表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
喉元過ぎれば熱を忘れる  作者: 粗茶の品
32/71

話したいこと


 泳ぎ疲れて海を出たあとはゆっくりと過ごした。砂で何かを作ってみたり、海の家を回ってみたり色々なことをした。

 久々にかなりの運動をしたので大きな疲労感が襲いかかってきた。今日はもうできるだけ動きたくないと思うほどだった。


「じゃあ、そろそろ解散するか」


 パラソルの下で雑談していると岡井がそう言ってきた。

 時刻を確認するともうすぐ16時、解散するにはちょうどいい具合の時間になっていた。


「そろそろみんな帰ってくると思うし」


 岡井はそう言うと辺りを見回した。


 今日は16時に一回集まろうと言っていたから誰かが戻ってきたか見ているのだろう。


 少し待つと最初の人の大体が帰ってきた。だが2人人数が少ない。

 もう一度全員の顔を見て誰がいないかを確認するといないのは別れようと言われていた人と加藤だった。


「2人は体調が悪くて先に帰ったから、これで全員だな」


 岡井は頷きながら言う。


 先に帰ったことを拓哉は知らなかった。2人とも心理的にダメージを受けたからそれでだろう。2人にとってはあの出来事は相当ショックなものだったのだと拓哉は思う。


「それじゃあ、今日は解散。あとは各自自由に行動しよう」


 岡井の言葉を聞くとそれぞれがそれぞれの思う方に動いて行った。


「パラソルとか返しに行くから、道原手伝ってくれるか?」


「わかりました」


 拓哉は了承すると片付けるのを手伝い始めた。


「あの、私も手伝います」


 声の主は浅羽だった。後ろで姫崎も私もと言わんばかりに頷いている。


 正直そこまで大変なことでもないので手を借りるほどのことでもないが他人の善意を無碍にすることはできない。


「ありがとう」


 拓哉の言葉を聞くと2人は黙々と手伝い始めた。


「手伝ってくれてありがとう。俺はもう帰るから」


 パラソルなどを返し終えると岡井は感謝を伝えてさっさと立ち去ってしまった。


「俺もそろそろ帰るかな。浅羽さんはどうする?」


「えっと私は」


 浅羽は言葉に詰まった。俯いて何か考えているように見える。


 姫崎に聞かなかったのは今日来る前に一緒に行こうと同時に一緒に帰ろうとも言われたからだ。


「わ、私も帰ります」


「それじゃあ、一緒に帰る?もちろん、嫌じゃなかったらだけど」


「誘ってくれるのはすごく嬉しいんですけど、すみません。私もこの後行かなきゃ行けないところがあるのでお先に失礼します」


 浅羽は軽く一礼した。何かすごく悔しそうな顔をしている。


 何がそんな顔にさせるのか全くわからないがそれを聞き出すことはできない。


「謝ることじゃないよ」


 浅羽はもう一度「すみません」と言ってからその場を去った。


「俺たちも帰ろうか」


「そうだね」


 拓哉達は着替えるため一度別れた。


 拓哉は着替え終わり集合場所に着いた。人通りは時間も時間だから少なくなっている。


「お待たせ」


 声のした方を見ると姫崎が歩いてきていた。


 姫崎と合流すると駅に向かって歩き出した。歩いている最中はあまり会話をしなかった。おそらくお互い疲れているからだろう。


 信号を待っている時、拓哉はふと後ろを見ると歩いている人影が目に入った。あの人には見覚えがある。

 その人影はすぐ曲がってしまい見えなくなってしまった。


「どうかしたの?」


 拓哉が後ろを見ていることに気がついた姫崎は疑問を投げかけた。それと同時に後ろを見る。

 だが、姫崎が振り返った時にはその姿は見えなくなっていた。


「ごめん。ちょっと忘れ物したから先に行ってて」


「・・・うん、わかった」


 姫崎は少し疑っている様子を見せながらも頷いて了承した。

 拓哉はそれを見ると振り返って早歩きで進む。


 どうしてもあの人影が気になってしまった。岡井は先に帰ったと言っていたが今ここにいる。それが不思議でたまらない。間違いならばそれでいい。先に行かした姫崎にはあとで謝ろう、そう思って拓哉は進んだ。


 追いかけた先で対象を見つけると、その人は海沿いにある道の手すりに前向きにもたれかかっていた。


「道原くん。どうしたのこんなところで」


 加藤は拓哉に気づくと顔だけを動かして尋ねた。


「それはこっちのセリフですよ。先に帰ったんじゃなかったんですか?」


 拓哉は返答しながらゆっくりと加藤に近づいた。


「なんかもう、疲れちゃって」


 加藤は広い海を見て言う。

 当たり前かもしれないが加藤が言う疲れたは拓哉が動いた結果で疲れたとは違うそう感じさせられた。


「私の話聞いたんだよね?」


「はい......」


「どう思った?」


 加藤は視線を変えないまま拓哉に質問した。


 今でもあの話を思い出すと暗い気持ちになる。とてつもなく衝撃的な話だった。


「先輩は悪くありませんよ」


「はは、みんなそう言うね」


 加藤は笑った。その笑いは自分自身に対する嘲笑のようにも感じた。


「先輩は頑張ったと思います。きっと、精一杯」


「どうしてそう思うの?」


「だって先輩は優しいから。みんなが仲良くいられるように手を尽くしているんでしょう?」


「それはあの子が死んだ後のことでしょ。その前の私はどうだったかわからないじゃない」


 加藤の目線はどんどん下に落ちていった。


 相当自信を無くしている。自分のせいだと、自分が悪かったと言い聞かせているようにも聞こえてきた。


「先輩が優しいのは前も後も関係ありませんよ。優しいからそんなふうに変われたんです。優しいからそんなふうに自分を責められるんです。優しいから思い出して苦しくなれるんです。少なくとも僕、いや俺はそう思います」


 優しくなければ他人を思いやって行動するなんてできないだろう。優しくなければ自分のせいになんてしないだろう。優しくなければ思い返したりしないだろう。どれも勝手な偏見かもしれないが加藤が優しいこと、これだけはどんな人でも共通だと思う。

 優しさというのは脆く傷つきやすい。優しい人は自分の不甲斐なさをまず考えるものだと思う。


「あの子ね。遺書、書いてたの。私宛に。その遺書、ところどころ文字が滲んでて、シワがあるの。あの子ずっと苦しかったんだなって、それに死ぬことだって怖かったんだなって思い出すたびに思うの。私どうしたらよかったのかな」


 加藤の頬に涙が流れ始めた。加藤の両手は手すりを強く握っている。


「わかりません。そんなこと」


 わからない、わかるはずがない。その人がどんな人なのかも知らないし、それ以前にきっと正解なんてない。

 わかるのはその彼女が苦しかったということだけだ。それでもどれぐらい苦しかったかは他人が語れるものじゃない。


「そうだよね。私何聞いてんだろ」


 加藤は空を見上げた。空には鳥が1人で飛んでいっている。


「ごめんね。ありがとう。話したら何だかちょっとだけすっきりした気がするよ」


 きっとこれも強がって言っているのだろう。話して楽になるのならこんなに苦しんでいるものだろうか。これに対しては拓哉はよくわからなかった。


「加藤ー」


 振り返ると岡井が走ってきていた。


「やっぱりまだ帰ってなかったんだな」


「やれやれ、岡井にも心配かけちゃったかな」


 加藤は手すりから離れた。岡井は加藤をじっと見て拓哉の方を振り返った。


「道原。ありがとう」


「俺は何もしてませんって。ただ心配しただけですよ」


「それで十分だ。ありがとう」


 岡井は真剣な眼差しで拓哉を見つめた。


 そう言われると何だかもどかしい気分に拓哉はなった。本当に大したことはしていないのにお礼を言われると変な気持ちになる。


「心配かけてごめん。今度こそちゃんと帰るよ」


「先輩。最後に一つ聞いていいですか?」


「何?」


「何で俺に話していいって言ってくれたんですか?」


 ずっと気になっていた。今まで交流があった訳じゃないし、頼りになりそうだった訳でもないだろう。


「えーっと、それは......強いて言うなら君が求めている返事をくれるからかな」


 加藤は笑みを作りながら言った。


 それを聞いて拓哉は余計に意味がわからなくなった。求められた回答なんて一体いつしただろうか。


「それじゃあね。バイバイ」


 加藤はそう言うと岡井と歩いて去っていった。


 拓哉は姫崎を待たせているので早く駅に向かわないといけない。

 そう思って急いで向かおうと拓哉は走った。


「遅かったね。何してたの?」


 駅に着くと姫崎は弁明を求めてきた。


 まともな返事が思いつかない。この場合どおしたらいいのだろうか。


「ごめん。ちょっと知り合いの話を聞いてて」


 拓哉は嘘かどうかギリギリのラインで何とか説得した。


「まぁ、いいけど。それじゃ、帰ろっか」


「そうだね」


 拓哉達は駅に入って、ちょうどきた電車に乗り込んだ。

 車内はほとんど人がいない。静かな空気がそこにはあった。


「今日は楽しかったね」


「よかったな。楽しめたなら何よりだよ」


 電車に乗ると今日の出来事の終わりを感じてなのか疲れが今まで以上にどっと出てきた。

 今日は海で泳いで身体的にも疲れたし、重い話を聞いて精神的にも疲れた。

 姫崎が何やら話しているが頭が回らなくてうまく返せない。


「そういえば、なんか今日知らな......」


 ちゃんと聞こうと思っていたのに姫崎の言葉の途中で拓哉は落ちてくる瞼を止められなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ