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喉元過ぎれば熱を忘れる  作者: 粗茶の品
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伝えられた気持ち


 1日の授業が終わり、拓哉は帰りの支度を始める。

 ふと教室を見回すしても姫崎は拓哉の視界に入らなかった。いつもと同じように先に行っているのだろう。


 支度が終わり、鞄を持ち教室を出る。今日は鞄だけでなく手に日誌を持っていた。拓哉は今日日直のためこれを担任のところに届けなければならない。


「あれ、道原くん。今帰り?」


 階段を降りていると前から加藤が話しかけてきた。


「はい。先輩は何か用ですか?」


「ちょっと先生に話があってね。もう少し帰れそうにないの」


「そうなんですね。頑張ってください」


 冬休みまであと1ヶ月もないから3年生は受験で忙しくなっているだろう。加藤はきっと受験関連の話をするのだろうか。


 別れの挨拶を交わし、階段を降り進めていく。今日は最後のホームルームが長引いてしまったのに加え、日誌を書いていて遅れたので生徒はいつもより比較的少ない。


「失礼しました」


 担任に日誌を渡すと拓哉はすぐさま下駄箱へと向かった。


 いつも通りであれば姫崎をかなり待たせていることになる。それは心苦しい。これ以上はできるだけ待たせたくないと拓哉は考えていた。


 靴を履き替え、校舎を出る。前を見るとそのすぐ先で浅羽が歩いていた。


「道原さん」


 浅羽は拓哉に気づいて話しかける。浅羽が立ち止まったのを見て拓哉も足を止めた。

 浅羽は妙に何かを考えているような顔をしている。少し俯いてから再び顔を上げるとゆっくり口を開いた。


「あ、あの。少し、お話、いいですか?」


 滑らかに出てこなかった言葉は途切れ途切れ形を成していく。拓哉はその一言一言に真剣さを感じた。


 話を聞くのはもちろん構わないが姫崎のことはどうしようか。待たせるのは申し訳ないし、今日は先に帰ってくれていればいいが。

 それが良いとは思いつつも拓哉は少し胸の奥がモヤっとした。


「あ、あの、少しだけ移動してもいいですか?」


 拓哉が頷くと浅羽は振り返って歩き出す。拓哉はそのあとをついていく。移動中浅羽は少し大きめに呼吸をしていた。

 浅羽は先ほどの場所からほんの少し離れた場所で足を止める。


 浅羽は拓哉の方を見て大きく息を吸った。


「あ、あの、道原さん」


 さっきよりも大きな声で浅羽は話す。しかし覚悟がまだ決まらないのか言葉が一旦途切れた。浅羽はもう一度息を吸う。


「わ、私は、貴方のことが、す、好きです」


 言い終えると浅羽は拓哉の方をじっと見る。その瞳は真っ直ぐ拓哉のことを捉えていた。


 拓哉は一瞬整理がつかなかった。しかし、意外とその言葉はすっと中に入ってきた。

 これは嘘じゃない。今の浅羽の姿と拓哉の頭がそう伝えてくる。

 きっと心のどこかで気づいていたのだろうと拓哉は思う。気づいていたからこそきっと修学旅行の時浅羽の誘いを受けられなかったのだとも。


 浅羽のことは嫌いじゃない。むしろ好きに入る人だと思う。しかし、これを受けていいものかと拓哉は思った。

 拓哉の恋は今のところ叶いそうにはない。無理だと本人が言っていたから。けれど、これは相手の望みを叶えてあげるものだ。


「ごめん」


 拓哉は断った。


 修学旅行の際も浅羽に話をしたいと言われた時も頭の中には浅羽がいた。それなのにこの申し入れを受けるのは失礼だと拓哉は思う。

 今拓哉の心は姫崎に囚われている。こんな状態で浅羽の想いに答えるのは無理だと思った。


「そ、そう、ですよね。わかってました。わかってたんです」


 浅羽はどんどん声が小さく、顔が下を向いていく。拓哉は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


 慰めることができない。今浅羽にかけてあげられる言葉なんて一つも見つからない。拓哉は見ていられなくなって目を逸らした。


「ご、ごめんなさい。迷惑でしたよね。ほんと、ごめんなさい」


 浅羽はそう言うとすぐに走ってどこかに行った。


 胸が苦しいなんてものじゃない。拓哉はその場から少しの間動けなかった。


 時間を空けて待たせては悪いと無理やり足を動かす。校門の近くのいつもの場所に姫崎は立っていた。


「ごめん。遅れた」


「......それは大丈夫だけど。何かあったの?」


 姫崎は心配そうに顔を覗き込む。


 表情に出てしまっていたらしい。拓哉は心配させまいと笑顔を作った。うまく作れていたかはわからない。


 姫崎は「そう?」といって顔を離した。2人並んで歩き出す。


 拓哉は浅羽のことが気がかりでしょうがなかった。自分も恋をしているから浅羽の気持ちはよくわかる。自分も告白して断られたのならああなるのだろうと拓哉は思った。


 ***


 浅羽は先程道原と話していたところから離れた場所にきていた。


 走ってしまったから疲れた。でも、この疲労感はそれだけじゃないと思う。

 顔を触ると指が濡れた。頬が冬の寂しい風を他の箇所より強く感じている。


 フラれてしまった。盛大に。

 そんな気はしていた。だから、焦った。気持ちが前に出てその勢いで告白した。

 道原とは大して一緒に遊びに行った訳でも、よく話す間柄でもない。でも好きになった。それでも、臆病でそんな時間を増やすことはできなかった。


 姫崎が現れて大層焦った。クラスも一緒で、ずっと一緒にいてよく話す。自分よりも容姿も可愛くて明るくて、敵わないなと浅羽は強く思った。


 だから、今日偶然会った時チャンスだと思った。今しかないと思ってしまって告白した。そして私の恋は終わった。

 振り絞った勇気は届かなかった。いや、道原のあの様子を見れば届いてはいたと思う。しかし、その勇気はその先に行けなかった。


 涙がさっきから止まらない。早く止まって欲しい。しかし、こんなにも強く思っていたのかと理解してさらに涙が出てしまう。


 突然、頭の上に何かが乗った。それなりに大きくてそれなりに硬い何か。

 振り返ると水田がそこに立っていた。伸ばした手は浅羽の上へと伸びている。


「どうしたんだ?こんなところで」


 水田のいつもより優しい声が心に響いてさらに涙が出た。


「わ、私、フラれたよ」


 涙のせいで上手く喋れない。その様子を見て水田は優しく頭を撫でた。


「そうか、そうか。今は好きなだけ泣け」


 しばらくは涙が止まらなかった。


「大丈夫か?」


 落ち着いてくると水田は浅羽に尋ねた。浅羽は首を縦に振る。


 かなり泣いていたせいで目の辺りが痛い。涙は止まっても悲しさはまだ止んでいなかった。


 周囲を見てみると誰もいない。


 浅羽はそこに少し安堵した。こんなところを誰かに見られていたら結構恥ずかしい。


「それじゃ、一緒に帰るか」


 水田の提案に頷くと並んで歩き出した。


「大丈夫か?」


 しばらく沈黙が続いたところ、水田は口を切った。


「大丈夫だよ」


 この言葉は表面だけだとは思う。実際は引きずっていてかなりしんどい。


「やっぱり、道原さんって姫崎さんが好きなのかな?」


 浅羽はなんとなく口にしてみる。


 そんなことを知ったってしょうがない。それに道原はなぜ断ったのか理由は言わなかった。


「どうだろうな。そんな感じはするけど」


 水田から見てもそうらしい。


 そういえば姫崎といえば転校生で転校してきた頃、少しだけ会ったことがある。けれどその時は今とは違う雰囲気だった。だから海に行った時は驚いたが一体何があったのだろう。


「そうだとしても、夏休み前に好きな人いるって聞いた時はいないって言ってたから、好きになったのはそのあとかもな」


 水田はそんなことをしていたのかと浅羽は驚いた。


 2年生になってちょっとしてから水田に道原が好きだと話したから、もしかして自分が話したから水田は聞いたのだろうかと浅羽は思った。


「お似合いだよね。あの2人」


 浅羽が言うと水田はびっくりしたような表情を向けた。


 心の底では認めたくないけどお似合いだと思う。羨ましいと思ってしまうほどに。

 2人は一緒に帰っているという話も耳に入ってきたことがある。その時も羨ましいという感情が顔を出してきた。


「そうかもな」


 水田も前を向いて共感する。


 フラれてしまったけれど道原には幸せになって欲しい。そう願いながら浅羽は帰り道を歩いた。

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