辛い過去
「俺とあいつは幼馴染なんだ。あ、まだ名前言ってなかったな。俺は岡井」
「道原です」
名乗られたので拓哉は名乗り返した。
下の名前も言うべきかと思ったが、相手が苗字だけ名乗ったので拓哉もそれに合わせた。
「あいつと俺はよく遊んだりしてた。あと1人を交えてな」
「あと1人?」
岡井は目を伏せて言葉を出す。きっとその頃のことを思い出しながら話しているのだろう。
「ああ。でも、今はそうじゃない」
今は違うということはそのもう1人に何かがあったのだろう。そしてそれが今回の話の中心だと拓哉は思った。
「中学の時、クラスが別れてからは遊ぶ頻度も少なくなってな。当たり前だけど、そうなるとそれぞれに新しい友達ができた。その時の俺は部活で忙しくて特に遊ばなかった」
拓哉は黙って頷く。
クラスが別れてしまえばそのクラス内で新しい関係ができるのは普通だ。それが一体なにになると言うのだろうか。
「その1人は新しい友達と最初は仲良くしてたらしいんだけど、ある時、意見が食い違ったらしくてそれからは不仲になったって聞いてた」
「聞いてた?」
聞いてたという言葉が妙に引っかかった。この言い方だと実際は違っていたように聞こえる。
「たぶん、道原が思ってるとおり、実際は違った。いじめられてたらしいんだ、あいつ」
あいつというのはもう1人のことだろう。岡井の最後の言葉には何か力がこもっている気がした。
いじめに発展するほどの意見の食い違い、それが何か気になりはするが今は関係ないだろう。
「加藤はあいつと不仲になったって奴とも知り合いだったらしくてな、頑張って仲を取り持とうとしてたみたいなんだ。いじめは終わらなかったみたいで、あいつは......」
言葉が一度そこで止まった。
何かがあったということだけはわかる。だがそれを憶測で話すことはできない。
この間は岡井の様子から自分に対する責めのように拓哉は感じた。
「自殺したんだ、あいつ。よっぽど辛かったみたいで、俺はそうなってからいじめのことを知った。俺は知らなかったから不仲になったって聞いた時はちょっと軽い気持ちでいたんだ。ほんと、ひどいよな」
岡井は自分を責めながら自嘲する。
岡井は何もできなかったことを自分で責めている。仕方ないといえばそうなのかもしれないが、それでも何もできなかった自分が悔しくて、後悔しているのだろう。
「加藤はしばらく学校休んだよ。自分のせいだって1人で背負い込んで。また学校来るようになってからあいつはちょっと変わった」
昔のことを思い出すように遠くを見ながら岡井はゆっくりと言った。
「あいつ、すごい他人に気を使うようになったんだ。元々そういうところがあったけどさらに強くなった」
そうなるのも無理はない。自分が中を取り持てなかったせいだと思い込んでしまったのだろう。
「もう誰にも傷ついてほしくないからって誰かが誰かを嫌いにならないように動いてた。今日集められたのも実はそのためなんだ。仲がいいままでいて欲しいから、仲良くなって欲しいから遊ぶ機会を作ってあげようって」
「そうなんですか......」
「俺は無理に作らなくてもいいと思うんだけど、あいつはそうじゃないらしい。不安なんだって。一言で言えばあいつはすごいトラウマになってるんだ、よかった仲が悪くなるのが。だから仲が悪くなるところを見るとああなる。特に自分がどうにもできないところであればあるほど」
それを聞いて拓哉は合点がいった。
さっきの別れの時はよかった仲が悪くなってしまうかもしれないと思ったから、中橋の件の時は友達が自殺に追いやられたいじめだからトラウマを思い出して取り乱していたんだろう。
加藤はただ優しくてみんなに仲良くして欲しかただけだ。仲を取り持つために他人に精一杯優しくした。そうしたら周りにたくさんの人が集まってきたのだろう。
「まぁ、そういうわけだ。またああなったら助けてやってくれるか?あいつ1人で背負いがちだから」
岡井は苦笑しながら言った。
「もちろんですよ。自分のできる範囲でですけど」
「ありがとう。それじゃ、そろそろ話も終わったし戻るか」
岡井は振り返って歩き出した。拓哉もそれに続く。
加藤にそんな過去があるなんて知らなかった。そこまで仲がよかったわけじゃないから当たり前だろうがあんなものをずっと背負っている加藤はずっと辛かっただろう。
元の場所に戻るとパラソルの近くにそこそこ大きな砂の城が立っていた。その前でまだ完成ではないのか姫崎と浅羽が作業している。
「あ、戻ってきたんだ」
姫崎が拓哉に気づくと立ち上がった。
「それ、2人で作ったの?」
「うん」
姫崎が返事をする隣で浅羽も頷いた。
2人はいつの間に一緒に砂の城を作るほど仲良くなったのだろうか。
「道原さん、何かあった?」
姫崎が覗き込むように拓哉を見る。
無意識だったが少し表情が暗くなっていたのだろうか。心配はかけたくないし、詮索されないためにも無理にでも明るくした方がいいだろう。
「いや、何でもないよ」
拓哉は笑顔を作った。波の音につられて顔を向けると海が目に入った。
「ちょっと泳いでくる」
気分を少しでも変えたいし拓哉は海で泳ごうと思った。泳ぐのは苦手だが泳げないわけじゃない。
「岡井先輩、一緒に行きませんか?」
拓哉が尋ねると岡井はペットボトルを口から離した。
「いいぞ。せっかくだから競争するか」
岡井は「よーい、ドン」と言って走り出した。足が速くて追いつけそうにない。
拓哉はため息をつくと上に着ていたものを脱いで走り出した。
海水は冷たかった。体を慣らしているとそれにつれて頭の中もすっとしてきた。
とりあえず目的もなく泳いでみる。目的がないので適当に海中を見る。
そうして疲れるまで拓哉は泳いだ。




