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喉元過ぎれば熱を忘れる  作者: 粗茶の品
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嘘と本当と気持ちとわからない


 教材室へ行くとそこには教師が作業しており、その人に渡すと拓哉は今日1日の仕事を終えた。あとは他にやることはない。


 結局、箱の中身は何かわからなかった。

 今日は図書室にあって、いつもはないものと考えればそれなりに絞り込めそうだが、めぼしいものは思いつかない。

 別にそこまで知りたい訳ではないが、最後までわからなかったので興味はある。


 どのクラスも片付けが終わったのか廊下には人の気配はない。周りも暗くなってきていて少し寂しい感じがした。

 それも明るい時間があれほど賑やかだったのもあるだろう。


 早く帰らないといけない理由はないので拓哉は2年の教室が並んでいる廊下を歩いていく。

 一つのクラスがもう閉まっているだけで端までは見えないがまだ教室の明かりは大体のクラスがついているみたいだ。

 拓哉のクラスも教室の明かりが灯っていた。


「姫崎さんってさ、急に可愛くなったよね」


 近づくとかろうじて中から声が聞こえてくる。女子同士が会話しているらしい。

 周りが静かなのもあって聞こえてくる声は本当に微かだ。

 話ぶりを聞く限り姫崎もまだ残っているようだ。


 拓哉は「今日は図書室の片付けがあるので先に帰って欲しい」と伝えたからもういないものだと思っていた。


 拓哉は気がつけば足が止まっていた。一体何がそうさせたのかはわからない。

 拓哉はこのままじゃ盗み聞きのようだとまた一歩足を進めた。


「ていうかさ、姫崎さんって道原くんとどういう関係なの?」


 拓哉はまた足が止まった。1人のクラスメイトの声が拓哉の意識を朝から耳へと持っていった。


 教室の窓をよく見ると不透明のガラスに制服らしき黒いものが見える。おそらく窓の近くで話しているのだろう。だから声も聞こえやすくなっている。

 拓哉は窓から離れているためおそらく中からは拓哉のことは見えていない。それでも拓哉はその影が見える窓の近くの窓のない場所に移動した。


「友達だよ」


 浜崎の声が他の人よりも小さく聞こえる。いつも拓哉と話している時よりも抑えているような感じがした。


「そうなの?でも、一緒に帰ってるって聞くしほんとにそれだけ?」


「それはお互い家が近いからで」


「じゃあ、実際のとこ、どう思ってるの?」


「どうって......優しい人だなって」


 拓哉は聞こえてくる会話にばかり意識を向けていた。視界はほとんど使っていないような気さえする。


 本当にらしくないと自分で拓哉は思った。

 何故だか気になってしょうがない。何がこうした衝動を起こすのかわからない。


「道原くんのこと好きなの?」


「......それはよくわからないけど、嫌いじゃないよ」


「じゃあ、付き合ったりしないの?」


「え......」


 拓哉は胸が大きく跳ねた。自分は会話に入ってもいないのにすごくドキッとした。


 なぜだか緊張してくる。次の言葉が早く紡がれるのを期待している。拓哉はその理由をわからないままに心待ちにした。


「私は、道原くんとは付き合えないよ」


 拓哉は途端に力が抜けた。気を抜けば鞄を落としてしまいそうなほどに。


 姫崎が綴った言葉はとても静かな響きを持っていた。それゆえにその言葉により一層の重みが備わっているように拓哉は感じた。


「付き合わないじゃなくて、付き合えないなの?なんで?」


「それは......ごめん」


 拓哉は姫崎が謝るのを聞くと階段の方へと歩き出した。


 自分が何を期待していたのかはわからないけど、姫崎と付き合えないからといって何の問題がある。

 姫崎は「嫌いではない」と言っていた。なら、今の関係はこれからも続くだろう。それなら何の問題もないはずだ。


 拓哉はもとよりそうしてきた。

 誰かに嫌われるより、誰かと絶対の信頼関係を築くよりその中間が1番良いと中途半端な人間関係を多く築いてきた。

 信じられる仲間は少人数で良いと新しい環境で数人だけ作ってそれ以上は作ろうと努力しなかった。

 だから自分には誰かと一緒になるような資格はない。そもそも自分が姫崎のことをどう思っているのかすらわからないのに、勝手に何落胆してるんだと拓哉は心の中で自分を責めた。


 ***


 文化祭の片付けが終わると姫崎はやることがなくなった。

 帰ろうとも思ったが、今日は道原は一緒に帰れないらしいので退屈だと少し億劫になった。


 教室の前を見ると学級委員がゴミ袋をまとめている。おそらくこれから出しに行くのだろう。ゴミ袋はいくつかあった。


「半分手伝いますよ」


 姫崎は学級委員に近づいて協力を申し出た。


 1人でやるよりは2人でやった方が楽だろう。ゴミ袋もそこそこの大きさがある。それに今はやることがない。


「ありがとう。お願いしてもいいかな?」


 姫崎はうんと頷くと半分持って、学級委員とゴミ捨て場に向かった。


 ゴミ捨て場の近くにはほんの数人生徒がいた。同じくゴミを捨てにきたのか、たまたま通りかかっただけなのか。


 姫崎はゴミ捨て場にちゃんと分別してゴミを置く。あとは教師などがやっておいてくれるらしい。


「ありがとう。姫崎さん。そういえば、姫崎さん荷物は?」


 姫崎は「あ」と気づいた。荷物を教室に置いてきてしまった。学級委員は小さな鞄を持ってきている。姫崎もそうしていればそのまま帰れただろう。

 それでもまた取りに行けばいいかと姫崎はすぐに落ち着きを取り戻した。


 学級委員にさよならを告げてから姫崎は教室に戻る。しかし真っ直ぐには戻らず少し遠回りをした。


 学校内では随分と静かになった。人の気配も少なくなってきている。

 今日は1日通して楽しかった。少し考えさせられることもあったけれど、楽しかったと思う。来年も同じぐらい楽しいといいなと姫崎は思った。できればまた、一緒に回りたいとも。


 少しして姫崎は教室に戻ってきた。まだ明かりはついているので開いているだろう。

 前の扉から教室内へと入る。


「あ、姫崎さん。どうしたの?」


 中に入ると2人のクラスメイトの女の子が話しかけてきた。


「荷物取りにきたんです」


「あ、あれ姫崎さんのだったんだ。まだ荷物あるから閉められないねって話してたらところだったの」


 どうやら荷物を忘れていったせいで迷惑をかけたらしい。本当に申し訳ない。


「ごめんなさい」


「いいよ、いいよ。全然」


 姫崎が謝ると2人は笑って許してくれた。

 この2人はたまに話しかけてくれる2人で、姫崎は仲の良い人を失いたくはないと思っていたのでほっとした。


「それにしてもさ、姫崎さんって、急に可愛くなったよね」


「そうかな」


「そうだよ。一学期よりも結構雰囲気変わったし。何かあったの?」


 何かあったと言えば何かはあった。でもそれをうまく言葉にすることができない。


「ちょっと、色々あって」


「秘密なの?別にいいけど」


「ていうかさ、姫崎さんって道原くんとはどういう関係なの」


 姫崎は内心驚いた。


 またこの質問だ。それはよくわからない。聞かれるたびに悩んでしまうので姫崎はやめて欲しいと少し思った。


「友達だよ」


 いつものように返す。


 この返事は間違っていないはずだ。少なくとも自分では友達だと思っているし、そうであって欲しいと思っている。


「そうなの?でも一緒に帰ってるって聞くしほんとにそれだけ?」


 掘り下げられてしまった。


 多分友達ということそれだけだ。でもそれだけであって欲しくないと姫崎は思ってしまった。

 とりあえず今は一緒に帰っている理由を伝えないといけない。


「それは家が近いからで」


「じゃあ、実際のとこ、どう思ってるの?」


 またこの質問だ。それがわかったら苦労していない。自分でも聞きたいぐらいだ。


「どうって......優しい人だなって」


 道原はとても優しい人だ。これは間違いない。気遣いが上手で周りによく気を配っている。


「道原くんのこと好きなの?」


 また、今日水田って人と同じ質問をされた。2人の顔を見ると少しニヤニヤしている気がする。なぜそんな顔をするのだろう。


 好きなのと聞かれてとてもドキドキした。水田に聞かれた時もそして今も。

 なぜなんだろう、もしかしたらと姫崎の頭で考えがあっちへこっちへ動き回る。


「......それはよくわからないけど、嫌いじゃないよ」


「じゃあ、付き合ったりしないの?」


「え......」


 姫崎は一瞬思考が上手く働かなかった。


 付き合う、自分と彼が。その響きで姫崎は少し嬉しく感じてしまった。

 しかし、それはできない。それはきっと私はしてはいけない。私にはそんな資格はない。


「私は、道原くんとは付き合えないよ」


「付き合わないじゃなくて、付き合えないなの?なんで?」


 2人の顔が急に曇った。それはそうなっても仕方ないだろう。


 姫崎は自分で言って辛くなってしまった。自分は彼と付き合えないということが苦しく感じられた。

 姫崎はようやく気づいた。気づいてしまった。自分は彼のことが好きなのだと。付き合えないと思って初めて気づいた。そしてそれは言葉にできないほど辛かった。


「それは......ごめん」


 理由を言うことはできない。まだ、その覚悟ができていない。

 それだけでなく、今は心が苦しさでいっぱいだった。きっとこれ以上言えば耐えられなくなる。


「ごめん、なんか言いづらいこと聞いちゃって」


 2人が俯きながら謝ってくる。2人は何も悪くないのに。


「ごめん、私そろそろ帰らなくちゃ」


 姫崎はそう言って教室を急いであとにした。しかしすぐには帰らず同じ階にあるトイレへと立ち寄った。


 鏡を見るとひどい顔をしている。

 その顔を見つめているだけで涙が出てきそうだった。耐えられなくなりそうだった。


 姫崎は1人で落ち着かせようとここにきたが間違えだったと思った。到底整理なんてできそうにない。


 姫崎は少ししてから気持ちをグッとこらえて帰ろうと歩き出した。

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