実践演習
朝靄に包まれた訓練場に、鋭い金属音が響き渡る。アグノリカ・ヴァーミリオンは、新入りの騎士候補生たちの前で模範演武を披露していた。その赤褐色の長い髪が風に揺れる様は、まるで燃え盛る炎のようだった。
「はっ!」
短く気合いを入れると同時に、彼女の剣先から青白い光が放たれた。無詠唱による風の魔法だ。地面を削るように走る魔法の軌跡に、見学していた候補生たちから驚嘆の声が上がる。
「これが基本的な魔法剣術です。決して派手な技ではありませんが、実戦では最も使う技の一つになるでしょう」
そう説明しながら、アグノリカは後方に控えていたミーシャに目配せをした。幼い顔立ちをした少女は、緊張した面持ちで前に出る。
「次は、実際の戦闘を想定した演習を行います。ミーシャ、準備はいいかしら?」
「は、はい!姉様!」
ミーシャの返事に、アグノリカは苦笑いを浮かべた。公の場でも「姉様」と呼ぶ彼女の素直さは、愛おしくもあり、少し困ったものだった。
演習が始まると、二人は息の合った動きを見せる。アグノリカの攻撃的な剣術に対し、ミーシャは回復魔法を織り交ぜながら巧みに受け流す。これぞまさに実戦を想定した演習だった。
しかし、その様子を見守る一人の男の存在に、アグノリカの心は少しだけ乱れていた。シュタイン団長である。彼は腕を組んで、真剣な眼差しで演習を見つめていた。
(私の成長、ちゃんと見ていてくれているかしら...)
その一瞬の隙を突いて、ミーシャの魔法がアグノリカの頬をかすめる。
「隙あり、です!」
ミーシャの声に、我に返ったアグノリカは、すぐさま態勢を立て直した。彼女の剣に宿る魔力が増していく。青白い光が渦を巻き、周囲の空気が震えた。
「さすがね、ミーシャ。でも...まだまだよ!」
アグノリカの剣が描く軌跡が、訓練場の空気を切り裂く。その一撃に、ミーシャは防御の魔法陣を展開するが、力及ばず後方に弾き飛ばされた。
「ミーシャ!大丈夫?」
心配そうに駆け寄るアグノリカに、ミーシャは少し恥ずかしそうに頷いた。
「はい、大丈夫です。やっぱり姉様は強いですね...」
演習を見ていた候補生たちから、大きな拍手が沸き起こる。その中で、シュタインがゆっくりと二人に近づいてきた。
「見事な演武だったぞ、アグノリカ」
その言葉に、アグノリカの心臓が高鳴る。しかし、彼女は平静を装って礼を述べた。
「ありがとうございます、団長」
「ミーシャも、良い成長ぶりだ。回復魔法の扱いは、もう一流と言っていい」
褒められたミーシャは、顔を赤らめながら深々と頭を下げた。
シュタインは満足そうに頷くと、「これからも互いに切磋琢磨していってくれ」と言い残して、颯爽と立ち去っていった。その背中を見送りながら、アグノリカは密かに決意を新たにする。
(いつか必ず...あなたと同じ高みに立てるように)
朝靄は徐々に晴れ、新たな一日が始まろうとしていた。訓練場には、まだ二人の息遣いと、希望に満ちた空気だけが残されていた。