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喉元過ぎれば熱を忘れる  作者: 粗茶の品
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伝えられた真実


 拓哉はいつか訪れた姫崎のマンションの前に来ていた。


 どうしようかと拓哉は困る。


 勢いで来てしまったが、姫崎が住んでいるマンションの部屋番号を知らない。途中で会えるかもなんて気持ちが少なからずあったものだから、これからどうするかは考えておらず拓哉は立ちすくんでいる。


 今日は出直した方がいいだろうか。しかし、鞄一つ忘れているとわかれば慌てるかもしれない。


 拓哉はスマホを取り出す。


 すっかり忘れていたが、忘れているとスマホで伝えてあげればいい。


「あれ?」


 姫崎に送るメッセージの文面を考えていると聞き覚えのある声が耳に入ってきた。拓哉は声のした方を向く。そこには1人の女性が立っている。


「久しぶりね。道原くん、であってるかしら?」


 女性は微笑みながら尋ねてくる。拓哉は一回スマホの画面を切って頷いた。


 確かこの女性は姫崎の母だ。帰り道で一度会ったことがある。あれ以来会ったことはなかったがその姿は覚えている。


「どうかしたの?こんなところで」


 拓哉は少し言葉を躊躇う。


「姫崎さん......が忘れ物したみたいなので届けに......」


 姫崎母はキョトンとする。


「どうかしたの?」


 姫崎母は優しい顔を浮かべながら尋ねる。


 顔に出てしまっていただろうか。一体どんな顔をしていたら察されてしまうのだろう。そんなにわかりやすい顔をしているのか、姫崎母が鋭いのか。


「すみません。私は直接立ち会ってないんですけど、様子がおかしかったとその場にいた人達が言うものなので」


「それってどんな風に?」


「え?......詳しくはわからないです」


 なぜそんなことを聞くのだろう。それがわかれば、姫崎の理由もわかるのだろうか。しかし、その場にいなかったのでわからない。


「そうよね。ごめんなさい。鞄は預かるわ」


 拓哉は差し出された手に姫崎の鞄を渡す。


「あの、姫崎さん。どうかしたんですか。何か心当たりでも......」


 少しでも思うところがあるのなら聞いておきたい。解決できるなんて思えないが何か力になりたいと拓哉は思った。


「じゃあ、ちょっと状況をわかる範囲で教えてくれるかしら」


 姫崎母は先ほどまでとは違う、真剣な表情をする。拓哉はその様子に気圧されないように気合いを入れる。


「えっと、私が忘れ物をして、それを取りに行っている最中に姫崎さんが訪れて、私の忘れ物を届けに来てくれたらしくて。受け取ってくれたのは宮口さんって言う親戚がしてくれて」


 拓哉が話していると姫崎母は急に拓哉の肩を掴んだ。その手には力が入っている。


「宮口さんって、麗奈って名前の子いる?」


 姫崎母は勢いよく尋ねた。拓哉はその様子に少し驚く。


「はい......いますけど、知ってるんですか?」


 そういえば、宮口母も知っている相手のように話していた。もしかして2人には交流があったのだろうか。


 姫崎母は肩から手を下ろし、少し離れる。


「そう......君には、話しておくべきかもしれないわね」


 姫崎母は「ついてきて」と言ってマンションの中に向かって歩き出す。拓哉はそれに続いた。


「ただいま」


 姫崎母が家に入り、そう言うと奥から「おかえり」と返事が返ってくる。拓哉は「お邪魔します」と言って家に上がった。


「うん?その子は?」


 姫崎母に続いてリビングに着くと椅子に座っている男性が質問をしてくる。


「あなた、この子は愛菜の友達の道原くんよ。時々話していたでしょ」


 姫崎母に言われると姫崎父らしい人は「この子が」と驚いた様子を見せた。拓哉は「お邪魔してます」と頭を下げる。


「愛菜、いる?」


「帰ってきてないけど、どうかしたの?」


「この子にね、愛菜のこと話してあげようと思うの」


 姫崎父は目を見開く。おそらく予想していなかったのだろう。


 やはり、姫崎には何かがあるらしい。それが今からわかる。拓哉は何だか緊張してきた。


「それは、どうしてだい?」


「あの子がこの子をどう思っているかはなんとなく知っているでしょ。それにこの子は麗奈ちゃんの親戚らしいの」


 姫崎父は「そうか」と言ってテーブルの上で手を組む。姫崎母は姫崎父の隣に座った。


「わかった。とりあえず、道原くん、そこに座って」


 拓哉は言われるがままに2人の前にある椅子に座った。これから言われることを意識して拓哉は思わず固唾を飲む。


「話す前に一つだけ質問させてくれないか。道原くん、君は愛菜のことをどう思ってる?」


 拓哉は姫崎父からの質問にすぐ答えることができなかった。


 どうやって答えればいいのだろう。姫崎を好いている自覚はある。しかし、それをそのままに伝えてもいいものだろうか。


「姫崎さんは......大切な人です」


 拓哉は何とか言葉を振り絞る。


「それは、愛菜のことが好きという意味かい?」


 間髪入れずの質問に拓哉は呆気に取られる。


 一瞬どう答えればいいのかまたわからなくなった。しかし、2人の顔は真剣だ。なら、自分もそれに答えないといけないと拓哉は思った。


「はい」


 拓哉は短く答える。

 それがどういう今で伝わったかわからないが2人の顔はほんの少し笑った。


「そうか。なら、君には話そう。しかし、どこから話したものか」


 姫崎父が腕を組んで考えていると姫崎母は「あったあった」と言って姫崎の鞄から手帳を取り出した。


「とりあえず、これ読んでくれる?」


 姫崎母は拓哉の前に手帳を置く。


「そんな、勝手に読むわけには」


「大丈夫だから」


 拓哉は姫崎母の押しに負けて姫崎の手帳を手に取った。


 手帳の上を見ると付箋が挟み込まれている。ここまで書いているという印なのだろうか。


 拓哉はゆっくりと手帳を開いて、初めから読み始めた。


 初めの文章から衝撃を感じることが書かれていた。


『友達の麗奈ちゃんに誘われたから、今日から日記を書いていこうと思う。今日は授業で実験したけど結果はうまくいかなかった。でも、楽しかった』


 どうやら姫崎と麗奈は知り合いだったらしい。麗奈が日記を書く約束をしたのは姫崎とだったのだろうか。


 拓哉はどんどん読み進めていく。そこからはしばらく普通の日記が綴られていた。


 特色とするべきところは麗奈という名前と俊二という名前がよく出てきていたことだろう。おそらくこの3人は仲が良かったのだ。


 拓哉はついに付箋が貼ってあるページに辿り着いた。


『今日、2人に引っ越しをするって伝えた。引っ越ししたら簡単には会えなくなる。やっぱり寂しいな』


 少し前から引っ越す話が出てきていたからわかっていたが、これは引っ越す前のものらしい。

 姫崎が元々どこに住んでいたかはわからないが麗奈の名前が出ているからおそらく京都だ。そして、引っ越してこの街にやってきたのだろう。


 拓哉は次のページへと目を移す。


『どうやら今日、俊二が麗奈に告白して付き合うことになったみたい!2人とも幸せになったらいいなぁ』


 さらっと衝撃のことが書いてある。友達が引っ越すとわかった次の日に俊二は思い他人に告白したらしい。その相手が麗奈とは少し複雑な気分だ。


 拓哉はもう少し読み進める。そしてあるページでその手が止まった。


『最近、2人、あんまり一緒に見ないけど、どうかしたのかなぁ?今日は俊二に麗奈がどこにいるのかすごい形相で聞かれたけど、何にもなかったらいいなぁ』


 このページは濡れてしまったのか、少しページが歪んでいるところがある。拓哉はおずおずとページをめくった。


『昨日、麗奈が事故にあったらしい。今日、病院に会いに行ったけど、原因は俊二だって言ってた。それに、最近色々強制されて怖いから距離取ってたって。

私のせいかな。私のせいだよね。私のせい 』


 文字は震えている。このページはいつもと違う。涙が溢れたのかページのあちこちが歪んでいる。

 右半分のページには何も書いていない。拓哉は次のページに行った。


『私のせいで   私のせいで   私のせいで     ごめんなさい   ごめんなさい       ごめんなさい       ごめんなさい   

 私のせいで   ごめんなさい  ごめんなさい』


 ページのあちこちに「私のせいで」、「ごめんなさい」と書かれている。このページも当たり前のように濡れていた痕跡があった。

 その先には何も書かれておらず、空白がただ続いていた。


 拓哉は手帳を閉じ、テーブルの上に置く。気分は最悪だった。


「私達は、元々京都にいたの。麗奈ちゃんとはこっちに引っ越してきた時から仲良くしていたわ」


 姫崎母は優しく俯いて語り出す。拓哉もまともに前を向けなかった。


「あの子、麗奈ちゃんのこと自分のせいだって思い込んじゃったみたいでずっと背負ってたの、それであの日、あの日......」


 姫崎母の口はそこで止まる。よっぽど辛いことがあったのだろう。拓哉は麗奈が事故にあった以降は書かれていなかったから知らない。

 姫崎父は姫崎母の肩を持って代わりに口を開く。


「愛菜は、引っ越す直前あたりに交通事故にあったんだ。幸い怪我は軽かったんだけど、代わりに......記憶を失ったんだ」


 姫崎父の言葉に拓哉はうまく頭が回らなかった。


 記憶を失った?姫崎が?引っ越す直前ということはクラスにきた時にはもう記憶喪失になっていたのか。


「勉学に支障はないらしくて、学校は問題ないらしいんだけどそれから、あの子は変わってしまってね。前はもっと活発な子だったんだ。あの子なりに前の自分らしく振る舞おうとしているらしいんだけど」


 うまく信じることができない。しかし、拓哉の頭はそうだと信じさせてくる。

 そうだとすれば今までのことに辻褄が合う。時々自分のことに自信なさげになるのも、住んでいた京都に行ったことあると尋ねた時、たぶんとつけていたのも。


「だから、あの子が髪を切った時、昔の髪型に近づいて泣きそうになったよ」


 姫崎父はしみじみとした顔で伝える。


「ありがとう。道原くん。愛菜と仲良くしてくれて。ほんとに」


 2人は揃って頭を下げるが拓哉は何もすることができなかった。


「今日は、宮口さんと会って、何か感じたものがあるから様子がおかしくなったんだろう」


 姫崎父は冷静に伝える。


 そんなのはわかる。それはとても辛かっただろう。記憶が戻ったかはわからない。しかし、きっと辛かったと思う。


「すみません。話してくれてありがとうございました。今日はもう帰ります」


 拓哉は席を立ってドアに向かって歩き出す。2人はドアまでついてきて「こっちこそごめんなさい」と言った。


「お邪魔しました」


「これからも仲良くしてあげてね」


 ドアが閉まりきる前に姫崎母が最後に言う。ドアが閉まると拓哉は少し立ち止まった。


 まさか姫崎が記憶喪失なんて思っていなかった。きっと辛いことがたくさんあっただろう。きっと不安だったと思う。怖かったと思う。


 記憶喪失。ということは今の姫崎は前の姫崎とは違う。拓哉の頭の中でその考えがずっと回る。


 だからなんだと拓哉は考えを振り払った。


 記憶があるとかないとかそんなのは関係ない。自分は姫崎のことが好きになった。それは変わらない。それに出会ったのは記憶を失ったあとだ。つまり今の姫崎だ。


 拓哉は気持ちを前にした。今すぐ姫崎に会いたいと思った。


 きっと辛いことを消すことはできない。それでもできることはあるはずだ。


 拓哉の足は進むべき道が決まり歩き出す。

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