周りを見て感じて
「迷惑かけてごめんね」
水田と道原に呼ばれていた人は姫崎に謝った。
謝られるようなことはしていない。それでも誠意を持って謝ってくれているようだから姫崎は「どういたしまして」と返事をした。
つい最近も保健室に来たし、来た理由が自分でなくなっただけで似たようなものだったから姫崎はなんか変な感じがしていた。
「君は、道原とはどういう関係なの?」
「え?」
あまりにも予想外な質問だったから姫崎は驚いて声が出てしまった。
どんな関係か。質問されてしまったら何だか答えにくい。自分のことなのによくわからなくなってくる。
一体どういう関係何だろうか。なぜこんなにもそれを考えてしまうのだろう。
「友達です」
「そうか。じゃあ、道原のことはどう思ってるの?」
また振りかけられた質問に姫崎は黙ってしまった。
またわからないことを聞かれた。
自分がどう思っているのかきっとわかっていれば苦労はしていない。
考えれば考えるほどわからないが積み重なっていった。どうしてすっと答えられないのだろう。何が踏みとどめているのだろう。
「......友達です」
姫崎はまた同じ返しをした。そう言うことしかできなかった。
「道原には申し訳ないことをしたな」
水田は真っ直ぐ前を向いて呟く。
「きっとなんとも思ってないですよ」
道原は優しい。こんな状態の友達からの頼みならきっと文句なんて言わないだろう。言ってきたとしてもきっと心では思っていないのだろう。
「そうだよな。あいつ優しいもんな」
姫崎は心の底からうんうんと頷いた。自分が褒められているわけでもないのになんだか嬉しかった。
***
拓哉は水田姉を連れて保健室のドアを開けた。
水田姉に事情を説明すると心配だから会いたいということでここまで連れてきた。
拓哉は任せたはずなのに戻ってきたら気まずいような気がして遠慮しようと思ったが、一緒に来て欲しいと水田姉に押されて来てしまった。
「晃一。あんた何してんのよ」
水田の姿を確認すると水田姉は一目散に歩いて行った。水田のいるベッドの近くの椅子には姫崎が座っている。
「何無理してんのよ。あんたが倒れたら意味ないじゃない」
「ごめん」
水田は顔を逸らして謝る。きっと姉が来るなんて思っていなかったし、できればこの場面に立ち会わないで欲しかったのだろう。
「私に任せて無理しないでいいって言ったじゃん」
「ごめん。でも、負担かけたくなかったんだ」
ここに来るまでに水田姉から少し家の事情を聞いた。
水田の家は辛いことだが母親しかいないらしい。
その母親が家族を養うための過労のせいか半年前に突然倒れてしまったと言うのだ。
当面の面倒は既に成人している姉が見るって言うことになっているが水田はそれに申し訳なさを感じてバイトをしているとのことだった。
水田は下に小学2年生の双子がいて帰ってこない母の代わりに2人の相手をしているらしい。その間を縫ってバイトをして、水田の負担は相当のものだっただろう。
学校の勉強をし、兄弟の面倒を見て、バイトまでしている。その間、弱音なんて一つも吐かないし、きっと誰の手も借りなかったのだろう。
それならここまでになるのも納得できる。だが納得できるだけだ。
「あんたはずっと頑張ってるじゃん。こうなる前からあの子達の面倒見て、大変だったでしょ」
水田は「それは違う」と首を振った。
「もっと頼りなさい。あんたのクラスの子達も嫌な顔一つしなかったよ。あんたは背負いすぎなのよ」
水田姉は「わかったら、元気に帰ってきなさい」と言って保健室を出ていった。
「お前のクラスの人達にいらないって追い出されたよ」
拓哉はそう言いながら水田の近くにある椅子に座った。
「ごめんなんだけど、ちょっと2人で話させてくれないかな。えーっと」
水田は姫崎の方を見る。初対面だし、名前がわからないのだろう。
姫崎は「わかりました」とだけ言って席を立った。
「姫崎さん。ごめん。あと、ありがとう」
拓哉の言葉を聞くと姫崎は歩いて保健室を出ていった。
姫崎がここにいたということはずっと水田の面倒を見ていたのだろう。それが迷惑であってもなくても善意でやっているのだからお礼をちゃんと言うべきだ。
「お前が姉ちゃんと一緒に来たってことは大体聞いたんだろ」
拓哉は頷いた。その話をできれば聞いてほしくなかったから水田は姫崎に出て欲しいと言ったのだろう。
「お母さん、大丈夫なのか」
「そろそろ復帰できるって。心配かけてごめんな」
「ほんとだよ。これに懲りたらこれからはちゃんと頼れよ」
少し前に同じようなことをここで言った気がする。
「お前には頼ってたんだけどな」
拓哉達は軽く笑った。
本当にそうだ。1週間まるまる水田は図書委員の仕事を休んだのだから。
「他の人にもそうすればよかったんだよ。なんだったらもっと俺を頼ってもよかったのに」
「ちょっと文句言うかもしれないけど」と拓哉は付け加える。
倒れられるぐらいならもっと頼って欲しかった。何かあってからでは遅い。
「なんでか、お前は頼れたんだよ。きっとお前がいい奴だからだな」
「そういうなら、もっと頼れって。子供の面倒ぐらい見れるから」
やったことがないから決して強くは言えないがそこまで問題はないと思う。
「心配はさせたくなかったからな」
「そうやって1人で背負い込まなくていいよ」
水田は責任感が強い。言われたことはどれも自分でこなしてきた。早く終わればすぐに周りを手伝うし、言われたら大体引き受けた。
「心に留めておくよ」
「そうしてくれ」
できれば心に留めるだけでなくそうすると言って欲しかったが、今はこれが限界だろう。
「ところでさ、お前、さっきの人とはどういう関係?」
「さっきの人って姫崎さんのこと?」
「申し訳ないけどさっき出ていってもらった人」
最近は言われることもなくなったしまさか水田からその質問が来るとは思っていなかった。
「友達だよ」
少なくとも自分が思っていることを拓哉は言った。口に出す前に少し止まってしまったけれど。
「道原は姫崎さん?のことどう思ってる?」
「どうって......」
拓哉は考え込んだ。
姫崎のことをどう思っているのだろう。考えてもわからない。
答えを探しても見つからず拓哉は言葉を続けられなかった。
「あの人のこと、お前は好きなのか?」
「好き?」
姫崎が好きなんて考えたことがなかった。水田が言っているのは恋愛的感情での好きなのだろうか。水田はじっと拓哉を見つめる。
拓哉は誰かに恋愛的な感情を抱いたことがない。ゆえによくわからない。
姫崎のことが好きなのだろうか。そうなのかはわからないし、違うとも拓哉は言い切ることができなかった。
「嫌いではないよ」
拓哉は言い切ることができなくてわかりきってることを言った。きっとこれは逃げたのだろうと拓哉は自分で思った。
しかし何度考えても答えは見つからない。すぐ近くにはある気がするのに。
「そうか。お前、変なところ鈍感だもんな。もっと近くにいる人を見てみたらどうだ?」
水田は諭すように言う。
もっと近くにいる人を見る。それは一体誰のことを言っているのだろう。別に見ていないつもりはない。
「お前が言うな」
水田が笑うと拓哉も笑ってしまった。
答えはわからない。けど今はそれでもいいかと拓哉は思った。




