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喉元過ぎれば熱を忘れる  作者: 粗茶の品
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してはいけないこと


 キーンコーンカーンコーン


 拓哉は授業が終わるといつもより速く帰りの支度を始めた。早く一年の教室に行かなければ帰られてしまうかもしれない。

 ふと炭谷の席を見るとすでにそこには座っていなかった。拓哉もかなり早く支度をしたのに終わった頃にはもう教室を出ている。


 嫌なことを考えてしまう。もしかしたら相当に思い詰めているのかもしれない。苦しくなっているのかもしれない。

 考えたくないのにその事実が意識をそういう方向に持っていってしまう。


 拓哉はこれ以上考えないように席を視界に入れないようにさっさと教室を出た。


「よ、道原」


 教室を出てすぐに横から話しかけられたが拓哉は俯いていて俯いて相手を顔を見ることができなかった。顔をあげて声の主を確認する。声から察していたがそれは水田だった。


「どうかした?」


 拓哉が尋ねると水田は頭を掻く。


「一年のところに今から行くんだろ?俺もついててっていいか?」


 拓哉はキョトンとした。


 一年のところに今から行くのを知ってることにではなく、ついてくるという言葉に驚いた。

 水田と炭谷がそこまで仲良くしているところを見たことはない。それなのに一緒に行くと言うのだ。実は仲が良かったのだろうか。それともただ見過ごせないのか。

 今日ついてきたって確実に真実に近づける訳ではないからきっとこれからも手伝ってくれるととってもいいのだろうか。


「いいよ」


 拓哉が一言だけ返事をすると水田は「ありがとう」と言って拓哉の横に並んだ。


 上の階に上がって教室に向かう。廊下に人はあまりいない。一年は先に終わってしまったのか。

 行き先は階段が近い3組でいいだろう。


「伊藤さんっている?」


 教室のドアに見ると水田は拓哉の先に行って中にいる人に尋ねた。


 水田が3組に伊藤がいると知っているのはここに来るまでに拓哉が説明したからだ。


 拓哉は水田の横につくと大きくため息をついた。

 何も先に行く必要はないだろう。


「何?私に何か用?」


 少ないクラスのうちの1人がゆっくりと近づいてきた。見覚えのある容姿。終業式に見た顔だ。

 水田は相手が目の前に来るとじっとその顔を見た。


「炭谷蓮って人の噂誰から聞いたの?」


 水田が尋ねた横で拓哉は驚いた。


 こんなにも単刀直入に聞くとは思っていなかった。どうやって聞こうか考えている間に水田ははっきりと質問した。


「何?それがどうかしたの?」


 伊藤はめんどくさそうに返事をする。それに拓哉は少し腹が立った。水田は調子を一切変えずに質問を続ける。


「こんなデマ広げてる人を探してるんだけど、心当たりはないかな?」


「あっそ。じゃあ、2年の松野に聞いてくれる?」


 拓哉は「は?」とつい言葉が出てしまった。伊藤は顔も見ず、髪をいじる。


 松野というと時々会うあの人だろうか。正直あまりいい印象はない。他の人かもと思ったが2年で松野というと他に聞いた覚えはない。


「その人に聞けば何かわかるの?」


 水田の調子は変わっていない。拓哉は伊藤の顔が見れなかった。


「わかるも何もやった奴あいつだろうし。わかったならもう行っていい?」


「ああ、ごめん。ありがとう」


 水田がそう言うと伊藤は帰っていった。水田は拓哉を見る。


「元凶がわかったかもしれないのに、どうかしたか?」


 拓哉の様子を見て水田は不思議そうに尋ねた。


 そんなに変な顔をしていただろうか。

 水田は拓哉が松野に対してどんな印象を持っているか知らない。だから訳がわからずにいるのだろう。


「とりあえず聞きに行ってみるか。松野っていうと俺とおんなじクラスのやつかな?」


 拓哉が「そうじゃない?」と返事をすると水田は 「よし」と言って先に歩く。拓哉もそれに続いた。足取りはなぜか重くなっている。


 目的地につくと水田は教室内に入っていった。拓哉は入らず外から中を見回す。見た感じはいそうにない。


「先に帰ったって」


 水田は帰ってくるとそう言った。拓哉は俯いて少し返事ができなかった。


 もし、思っている松野が犯人だったとして謝ってきたら、許すことができるだろうか。拓哉はその答えがわからず、いてほしかったのかさえもわからなかった。


「とりあえず、今日は帰るか」


 水田はポンと肩を叩く。その強さはとても優しかった。


 一緒に帰るというと姫崎はどうしているだろう。そういえば気持ちが前に出ていてすっかり忘れていた。待っているのなら最低だなと拓哉は自分を卑下した。


 水田と並んで下駄箱へと向かう。拓哉は姫崎を待たせてはいけないから重い足を無理やりいつも通り動かす。


 靴を履き替えて外に出る。水田は先に外に出ていた。


「大丈夫か?」


 水田が心配そうな目を向ける。拓哉は一息吐いてから顔を繕った。


「大丈夫だよ」


 そのままの意味で通じているかわからないが水田は「そうか」と答える。


「お待たせ」


 足を止めて話していると聞き覚えがある声が聞こえてきた。先程も聞いたような声。声が聞こえた先を見ると見覚えがある3人組が見える。


「道原、あれ」


 水田も気づいたらしく、顔を動かして拓哉の視線の先と同じ場所を指す。そこには松野と伊藤と田中と思しき人がいる。


 拓哉達はその場所に向かって歩き出した。


「そういえば、なんかさっき変なこと聞きにきた人がいたんだけど」


 近づくにつれ、内容がはっきり聞こえてくる。おそらく聞きにきた人というのは自分達のことだろうと拓哉は思った。


「それって俺達のこと?」


 水田が近づいて開口一番にそう言い放つ。聞いた3人の視線が一気に集まってきた。


「炭谷の噂のこと聞かせてもらえるかな?」


 拓哉は水田がそう言っている横で松野を見つめる。もしくは睨みつけるかもしれない。


「また、お前か」


 松野は憎々しいような口調で声を出した。拓哉のことをしっかりと睨みつけている。


 拓哉は腹が立ってきた。


 この様子なら犯人である可能性が高そうだ。それに加え、伊藤が集まって話しているということはグルだった可能性もある。

 グルだったとしたら、あの興味のなさそうな返事が余計に腹が立つ。


「お前なのか?炭谷の噂を流したのは」


 拓哉は重々しい口で尋ねた。松野は図星なのか強く歯を食いしばっている。


「お前か!あいつに話したのは」


 松野は伊藤のことを睨みつけた。伊藤はなぜそんなことを言われるのかわからないのか戸惑っている。


「なぜ、そんなことをした?」


 拓哉が尋ねると松野の視線は拓哉に戻ってきた。伊藤と同じようには顔を強く睨みつける。


「だって、あいつばかりずるいじゃないか。運動もできて、勉強もできて、その上彼女もいるなんて」


 松野はその心うちを話す。拓哉は手が飛んでいきそうなのを何とか堪えた。


「ふざけるなよ!お前はやっていいことと悪いことの区別もできないのか」


 拓哉は自分でも驚くほど大きな声が出た。でも、それは今はどうでもいい。

 松野は拓哉の言葉に怯んだのか一歩足を下げた。


「お前が妬んでるあいつのものは努力の塊だ。それをお前が傷つけていいわけないだろ」


 確かに才能の部分だってあるかもしれない。でも、それを引き出しているのは努力だ。拓哉は知っている。炭谷がどれほど努力してきたのかを。勉強に対しても、運動に対しても。恋はその副産物だ。


 松野は拳を強く握り出した。握った拳は僅かに震えている。


「お前だってそっち側だからわかんねぇんだよ。俺の気持ちなんて」


 松野は震えた声で喋り出す。拓哉は手に力を入れて口を開いた。


「どんな気持ちだったとしても、あいつが積み重ねてきたものをお前が私怨で踏み躙っていいわけないだろ」


 松野の気持ちがわからないのはその通りかもしれない。でも、それはやってはいけないことが許されるものではない。


「謝ってくれ。そしてちゃんと嘘だったとみんなに伝えろ」


 松野の手の震えが大きくなった。止まるような気配はしない。


「わかった、わかったよ。クソ野郎が」


 松野はそう言ってどこかに走り去っていった。他の2人はその後を追いかけていく。


 あの様子を見るときっと自分でもだめだと思っていたのではないだろうか。でも、止められずにいた。その原動力は何だったのか。ひどい劣等感でも抱いているのだろうか。


「一件落着だといいな」


 走り去っていく背中が見えなくなると水田が話しかけてきた。


「そうだな」


 本当に謝ってくれるといいのだが、そこを信用し切ることはできない。


 急に水田は視線を移した。


「それで、どうかしたの?姫崎さん」


 拓哉は驚いて水田が見ている方向を見る。そこには姫崎がいた。


 なぜここにいたのかそれはわからない。見られていたのだろうか。自分が大きな声を出していたのを見られたと思うと拓哉は少し恥ずかしくなった。


「え、えっと、偶然通りかかって」


 姫崎は少し離れた場所から返事をする。拓哉達は姫崎のいる場所に歩き出した。


「俺は先帰るよ」


 水田はそう言って姫崎の元についてもそのまま歩いて去ってしまった。


 気まずい。拓哉はどうやって接すればいいのかわからなくなった。


「もしかして待っててくれたの?」


 何言ってるんだと拓哉は思う。姫崎の方を見ると姫崎は俯きながらそれでも目を拓哉に向けた。


「う、うん」


 姫崎が恥ずかしそうに言う短いその言葉が拓哉はとても嬉しく感じた。


 自分でもわからないがその答えを求めていたのかもしれない。そう思うのも炭谷の件がひと段落ついたからだろう。


「それじゃ、帰ろっか」


 気恥ずかしく言うと拓哉は姫崎と2人並んでいつもの帰路についた。

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