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喉元過ぎれば熱を忘れる  作者: 粗茶の品
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求めている誰か


 拓哉は街中をゆっくりと立ち止まりながら進んでいく。そのため出発地点からはまだあまり離れていない。


 ペースはかなり遅いがこれでいい。色々と考えたいこともあるし、なんだか街の隅々まで見たい気分だ。


「ねぇ、君」


 拓哉が道を歩いていると誰かから声をかけられた。後ろを振り返ると女性が立っている。ついさっきすれ違った人だったと思う。


「もしかして、拓哉くん?」


 拓哉は女性から自分の名前を呼ばれて思い出した。この人は親戚の方だ。


 前はそれなりに近くに住んでいたが引っ越したらしくそれから全くと言っていいほど会っていなかった。

 ちなみにこの人は拓哉と血縁関係はない。すなわち姻族だ。


「はい。そうです」


「やっぱり。久しぶりね。元気にしてた?」


「まぁ、それなりに」


 親戚はフランクに話しかけてくる。これは前から変わっていなくてなんだか懐かしい。


「引っ越してから会わなかったものね」


「この辺りに引っ越されたんですか?」


「今日は遠出してるからもうちょっと離れてるわね」


 ちょっと離れてると言われてもどれぐらいかわからないがとりあえずこの辺りの街に住んでいるらしい。


「それにしても、そんなに固く話さなくても、前みたいので大丈夫よ」


「ごめんなさい。久しぶりで緊張してて」


 かなりの期間会っていない人物と再開したのだ。喋り方が他人行儀になってしまうのは仕方ないと思う。前はもっと自然な感じで話していたのだが。


「それにしても、嬉しいわ。こんなとこで会えて。そうだ。うちに寄ってかない?きっと麗奈も喜ぶわ」


「それは、ちょっと。今は修学旅行中なので」


 流石に修学旅行中に親戚の家に行きましたはあまりよろしくないだろう。

 いや、どうなのだろうか。自由行動だしいいのか。考えれば考えるほどわからなくなってきた。


「修学旅行だったの。それはごめんなさい。そりゃ無理よね」


 親戚は少し残念そうな顔をしながら諦めた。


「今日、平日なのに麗奈休みなんですか?」


 拓哉が尋ねると親戚の顔が少し暗くなった。


 今日は平日で普通であれば学校があるはずだ。家に行って喜ぶということは家にいるのだろう。それなら今日は何かしらで学校が休みだと考えるのが妥当だ。


「麗奈は今、色々あって学校を休んでるの。まだ、塞ぎ込んでるから拓哉くんに会えば少しは元気になるかなって思ったんだけど」


 色々と言ったその中には様々な思いがあるのだろう。親戚は拓哉の顔を見ず、少し下を向いている。


 麗奈は引っ越す前は中がよかった。麗奈は少し人見知りなところがあるが、優しくよく笑う子だった。

 そんな彼女に何があったのだろう。学校を休むほどの出来事。塞ぎ込んでしまうほどの出来事とは一体なんだろう。

 聞きたくてもそれを聞くことはできない。


「ごめんね。こんな話して。でも、今度機会があったらぜひ来てね」


「はい。その時は行かせてもらいます」


「ありがとう。ねぇ、もしよかったら連絡先交換しないかしら?」


 拓哉は「いいですよ」と答えるとスマホを取り出し連絡先を交換した。


「ありがとう。私はもう行くわ。修学旅行楽しんでね」


 親戚はそう言うとさっさと歩いて去ってしまった。そういうところも変わっていないと思う。


 思いがけない再会に拓哉はほんの少しだけ心が軽くなったような気がした。でも実際には、きっと気がしただけでそんなことはないのだろう。


 拓哉はスマホをしまうとまた元の通り歩き出した。


 ***


 姫崎は修学旅行の最終日、自由行動が始まってもすぐにはその場を動かなかった。


 何か目的があるわけじゃない。ただ、動く気になれなかった。

 心に何か重いものがある気がして、その重みに慣れるまでは無理に動く気になれない。


 ふと顔を上げると1人の男子生徒が見えた。その男子生徒はゆっくりとどこかに去っていく。姫崎の方に来る気配はない。


 わかっていた。だが、視界に映った途端もしかしたらなんて思ってしまった。期待した自分が嫌になる。


 心がまた少し重くなった気がした。重みは増すばかりで一向に軽くなる気配がない。


 気がつくと周りから生徒はほとんどいなくなっていた。

 姫崎もずるずると重みを引きずって歩いていく。ついさっきまでしばらく動くつもりなんてなかったのに、足は動いていた。


 ゆっくりと一歩一歩確実に進んでいく。あの人が行った方向に進んでいる気がする。姫崎は自分のことなのにわからなくなってきた。


 そのままのペースで歩いていくと少し先のベンチに例の男子生徒が見えた。やはりその方向に進んでいたらしい。

 そしてその視界には男子生徒ともう1人の生徒が映り込んでいた。


 あれは浅羽だ。道原と向き合って話しているように見える。


 ちくりと胸が痛む。2人が話しているだけだと言うのに。


 浅羽はなぜ道原と話しているのだろう。

 そんなのはわかっている。きっと一緒に行きませんかと誘っているのだ。それかどこに行くか相談しているのか。


 姫崎は足が動き出しそうになった。前か後ろかはわからない。その動きを無理やり止める。


 2人が一緒にいる理由。きっと浅羽は道原のことが好きなのだ。それは何となく察していた。海での会話、文化祭のことを通して。

 それに対して見ないふりをしていた。自分には関係のないことだと。

 でも、今は道原のことが好きだと自覚してしまった。そして、この状況にどうしようもない気持ちを抱いている。

 仮に2人が付き合ったとしてそれを止める権利はない。そんな資格は持ち合わせてない。


 姫崎はその場を逃げ出した。これ以上見ていることはできなかった。


 少しずつ足を前に進めていく。姫崎は少しでも気を紛らわせようとして景色をよく見ながら歩いていく。

 見る景色にいろんな感情を抱くものの、頭の端に一つのことが染み付いて離れなかった。


 行先も見つからずに歩いていく。修学旅行の最終日がこれでいいのだろうか。


「ごめんなさい。ちょっといいですか?」


 姫崎が振り返ると1人の男子生徒が立っている。


「やっぱり1人なら一緒に行きませんか?」


「だから、大丈夫です」


 この相手は昨日もこうやって誘ってきた。そして昨日もそんな気にはなれず断った。それなのに今日も誘いに来ている。正直、少ししんどい。

 確か名前が松野だったと思う。海でしつこく連絡先を聞いてきた人だ。失礼だが、あまりいい印象は持っていない。


「どうして断るんですか?1人よりも誰かと一緒の方が楽しいですよ」


 それは否定することができない。確かに、誰かと一緒にいる方が楽しいのは一理ある。しかし、だからといって誰でもいいわけじゃない。


「どうして?何で?やっぱり道原の方がいいのか?あんなやつの方が」


 松野の声が荒げて大きくなる。


 怖い。そんな感情が出てきてしまった。どうしよう。そんな考えが頭を覆い尽くしてうまく思考が働かない。


「何であいつの方がいいの?俺の方が君のことちゃんと好きなのに」


 松野が腕を掴んでくる。


 その手は力が入っていて少し痛い。

 怖い。誰か助けて欲しい。相手の顔がうまく見えなくなってきた。恐怖のままに目を瞑る。


「やめろよ。困ってるだろ」


 聞き慣れた声が聞こえて瞼を上げるとそこにあの人がいた。


 嬉しくて涙が出そうになってしまった。怖かった、助けて欲しかった、そしたら求めいた人がそこに立っている。こんなに嬉しいことってあるのだろうか。


 ただ、姫崎の気持ちはそれだけじゃなかった。

 やめて欲しい。諦めようと思っていたのに、こんなことをされたらもっと好きになってしまう。溢れる気持ちを抑えられなくなってしまう。もっと求めてしまう。


 姫崎は涙が溢れないように必死に堪えた。


 ***


「やめろよ。困ってるだろ」


 拓哉は姫崎の腕を掴んでる相手の腕を掴んだ。


 この場面に出くわしたのは本当に偶然だ。奇跡だと思う。周りを見ても人はいない。京都なのに珍しい。


 しかし、今はそんなことはいい。この相手は何をしている。なぜ、姫崎の腕をこんな乱暴に掴んでいる。


 相手を見るとそれは松野だった。


 海で付き合っていた彼女を振っていた男。そして球技大会で体調の悪そうな姫崎と会った時に後ろにいた男。拓哉はあまりいい印象は持っていなかった。


「なぜ、お前がくる?」


「それは偶然だよ。それよりこんなところで何してる?」


「お前には関係ない」


「俺に関係なくたって姫崎が嫌がってるだろ」


 「え」と言いながら松野は姫崎の腕を離して後ろに一歩下がる。


 まさかとは思うが気づいていなかったとは言わないだろうなと拓哉は怒りが湧いてきた。こんなにわかりやすく嫌がっているのにそんなことを言うつもりじゃ。


「そんなことないよな?嫌がってなんか」


 松野の問いかけに姫崎はゆっくりと首を横に振る。


 本当に気づいていなかったのか。でも、だとしても嫌がってることに変わりはない。


「どうして、お前なんだ。俺じゃなくて。俺の方が好きなのに。なんで!」


 松野の声がヒートアップしていく。


 でも怒っているのならお門違いだ。こんなのはただの逆ギレだろう。


「そうやって周りを見ずに、自分中心で考えてるからだろ」


 相手の気持ちを考えず、いきなり恋人を振って、いきなりこんな接近をしてくる。

 何だか、フラれた彼女がかわいそうになってきた。告白してきた相手が勝手に見切りをつけて別れることを要求する。ほんとにかわいそうだと拓哉は思う。


「......わ、私は、なんだか、あなたが嫌、です」


 姫崎が横でゆっくりと口を開いた。唇が微かに震えている。こんなことを口にするのはかなり勇気がいっただろう。


「......くそ!」


 松野はそんなことを言ってどこかに走り去ってしまった。


 ゆっくりと横を見る。姫崎は弱々しく小さくなっていた。


 こんなことを思うタイミングではないことはわかっているがその様子がとても可愛らしい。とても庇護欲が刺激される。


「大丈夫?」


「うん。助けてくれてありがとう」


「どういたしまして」


 お礼を言われると拓哉はとても嬉しかった。本当に偶然この場所を通ったことに感謝したい。


 姫崎をよく見るとまだ少し震えている。どうすれば治るのかわからない。一体どうしてあげたらいいのだろうか。


「姫崎さんはここで何してたの?」


「えっと、ちょっと歩いてただけで特に何も」


「じゃあ、このあとどこ行くか決まってる?」


「まだ、決まってないです」


「じゃあ、もしよかったら行きたい場所あるから一緒に行かない?」


 誘ってからちゃんと自然に誘えたか拓哉は心配になった。姫崎を見ると俯いてしまっている。


 悪いことを言ってしまっただろうか。いや、よく考えれば男にあんな迫られ方して、そのすぐ後にそんなこと言われても不安にもなるか。


「ごめん。やっぱ迷惑だったよね」


 拓哉は振り返って去ろうとすると腕を掴まれた。


「そ、そんなことない、です。一緒してもいいですか?」


 拓哉はその言葉をすぐに受け止められなかった。姫崎は顔を赤くして拓哉を見つめている。


「それじゃあ、行こっか」


 拓哉と姫崎は横に並んで歩き出した。拓哉はそれをとても嬉しく感じた。ずっとこんな時間が続いて欲しいなと思った。


 それから、自由行動が終わるまでは一緒に行動を続け、拓哉達の修学旅行は幕を閉じた。

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