伝説を紡ぐ者たち
夕暮れ時の図書館。古い木の香りが漂う書架の間で、ミーシャは一冊の分厚い本に見入っていた。『剣聖列伝』と金箔で刻まれた表紙は、長年の閲覧で少し色褪せている。
「ミーシャ、こんなところにいたのね」
静寂を破るようにアグノリカが声をかけた。ミーシャは少し驚いた様子で顔を上げる。
「あ、姉様!ちょうど剣聖について調べていたんです」
アグノリカは興味深そうに、ミーシャの隣に腰を下ろした。
「へぇ、珍しいわね。どうしたの?」
「はい...昨日の演習で、シュタイン団長様が使っていた剣技が気になって」
ミーシャは本のページをめくりながら続ける。
「ここに書いてあるんです。剣聖と呼ばれる方々は、それぞれ固有の魔剣を持っているって。シュタイン様の『デュランダル』もその一つなんですよね?」
アグノリカは懐かしそうな表情を浮かべた。
「ええ、その通りよ。伝説の英雄ローランが使っていたとされる剣の名を持つ魔剣...今では九つの剣聖の印の一つとして、シュタイン様が継承しているわ」
「すごいです...」ミーシャは目を輝かせる。「でも、姉様はどうしてそんなに詳しいんですか?」
その質問に、アグノリカは少し照れたような表情を見せた。
「私も昔、同じようにこの本を読み込んでいたの。シュタイン様に追いつきたくて...」
「やっぱり姉様、シュタイン様のことが...」
「ちょっと、ミーシャ!」
慌てて制するアグノリカに、ミーシャはくすくすと笑う。
「でも、姉様の気持ち、私にはよく分かりますよ。私だって、姉様のようになりたいって思って、毎日頑張ってるんですから」
その言葉に、アグノリカは優しい笑みを浮かべた。
「ありがとう、ミーシャ。でも、あなたはあなたの道を行けばいいのよ。私みたいに剣にこだわる必要はないわ」
「いいえ、私は姉様のように、剣と魔法の両方を極めたいんです!」
ミーシャの真剣な眼差しに、アグノリカは思わず目を細める。
「そうね...じゃあ、もっと特訓しないとダメかしらね」
「え?」
「明日の朝練、いつもより2時間早くしましょう。剣聖の技を目指すなら、それくらいの覚悟は必要よ?」
「え、えぇ!?」
ミーシャの驚いた声が図書館に響き、司書から注意の視線が飛んできた。
その夜、二人は遅くまで剣聖の伝説について語り合った。アグノリカは、シュタインの剣に初めて魅了された日のことを、ミーシャに話して聞かせた。狼に襲われた夜の出来事は秘密にしたまま、ただ「私の命の恩人」として。
それを聞きながら、ミーシャは密かに思った。姉様の瞳が、シュタイン様の話をする時だけ、特別な輝きを持つことを。そして、いつか姉様の夢が叶う日が来ることを、心から願った。