兄妹からの相談
耳元でなるスマホのアラーム音で目が覚めた。
アラームを止めて画面を見るとデカデカと8時20分と表示してある。いつもならもうとっくに学校にいる時間、これが起きた時なら絶望している時間だ。
今日は土曜日なのでそこの心配はない。だが無性に朝ごはんが欲しくなる。
拓哉はスマホをベッドの横に置いて寝巻きから着替えると一階へ降りた。
「おはよう、兄貴」
リビングに入るとソファに座っている妹が挨拶してきた。
妹の名前は紗良。拓哉の3つ下で中学2年生。少々口が悪いところがあるがSNSを頻繁にチェックし、美容にものすごい気をつかう今時の女の子だ。
「おはよう。紗良はもうご飯済ませたか?」
「うん。まぁ、いつも通りトースト作っただけだけど」
質問をするとスマホの画面を見ながら返事が返ってきた。
紗良はもうご飯を済ませたらしい。
拓哉はキッチンに入るとパンを取り出し、トーストを作り始めた。
パンに味付けするため冷蔵庫を開けると中には苺ジャムと林檎ジャムが入っている。
昨日は苺を使ったから林檎ジャムを取り出した。
焼き上げたパンの上に薄くジャムを塗り終わるとそれを持ってソファへ向かった。
「兄貴、もうすぐ夏休みじゃん?」
「そうだな」
ソファに座ると隣にいる紗良が話しかけてきた。
夏休みはあと2週間ほどまでに迫っている。そのため最近は学校で長期休みという魅力に浮かれている人をたまに見かける。
「で、夏休みと言えば色恋じゃん?」
「そうか?」
夏休みといえば色恋とはあまり聞いたことがない。紗良にとって海とか祭りとかではなく夏休みは恋愛をするものらしい。
「そうだよ。それで、この夏休みに一緒に遊ぼうって誘ってきた男子がいるの。ねぇ、どう思う?やっぱりそういうことだと思う?」
紗良はスマホを前にあるテーブルに置くと畳み掛けるように拓哉に尋ねた。
「知らないよ。何で俺に聞くんだよ。その子とは仲いいのか?」
「2年になって初めて話した男子でたまに喋るぐらい」
「それじゃあ、多少気になるぐらいはあるんじゃない?ただ単に仲良くしたいってだけかもしれないし下手なことは言えないけど」
その男子がどう思っているかなんて直接聞いてみないとわからない。ここで拓哉が変なことを言って紗良にそれが勘違いだったら相手が困るだろう。
「もしもだよ、その男子といい感じの雰囲気になって告白されたらどうすれば良いと思う?」
紗良は少しぐいっと前に出て尋ねた。
「わかんないよ俺には。紗良がどうしたいか決めるしかないだろそんなの。聞かれても困る」
拓哉の言葉を聞くと紗良は「そうだよね」と言って顔を引っ込めた。
紗良は昔から妄想を膨らましやすいところがある。それが悪いとは全く思わないが、考え詰めることが多々あった。気持ちは分からなくもないどころかよく分かるが。
どうやら紗良もそういったことが気になるお年頃らしい。
「紗良が認めたんなら俺はそれを応援するよ。ま、その男子に恋愛感情があるかどうかはわかんないからお前の考えすぎだと思うけど」
「うるさい。兄貴はそういうのないの?」
「ないよ」
拓哉はキッパリと答えた。
拓哉はそういったことを全くもって経験したことがない。それにこれからも経験することはないと思っている。
昔から目立つことが嫌で人気の奴の後ろに立ってただその人が目立つように立ち回ってきた。自分の意見を出すことをしないで他人が出した人気なものをひたすら選んだ。
そんな俗に言う陰キャな自分に好意を持つ人はそういないだろう。
「まぁ、兄貴には話せる女子すらいなさそうだもんな」
「いや、いないことはないけどさ」
「まじ?誰誰?どんな人?」
拓哉が思っていた以上に食いついてきた。
友達かどうかは分からないが話せる人は何人かいる。ごく少人数なのは否定できないのだが。
「ちょっと話す程度だから友達かどうかも怪しいけど」
「どんな人なのよ」
紗良はグイグイと回答を求めてくる。
ラブコメとか少女漫画をよく読むのは知っていたがまさか自分のにも興味があると拓哉は思っていなかった。
「紗良は関係ないし、個人のことだから回答は控えさせてもらう」
「ちぇー」
紗良はそっぽを向いてふくれた。
言っても誰のことだかわからないだろうし、言ったら言ったでさらに質問攻めしてきて冷やかされるだろう。
話が終わると拓哉はトーストを食べ始めた。
放置していたから耳の部分が固くなっていた。
「兄貴、明日暇?」
話が終わると再びスマホを触り出していた紗良が今度はそのまま話しかけてきた。
明日も今日と同じでやることはない。本でも読み返そうかと思っていたところだ。
「暇だけど、どうした?」
「明日、友達が家に来るんだけど、兄貴その時私の執事してくれない?」
「はぁ?」
思ったことがそのまま口から出ていってしまった。
明日友達が家に来る。ここまではわかる。
しかし執事をするとは一体なんだ。何故そんなことをしなければいけないのか全くわからない。
「やっぱだめ?」
「駄目。絶対しないからな」
「面白いと思ったのにな」
紗良は不貞腐れながら呟いた。
自分達を楽しませる為だけに勝手に人を使おうとしないで欲しい。
昔から突飛なことを言うことはあったが流石に今回は過去一驚いた。
「そもそもなんでそんなことになるんだ?」
「たまに学校で兄貴の話するんだけど、結構仲良いって言ってるんだけど、それがこういう形だったら面白いじゃんと思って」
紗良はスマホを見ながら笑っている。
紗良はこんな風に面白いことが大好きだ。どうすれば面白くなるか、満足出来るかという考えを色んなことに働かせていた。
そこが良いところでもあり、悪いところでもあったのだが今回は悪く働いてしまったらしい。
「とりあえずしないからな」
拓哉は念を押すと皿を片付けて自室に戻った。