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喉元過ぎれば熱を忘れる  作者: 粗茶の品
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いつもと変わった帰り道


 最後のテストが終わると教室の中は一気に明るくなった。

 それも仕方ない。テストがあるという束縛からようやく解放されたのだから多少テンションは上がってしまうだろう。


 拓哉も気が少し楽になっていた。

 明日から結果という非常な現実が突きつけられることは今日だけは考えないようにした。


「道原はテストどうだった?」


 声の聞こえた方を見ると炭谷がいた。


 炭谷の顔を見るといつもより元気そうだ。

 おそらく今日のテストがうまくいったのだろう。炭谷は意外と顔に出やすいタイプなのでわかりやすい。


「時間がちょっとギリギリだったけどまぁいつもぐらいだと思うよ。そっちは調子良さそうだな」


「そうなんだよ。特に勉強してたところがちょうどはまってさ。今回ちょっとやばいかもしんないわ」


 炭谷は自信満々の顔で堂々と語ってくる。


「よかったな。それで今日以外のは?」


 炭谷は痛いところを突かれたようにぎくッとした表情をした。


 どうやらうまくいかなかった教科もあるらしい。


「それは言わないお約束だろ」


 炭谷は少し情け無く言った。


「ごめん、ごめん」


 拓哉は笑みをこぼした。


 分かってはいたが炭谷もどうやら明日は見ないようにしている側の人らしい。


 炭谷は「また明日」と言うと振り返って立ち去った。


 辺りを見回すと教室の中には2つほどのグループができていた。グループに入っていないものはそそくさと出ていく。

 グループを使っているのはいわゆる陽キャと言われる部類の人達で鞄も持たず席に座っているためしばらく帰りそうにない。


 拓哉は荷物を持つと集団を横目に教室を出た。


 校門に出ると姫崎がいつもの場所に立っていた。


 いつもというのは連絡先を交換したあの日から毎日学校がある日は一緒に帰っている。別にどちらかが先に言い出したのではなく次の日もまた次の日も校門で姫崎が立っていた。

 拓哉は帰るのは一人が好きとか女子と一緒に帰るのは恥ずかしいとかそういったものはないからせっかくということで一緒に帰っていた。


「姫崎さん」


 拓哉が呼びかけると姫崎は振り向いて笑顔を作った。


「道原さん。今日も一緒に帰りませんか?」


 姫崎は拓哉に少し近づきながらそう誘った。


 案の定だと思いながら拓哉は「いいよ」と了承した。姫崎はいつもこの文言で誘ってくる。

 2人並んで前を向くと帰路を歩いた。


「一緒に帰るのはいいけどわざわざ校門で待たなくても教室で誘ってくれたらいいのに」


 拓哉は思ったことをそのまま口に出した。


 一緒に帰るのであれば同じクラスなのだしそう伝えれば待つという時間もなくなる。それなのに姫崎はいつも先に出て校門で待っている。


「恥ずかしいからちょっと無理かな」


 姫崎は拓哉から目を逸らしながらそう答えた。


 一緒に帰ることを繰り返しているうちに気恥ずかしさみたいなものがなくなって姫崎は前よりもハキハキ喋るようになった。

 これが彼女の素なのだろうか。


 恥ずかしいと言っても今使っているこの道は他の生徒も多く使っている。だから一緒に帰っていることを知っている人は知っているだろう。まぁ、すぐ話しかけられる相手の前で誘って冷やかされるのが嫌な気持ちはわからなくもない。


 しばらく進んだ道で曲がり角を見て拓哉はある事を思い出した。今日、母から帰りに買ってきて欲しいと言われていた。


「ごめん。今日買い出し頼まれててこの先で曲がるよ」


「じゃあ私もついてっていい?」


 意外な提案だったので拓哉は驚いた顔をした。


「構わないけど、帰り遅くなるよ」


「全然問題ないよ。それともついてったら迷惑?」


「そんなことないけど、ほんとにいいの?」


「うん」


 姫崎は元気いっぱいの声で答えた。その表情からはワクワクしているのが感じ取れる。


 拓哉と姫崎は2人揃って道を曲がった。



 訪れたのは大型のショッピングモールだ。学校から徒歩15分ほどでこの辺りでは1番大きいから多くの人々が行き交っている。


 拓哉達はまず2階にある電化製品店に向かった。家にある単三電池がなくなったらしくそれが買い出しを頼まれたものの一つだ。

 レジで支払いを済ませる前に拓哉は持参しているエコバッグを取り出した。


「エコバッグ持ってきてるの?準備いいね」


「いつも持ってきてるから使うだけだよ」


 拓哉の返事に姫崎は感心するようにうなづいた。


 拓哉は何があるか分からないからといつもエコバッグを持ち歩いている。これまで役に立ったことはほとんどないけど今日はそうではない。


「ちょっと会計してくる」


 拓哉はそう言うとレジに向かった。

 単三電池だけなのでそれほど時間はかからない。

 支払いを済ませると出口で姫崎が待っていた。


「ごめん、待った?」


「そこまで待ってないよ。わかってて言ってるでしょ」


 姫崎は少しむすっとした。


 悪気があったわけじゃない。長さに関わらず待たせたことに代わりないのだから一応言うべきかなと思っただけだ。それでも機嫌を悪くしてしまったかなと思い拓哉は「ごめん」ともう一度言った。


「別に怒ってる訳じゃないよ」


 姫崎は笑いながら「こっちこそごめん」と謝った。


「次は何を買いに行くの?」


「えっと、次は......」


 拓哉達は一階に降りて食材を買いに向かった。

 味醂と醤油、あとオリーブオイルがもうすぐ切れそうなのだそうだ。


「よく料理するの?」


 姫崎はカゴに入れられた調味料を見ながら尋ねた。


「母さんがね。俺はたまに手伝うくらいだよ」


 姫崎は「へぇー」と言って縦に首を振った。


 母は料理好きでいろんな料理を作るから調味料が同じ頃になくなるというのはそこまで珍しくなかった。


 会計を終わらせるとショッピングモールの出口に向かって歩き出した。元の道に1番近い出口はさっき買い物したところからちょうど反対側にある。


 歩いている途中ふと姫崎を見ると何かを注視しているようだった。目線の先を見るとたい焼き屋がそこにあった。


「食べたいの?」


「そ、そういうわけじゃないよ」


 拓哉が尋ねると姫崎は振り返って否定した。

 だけど明らかに食べたそうな目をしている。


「そっか」


 拓哉は「ちょっと待っててくれる?」と言うとそのたい焼き屋に向かった。


「すみません、たい焼き2つ。こし餡と粒餡一つずつで」


 注文をすると渋い声のおじさんが「あいよ」と答えた。

 この店は餡子一筋でやっているらしくこし餡か粒餡しかメニューにはなかった。


 おじさんが2つ袋に入れ終わると代金と交換で拓哉にその袋を渡した。


 姫崎の場所に行くと姫崎はポカンという顔をしていた。

 拓哉が「お待たせ」と言うと出口に向かって歩き出した。


「隣に公園があるしそこで食べようか。粒餡とこし餡どっちがいい?」


「いや、いいよ私は」


「何で?食べたいんじゃないの?遠慮はしなくていいよ?食べてよ。せっかく買ったんだから」


「いや、ほら、私何もしてないから」


 姫崎は遠慮し続けた。


「今日付き合ってくれたお礼だよ。同級生と出かけるなんてしばらくなかったから今日は楽しかったし。そのお礼。もちろん、今回だけだよ」


 買ったのはただの気まぐれだ。今日は自分の私情に付き合ってくれていて、彼女は退屈だったかもしれないと思ったからだ。先に買うと言わなかったのは言ったら断っただろうから。


「それじゃあ、粒餡で......」


 彼女はおずおずと自分の希望を述べた。


 公園に着くとたい焼きを取り出し、姫崎に渡した。

 あの店はたい焼きを手で持つ用の紙の中に入れてから客に提供する。そしてその紙に粒餡かこし餡かが書いてあるから迷いなく姫崎に渡すことができた。


 たい焼きを渡された姫崎は「いただきます」と言って食べ始めた。


「美味しい。これ、美味しいよ」


 どうやら気に入ったみたいで食べ始めた手は止まらなく、顔には笑顔が溢れていた。


「何度か食べたことあるけど、ここはほんとに美味しいよな」


 姫崎は齧り付きながらうんうんと首を縦に振った。


 ここのたい焼きは本当に美味しい。個人店を始めたと言われてもできるのも納得できるほどに。思えば食べてみて欲しいというのも買った理由の一つなのかもしれない。


 食べ終わるととても満足そうな顔を姫崎は浮かべた。


「ほんとにありがとう。お金はまた明日払うよ」


「お礼なんだからいらないよ」


「それじゃあ何か埋め合わせさせて」


 姫崎は小声で「今日もらってばっかりだし」と付け加えた。


 一体何を貰ったのだろうか。拓哉にはたい焼きしか心当たりがない。


「埋め合わせとかそんなのいいのに」


 拓哉が笑って答えると2人並んで帰路を歩き出した。


「私がしたいからするの」


「じゃあ、楽しみにしてるよ」


 いつもより周りは暗かったが雰囲気はいつも以上に明るい帰り道だった。







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