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喉元過ぎれば熱を忘れる  作者: 粗茶の品
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人は頼って欲しいもの


「次はどこ行く?」


 姫崎は無邪気な声で横から話しかける。


 参加型の出し物をしているクラスは大体行き終わった。その近くにあった展示もおおかた見てきた。

 時刻は2時45分。一つ一つはそんなに大きなものではないし展示や飲食店をしているところもあるので時間はそこまで経っていない。それでも文化祭の残り時間はあと1時間と少しだ。

 周りを見てみると時間はあと少しだというのにまだすごい活気がある。いや、もう終わりだからというのももしかしたらあるのかもしれない。

 もう終わりなのだからそれまでにもっと楽しもうという人がきっと多くいるのだろう。


「どうしようか?」


 拓哉もどこに行こうか答えを出さないままなんとなく歩き続けた。


 目的もなくぶらぶらと世間話をしながら歩くのは自分にとっては退屈ではなかったが姫崎はそうではないかもしれないと拓哉は不安に思った。

 かといってもどこに行くかは思いつかない。何かいい案が欲しかったが拓哉は思いつけなかった。


 何かないかとわけもなく窓の外を見る。そこにはたまたまチラシを配っている人がいた。


 自分も何か朝にもらった気がすると拓哉はポケットの中を探る。ポケットの中では折り畳まれた紙の感触があった。

 拓哉は立ち止まってそれを取り出し広げてみる。


「何?それ」


 姫崎が不思議そうな顔で紙を覗き込んできた。


 内容は演劇部の宣伝。時間は今日のやるものの最後に15時10分からのものがある。これならまだ間に合う。


「演劇かー。これ行かない?」


 姫崎が問いかけると拓哉は「そうだね」と二つ返事した。


 拓哉と姫崎は開催場所である体育館へと歩いて移動する。時間もあるしそんなに遠くないのでいつものペースで歩いていく。


 体育館と校舎を繋ぐ渡り廊下に行くため廊下を歩いているとある人影が現れた。その人影は制服を着ているし拓哉は知っている相手に見えた。


「水田」


 拓哉が近づいて声をかけると水田はゆっくりと顔を動かす。


「ああ、道原か。久しぶり」


 拓哉は違和感を感じた。歩き方も今の反応もなんだかいつもより遅いというか鈍い気がする。


「大丈夫か?なんかしんどそうだけど」


「大丈夫だよ。これくらい」


 水田はいつものような声で言う。しかし顔は平然を装いきれてないように感じてならない。


「どこ行こうとしてる?」


「クラスの出し物の当番に」


 水田のクラスは祭りイメージの参加型の出し物だったはずだ。さっき姫崎と一緒に訪れた。それがそろそろ交代の時間らしい。


 水田が一歩踏み出そうとした途端体勢を崩した。慌てて拓哉は支える。


 思っていたよりもだいぶきているらしい。まさか急に姿勢を崩すほどだとは思っていなかった。


「ありがとう」


 水田は姿勢を戻すとまた歩き出す。


「どこに行くつもり?」


「さっき言っただろ。クラスだよ」


 やっぱり休もうという選択肢はないらしい。この状態で仕事をやり切れるのだろうか。おそらく無理だろう。


「今は休んだ方がいい」


「でも、俺の仕事だから」


「やってる最中で倒れられた方が困るよ。迷惑をかけたくないと言うのなら今は休むべきだ」


 そう言っても水田は「でも......」とまだはっきり休むとは言わない。自分が休むことで他のクラスメイトに負担をかけたくないんだろう。


「事情を説明して俺が代わりに手伝うよ。それなら文句ないだろ」


「いや、でもそれは」


「俺に仕事投げるなんて今更だ。だって図書委員の仕事1週間まるまるしてきたんだから。これぐらい問題ないよ。今はしっかり休んでこい」


 そうだ。水田は拓哉には仕事を任せた経験がある。今回もこれと同じものだと思えばいい。それでも水田には罪悪感が少し残るだろうが。


「ごめん......」


 その謝罪は図書委員の件に向けられたものかそれともこれから任せることに対することなのか。できれば後者であることを祈りたい。


「私も休んだ方がいいと思います。みんなきっと心配はしても責めたりしません。クラスの人達を信じてあげてください」


「......そうだな」


 姫崎が割って入ってくるのは正直意外だった。しかし言っているのは間違いないと思う。

 水田も意外だったのか驚いたような顔をしているがその言葉を素直に受け止めたらしい。


 こうなれば拓哉は姫崎に謝らないといけないことがある。本当に心苦しいし姫崎は許してくれるかと拓哉は少し不安になった。


「姫崎さん。ごめん。このあと一緒行くのは無理そうだよ」


 拓哉は姫崎の目を直視することができなかった。責められるのが失望されるのがなんだか怖かった。


「いいよ。仕方ないよ。私は保健室に付き添いで行くから道原くんは行ってきてあげて」


 拓哉は姫崎の目を見た。ひとまず口先だけでもいいよと許してくれてほっとした。


「うん。行ってくるよ。ほんとにごめん」


 拓哉は軽く頭を下げると振り返って水田のクラスへと向かった。



 ***


「全然いいですよ。手伝いもいらないです」


 拓哉はクラスに着いて真っ先に説明するとクラスの人達からはそう返ってきた。


「それよりも大丈夫ですか、水田は?」


 クラスの人達は水田の心配をした。水田を責める声なんて一つも聞こえはしなかった。


「水田は日頃から率先して頑張ってるし、あんまり頼られたこともないから、頼ってくれると嬉しいんですよ」


 水田は日頃から自分で背負い込んで自分で解決してきたらしい。クラスの人達から感じる水田への信頼感も水田の行いの賜物だろう。


「やることそんなに大変じゃないですし、人も少なくなってきてるんで手伝いはほんとに結構です」


 クラスの人達から「いらない」と強く言われても頼まれたからと言い返すとついには外に誘導されてしまった。


 拓哉は小さくため息をつく。

 クラスの人達に強くいらないと言われたとはいえ、全部任せたとなると水田はまた背負い込みそうで不安だ。

 それに水田を説得するために必要だったし、本人達にここまで強く拒否されるとはわからなかったいっても、こうなると姫崎と一緒に行けなかったのが残念に感じてくるし、より一層申し訳なくなってくる。


「あの、ごめんなさい」


 拓哉が仕方なく保健室に向かおうと思っていると1人の女性が話しかけてきた。制服を着ていないし大人びているのでおそらくどこかの生徒ではないだろう。

 どこかで会ったような気がする人物だ。


「あら、あなた、前の」


 相手は覚えているらしいが拓哉は思い出せないので首をかしげる。


「ほら、夏休み前に廊下でぶつかった。紙拾うの手伝ってくれたよね」


 言われてみるとそんなことあったなと拓哉は思い出した。詳しくは覚えていないが大まかにだけ覚えているが、その時の相手も確かこの人だったと思う。

 そんな結構前のことをよく咄嗟に思い出せたなと拓哉は少し驚いた。


「そんなことより、あの子に、晃一は大丈夫なんですか?」


 女性はぐいっと前に乗り出してくる。


 水田が大丈夫かと聞かれてもよくわからない。大丈夫だと思いたいというのが現状だ。


「あ、ごめんなさい。つい、話が聞こえてしまって」


 拓哉は「大丈夫ですよ」と返す。


「ごめんなさい。私は晃一の姉の(こころ)と言います」

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