それを受けることができない理由
「それじゃあ、これからは自由行動とする。各自、楽しんでくるように。ただ、絶対に遅れるなよ」
担任の言葉を聞き終えると、修学旅行最終日の自由行動が始まった。今から6時間ほどが各々の一存で京都を回ることになる。
拓哉はなんとなくすぐには行動を起こす気にはなれず、適当に歩いて見つけたベンチに腰をかけた。
空は青く晴れ渡っており、風は程よく肌を撫でていく。街を散策するには絶好の天気だろう。
拓哉はここの近くの街は何度か訪れたことがある。
街がどのように構成されているのか、どんな道なのかを完全に理解しているわけではないので適度に時間が経てば回っていこうと思う。
最初はかなりの頻度で見かけた同じ学校の生徒は次第に少なくなっていく。今ではほとんど見かけない。
それなりに時間は経ったが、これからどうしようか。先のことなど全く考えていなかった。そもそもなぜ動く気になれなかったのだろう。
ふと空を見上げてみる。当たり前だが空は依然として晴れ渡り雲が自由気ままに泳いでいた。
「あ、あの」
拓哉がのんびりどうしようかと考えていると声が聞こえた。
顔をおろして前を見ても周囲に人はほとんどいない。そのためこれは拓哉に向けられたものか後ろにいる誰かに対してのものだろう。
声が聞こえた後ろを振り返ってみる。そこには浅羽が立っていた。
「こんなところで何してるんですか?」
浅羽はおずおずと口を開く。何か緊張しているようにも拓哉には見えた。
「どうしようって考えてただけだよ」
考えて答えは出ていないためこれ以上は答えることができない。というか他に何もしていなかった。
「それで、これからどうするんですか?」
「まだ、決まってないんだよ」
「あ、あの、もしよかったら、私と一緒に行きませんか?」
浅羽は胸の前に手を置いて振り絞るように声を出す。
拓哉はどういうことかすぐに理解できなかった。
これからどうするか決まっていない人を誘うということはことは自分に行きたい場所があるということだろうか。
それ以前になぜ誘われたのだろう。別に違う人でもよかったはずだ。1人でいるのに何かを思ったのか、ただただ一緒に行く相手を求めたのか。
浅羽は強く手を握りながら答えを待っている。
早く返事をしなくてはならない。何にしろ勇気を出して誘っているように見える人が目の前にいるのだ。
自分はなぜすぐに返事ができないのだろうと拓哉は思った。
どうして返事ができない。うんと頷くだけですぐに解決するのになぜ。
「ごめんなさい。迷惑でしたか?」
「い、いや、そういうわけじゃないんだ」
「なら、もう他に一緒に行く人がいるんですか?」
「それは......」
「そうなら、それは一体誰なんですか?」
浅羽は一歩踏み出しながら質問してきた。
一緒に行く人がいるわけじゃない。なら、そこの誤解を早く解かなくてはいけないのになぜ違うと言えないのだろう。
もしかして誰と一緒に行くことを望んでいるのか。拓哉はそう考えると同時に姫崎のことが頭に浮かんできた。
違う。姫崎は他の人に誘われていたはずだ。それが結局どうなったかはわからないが姫崎には姫崎と明確に一緒に回りたいと望んでいる人がいる。
違う。姫崎は拓哉とは付き合えないと言っていた。それはこれ以上仲を深めたくないとも取れるだろう。それに誘ってもいなければ誘われてもいないのだ。今更もう遅い。
どうして今こんなに気になってしまうのだろう。
きっと昨日誘われている現場に遭遇したからだと拓哉は誘っていた相手に恨みとも言えそうな感情を抱いた。きっとあの時あそこにいなければ今日も何も思わず行動できた。何とも身勝手で理不尽な考えだと自分でも思う。
姫崎のことを思うと苦しくなる。
目の前に一緒に行こうと誘っている人がいるのに対して絶対にこの後会うわけでもないのに断ろうとしている人間がいる。
一体なぜだろう。これに対してわからないという回答だけが頭の中を駆け巡る。
拓哉は炭谷の言っていた言葉を思い出した。
思い返せば昨日も同じような気持ちになっていた気がする。今日は自分のことなので昨日よりも自分の気持ちに敏感になっていたのだろう。
炭谷の言葉を元に今の自分の思いを考え直してみる。そして気づいてしまった。
きっと姫崎のことが好きなのだろう。間接的に振られたのにまだ好きな自分がいる。
「ごめん」
拓哉はなぜか謝った。その言葉を自分で理解できなかった。
「やっぱり、他の人がいるんですか?」
浅羽は小さく震えながら声を出す。
拓哉はそんな相手いないのに否定しなかった。我ながらひどいやつだと拓哉は思った。
姫崎とは一緒に行かないのだから浅羽の申し出を受ければいいのにそれがなぜだかできない。
「すみません。無理言って。ほんとごめんなさい」
浅羽はそう言うとどこかに行ってしまった。去り際の顔がどこか悲しそうに見えた。
ほんとにひどいやつだろう。自分の我儘で相手の気持ちを理解もしないまま誘いを断った
姫崎のことが好きだと気づいてしまった。それが叶わぬ恋だと知っているのに。
姫崎がああ言ったのにも何か事情があるはずだ。拓哉はそれが何かわかるまではこの気持ちを持っていたっていいだろうと無理やり折り合いをつけた。今は捨てることなんてできそうにない。
拓哉はゆっくりと歩き始める。やりたいこと、行きたい場所はない。ただ、出会えたらいいななんて淡い願いが胸の中にはあった。




