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喉元過ぎれば熱を忘れる  作者: 粗茶の品
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互いの心情


 2階は驚くほど沈黙していた。

 まるでしばらく人がいなかったかのような空気がそこには流れている。

 そう感じるのはそこに人がいるのがわかっていて何故そこにいるのかを知っているからかもしれない。だが拓哉はこの重々しい空気がなんとなく嫌だった。


 コンコンと中橋母は部屋のドアを叩いた。


「綾子。学校の人達が心配して来てくれたよ。加藤ちゃんって子と道原くんって子」


「中橋ちゃん。大丈夫?」


「何で来たんですか......」


 ドア越しに声が聞こえた。重くゆっくりとした声だ。


「心配してくれてありがとうございます。もう帰ってください」


「ほんとに大丈夫?私でよかったら力になるからね」


「帰ってください!」


 ドアの先の声は突如大きくなった。


「道原先輩も何で加藤先輩に話しちゃうんですか。先輩なら私の気持ち多少はわかってくれると思ったのに」


 しばらくの沈黙の後落ち着きを取り戻した声が拓哉を責めた。いや、そう感じただけで実際はそうじゃないのかもしれない。


「違うよ。道原くんは中橋ちゃんの気持ちがわかった上で心配で私に相談してくれたの。他の人には話さないで欲しいって」


 加藤は拓哉を擁護するように話す。


 心配で相談したと言うのは本当だ。でも他人に話すのは正解だったのかは考えれば考えるほどわからなくなる。

 でも何か行動しなくては現状は変わらない。今はそう信じて行動しているだけだ。


「私の気持ち、わからない人にそんなこと言われたくないです......」


 中橋は皮肉な調子で言った。


「そんなことないよ。私だって中橋ちゃんの気持ちわかるよ」


「わかんないですよ!先輩みたいにキラキラしてて人前で自分の気持ちはっきり言えて明るくて友達も多い人になんて私の気持ちはわかんないですよ!」


「そんなことない!」


 2人は比較的大きな声でやりとりをした。


 加藤は思い詰めた顔をして肩を動かして大きく息をしている。


 あなたにはわからないという言葉が相当響いたらしい。加藤にも何か思うところがあるのだろう。だがさっきの加藤の声はただ大きいだけでなく何か強かった。


「そんなことないよ。私にもわかるよ」


 加藤は今度は力弱く言った。さっきまではドアを向いていたのに今は下を見ている。どこか自分に言っているように聞こえた。


「中橋さん。今日はもう帰るよ」


 拓哉は少しの沈黙の後加藤の肩を叩いて言った。

 加藤は依然として俯いている。


「でも、心配しているのは本当だからさ、何かあれば頼ってね。このことを広げたりはしないからそこは信用してほしい。今日は急に来てごめん。それじゃあ」


 返事は帰ってこない。


 拓哉は加藤の背中を押して階段を降りた。


「ごめんね。嫌な思いしちゃったかしら」


「大丈夫ですよ。あんな状況じゃ無理もないです」


 中橋母は玄関で申し訳なさそうに話しかけてきた。

 加藤はまだ俯いたまま喋らない。


「鈴ちゃんが来てくれたら多少は元気になるかしら?」


「鈴ちゃん?」


「ああ、杉宮鈴ちゃんのこと。綾子の中学からの友達で1番仲がよかったの。高校も一緒になれて嬉しいって言ってたりもして」


「ほんとに仲がよかったんですね」


「ええ。たまに遊びに来て綾子が風邪引いた時もお見舞いにきてくれたりもして。でも最近は会ってないのよね。忙しいのかしら」


 ここにきて知らない名前が出てきた。

 中橋には親友と呼べるような人がいたらしい。その杉宮という人はこの現状を知っているのだろうか。


「今日はありがとうございました。お邪魔しました」


「お邪魔しました」


 拓哉は中橋母に向かって会釈した。

 加藤は来た時と比べて大人しくなってしまった。


「こちらこそ。綾子を心配心配してくれてありがとう」


 中橋母は頭を下げた。


「いえいえ、そんな」


 拓哉は軽く首を振った。


 頭を下げられるようなことはしていない。誰だって知っている人に何かが起きていることを知れば悪印象でもない限り心配はするだろう。


 拓哉達は玄関のドアを開けるともう一度「お邪魔しました」と言って家を出た。


 加藤はずっと俯いて静かなままだった。




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