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喉元過ぎれば熱を忘れる  作者: 粗茶の品
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さよならを言う前


 教室の中で「じゃあね」やら「また明日」やら別れの言葉が飛び交う時間帯に今日もなった。つまり放課後のしかも始まりたてだ。


 拓哉は昨日まで何かしら用があったからこの時間になるとすぐ教室を出たが今日は中にいる人が元の半分くらいになるとゆっくり席を立ち、教室を出た。

 本当はもう少し机の上でぼーっとしていたい気持ちがあったが掃除をする人の邪魔になってしまうためやむを得ない。


 拓哉は教室を出ると重い鞄を持ちながら普通に歩くよりゆっくりなペースで下駄箱に向かった。


 廊下は結構な人が行き交っている。クラスにやって多少前後するもの帰れるようになる時間は全学年ほぼ同じだからこれは当然のことだ。


 下駄箱に着くとここも人が多くいた。

 幸いなことに拓哉は他のクラスメイトよりも遅く教室を出たから自分のクラスのところは他より空いていた。


 靴を履き替え外に出ると中と変わらぬ賑わいがあった。自転車置き場へ歩いて行く者、誰かを待っているのか立ち止まっている者、校門へと真っ直ぐ進んで行く者がそこにはいた。


 拓哉が校門を出て左を見ると姫崎が立っていた。


「姫崎さん」


 声を掛けると下に向けた顔をあげて拓哉の方を向いた。


「道原さん。どうかしましたか?」


 姫崎は平然とした顔をしている。


「たまたま見かけたから、何してるんだろうって思って」


「スマホに通知が来たのでちょっと確認してて」


 姫崎の手元を見ると左手にスマホを持っている。


 歩きスマホは良くないからと立ち止まって確認していたんだろう。普通に歩きながら確認している人をよく見かけるから拓哉は素直に感心した。


「それじゃあ今から帰るのか?」


「あ、あの......」


 姫崎は何かを言いかけると縮こまってしまった。


「良かったら一緒に帰りませんか?」


 少し間をおくと姫崎は少し小さめの声で言った。


「いいよ」


 昨日だって一緒に帰っているのだから別にそんな遠慮することもないだろう。


 姫崎は拓哉の返事を聞くと口角を少しあげた。


 しばらく沈黙を貫いていたが交差点で信号を待っていると姫崎が口をきった。


「何で私に声をかけたの?」


「え......」


 あまりにいきなりの質問だったから拓哉は戸惑ってしまった。


 何故声をかけたのか。理由なんてものは特に考えてなんていないし目的があった訳じゃない。強いて言えばそこにいて話しかけれそうだったからだ。


「ほら、私っていつも一人でいるから。友達とかもいないし。相手から話しかけてくれるなんてほとんどなかったから」


 姫崎は取り繕うように苦笑しながら付け加えた。


 確かに彼女は基本的に一人でいることをよく見かける。失礼かもしれないが誰かと一緒にいるところをあまり見たことがない。

 だけどそんなこと理由になるだろうか?一人でいる人に声を掛けてはいけないなんてルールは知らない。聞いたことがない。正直そういった人には話しかけづらいとは思う。初めてなら特に。でも姫崎に関してはそうじゃない。


「初めて話しかける訳じゃないから話しかけることに抵抗はないし、理由も別にないよ。強いて言えば仲良くしたいからかな。嫌だったらこれからはやめるよ」


「嫌っていうわけじゃ」


 姫崎が途中で言葉を止めると信号機が青になって2人揃って歩き出した。


 姫崎の方を見ると俯いてしまっていた。


 仲良くしたいというのは馴れ馴れしかっただろうか。同じクラスだし、知り合ったのだから仲良くしたいというのは変なことではないと思うのだが。


「私も仲良くしたいです」


 姫崎は顔をあげて若干赤くなりながら前を向いてそう言った。


「似てるなぁ」


「え......」


 姫崎は不思議そうな顔をして拓哉を見た。


 どうやら思ったことが口から出ていたらしい。あまり進んで話したいとは思わないがすごい関心の眼差しが向けられているのだからしょうがない。


「いや、従姉妹に似てるなって思って」


「いとこ?」


「うん。なんとなくね」


「どういうところが似てるの?」


 どういうところと言われて拓哉は困った。


 直感的に思っただけでどういうところかはっきりしているわけじゃない。


「えーっと、従姉妹は同い年なんだけど結構人見知りで初めて会った時とかも上手く顔合わせてくれなかったりして......。どこか不器用なところ?」


 拓哉は取り敢えず思いついたことを並べてみた。具体的に合っているかは自分でもわからないけどそんな気はする。


「従姉妹かぁー」


「前まで近くに住んでたんだけど引っ越してからはしばらく会ってないな」


 中学生1年の時までは時折会っていたが2年生になったかならなかったかくらいの頃に引っ越してしまった。それからは連絡先も知らないのでどうしているのかはわからない。


「あっちで友達とか作って元気してるといいけど」


「そうだといいね。私は上手く出来なかったけど」


 姫崎は自嘲するように笑った。


「姫崎さん可愛いのに誰もやって来なかったの?」


 拓哉がそう言うと姫崎は「なんでだろうね」と言って俯いた。


 知らないだけかもしれないがこれほど整った顔立ちをしていれば誰かしら言い寄って来そうなものだがそんな話は聞いたことがない。


「どうしたの?」


 俯いたままのようすが気になって姫崎を見ると余計顔が拓哉の反対側を向いてしまった。


 さっきまではただこちらを見ないようにしていただけだったが今度は明らかに拓哉を見ないようにしている。


 少し間を置くと「大丈夫」と言って姫崎は前を見た。


 もうしばらく歩いていると昨日別れた交差点が見えてきた。


「それじゃあ、また明日」


 交差点に着いて今日もここで別れるだろうと思って拓哉はそう言った。

 しかし姫崎は拓哉の方を向いたまま動かなかった。手を胸の前で握ったまま拓哉を見つめた。


「あ、あの......」


 言葉が詰まると胸の前で握っていた手に力が入った。


「わ、私と、連絡先交換しませんか」


 拓哉はきょとんとした。

 随分と覚悟を決めている様子だったから何を言われるのかと思っていたので拍子抜けしてしまった。


「全然いいよ」


 拓哉がはっきり笑みを浮かべながら言うと姫崎の顔が明るくなった。


 拓哉は鞄からスマホを取り出すと連絡先を交換した。


「ありがとう」


 そう言う姫崎の顔には今日拓哉がまた中で1番の笑顔が浮かんでいた。

 拓哉が「どういたしまして」と言うと姫崎は「また明日」と言って歩いて言った。

 拓哉は聞こえているか分からないが「また明日」と言って帰路についた。




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