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喉元過ぎれば熱を忘れる  作者: 粗茶の品
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忘れやすいこと


 宮口一家が訪れて2日目、拓哉が一階に降りるとリビングには麗奈1人が座っていた。

 麗奈は机の上でペンを持って何かを書いているらしい。

 宮口父と宮口母は出かけているらしく、麗奈はそれにはついていかず残っているらしい。


「何してるの?」


 拓哉が話しかけると麗奈は少し肩を上げてからゆっくりと振り返る。


「日記を、書いてるの」


 麗奈はペンをテーブルの上に置く。


 麗奈とは昨日話している間にだいぶ打ち解けることができた。まだ昔のままに話すことはできないがちょうどいい距離感を保てていると思う。


「日記?」


「前に、仲良かった友達と一緒に書こうって言ってから、習慣にしてる」


 拓哉が疑問に思って繰り返すと麗奈は書いている理由を話し始める。しかし、拓哉が引っかかったところはそこではなかった。


「日記って、1日の最後に書くものじゃない?どうして、今?」


 拓哉が質問すると麗奈は一呼吸置いた。


「昨日は、色々あって忘れてたから、思い出した今、書こうって思って」


 確かに、知っている人とはいえ、誰かのところに泊まるのなら緊張で忘れてしまうこともあるかもしれない。


「人って意外と簡単に忘れるよね」


 麗奈は前に振り返りながら呟くように言う。


 人は忘れやすいものだと拓哉も思う。

 何かあれば、人は忘れる。一度忘れれば、2度3度繰り返すこともあるだろう。忘れたいことも忘れたくないこともきっかけ一つで変わってしまうのだろう。


「そうだね」


 拓哉が小さめの声で返事をすると麗奈は今度は頭だけを拓哉に向けた。


「どこか行くの?」


「ああ、ちょっと食材の買い出しに。作ってって頼まれたんだけど材料ないみたいで」


 今日、朝起きたら母からメッセージが届いていて、内容は夕飯の支度を頼むものだった。

 昨日夕食も豪勢に使っていたので材料の残りが少ないことをさっき思い出した。

 昼食は昨日の残りもあったのでどうにかやり過ごしていたが夕食はそうはいかない。


 拓哉は一応冷蔵庫の中などをを確かめてみるが、記憶通りほとんど食材は残っていない。


「料理できるの?」


 拓哉がキッチンから戻ってくると麗奈は不思議そうな顔で尋ねる。


「まあ、簡単なものだけ。母さんみたいにうまくはないから、期待しないでね」


「そうなんだ」


 麗奈は意外そうな顔で述べる。


 きっと予想していなかったのだろう。拓哉は誰かに料理ができるなんて言った覚えがないし、自分でもできるとは思っていない。だから知らなくて当然だし、こんな反応でも特に何も思わない。


「いって、らっしゃい」


 麗奈は少し恥ずかしながら言う。拓哉はその様子に微笑みながら「いってきます」と返した。


 リビングを出て玄関へと着く。ドアを開けると空は曇っていた。


 降るかどうか微妙なラインだが、振られても困るので拓哉は折り畳みの傘を鞄に入れて家を出る。


 ***


 買い物をするために拓哉はまず、近くのスーパーを回った。


 何軒か回るが具体的に何を作ろうかは決まらない。

 自信がある訳ではないし、手の込んだものはあまり作りたくはない。しかし、あまりにも昨日と見劣りするものではがっかりさせてしまうだろうか。


 拓哉は何も決まらないままに4軒目にショッピングモールを訪れた。冬休みも重なって人はかなりいる。


 簡単に食材を見て回る。しかし、どれを見てもしっくりくるものは思いつかない。しかし、この辺りは大体回ったし、これ以上見に行ったって決まることはおそらくないだろう。

 拓哉は昨日は洋食ぽかったし、今日は和食みたいな感じにしようとカゴに商品を入れ始めた。


 会計を済ませて店を出る。相変わらず人は多い。拓哉は入る前よりも多くなっている気がした。


「道原くん?」


 拓哉はショッピングモールを出て近くの公園のそばを歩いていると突然自分の名前を呼んだ声が聞こえた。驚いて声のした方を振り向く。そこには姫崎が歩いてきていた。


「やっぱり、奇遇だね」


 姫崎は笑顔で拓哉の前に歩み寄る。


「そうだね」


「買い出し?」


「うん。ちょっと食材を。姫崎さんは?」


 姫崎は首を傾げて少し悩むような仕草を見せる。


「散歩、かなぁ」


「そっか」


 姫崎は何気ない様子で答える。


 拓哉は一瞬意外だと思った。しかし、曇っているいるし、決して散歩日和と言うことはできないけれど急にしたくなるようなことはあるだろうし、習慣である可能性もあるだろう。


「ねぇ、ちょっと話さない?」


 姫崎はおずおずと公園のベンチを指さして誘ってきた。拓哉は買い物も終わったし、時間があるのでうんと頷いた。


 公園には子供達が何人か遊んでいる。どの子も元気にはしゃいでいて楽しそうだ。


「最近どう?」


 姫崎は顔も合わさずに尋ねてくる。


「いつも通りかな。昨日から親戚が家に来てて、ちょっといつもより騒がしいぐらい」


 騒がしいといっても別にうるさい訳じゃない。正確には家族の会話の量が少し多くなったぐらいだ。


「そっか。いいなー」


 少しの間、姫崎と話していると目の前を走った少年が盛大にこけた。少年は体を起こすと目に涙を浮かべる。


「ど、どうしよう?」


 姫崎は戸惑いながら少年のところに向かう。周りを見ても少し席を外しているのか元々いなかったのか保護者らしき人はいない。拓哉も立って少年の元へ駆け寄った。


「大丈夫だよ、大丈夫」


 姫崎は涙する少年をどうにか慰めようとしている。ズボンをめくると少年の膝には擦り傷があった。


 拓哉は鞄の中身を思い出す。

 確か、絆創膏を持ってきていたはずだ。このサイズの擦り傷なら持っている絆創膏に収まる。

 拓哉は絆創膏を常備するようにしていた。きっかけは小学生の頃、紗良が怪我をして動けなくなったことにある。あれから、何かあってもいいように常備するようになった。


「君、これ以上ひどくなったら困るから、ちょっと洗いに行こっか。動ける?」


 拓哉が優しく尋ねると少年は小さく頷く。拓哉は少年を連れて公園にある水道へと向かった。


「ちょっと痛いかもしれないけど、我慢してね」


 拓哉は鞄から絆創膏を取り出す。取り出す時に少し邪魔になった折り畳み傘を水道の近くに置いた。

 傷口を洗い、絆創膏を貼る。洗う時、少年は少し痛い素振りを見せたが我慢して堪えていた。


「ありがとう。お兄ちゃん」


 少年は立ち上がると満面の笑みでお礼を言う。拓哉は頭を撫でながら「どういたしまして」と返事をする。

 少年はまたどこかに走っていった。


 拓哉のスマホが着信音を鳴らす。


 画面を見るとメッセージが一件届いていた。内容は紗良から手伝って欲しいことがあるから帰ってきて欲しいというものだった。


「ごめん。姫崎さん。俺、そろそろ行くよ」


「そっか。それじゃあ、またね」


 姫崎が軽く手を振ったので拓哉も手を振り返す。拓哉は手を下ろすと振り向いて歩き出した。


 家に帰って手を洗い、荷物を置いてから紗良の部屋に向かう。


「帰ったぞ。用って何?」


 紗良の部屋のドアをノックして話しかける。するとすぐに姫崎は中から出てきた。


「待ってたぜ、兄貴。勉強教えて」


 紗良は少しお茶目な感じで言う。

 紗良から話を聞くと、どうやら冬休みの宿題をやっていたがわからないところがあるので教えて欲しいとのことらしい。


 拓哉は大きめにため息を吐いた。

 これならもう少しゆっくりしてきてもよかったのではないだろうか。紗良の勉強が大切でないというわけではないが、そこまで急ぎでもなさそうだし、もう少しゆっくりできたかもと思うと拓哉は少し肩を落とした。


「どこがわからないんだ?」


 拓哉は紗良の部屋に入って勉強を教え始める。教えること自体は教える側も復習になったりするし、拓哉は嫌ではなく、紗良に対しては時々していた。


「この単語どういう意味?」


「それは、忘れるって意味だ」


 まず、教えている科目は英語。紗良は英語があまり苦手らしい。かという拓哉もそこまで得意ではないのでわからないところは普通にわからなかったりする。


 忘れるといえば、拓哉は妙に引っかかった。

 何かを忘れている気がする。何か、ちょっとしたものを。


「あ!」


 拓哉は思い出した。


 傘だ。折り畳みの傘を公園で出してそのまま置いてきてしまった。

 あの時は少年に意識が向いていたし、少年の件が終わるとすぐに紗良からメッセージが届いてすぐ帰ろうとしたから忘れていた。

 こう考えると、本当にあと少し残っていれば忘れなかったのにと、すぐに帰ってきてしまった自分に後悔が募る。


「どうかした?」


 紗良は拓哉の様子に疑問を持って尋ねる。


「忘れ物したから、ちょっと行ってくる」


 拓哉はそう言うと部屋を出た。


 まだ、公園にあるかどうかは疑問だが見に行った方がいいだろう。本当に何を忘れてるんだと拓哉は自分を責める。


 拓哉は少し足早に家を出た。

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