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喉元過ぎれば熱を忘れる  作者: 粗茶の品
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心のうち 伝えたいこと


「それじゃ、今日はありがとう。私はもう帰るよ」


 加藤は駅前に着くとそう言って拓哉に返事させる間もなくそそくさと帰っていった。

 何故だか今日会った時とは違い、背中が小さく見える。


 拓哉も早く帰りたい気分だったがそうはいかない。

 どうせ出かけるなら帰りに買ってきてとお使いを頼まれているので買いに行かなくてはならない。

 拓哉は肩を落として帰り道とは違う道に入った。


 訪れたのは近くのいつものショッピングモールだ。


 夏休みだからいつもより全体的に人が多く、特に学生らしい人影が多い。


「あれ、道原さん?」


 拓哉がどこの店にも属さない道を歩いている時姫崎が話しかけてきた。


「奇遇だね」


「そうだね」


 思いもよらない出会だったので拓哉はちょっと戸惑った。今は少し気分が落ち込んでいるから。


「私、買うもの終わったし、ついてっていいかな?」


 姫崎の手を見ると袋を持っている。


「荷物は大丈夫なの?」


 そこまで重そうではないが大丈夫だろうか。


 姫崎は微笑みながら「大丈夫、大丈夫」と言った。


「それより、そっちこそ大丈夫?」


 姫崎は拓哉の顔を覗き込んで尋ねた。


「なんで?」


「なんか暗い顔してるよ。どうかしたの?」


 姫崎は少し心配そうな表情を浮かべている。


 自覚はないが少し表情に出てしまっていたらしい。心配をかけてしまっただろうか。


「平気だよ。ちょっと考え事してただけ」


 姫崎は「そう」と言って身を少し引っ込めたが心配そうな表情は崩さなかった。


 拓哉は口角をあげて笑顔を作る。

 痩せ我慢だとか思われていなければいいが。そうだと思われないためにその表情を崩さずに会話を続けた。


 あらかた買い物を終わらせて店を出る。

 姫崎は拓哉が買い物している間ずっとついてきた。嫌という訳ではなく話しているとはいえずっと他人の買い物を見ているのは退屈ではないだろうか。


 ドン!


 ショッピングモールを出て曲がり角を曲がった時誰かにぶつかった。最近よく人にぶつかる気がする。


「ごめんなさい。大丈夫ですか?」


 拓哉は一歩下がってその人の姿を見る。その容姿を見て拓哉は驚いた。

 この人物は確か前にもぶつかった人。そう、終業式の日にぶつかった人だ。前も同じようなシチュエーションだったからすんなりと思い出せた。


「大丈夫です」


 彼女は顔をあげると驚いた表情をした。


「あ、あなたは」


 彼女の唇が震えている。

 拓哉は首を傾げた。


「あの、少し、お話いいですか?」


 彼女は震えた声で頼んでくる。

 断る理由はないがあまりに唐突なことで拓哉は驚いてしまった。横を見ると姫崎も驚いている様子だった。


「ここじゃあれだし、ちょっと場所変えようか」


 拓哉たちはすぐ近くにある広場のベンチに座った。

 あの様子じゃ何か重要そうなことだし立ったまま話すのもあれなので移動を提案した。


「それで、話って何?」


 拓哉が問いかけると彼女はぎゅっと力を全身に入れて声を絞り出した。


「綾子ちゃんは元気、でしたか?」


 拓哉はもちろん驚いたが意外に冷静でいられた。


 彼女は以前にぶつかった時だけではなくもう一度見たことがある。今日の朝駅前でだ。そして中橋の名前が出てくるということは彼女の正体はおそらくあれだろう。


「もしかして杉宮鈴さん?」


「はい......」


 予想通りだった。

 そしてもう一つ確かめないといけないことがある。


「加藤真央に家のこととか教えたのも君?」


「はい......」


 これまた予想通りだ。


 中橋の様子を聞いてきたと言うことは杉宮は今日拓哉が会ってきたことを知っている。しかし拓哉は面識がないから加藤の知り合いと考えるのが妥当だろう。

 そして何故加藤が中橋の家を知っていたのか。加藤は前から家を知っていたという感じではなかったし、中橋とそこまで仲が良い感じでもなかった。

 ならば杉宮から情報提供されたと考えるればしっくりくるだろう。杉宮と加藤の関係性はおそらく部活の知りたいとかだろう。


「何で俺に元気かなんて聞くの?直接会いに行けばいいじゃん。お母さんも会ってあげて欲しいって言ってたよ」


「私には、会う資格なんて、ありません」


 少しの沈黙の後杉宮がそう答えた。


 会う資格がない。一体何があればそう思うまでに至るのだろう。拓哉には検討がつかなかった。


「どうして?」


「私は綾子ちゃんを売ったんです」


 杉宮は両手を強く握って絞り出すように言った。


「売ったってどういうこと?」


 拓哉が聞くよりも先に姫崎が杉宮に尋ねた。


 売ったというのはどのように何があってそうなったのかあまりにもわからない。


「綾子ちゃんが学校に来なくなってしばらく田中さんたちは大人しくしてました」


 田中というのは会話の流れから察するに中橋をいじめていたグループのリーダーだ。中橋母もその名前を口にしていた。


「でもある時から、急に私に向かってくるようになって、お前仲良かっただろって私がいじめられるようになったんです。それで、『やめて欲しかったら中橋連れてこい』って脅されて私耐えられなくなって綾子ちゃんを学校に呼んだんです」


 杉宮の頬に涙が流れ始めた。


 いじめている対象がいなくなったからその対象の仲が良かった人を狙って、その人にまた対象を誘き出させる。本当にひどい奴らだ。


「こんな、私に、会う資格なんて、ありません」


 杉宮が嗚咽混じりに言葉を出す。それは自分を責めているように聞こえた。


「あなたは悪くないよ。悪いのは全部その田中って人達でしょ」


 姫崎が必死に擁護しようとする。

 杉宮は「それでも、それでも」と泣きながら呟いた。


 確かに悪いのはいじめている側だ。でもそのいじめから助けられなかったのに自分が助かるためにまた友人をその地獄に引き摺り込んだことが杉宮は許せないのだろう。

 初めて会った時、杉宮は逃げるように走っていた。きっと彼女はパニックなってしまったのだ。自分の責任を自覚して逃げ出してしまったのだろう。


「辛かったな。苦しかったな」


 拓哉は杉宮の肩に手を乗せた。


 それはどれだけ辛かっただろう。苦しかっただろう。拓哉にはそれがわからない。わかるのは辛いだろう、苦しいだろうということだけ。


「謝りたいんだよな。だから今日駅前まで来てたんだろ」


 きっと彼女は何度も謝ろうと思った。でも自分を責める気持ちが強くてなかなか前に踏み出せなかった。会っても拒絶されるだけだと思ってしまうんだろう。


「会うのは怖いかもしれない。拒絶されるのが、突き飛ばされるのが怖いかもしれない。でも会いに行こう。その気持ちは持ってるだけじゃない。手遅れになる前に会いに行こう」


 いくら悪かったって、謝りたいって思っていたって思っているだけじゃ自分を傷つけるだけだ。お互いを救うためにはその気持ちを表に出さなきゃいけない。お互いに見えるように。


「呼んでくれれば俺もついていくから。少しでも早く会いに行くんだ」


 俺も行くなんて言ったが実際は俺は邪魔だろう。それほど互いを知っているわけじゃないからほんの気休め程度にしかならない。


 杉宮は両手で涙を拭いながらうんうんと頷いた。


 杉宮は涙が落ち着くとゆっくり立ち上がった。


「明日会いに行こうと思います。先輩ついてきてくれますか?」


 杉宮は涙が浮かんだ目を拓哉に向けた。


 行ったところで大した役には立たないだろうが本人が必要だというのであれば断る理由はないだろう。


「いいよ。じゃあ今日と同じ時間でいい?」


「はい。大丈夫です」


 杉宮は「ありがとうございました」と一礼すると立ち去っていった。


 拓哉はふと明日も家に中橋母はいるだろうかと心配になった。







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