈子からの手紙を手に持つ。
朝の光がカーテンを透ける。
二人は顔を見合わせる。
『基氏、碧純、元気にしてるみたいね』
『そろそろ実家に帰ってきなさい』
『話したいことがあるわ』
短い文面。
不安と好奇心が混じる。
「お兄ちゃん、ママ何企んでるんだろうね」
「分からねえよ」
「けど、母さんのことだ」
「なんかあるんだろ」
「うん」
「私たち、帰った方がいいよね?」
「あぁ、そうだな」
「ちょうど春休みだし、行くか」
二人は頷き合う。
荷物をまとめる。
数日後。
大子町の実家へ向かう。
水郡線の電車。
ガタゴト揺れる。
懐かしい山間の景色。
緑が広がる。
碧純が呟く。
「お兄ちゃん、久しぶりの実家だね」
「私、ちょっとドキドキするよ」
「俺もだよ」
「お前とこんな関係になってから初めてだからな」
「ママ達にバレたら、どうなるかな?」
「……分からねえ」
「けど、正直に話すしかないだろ」
電車が駅に着く。
ホームに降り立つ。
懐かしい空気。
実家へ向かう。
実家の玄関。
佳奈子が笑顔で迎える。
エプロンを着たまま。
「基氏、碧純、お帰りなさい」
「よく来てくれたわね」
「母さん、久しぶりだな」
「元気そうだ」
「うん、ママ、私たちも元気だよ」
忠信が縁側に座る。
無言で頷く。
農具を手に持つ。
渋い顔。
「基氏、碧純、帰ってきたか」
「飯はまだか?」
「もうすぐよ、忠信」
「少し待ってて」
佳奈子が台所へ。
碧純が手伝いに加わる。
包丁の音。
鍋の湯気。
基氏は忠信と縁側で。
並んで座る。
風が吹く。
「父さん、最近どうだ?」
「畑が忙しい」
「猪がまた出てるぞ」
「お前、猟でも手伝え」
「あぁ、分かったよ」
「時間あればな」
無骨な会話。
だが、忠信の目。
温かさが滲む。
基氏をじっと見る。
夕飯のテーブル。
家族が揃う。
鍋を囲む。
懐かしい味。
山菜の香り。
「基氏、作家業はどうだ?」
「順調だよ」
「印税で生活できてる」
「そう」
「碧純、学校は楽しいか?」
「うん、楽しいよ」
「友達もできたし」
「そうか」
「二人で仲良くやってるみたいね」
「ふふふっ」
佳奈子の笑み。
基氏と碧純。
顔を見合わせる。
胸がざわつく。
「母さん、何だよ、その笑い」
「何でもないわよ」
「基氏、碧純のことちゃんと見てあげてね」
「……あぁ、見てるよ」
「うん、お兄ちゃん、私のことちゃんと見てくれてるよ」
その言葉に。
佳奈子が目を細める。
意味深な視線。
「そう」
「見てくれてるならいいわ」
「実はね、話したいことがあって」
「何だよ、母さん」
「基氏、あなた、真壁家の跡取りになってくれないかしら」
「……何!?」
「え、ママ、それってどういうこと?」
佳奈子は落ち着いた声。
穏やかに続ける。
「忠信と私はね」
「基氏を我が子同然に育てたわ」
「血は繋がってないけど、あなたは私たちの息子よ」
「そして、碧純は娘」
「二人で真壁家を継いでくれれば」
「私たちに何の文句もないわ」
基氏は言葉を失う。
口が開いたまま。
碧純が慌てて言う。
「ママ、それって、私とお兄ちゃんが……」
「そうよ」
「結ばれてもいいと思ってるわ」
「ふふふっ」
忠信が黙って頷く。
農具を置く。
低い声。
「基氏、お前が跡取りなら安心だ」
「畑も任せられる」
「父さんまで……何だよ、これ」
佳奈子が笑いながら補足。
「基氏、あなた、碧純のこと大好きでしょ?」
「昔からシスコンだったもの」
「碧純もお兄ちゃん大好きだし」
「ちょうどいいじゃない」
「……母さん、気づいてたのか」
「当たり前よ」
「母親だもの」
「基氏が大学行ってから帰ってこなかったのも」
「碧純への気持ちを抑えるためでしょ?」
基氏は目を逸らす。
額に汗。
碧純が顔を赤らめる。
「ママ、私、お兄ちゃんのこと」
「兄妹以上の気持ちで好きだよ」
「知ってるわよ」
「碧純、あなた、お兄ちゃんのこと追いかけてつくばに行ったんだから」
「うん」
「私、お兄ちゃんと一緒にいたいよ」
佳奈子が優しく微笑む。
温かい目。
「なら、いいじゃない」
「基氏、あなたはどう思う?」
「……俺、碧純のこと大事だよ」
「妹としても、女としてもな」
「そう」
「それでいいわ」
「二人で幸せになってくれれば」
「私たちに何の文句もないよ」
忠信が呟く。
静かに言う。
「基氏、お前がその気なら」
「養子縁組の手続きもできるぞ」
「父さん、そんな急に……」
「急じゃないよ」
「ずっと考えてたことだ」
基氏は頭を抱える。
碧純が手を握る。
温かい感触。
「お兄ちゃん、私、ママ達が認めてくれるなら、嬉しいよ」
「……俺もだよ」
「けど、こんな簡単にいくのかよ」
佳奈子が笑う。
軽やかに。
「簡単じゃないわよ」
「世間には兄妹って知られてるんだから」
「少し大変かもしれない」
「でも、私たちが認めてるんだから、大丈夫よ」
その夜。
基氏と碧純。
縁側で二人きり。
星空が広がる。
風が涼しい。
「お兄ちゃん、ママ達、応援してくれてるんだね」
「あぁ、意外だったよ」
「母さん達、ずっと企んでたみたいだな」
「うん」
「私、お兄ちゃんと一緒にいられるなら、それでいいよ」
「俺もだよ」
「お前、俺の大事な女だからな」
碧純が基氏に寄り添う。
肩にもたれる。
星を見上げる。
「お兄ちゃん、私、幸せだよ」
「あぁ、俺もだよ」
二人は手を握り合う。
新たな未来を想像する。
穏やかな夜。
だが、佳奈子の言葉通り。
世間とのギャップ。
簡単には埋まらない。
小さな不安が残る。
翌日。
朝食後。
基氏が佳奈子に尋ねる。
縁側でコーヒーを飲む。
「母さん、世間にどう説明すんだよ」
「俺たち、兄妹として育ったんだぞ」
「そうね」
「少しずつ慣らしていくしかないわ」
「まずは二人で幸せになってね」
「それが一番よ」
忠信が補足。
農具を手に持つ。
「基氏、お前が作家で稼いでるなら」
「田舎でも暮らせる」
「畑もあるしな」
「……確かに、そうだな」
碧純が笑う。
明るい声。
「お兄ちゃん、私たち、ここで暮らすのもいいよね」
「あぁ、お前がいいなら、俺も考えるよ」
実家での対話。
二人の関係を後押し。
佳奈子の思惑通り。
新たな道が開ける。
その日。
基氏と碧純。
実家の庭を歩く。
懐かしい風景。
畑の緑。
「お兄ちゃん、私、ここで暮らしたら、どうなるかな」
「畑仕事手伝うか?」
「俺、猪狩りもやるぞ」
「うん、私、料理頑張るよ」
「お兄ちゃんの好きなもの作るね」
「あぁ、頼むよ」
「お前、料理上手いからな」
二人は笑い合う。
未来を語る。
穏やかな時間。
だが、夜。
基氏が縁側で考える。
星空を見上げる。
世間の目。
不安がよぎる。
「母さん達はいいって言っても」
「世間がどう見るか……」
碧純が近づく。
基氏の隣に座る。
肩を寄せる。
「お兄ちゃん、何か考えてる?」
「あぁ、世間のことだよ」
「俺たち、兄妹って知られてるからな」
「うん、私もちょっと怖いよ」
「でも、お兄ちゃんと一緒なら、大丈夫だよね?」
「あぁ、大丈夫だよ」
「お前がそばにいれば、なんでも乗り越えられる」
碧純が基氏の手を握る。
強く握る。
笑顔。
「お兄ちゃん、私、頑張るよ」
「俺もだよ」
「お前と一緒なら、なんでもできる」
翌朝。
実家の居間。
佳奈子と忠信と話す。
朝食の後。
「母さん、俺たち、どうすりゃいいと思う?」
「基氏、あなたたち、幸せならそれでいいわ」
「世間は少しずつ慣れるよ」
「父さん、どう思う?」
「基氏、お前が決めることだ」
「俺は反対しねえ」
「うん、ママ、パパ、ありがとう」
「お兄ちゃんと一緒に頑張るよ」
佳奈子が笑う。
優しい目。
「碧純、あなた、お兄ちゃんのこと大好きね」
「基氏も碧純のこと大事にしてあげてね」
「あぁ、分かったよ」
二人は頷く。
家族の応援。
背中を押される。
実家を後にする日。
駅のホーム。
電車を待つ。
碧純が言う。
「お兄ちゃん、私、ママ達に認められて、嬉しいよ」
「あぁ、俺もだよ」
「母さん達の思惑、予想外だったな」
「うん」
「私、お兄ちゃんと一緒に未来作るよ」
「俺もだよ」
「お前、俺の大事な女だからな」
二人は手を握る。
電車が来る。
新たな道へ。
だが、世間の目。
未来への不安。
まだ影を落とす。
二人の愛。
試練を乗り越えられるのか。
それは、時間だけが知っていた。