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喉元過ぎれば熱を忘れる  作者: 粗茶の品
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守りたいもの


「あ、紗良ちゃんのお兄さん」


 拓哉は学校から帰ってくると家の前で複数人の女子達に出会った。


 紗良と同じ中学の制服を着ているし、今年の夏祭りの際に見たことがある顔のなので紗良の友達で間違いないだろう。

 この時間帯で中学生に会うことは普段ではほとんどなかったから、何か用事があって帰るのが遅れて今に至るのだろう。


「こんにちは」


「こんにちは」


 拓哉が挨拶をすると明るめの声で返事が帰ってきた。若々しく元気がいい。


「あ、そうだ。一つ質問してもいいですか?」


 複数人いた中の1人が拓哉の目を見て尋ねてくる。


 拓哉はなんだか嫌な予感がした。


「紗良ちゃん。最近何かあったんですか?」


「あ、確かに。なんか変だよね」


 1人が質問するとそれに周りも共感していく。嫌な予感が当たってしまった。


 友達からも言われていると言うことは紗良に何かあったのはほぼ間違いないだろう。胸の中で不安が募っていく。


「変って具体的には?」


「すぐ帰るようになったし、あんまり一緒に遊ばなくなったよね」


 仲間の顔を見合って近況を述べる。


 これを聞くとどうやら他人を避けているように感じる。出かけることが少なくなったなとは思っていたが寄り道などもしなくなったらしいし一緒にいる時間を減らしているように思う。

 この中にあまり会いたくない人がいるのだろうか。でも、誰からもそんな雰囲気は出ていない。無自覚なのか別の原因があるのか。


「で、何か心当たりあったりしますか?」


「ごめん。これといったのはないな」


「......そうですか」


「紗良とこれからも仲良くしてあげてくれる?」


「もちろんです」


 女子達は元気よく返事をする。


 心配してくれてこんなにも堂々と仲良くすると言ってくれるいい友達だ。嘘のようには一切感じられない。


「ありがとう。紗良をよろしく頼むよ」


「はい」


 女子達は「さようなら」と言って帰っていった。拓哉は少しだけその背中を見守る。その後、家のドアに手をかけた。


 拓哉はまず紗良にあんなに心配してくれる友達がいることが嬉しかった。紗良は拓哉よりも他人とのコミュニケーションがうまいから当たり前かも知らないがそれでも喜ばしく感じられた。

 そして、それと同時に不安も増していく。何があったのか。それが頭の中の真ん中を陣取っていた。


 ドアを開けて中に入る。リビングに行っても紗良はいない。靴は玄関にあったので帰ってはきているはずだ。


 拓哉は着替えると紗良の部屋のドアを軽くノックした。


「紗良、いるか?」


「なに?兄貴」


 返事が少し遅れて帰ってくる。中で何かしていたのだろうか。


「ちょっと話したいんだけど、時間ある?」


「なーに、話したいことって」


 声の調子はいつも通りだ。だからといって安心するためには全く要素が足りない。


「とりあえず入るぞ」


「はいはい」


 ドアを開けて中に入る。紗良の部屋に入ったのは久しぶりだ。


 美容道具や可愛らしいぬいぐるみ、本棚に並んでいる雑誌や本、いかにも女の子らしい部屋だ。紗良は勉強机の前の椅子に座っている。


「それで、話って言うのは何のことだい?」


 紗良がいつものような調子で問いかけてくる。


 どうやって話題を切り出したものか。そのまま直接聞くとはぐらかされるような気がする。かといってそれ以外に良い方法は思いつかない。


「紗良、最近何かあったのか?」


「......何かって何が?別にいつも通りだけど」


 返事をする際、明らかにためがあった。これはいつもの紗良らしくない。

 ちょっとした隠し事なら何の違和感もなく言いそうだが、それがあったということはその何かは紗良にとってとても大きなものだということだろう。


「隠さなくていいよ。お前のことだから迷惑かけたくないの何ので黙ってるんだろうけど」


 紗良は水田と同じようなタイプだ。自分のことで他人の手を煩わせたくない、そういった性格をしている。


「なになに、そんなに言われても困るんだけど、何にもないのに」


「母さんも友達も心配してたよ。お願いだから話してくれないか?何かあったのか?俺も心配なんだよ」


 紗良の前にきて屈んで尋ねる。紗良は俯いて黙ってしまった。


 この態度が出たということは確実に何かあっただろう。それ以前からあるとは思っていたが今はあからさまに態度に出ている。


「......たぶん。ストーカーされてるの。ちょっと前からずっとあとをつけられてる気がしてて」


 紗良は遂にゆっくりと何があったのかを話し出した。重々しく口を動かす。


「それが、ちょっと態度に出ちゃったてたのかな?」


 紗良は平生を取り繕うとしているように拓哉は感じた。だけど、そう感じるだけで実際は取り繕えていない。


「なんで、誰にも言わなかった。警察を頼らなかった?」


「だって、私の勘違いかもしれないし、みんなに心配なんてかけたくなかったから」


 「ばかやろう」と拓哉は思いっきりそう言ってやりたくなった。


 心配かけたくないなんて思わなくていい。周りからすれば、そうやって苦しんでいるのを我慢されている方がよっぽど辛い。

 勘違いかもしれないから警察は頼らない?なら、何のための組織だ。そんな時に使わずにいつ使う?


「最近、出掛けてなかったのは?」


「前に出かけた時にもいた気がして怖かったから」


「友達と遊ばなくなったのは?」


「友達に迷惑かけちゃうんじゃないかって思ったから」


 拓哉の質問に紗良は心境を語っていく。


 ほんとにどうしてこんなにも自分の周りには1人で背負い込む人が多いんだろうと拓哉は思った。

 心配かけたくないなんて言って、空回りしてしまっている。そんな人が多い気がする。


「今からでも通報しに行くか」


「いや、でも......」


 紗良はまだ覚悟が決まらないらしい。


「どうして、そんなに躊躇うんだ?」


「だって、私の勘違いだった可能性もあるし、私が悪かった可能性だって」


 たとえ勘違いでも警察に行ったって何の問題もないだろう。それに何か悪かったとしてもこんなことを直接話に来ない相手も充分に悪いだろう。それでも紗良は万が一を考えて動けなくなってしまっている。


「なら、いることが確認できたらいいのか?」


「それは、そうだけど......」


 じゃあ、どうすればいいのだろう。やっぱり通報するのが1番だと思うのだが、紗良が納得してくれない。無理矢理でもするべきだろうか。


「ねぇ、明日、一緒にお出かけしない?」


「それは、本当にいるかどうか確かめて欲しいってこと?」


 明日は土曜日、休日だ。休みでもやってくる相手なら特定できるすることもできるだろう。だけど、それはリスクが伴う。本来決してやるべきことではないと思う。


「でも、それは危なくないか?」


「そう、だよね。危険なことに巻き込む訳にはいかないよね」


「そうじゃない」


 拓哉が心配しているのは自分のことではなく、紗良のことだ。どうしてそんなにも自分のことを後回しにしてしまうのか。


 拓哉は大きくため息をついた。


「わかったよ。明日一緒に出かけよう。でも、それでいなかったとしても帰りに警察には行くからな」


「でも、それは......」


「大丈夫。自分のことは自分で守るし、紗良のこともちゃんと守るから。心配するな、いつも無茶振りしてきたでしょ」


 こんなことしてはいけないことはわかってる。それでも、紗良の気持ちをむげにすることはできるだけしたくない。だから、何があっても紗良だけは守ってみせる。

 明日、問題のストーカーが来るかはわからない。でも、どう転んでもちゃんと警察には相談しよう。


「お兄ちゃん......」


 紗良は少し目を潤ませながらそう言った。


 紗良に「お兄ちゃん」なんて呼ばれたのはいつ以来だろう。詳しくは覚えていない。いつのまにか兄貴呼びになっていた。


「お母さんとお父さんにも内緒にしててね」


 涙を我慢しているのか少し話しづらそうにしている。


 両親には話しておくべきだろうがどうしようか。遅かれ早かれどうせ知らされるのだから変わりはないと思うが紗良にとっては違うのだろう。

 話しても事情を伝えれば黙っていてはくれそうだが、どのみち物凄く心配するだろうし困ったものだ。


 今にも泣き出しそうな紗良の頭を優しく撫でる。


 なんだか紗良をこんな風にしたやつにとてつもなく腹が立ってきた。今は絶対に許せそうにない。


 拓哉は紗良が落ち着いてから部屋を出た。


 ***


「それじゃ、行くぞ」


「うん」


 拓哉と紗良は一斉に家を出る。とりあえず今日は適当に歩き回る予定だ。


 まず、近くのショッピングセンターに向かう。家から向かう時にいつも使う道を使っていく。休日だからか人もそこそこ多い。


 拓哉は周囲に注意を払いながら歩いた。

 よくよく考えれば誰かがそばにいたら、ストーカーも今日はやめようとなりそうだから、一旦紗良と距離を取るべきだろうか。

 でも、それだと少し紗良が心配だ。


 拓哉達はとりあえず並んでショッピングモールへと歩いた。


 ショッピングモールの中もそれなりに人が多い。この中で1人の特定の人物を見つけるのは骨が折れそうだ。


 中を目的もなくぶらぶらと散策する。できるだけいるかもしれない相手を発見しやすいように歩いていく。


 拓哉がふと後ろを振り向くと違和感を感じた。

 ショッピングモールに来てから何回か見たような人がいる。こんな場所だし、いつもなら何も感じないだろうが今の状況では気になって仕方がなかった。

 しかし、決めつけるには決定打が足りない。充分間違っている可能性を含んでいる。


「どうかしたの?兄貴」


 歩いていると紗良がチョンチョンとつついて話しかけてきた。

 顔に出てしまっていたのだろうか。


「いや、ちょっとな」


 よくよく考えてみたら確認するにはどうしたらいいのだろう。そこまではあまり考えていなかった。やはり、一度離れて紗良をつけている人がいないかを確認するべきだろうか。

 でも、それはやっぱり危険だろう。


「兄貴、ちょっと遠くから私のこと見ててくれない?」


「いや、でも、それは」


 拓哉は止めようとしたが、紗良は変える気はないようだった。


「わかった。でも、何か危ないと思ったらすぐに逃げるんだぞ」


「わかった」


 小さな声で約束を交わすと拓哉は紗良の位置を確認しながら距離を取った。


 紗良が歩き出すとその人物も同じ方向に歩き出した。拓哉もその後ろから歩いて追いかける。その人物が拓哉に気づいているような素振りはない。


 紗良は階段へと続く角を曲がった。

 このショッピングモールで上下に移動する際にはエスカレーターかエレベーターを使うのがほとんどで階段はほとんど使われない。すなわち、階段にはあまり人がいない。


 そんなところに行って大丈夫かと拓哉は心配になった。


 人物は紗良が見えなくなると歩く速さをあげて追いかけた。拓哉も追いかけるが先に相手が曲がり姿が見えなくなる。

 拓哉も曲がると紗良にその人物が迫っていた。


「何してる」


 拓哉は2人の間に割って入る。紗良はすぐに拓哉の後ろへと隠れた。


 拓哉にはふつふつと怒りが湧いてきた。こんなことをする相手と少しでも紗良に近づけた自分自身に。


「一体なんなんだあんたは?」


 相手は拓哉に向かって指を指してくる。拓哉はよく見ると相手に見覚えがあった。


 確かいつかの帰り道に家の前でぶつかった相手だった気がする。もしかするとあの時からもうしていたのかもしれない。いつからかは詳しく聞いていないのでわからないが。


「南くん。あなただったんだね」


 紗良が相手の名前だと思われるものを口にする。


「知り合いか?」


「うん。前に告白してきたことがあって。その時は断ったんだけど」


 南は手を強く握って震わせている。


 見たところ動機は恋が成就しなかったからだろう。だからといって相手を苦しめていいはずがない。


「あんたは一体誰なんだ?僕の道原さんに手を出すな」


「紗良はお前のじゃない」


 南は苦いような顔をしている。


「どうして俺じゃだめだったんだ。なんで」


 南は小さく口を動かす。そこには色々な感情が渦巻いているのだろう。


「お前のせいで紗良はずっと苦しんでたんだぞ。それがお前の望みだったのか?」


 南は「ううう」と声を漏らした。


 苦しめるつまりはなかったのだろう。それでも、紗良を苦しめたのだから許せる気はまるでしない。


「南くん。この人は私の兄だよ」


「兄?」


 南が驚きを含んだ顔で拓哉を見つめる。


 南は拓哉が兄だったことを知らなかったらしい。もしかしたらそれで紗良の横にいる人は彼氏かもしれないなんて思って焦って出てきたのだろうか。


「とりあえず、こんなことは2度とするなよ」


 南は拓哉の言葉を聞くと涙を流しながらどこかに走り去ってしまった。


 しかし、この状況どうしようか。犯人が特定できたのはいいとして警察にはどう言おう。そもそも、今の紗良に警察に行く気持ちはあるのだろうか。


「で、どうする?やっぱ通報しとく?」


「あの様子なら大丈夫だと思うぜ、兄貴」


 紗良もだいぶ元の調子を取り戻しているようだ。口調が明るい気がする。


 紗良は大丈夫だと言っているが本当にそうだろうか。もしもこの先も何かあったらと思うと心配で仕方がない。


「でも、やっぱり」


「だから、いいって」


 紗良は拓哉のことを止めようとしてくる。


 きっと南のことを思って言っているのだろう。それに少しだけ信じてあげてもいる。


「なら、せめて学校に連絡させてもらいます」


「兄貴は心配症だな」


 学校であれば警察より少しはマシだろう。いくら懲りてそうでも、やっぱり2度とないようにしたい。拓哉は南のことを知らないのでまだ信頼することはできない。


「ちょっとはオブラートに包んであげてよ」


「はい、はい」


 どこまでも優しいなと拓哉は思った。そしてそこが紗良の良いところでもあると。


「兄貴、解決したんだし、何か買ってよ」


「何でだよ」


「いいじゃん。たまにはさ」


「わかったよ。あそこのたい焼きでいいか?」


 たまたま視界に入ったので食べたくなってしまった。紗良はうんと頷く。

 そこは遠慮しないんだなと拓哉は少し笑った。


 たい焼きを買って2人で並んで帰る。


「今日のこと母さん達には話すからな」


「えー。何でよ」


「当たり前だろ。それに学校に話すつもりだからいずれバレる」


「仕方ないなー」


 「ほんとに兄貴は私のこと好きだね」なんて言いながら紗良は笑った。


 本当によかったと思う。今日の朝は笑いそうな感じなんてしなかったから、こうやって笑ってくれてほっとした。


 拓哉は似たようなことが最近あったななんて思った。

 修学旅行の松野も同じようなことになっていた。自分の気持ちが受け入れられない、思い通りにならないのが認められないのだろう。

 そう考えると少し哀れになってきた。それと同時に少し不安になった。

 もしも姫崎に好きと伝えて断られた時自分はすんなり諦められるだろうか。今日のようなことはしないと思うが、自分はどれぐらい引きずるのだろうと拓哉は少々心配になった。

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