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ゲームの魔王と現実世界でデート!?

作者: ReseraN

※本作は「ラスボスと空想好きのユア」本編のネタバレが出て来ます。

 少女ユアは空想の物語が大好き。

 最近ハマっているのは、発売したばかりの「イマジネーション・ストーリー」というRPGゲームシリーズの五作目。

 そのラスボスの魔王・ディンフルを推している。


 もちろん、同じイマスト(ファイブ)の登場人物・フィトラグス(通称・フィット)、ティミレッジ(通称・ティミー)、オプダット(通称・オープン)、その他のキャラクターも大好き。


 なので異世界で彼らと出会ったユアは、この数ヶ月を楽しく過ごしたのである。



 フィトラグスの父である国王へイマスト(ファイブ)の攻略本を渡す約束をしていたが、ユアはすっかり忘れていた。

 そのため、王に頼まれたディンフルと共に急遽、買いに行くことになった。

 今日はユアも仕事が休みなので、一日ゆっくりと過ごせる。


 ディンフルは自身のマントを頭からすっぽりと被ると、濃い紫色の短髪に紫色の眼鏡を掛け、黒いジャケットを着た青年に変身した。

 彼はこの姿でないと、ユアが住む現実世界・リアリティアを歩けなかった。

 何故なら、この世界ではディンフルは人気ゲームのキャラクターで知名度もあったため、迂闊に出歩けないからだ。


 もちろん変身している間、名前も「ディーン」へ変えていた。



 出掛ける前に、彼はユアの勉強机に目を止めた。

 開いたままの参考書と勉強用のノートがあった。


「学校は卒業したのではなかったか?」

「今は施設の職員補助をしながら来年に向けて勉強してるんだ。やっぱり、大学は出てた方がいいからさ」


 ユアは来年の入試に向けて頑張っていた。

 ディーンは参考書を取ると、ページをパラパラとめくり始めた。


「リアリティアでも同じような問題を解くのだな」

「フィーヴェにも数学あるの?!」

「ああ。専らお前がやっている問題は、七年から九年の間に修了した」


 イマスト(ファイブ)の舞台・フィーヴェには「小学校」「中学校」「高校」「大学」という呼び名はない。

 そのため、リアリティアで言う「中学」は七年、八年、九年、「高校」は十年、十一年、十二年と表し、大学は存在しなかった。


 つまり、ディンフルらフィーヴェの住人は中学時代に大学入試レベルの数学を習っていたということだ。


「中学でこんな難しいの、やるの……?」


 衝撃の事実にユアは顔が青ざめた。


「さらに言うとお前が解いた五問、全て間違えているぞ」


 ノートを見たディーンからの指摘で、さらに愕然とした。


「時間掛けて解いたのに……」

「帰ったら教えてやる。時間があればな」

「“帰ったら”……? そうだ、これからデートだったね!」


 苦手な数学に意気消沈したユアだが、推しとのデートが待っていることを思い出し、すぐに立ち直った。

 ディーンが「デート……?」と顔をしかめて聞き返す。


「あ、デートっていうのは、好きな男女同士が愛を深めるために遊びに行くことで……」

「そんなことわかっている」


 言葉の意味を知らないと思ったユアが説明するが、遮られてしまった。


「何故、本を買いに行くのがデートなのだ?」

「リアリティアの本屋の周りって、遊ぶところがたくさんあるんだよ!」

「俺は遊びに来たのではない! 国王から攻略本を持って来るよう頼まれたのだ! つまり、任務中だ!」

「任務中って、ディン様も一応休みなんでしょ?」


 ディンフルは魔王としてフィーヴェを支配していたため、世界で最も手の掛かる魔物を退治するという罰を執行されていた。彼の戦闘力の高さを考えての懲罰だった。


 ところが、どんな強者でも一ヶ月は掛かると予想されていたが、ディンフルはたったの一週間で終わらせていた。

 そのため短期間で釈放され、今は国王から依頼される時以外は時間が余っていた。


 何より、ユアにとっては推しと二人で都会へ行くのだ。

 ただ、本を買って帰るだけでは物足りなかった。


「さすがにリアリティアでは監視されないでしょ?」

「それはそうだが……」


 どうしてもデートをしたがるユアへ、ディーンは答えを渋った。


「そうそう。こないだ、ラーメン屋の新しいクーポン券、もらったんだよ!」

「行こう」


 クーポン券を見せられ、彼は即答した。


 彼はリアリティアのラーメンがすごく気に入ったのだ。

 フィーヴェにはラーメンが無いため、初めて食した時は感動のあまり大声を出してしまい、大将が思わず嬉し泣きする事態になった。


 それに今回は、攻略本以外にもリアリティアの食事も目当てであった。

 クーポン券のおかげで、デートが決行された。



 早速、街へ繰り出す二人。

 ユアもデートと言うことで、初任給で買ったピンク色のチェック柄のチューリップハットを被って行った。


 電車を使って行くと、大型のショッピングセンターに到着した。

 ここは三階建てて、一階が食料品売場とフードコート、二階が服飾関連、本や雑貨、おもちゃ売場、三階がゲームセンターや映画館、カラオケなど遊ぶところが多かった。


 もちろんフィーヴェにはこんなショッピングセンターは無く、ディーンは外観を見ただけで唖然とした。


「すべて、店なのか……?」

「そうだよっ!」


 信じられないディーンへ、ユアが明るく返事をした。

 自分の世界のものを早く彼へ紹介したくてたまらなかったのだ。


「フィーヴェには無い食べ物とか雑貨がたくさんあるから、今のうちに覚悟しときなよ~」


 今から驚くディーンが楽しみで、ついドヤ顔をしながら言った。


「勝ち誇った気でいるが、調理やレジ打ちとやら裁縫に至っては俺が上だからな」


 冷静に言い返すディーンに、ユアはうなだれた。

 今、リアリティアの知識があるのは自分の方だが、ディーンが独学で調べ出すと、そのうちユアが知らないことまで知りそうな予感がした。

 彼は負けず嫌いなのだ。



「それで、本屋はどこだ?」

「三階。だから、エスカレーターで行こう」

「えすかれぇたぁ?」


 やはり、ディーンは初耳だった。

 ユアが連れて行き、実物を見せてみた。


「階段が動いている?! もしや、魔法か?!」


 予想以上に驚く彼にユアは笑い転げた。


「魔法じゃないよ! 機械で動いてるんだよ!」

「フィーヴェにも機械はあるが、こんなに動く階段は見たことが無い……」



 エスカレーターを使って、三階まで行く二人。

 移動している間も、ディーンの目には全てが目新しく映った。

 あまりにもキョロキョロしながら歩くので、何度か通行人にぶつかりそうになった。


「気になるのはわかるけど、前見て歩こう? 人にぶつかっちゃうから」

「すまぬ……」


 子供のように注意を受けたディーンは、気後れしながらユアへ詫びた。



 色々なものが気になりながらも、本屋に着いた。

 フィーヴェにも店はあるが、リアリティアほど大きくはない。

 店内の広さにディーンは圧倒された。


「色々なジャンルの本があるのだな。ティミレッジが見たら、どれほど喜ぶことか……」

「いつか連れて来よう! 攻略本はこっちだよ!」


 やはり、驚くディーンを見て喜ぶユア。

 うきうきしながら、彼の手を引いてゲーム本コーナーへ走った。


 イマスト(ファイブ)の攻略本はすぐに見つかった。

 ユアは既に持っているものと同じ本を手に取った。

 その間、ディーンは自分たちのイラストが載った複数の本を見つけていた。


「他のものは違うのか?」

「あとはイラスト集だったり、ファンブックだったり、設定資料集だね。攻略本は別の出版社からも出してるけど、発売してまもなくに発売したから情報量は少ないんだ」


 得意げに説明するユアだが、途中でイマスト(ファイブ)の新しい本に気が付いた。


「こ、これ……、出たら絶対買おうと思ってたやつだ! もう発売したの?! 時が経つのは早いな~」


 テンションが上がるユア。しかし、今日は国王のために攻略本を買いに来ていた。


「まいったな。これを買うと、あとが困る……」

「金なら国王が出すと言っていただろう?」

「そうだけど、この後のデート代が無くなるんだよ……」


 ユアは給与のほとんどを将来の蓄えへ回し、手元には少なく残していた。

 攻略本代は後に国王からもらえるが、ディーンとのデート代が心配だった。


「デートを中止しても良いのだぞ?」

「それはダメ! せっかくの機会だよ!」


 ディーンが提案すると、ユアは勢いよく叫んだ。

 本屋は静かなので、周囲の客や店員が一斉にこちらを見た……と言うより、睨んだ。


「すいません……」謝った後で、ユアは小声で決意した。


「決めた! 今日は新しい本は諦めて、デートにつぎこんでやる!」

「こうなるか……」


 攻略本を買い、自分のリュックに入れたユアはディーンを連れて、次の場所へ向かった。



 着いたのは、ゲームセンター。

 やはりフィーヴェには無い娯楽なので、ディーンは騒音に耳を塞いだ。


「ずいぶんとうるさい場所だな……!」

「すぐに慣れるよ!」


 ユアが大声で言うが、耳を塞いでいる彼には聞こえなかった。


「何だって?」

「すぐに慣れるよ!!」

「何を言っているかわからぬ!!」


 ディーンが耳を塞いだままなので、もちろん会話は成立せず。

 ユアは学園から借りて来たスマホを取り出し、「すぐに慣れるよ」と文字を打ち、彼に見せた。


 ユアの言う通り、しばらくするとディーンはすぐに耳が慣れ、塞がずに歩けるようになった。

 だがゲームセンター内にある機械は、彼にとって目移りするものばかりだった。


「ねえねえ! ますはプリクラ撮ろうよ!」

「ぷりくら……?」



 ユアの案内で、個室のようなプリクラの機械内に入る二人。

 機械の指示でポーズを決めたり、撮影後に付属のペンで落書きをしたり(ディーンは慣れていないため、ほとんどユアが書いた)、それなりに楽しんだ。


 出て来たシールを見てユアは感動し、ディーンは唖然とした。

 何故なら……。


「顔がおかしくないか? 特に目が……」


 撮影に使ったプリクラは自動で目が大きく映る仕組みになっており、プリントされた二人の目は不自然に大きくなっていた。


「プリクラってこういうものなんだよね……」


 機械の仕様なのでユアにも対処が出来ず、苦笑いした。

 この出来にディーンは納得がいかなかったのか、眉間にしわを寄せた。


「う~む……。途中、色々な指示が出たり、落書きとやらもしたが、これは……。魔物みたいだ」

「そこまで言う……? あっ!」

「どうした?」

「せっかく撮るなら、ディーンじゃなくてディンフルの姿の方が良かったかも……」

「魔王でこの目は、魔物以上の恐怖になるぞ……」



 次はゲーセン内にあるゲームで遊んだ。


 ユアがお金を入れて、クレーンゲームを始めた。

 巨大な透明の箱の中には、イマスト(ファイブ)のぬいぐるみが入っていた。ボタンを押し、アームを動かして取ろうとするが、なかなか難しい。


 ユアが狙っているのは、ディンフルのぬいぐるみ。

 つかんだと思ったら、緩いアームから落ちてしまった。


「俺のぬいぐるみが欲しいのか?」

「うん。でもこの機体、特に取りにくいって評判なんだよね……」

「任せろ」

「取れるの?!」


 ユアは驚いた。

 ディーンことディンフルは、ゲーセンが無い異世界の住人。

 クレーンゲーム等はもちろんやったことが無いので、仕様や勝手がわからないと思っていた。


 しかし、ディーンは元から天才肌。

 リアリティアで生まれて初めて自転車に乗った時も、一時間足らずで乗りこなした。

 その例があり、負けず嫌いもあるディーンならクレーンゲームもクリア出来るのでは……? ユアは期待に胸を膨らませた。


 ところが次の瞬間、ディーンは左手から光の球体を出した。

 察したユアが急いで制止する。


「ダメ!!」


 周りの音より大きく聞こえた声にディーンは驚き、球体を手の中で消した。


「な、何故だ……?」

「今、魔法を使おうとしたでしょ? 前にも言ったけど、リアリティアには魔法が無いの! だから、むやみに使ったらダメなの!」

「しかし、この箱を壊せば、確実に手に入るが……?」

「壊したら犯罪なのっ! これはボタンでアームを操作して、ぬいぐるみを取るゲームなの! それ以外の方法で取っちゃダメ!!」

「面倒くさいな、リアリティアは……」



 結局ぬいぐるみは諦め、次は映画館に入った。

 予約はしていなかったので、すぐに見られる映画を見た。


 二人が見たのは、ホラー映画。


 真っ暗な中、スクリーンに薄暗い映像が映し出されていた。


 何かから逃げまどう画面の中の女性。

 彼女を追い掛けるように迫り来る足音。


 女性は一室の部屋に逃げ込み、鍵を掛ける。

 足音が部屋の外で止まり、部屋のドアノブを回した。ドアが開かないので、何度もガチャガチャと回し続けた。


 やがて再び足音がすると、部屋の前から遠ざかって行く。

 追手が去って行ったと、安堵の息を漏らす女性。


 開錠し、ドアを開けると……。

 去ったはずの、長すぎる黒髪で顔が覆われた人物が立っていた。


「キャーーー!!」


 館内が悲鳴に包まれた。

 今の叫び声はスクリーンの女性だけでなく、ユアと他のお客さんのものも含まれていた。


 怖くなったユアは思わず隣のディーンに抱きつくが、彼は微動だにせず画面を睨みつけていた。



 映画が終わると、次は少しだけカラオケ。

 個室で二人っきりになると、先ほど見た映画の感想を言い合った。


「さっきの映画、怖かったな~」

「そうか? 俺は終始、疑問だった。“何故、戦わぬのか”と」

「戦う……?」

「怖れるなら、戦う術を身に着ければ良かろう。ましてや、逃げ回っていた建物には武器になりそうなものがいくつかあったはず。それらを駆使すればあのような追手、何とでもなるだろう」


 戦闘経験が豊富のディーンらしい意見だと、ユアは納得するしかなかった。

 同時に、二度と彼とホラー映画は見ないことと、遊園地のおばけ屋敷には連れて行かないと決めた。

 ディーンなら、仕掛けのおばけまで倒しそうだったからだ。



 映画の話が終わると、カラオケスタート!

 ユアはリアリティアで知らない者はいない人気歌手・ミカネの曲を数曲歌った。


「あ~、スッキリした! いい曲でしょ? 今の全部、ミカネが作詞作曲したんだよ!」

「確かに曲は良かった。……だが、上手くはなかったな」

「ミカネみたいなプロじゃないし、カラオケだから下手でもいいの!」


 ユアの歌唱力は上手くもなければ下手でもなかった。

 ディーンからすると、評価しづらかったようだ。


「そういえば、ディン様って歌えるの?」

「あまり、人前で歌ったことは無い。施設にいた頃、子供の寝かし付けでウィムーダ(ディンフルの恋人)が率先して子守唄を歌っていたし、舞台の仕事をやっていた時も歌は任されたことがない」

「ちょ……! 舞台やってたの?!」

「ディファートがいかに仕事が出来るか証明するために、短期間だけだ。それと、舞台と言ってもホールのような大きいところではない」


 ユアは、ディンフルは色んなことが出来るのを既知だったが、まさか舞台まで出ているとは思わなかった。


「舞台をやってたなら……歌えるかも?!」

「自信が無いことは無いが、なかなか機会が無かった。それ故、上手いかはわからぬぞ」

「他の人がディン様に嫉妬して、わざと歌わせないようにしてたんだよ! イケボだから上手いに決まってるよ!」

「……“イケボ”の意味がわからぬが、一曲だけなら歌おうか?」

「本当に?! これに歌えそうなの、入ってるかな?」


 ユアはカラオケの機械を指して言った。

 フィーヴェとリアリティアでは音楽の文化も違うので、カラオケで探しても出て来ない可能性があった。


「古くから伝わる“フィーヴェの子守唄”という曲なら歌えるが?」

「それなら、あったはず!」


「フィーヴェの子守唄」は、イマスト(ファイブ)内で使われている、唯一の歌付きのBGMだった。

 そして、発売してまもなくネットで配信され、カラオケにも出るぐらいの人気を誇っていた。


「あった!」


 見つけたユアが早速、「フィーヴェの子守唄」を流した。

 ディーンはその場で立ち、マイクを持った。一応フィーヴェにもマイクはあるので、使い方はわかっているようだ。


(ディン様、初めてのカラオケか。どんな歌声だろうな……?)


 胸をときめかせ、目を閉じて耳を澄ますユア。


 まもなく、そのときめきは打ち砕かれるのであった……。




 歌い終わり、マイクを置くディーン。


「どうだ?」


 感想を求められたユアは硬直していた。


「う、うん。良かったんじゃないかな……」


 それしか言葉が出なかった。あまりにも一生懸命だったので、正直には言えなかったのだ。

 彼女の異変に気付いたディーンが心配し始めた。


「顔色が悪いが、大丈夫か?」

「ひ、久しぶりに遊び回ったから、疲れたのかも……」

「そうか。気付かず、すまぬ。ラーメン屋はパスだ。また次の機会にして今日は早く帰ろう」

「いや、行こう! そこまで疲れてないから! ディン様もラーメン食べたいでしょう?」


 必死に取り繕うユア。

 口には出さずに、また一つ決意を固めた。


(ウィムーダさんが歌いたがるのも、舞台で歌を任せられなかったの、わかった気がする。本人には申し訳ないけど、カラオケにも連れて来ないようにしよう……)



 一時間ほど過ごしたカラオケを出て、二人がショッピングセンターの入口へ向かって歩いていると、ユアがある店に目を止めた。


「ディン様、ちょっといい?」


 ユアはディーンを引っ張って、写真館に入って行った。


「写真を撮る店か?」


 彼の問いには答えず、ユアは暇そうにしている店員に声を掛けた。


「すいませーん。急で申し訳ないんですけど、今って撮れます?」

「おい! 何故、急に写真など?」


 わけがわからないディーンへ、ユアは頼み込むように言った。


「お願いっ! 私、どうしてもディン様と写真が撮りたいの!」

「写真なら最初に撮っただろう? あの、プリクラとやらを」

「ディン様、あの出来は気に入らないんでしょ?」


 ディーンは唸った。

 確かに、異世界育ちの彼は不自然に目が大きくなったプリクラには慣れていない。

 もしフィーヴェの者に見つかれば怖がられる、もしくは笑い者になるのは確実だった。


「……わかった。ただ、急に来て店側は迷惑でないのか? そこが肝心だぞ」


 二人の会話を聞いていた店員は満面の笑みを浮かべて、一言返事をした。


「いいよ~」


「いいんだ?! ありがとうございます! じゃあ、お願いします!」


 店員の笑顔につられて、ユアも笑顔で返した。


(この感じ、どこかで……?)


 ディーンがデジャブを感じながらも、いいよ店員(たった今、命名)は快く引き受けてくれた。



 早速、準備が始まった。

 と言ってもユアからの注文は少なく、衣装もそのままで撮影はいつでも始められる状態だった。


 ユアが帽子を取って髪を整えていると、更衣室からディーンが出て来た。

 彼はディンフルの姿に戻っていた。


「何故、この姿が良いのだ?」


 ディンフルはマントを着けながら尋ねた。


「プリクラの時に言ったじゃん? “ディーンじゃなくて、ディンフルの姿で撮って欲しかった”って」

「この写真が他の者にバレたらどうするのだ?」

「なるべくしまっておくし、バレても頑張ってごまかすよ!」

「信用出来ぬ……」


 誰かに見られることを想定していなかったユアは焦りながら答えた。

 その姿を見て、ディンフルはますます不安に駆られた。


 ディンフルを見た、いいよ店員は感激の声を上げた。


「うわぁ~! 人気ゲームのコスプレだね?! すっごく似てるよ! たしか、フィトラグスだっけ?」

「ディンフルだ」


 満面の笑みで名前を間違われ、食い入るように訂正するディンフル。


(コスプレでなく、本人なのだが……)



 真っ白な背景をバックにして、ユアが左側、ディンフルが右側に立った。

 ユアは前に手を重ね、ディンフルは腕を組む。彼らしい威厳のあるポーズだった。


「撮りますよ~」


 いいよ店員の合図で、シャッターが押された。


 写真は約二週間後に出来上がるので、その時はユアが取りに行くことになった。



 二人はショッピングセンターを出た。外はすっかり真っ暗だった。


「楽しかったね~」


 満足げなユアとは違い、ディンフルは疲れ気味なのか無言だった。


「ご、ごめんね、一人ではしゃいじゃって。ディン様にとったら初めての経験ばかりだったよね」

「確かに疲れが出た。だが異世界の文化を新たに知れて、刺激にはなった。ティミレッジたちへ良い土産話が出来そうだ」


 仲間の中では、特にティミレッジがリアリティアに興味津々だった。

 ユアもそのことを知っており、「いっぱい聞かせてあげて」とドヤ顔で促した。


「“聞かせる”と言えば、俺の歌だな。お前からもお墨付きを頂いたのだ。どこかで機会があれば、歌うか」


 歌の話を聞き、ユアは身震いがした。

「やめた方がいいよ」と言うべきか迷っていると、周囲の視線が二人へ突き刺さった。


「ディンフルじゃない?!」

「本当だ! クオリティ高くない?」

「本人だったりして」


 通行人……特に女性がディンフルを見て騒ぎ出した。

 中にはスマホを取り出し、勝手に撮影を始める者までいた。


「まずい……。元に戻ったのを忘れていた!」


 その場を走り去るディンフル。ユアもその後を追い掛けた。



 二人は建物と建物の間に来た。

 走って来たので、特にユアは息が切れていた。


 ディンフルのマントには変身能力があるが魔力を大量に消費するため、一日に一度しか使えないのだ。

 なので一度ディーンから戻ると、翌日まで力が使えなかった。


「ごめんね。“ディンフルの姿で撮って欲しい”って言ったから……」

「良い。今宵は寮へは送れぬ。よって、ラーメン屋もやはり今度だ」

「楽しみにしてたのに、本当にごめんね」

「クーポンの期限はまだあるだろう? それまでに行けば良い」


 ユアは彼がラーメン目的で来たことを思い出し、心から申し訳ないと思った。

 それでもディンフルは怒らずに許してくれた。クーポン券があれば、いつでも行けると知っていたからだ。

 同時に「せっかくのデートなのに、謝ってばかりだな」と、ユアへ指摘した。


「ここでお別れだ」

「今日は付き合ってくれてありがとう!」

「うむ」


 ディンフルは簡単に返事をすると、無言でユアを見つめた。

 先の言葉を待つ彼女へ、ディンフルは「それで?」と言った。


「ん?」


 ユアは目を丸くした。


「“ん”じゃない。攻略本だ! 国王の分を買いに来ただろう!」

「そうだった! 重ね重ね、ごめんなさ~い!」


 ユアは謝ると、自身のリュックから買ったばかりの攻略本と、本屋のレシートをディンフルに手渡した。


「これが領収書か。国王に渡し、代金は後日、両替して持って来る」

「てことは、また近いうちに会える?!」

「そうだな。ただし、今日みたいなデートはしない! 金銭の受け渡しとラーメンを食べに行く! あとは勉強会だ!」

「勉強もあったね……。二週間後なら、写真も渡せるよ」

「なら、その時に来よう」


 二人はもう次に会う約束もした。


「一人で帰れるか?」

「大丈夫」

「そうか。また二週間後に会おう。さらばだ」

「うん、ありがとう!」


 去って行くユアを見送ったディンフルは、その場でイマスト(ファイブ)の攻略本をパラパラをめくった。

 暗がりなので内容は見えなかったが、重さとページの多さは伝わった。


「本当に膨大な量が書かれているのだな。国王やティミレッジらの反応が楽しみだ」


 微笑み、空間移動をしようとしたその時、ユアの悲鳴が聞こえた。

 急いで駆け付けるディンフル。


 彼女は駅の入口で電光掲示板を見て呆然としていた。


「どうした?」

「あ、ディン様……。電車、止まってるんだよ」

「止まってる?」

「信号トラブルで、走ってないの」

「なら、徒歩だな。門限には間に合いそうか?」

「それならギリ……、あぁーーー!!」


 ユアは腕時計を見てから、再び悲鳴を上げた。


「今度は何だ?!」

「よく見たら、時計も止まってる~!」


 電池が切れたのか腕時計は止まっており、真っ昼間の時間を指していた。

 スマホを出して見ると、門限の時間が三十分後に迫っていた。


「ダメだ。間に合わない……」

「最後まで世話が焼けるな……。来い!」


 ディンフルはユアの手を引っ張り、再び建物の間に来た。



 人目が無いのを確認すると、ユアをマントで包みながらお姫様抱っこをし、空へ飛んだ。

 突然の飛空にユアが三度目の悲鳴を上げた。


「下を見るな! 門限に間に合わせるためだ!」

「最後まで、すいません……」

「もう良い。お前の世話も慣れた」


「下を見るな」と言われたユアだが、どうしても見てしまう。

 初めは高所に怯えたが、もう夜なので都会のネオンが輝いていた。


「キレイ……。夜の街を高い場所から見るの、初めて!」


 ユアの感想に、ディンフルも都会の光に見入った。


「これが街の灯りか……?」

「うん。お店が多いから全部の灯りを点けると、こんなに輝くんだよ」

「フィーヴェの夜は真っ暗だ。街の灯りがこんなに煌びやかとは思わなかった」


 ユアは夜景を初めて生で見たが、ディンフルにとっては夜景そのものを初めて知った。

 彼は今日のデートの中で、一番感動しているように見えた。


「まさか、このような光景が見られるとはな……」


 ディンフルの様子を見て、ユアはまた満足した。


(ディン様が感動してる。これって、もう夜景デートだよね……?! 今度会う時は、夜景の絵はがきでもあげよう!)



 女子寮の前に降り立つと、ディンフルはユアを下ろした。

 門限にはギリギリ間に合った。


「本当にありがとう、ディン様! 最後の最後までお世話掛けました……」

「気にするな。送迎が無ければ“夜景”と言うものに出会えなかった。こちらこそ、感謝する」

「へ……? 感謝?」


 突然礼を言われ、混乱するユア。

 詳しく聞こうとしたが、そこまでの時間がもう無かった。


「早く行け。門限になってしまうぞ」

「あ、うん。ディン様、色々とありがとう! また今度ね!」

「ああ。次回までに、勉強も頑張るのだぞ」


 ユアが大きく手を振り、寮のドアを閉める様子まで見届けると、ようやくディンフルは一人になった。


「今度こそ帰るか。さすが、幻の世界は刺激がたっぷりだ……」


 リアリティアの良さを改めて知った彼は、空間移動の魔法でフィーヴェへ帰った。



 二週間後、ディンフルは国王から預かったお金を魔法で両替してからユアへ渡した。

 交換するようにユアも、出来上がった写真と新たに購入した夜景の絵はがきをディンフルへ渡した。

 絵はがきを見た彼は満足げな表情を浮かべた。


 その後は二人で念願のラーメンを食べに行った。

 ユアが「いつか、みんなも連れて来たいね」と期待に胸を膨らませた。


 ラーメンの後は勉強会。

 どんな問題もテキパキと教えてくれるディンフルにユアは改めて、彼の凄さを痛感するのであった。



 そしてデートから一ヶ月後、写真館で撮ったユアとディンフルの写真が店のウィンドウに飾られた。

 いいよ店員いわく「今年一番の出来」らしく、看板写真として使わずにはいられなかったそうだ。


 しばらくの間、ユアが身近のイマストファンから「あのクオリティの高いコスプレイヤーさん、誰?!」と質問攻めに遭ったのは言うまでも無かった。


(完)

いかがでしたでしょうか?

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最後まで読んで頂き、ありがとうございました!

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