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喉元過ぎれば熱を忘れる  作者: 粗茶の品
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夏休みの終わり


「兄貴ー。こっちこっち」


 紗良は無邪気にはしゃぎながら前拓哉の前を先導している。


「あんま急ぐと転ぶぞ」


 夏祭りということで紗良は浴衣を着ている。それに加えて下駄を履いているから普段より歩きづらいし危ないだろう。


 夏祭りは予想どおり多くの人が訪れていた。子供連れから、学生友達と思われる人達、恋人連れで来ている人まで様々いる。


 紗良に導かれるまま歩いていると同じく浴衣を着ている女の子3人組が見えてきた。


「お待たせー」


 片手を振りながら紗良はさらにスピードをあげてその人達に近づいていく。


 遅れて拓哉も合流すると全員の視線が集まってきた。複数の女子にじっと見られるとなんだか落ち着かない。


「この人が私のお兄ちゃんだよ」


 紗良は片腕に組みついてこの人物が何者なのか説明する。するとなんだか3人の視線が変わった気がした。


「初めまして。いつも妹が世話になってます」


 拓哉は腕についている紗良を引き離して少し距離をとった。視線は相変わらず拓哉を向いている。


「全く、お兄ちゃんったら恥ずかしがり屋さんなんだから」


 何言ってんだこいつと言わんばかりの視線を向けそうになったが拓哉は何とか抑えた。


 そんな視線を見せてしまえばきっと紗良の思惑通りになってしまう。それは何だか癪だ。


「からかうのもいい加減にしろ。そんなことするタイプじゃなかっただろ」


 「勘違いしないでね」と3人に伝えると紗良は3人の後ろで顔を膨らませた。


 思い通りに行かなくて悔しい感情みたいなものがあるんだろうが人柄を変な風に認識させるわけにはいかない。


「意外とかっこいいですね」


 1人が言い出すと周りも皆協調し出した。拓哉は「ありがとう」と適当にあしらう。


 こんな場面で言われるのなんてお世辞だろう。それか予想が相当に酷かったかだ。どちらにせよ真にうけるものじゃないだろう。


「一瞬、紗良ちゃんの彼氏かと思った」


 年上の彼氏を作るような感じを普段出しているのかと拓哉はじっと紗良を見た。


 拓哉の身長は低くなく平均ほどはあるし少なくとも同年代には見えないと思うのだが3人の基準を知らないのでよくわからない。


「それじゃあ、俺はそろそろ行くぞ」


 3人は「えー」と同時に言った。


「もう行くんですか?もう少しお話しましょうよ」


 1人が名残惜しそうに引き止めてくる。周りの2人も似たような視線を向けた。


 別に話すようなことはないし、女子だけで遊びに行った方が楽しいだろう。よく知らない異性の人がいたら気が散りそうだ。


「俺、この後予定あるから」


「彼女とデートですか?」


 拓哉が口を開くと1人がすかさず質問してきた。


 女子と会うという点では合っているがその女子と付き合っていない。そのためデートでは決してない。


「デートじゃないよ」


「そうなんですか」


 拓哉が言うと3人は顔を見合わせて何かを含んでいるような笑顔を浮かべた。


 何か勘違いが起きていそうだが説明をしても誤魔化しているとしか思われなさそうだ。

 拓哉はスマホを取り出して時間を確認した。


「それじゃあ」


 振り返って立ち去ろうとすると一つ言い忘れていたことを思い出した。


「紗良。あんまり遅くなるなよ」


 まだ中学生なのだからいくら複数人いても夜遅くまで外にいることはあまりよくないと思う。


 紗良が「はーい」と返事をしたのを見ると拓哉は集合場所へと向かい出した。


 ***


 集合場所は祭りの中心から少し外れているので人通りは比較的に少ない。それでもあまり見ない人が往来している。


「お、お待たせ」


 待っている時間をスマホを見て潰していると声が聞こえてきた。顔をあげると姫崎がそこに立っている。


「こんばんは、姫崎さん」


 「こんばんは」と返事をされたが姫崎はいつもより縮こまっているように見える。


「浴衣、すごい似合ってるよ」


 姫崎は浴衣を着ていた。青っぽい色の生地に花の模様が描いてある。

 姫崎が持っている可愛さと浴衣が持っている綺麗さがお互いを引き立てあっている。


 褒めると姫崎は顔を赤くした。

 浴衣なんて着る機会はほとんどないだろうからそれで浴衣姿を褒められるのに慣れていないんだろう。


「それじゃあ、何しようか?」


「とりあえず、屋台見て回らない?」


「そうだね」


 拓哉と姫崎は屋台が立ち並ぶ道へ足を踏み入れた。


「射的あるよ、射的」


 姫崎は少し奥の方にある射的屋を指差した。

 今は客が空いているようで待っているような人は見当たらない。テーブルの上に銃らしきものが置いてあるからすぐできるだろう。


「まずはあそこいくか」


「うん」


 姫崎はテンション高めで快く返事をする。無邪気な子供みたいだ。


「店員さん2人いいかな?」


 拓哉が尋ねると店員は「あいよ」と答えて立ち上がった。

 料金を支払うと店員は弾を2人に渡す。

 前に置いてある棚にはお菓子やおもちゃ、人形なんかが並んでいる。

 どれも欲しいとは思わないから拓哉は取れそうなものを狙った。


「全然取れなかったね」


 姫崎は少し肩を落として拓哉の横を歩く。


 姫崎の言葉のとおり、射的の結果は悪かった。拓哉は一つ小さな箱のお菓子が一つ取れたが姫崎は大きな物を狙ってみたいで取れず終わったらしい。


「まあまあ、かき氷でも食べる?」


 しょげている姫崎に拓哉は慰めるように言う。ちょうど近くにかき氷屋があった。


「食べる」


 どうやら落ち込んでいても美味しいものは欲しいらしい。いや、落ち込んでいるからこそ欲しいのだろうか。

 どちらにせよ姫崎は勢いよく顔をあげて答えた。


 2つかき氷を買ってベンチを探しながら少しずつ歩く。姫崎がいちご味、拓哉がメロン味を頼んでいた。

 ベンチを見つけて2人並んで座る。


 姫崎は少しずつ口に運びながら美味しく食べている。さっき気分が落ち込んでいたようなのが嘘みたいだ。


「どうかしたの?」


 拓哉が行き交っている人を見ていると姫崎が何をしているのかと尋ねてきた。


「いや、浴衣来る人多いなって思って」


 大勢いる中で浴衣を着ている人がチラチラと見受けられる。それが少し気になっただけだった。


「夏祭りだからね」


「だったら、姫崎さんも来る時は毎年着てるの?」


「いや、たぶんそうじゃないと思う」


 姫崎は少し間を置いてから自信なさげに答えた。


 姫崎が時々自分のことを言う時、ぼかすように言うのは何故なのだろう。これまでも何度かあった気がする。

 自分のことだからそんなに自信なさそうにしなくてもいいし、ものにもよるが少し嘘をついていたってほとんどの人は気にしないだろうに。


「ま、着るの大変そうだし、そうだよね」


 「大変だったよ」と姫崎は笑いながら答えた。


 かき氷を食べ終えて元の道に戻る。道には先ほどよりも人が多くなっていた。


「そろそろ花火の時間だもんね」


 そういえば言われてみれば確かに花火はもうすぐだった。小規模とはいえ、花火だから見たい人も多く、この時間に合わせて来た人も多くいるのだろう。

 この近くは花火の見当たりがよく、例年人混みができると聞く。結局、人混みができれば見にくくなると思うが。


「わわ、わぁ」


 姫崎が人波に飲み込まれて拓哉との距離が離れた。


 拓哉は見失ってしまう前に姫崎の手を掴んだ。姫崎も拓哉が掴んだことを確認すると握り返す。


 姫崎の手は小さく、細く、そして温かった。夏だからきっと体も熱くなっているのだろう。


 繋がった手を頼りにお互いの距離を狭める。

 距離が縮まったら手を離そうと思ったが姫崎がぎゅっと握っていて拓哉は離すことができなかった。


 姫崎の顔を見ると赤くなっている。手を繋ぐのが嫌だったら自分で離すだろうから何が原因か拓哉はわからなかった。


 手を繋いでいると意識すると何だか恥ずかしくなってくる。心臓も何故だか大きく跳ねているし拓哉は姫崎と顔を合わせられなかった。


 少し歩いていると姫崎の歩き方に違和感を覚えた。


「姫崎さん。大丈夫?」


「うん」


「ちょっと移動しようか?」


「......うん」


 姫崎は小さく、弱い声で答えた。


 拓哉は姫崎の手をつれて近場で人が少ない場所に移動した。手を離してベンチに座る。


「姫崎さん。足、大丈夫?」


「うん。さっきちょっと捻っちゃっただけだから」


 姫崎は大丈夫、大丈夫と笑ってみせる。


「でも、花火見たかったな」


 姫崎は残念そうな顔で下を向いた。


「顔をあげて前を見て」


 拓哉が言うと姫崎はその言葉の指示通りに動く。

 姫崎が顔をあげるとドンッという音と同時に空に光が広がった。


「ここ、あそこよりは見づらいけど、あんまり人も来なくて見やすいんだ。有名なスポットの近くなのになんでなんだろ」


 あの場所じゃしっかり足を休めれないし姫崎も花火は見たがると思ってここに移動した。

 本当にあの場所から少し移動しただけなのに人がガラッといなくなる理由はわからない。少し木がかかったりして見えなくなる場所があるからだろうか。


「ほんとう、道原さんと一緒にきてよかったよ」


 姫崎は口元を少し綻ばせた。拓哉も満足してくれたなら喜ばしかった。


「もう夏休みも終わりだね」


「そうだね」


「夏休み、道原さんといられた時間は楽しかったよ」


 姫崎はじっと花火を見ている。拓哉は少し気恥ずかしくて顔を少し下げた。


「ねぇ、夏休みが終わってもまた誘ってもいいかな?」


「もちろん」


「ありがとう」


 姫崎の方を見ると拓哉を向いて優しく笑っている。


 可愛い。

 拓哉の頭の中に突然可愛いという言葉が横切ってきた。

 姫崎は可愛い。クラスの上位グループも目じゃないぐらいだ。そんなことはいつも思っていたはずなのに何だか今回は違う気がする。


 胸が高鳴っている気がする。何だか顔が熱くなってきた。これに名前があるのならなんて言うのだろう。


 とにかく花火に照らされた姫崎の顔はとても綺麗だった。

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