第4話『ナリマの街であらうふふ』
ざっくり登場人物紹介
ベレノ:ベレノ・マレディジオネ。23歳。身長はだいたい160cmくらい。今作の主人公。黒いボサ髪に紫の瞳を持つ、ラミア族の呪術師の女性。勇者パーティのリーダーであり親友であり弟子であるメイにクソデカ感情を抱いている。ボディタッチ(尻尾巻き付け)は良くするくせに、言葉では言わないタイプのこじらせラミア。好きなパンはバターシュガーブレッド。
メイ:メイ・デソルゾロット。18歳。身長は162cm。『それでも俺は妹が一番可愛い。』の主人公。ドシスコンの社会人男性、ホムラ テンセイの魂を持つ勇者系金髪お嬢様。天然たらしの側面があり、ベレノの情緒を狂わせる。しかしこっちはこっちでだいぶこじらせている。好きなパンは焼きそばパンだが、どちらかと言うと米派。
アルシエラ:アルシエラ・ドラゴなんとか。見た目は12歳だが、実年齢は不詳。身長147cm(角を含まない)。またの名を、ホムラ ユキ。メイの前世にあたるテンセイの妹。今は魔王をやっている。ついに描写すら省略され始めた。好きなパンは、お兄ちゃんがよくおやつに買ってきてくれたシールつきの菓子パン。
リリヤ:リリヤ・フェルトラウエン。年齢不詳。身長172cm金髪長身なエルフ族の女性。先代勇者パーティの回復魔法使いにして、魔法先進都市マジコールの長。人懐っこさが大型犬みたいな人。先代勇者の事はお姉様と呼び慕っていた。好きなパンはフルーツサンド。
第4話『ナリマの街であらうふふ』
馬車の暴走事件から一夜明けて、改めて次の目的地であるナリマの街へと向かった私とメイ。
道中は特に問題もなく、道沿いに作られた大きな畑などを眺めながら、順調なペースで昼前頃にはナリマの街へと到着した、のだが──。
「……どうするベレノ。めちゃくちゃ警戒されてるみたいなんだが……。」
「そうですね……当然と言えば当然の反応です。」
私達は現在、ナリマの街の入口で門番に足止めを食らってしまっていた。
得体の知れない馬の幽霊が引く馬車など、止められて当然だろう。
何ならそれを操る馭者はおしゃべりな魔界産ドクロと来ている。
尋問と積み荷の検査の為に一度馬車を降りるように言われた私達は、事を荒立てないように素直にそれに従う。
「……ようこそナリマの街へ。失礼ですが、どちらから来られましたか?」
馬車から降りると、厳つい顔つきのいかにもベテラン門番といった雰囲気を放つ人間種の初老男性が声をかけて来た。
使い古された金属の鎧を身にまといに、長い1本の槍をその手に携えている。
「私達は」
「私は由緒正しき名家デソルゾロット家が長女、メイ・デソルゾロットと申します。」
男性の問いかけに対して答えようとする私を遮るように、メイが一歩前へ出て名乗りを上げる。
まぁ確かに街の門番ともなれば、このあたりの領主であるデソルゾロットの名前を知らないわけはないだろう。
メイの行動は一見、事をスムーズに解決してくれそうに思えるが……果たして本当にそうだろうか。
名前や魔界との和平を結んだという話こそ今では誰しもが知っていることだが、その勇者の顔を知っているのは実際にメイと直接会った事のある極一部の人々に限られる。
「……ほう?デソルゾロット家の?」
案の定デソルゾロットの名前に反応を示す男性だったが、その目はどう見ても懐疑的な目をしている。
あと本物の貴族のお嬢様は、あまり自分で由緒正しき名家とか言わないと思う。
「はい。私たちはデソルゾロット家の創始者にして先代の勇者、サン・デソルゾロットの旅路を巡る旅の途中で、キンジョーの街からこちらへとやって参りました。」
メイの言葉を聞きながら、男性は地図を広げて何かを確認している。
紙の劣化具合からして、恐らくは私達がキンジョーで手に入れた物よりは古い地図だろう。
「なんと先代勇者の?それはそれは大変な旅ですな。……この時間にご到着という事は、今日も随分と朝早くからご出発なされたのですね。」
「ええ、そうなります。」
何かを探るような男性の口ぶりに気づいて、私はメイの回答を止めようとしたが一歩遅く、メイはまんまと答えてしまう。
そしてメイがそう答えたのと同時に、男性の目つきが鋭くなる。
恐らく今の質問は、キンジョーを朝早くに出発したのか?という意味だ。
だがメイはそれを男性の言葉通りの意味で受け取って、肯定してしまった。
メイは知らなかったようだが、だいたいどこの街の門も夜間は安全のために基本、閉鎖されている。
さらにキンジョーからこの時間にナリマへと辿り着こうと思うと、まだ門が開かれていない明け方には出発していなければおかしい計算になる。
故に、移動時間の辻褄が合わないのだ。
脚の早い馬だと言い訳をする?それとも訂正を入れて道中で一泊したと白状する?何のためにと聞かれたら?
馬が暴走したから?ただですら得体の知れない怪しい馬が暴走?
街への入場を拒否するには十分な理由だろう。
かと言ってバカ正直に魔王から借りましたなんて言えるはずも無い。
だったら紋章を見せるのはどうか。ダメだ、そもそも殆どの一般人は紋章の形なんて知り得ない。
そうこうしている間に、馬車のチェックを終えたらしい門番の一人が男性へと近づいていく。
「……ふむ。わかった。」
「……ではお二方、もう少々詳しくお話をお伺いしたく……ご同行願えますかな?」
門番からの耳打ちによる報告を受けた男性は、何かを確信した様子で手にしていた槍で地面を小突き、私達へと威圧的に確認する。
ここで同行を拒否すれば最悪、馬も馬車も差し押さえられてしまうだろう。
今の私達は、不審な馬と馬車でやってきた上に領主の娘の名を語る怪しい女2人組、という事になっているのだから。
「ええ、もちろん。参りましょう!」
自分が何か不味いこと言ったとは微塵も思っていないであろうメイが、自信満々に返す。
「どうして私達の旅は、こう……。」
私は意気揚々と門番についていくメイの背中を追いながら小さくため息をつき、ひとり額に手を当てた。
◆◆◆
門番の男性に連れられて石造りの小さな詰所へと通された私達は、やんわりとした言葉で杖や剣などの武器となる装備品を没収された。
もちろんメイはまだ、話すのに不要な重い荷物を預かってくれただけで、武器を没収されたとは思ってもいないだろう。
「デソルゾロット家の……メイ様でよろしかったですかな。では改めてご質問を……。」
「ええ、なんでもどうぞ。」
何か不穏な赤い染みがついているようにも見える木の机を挟んで、私とメイと男性はそれぞれ椅子に座る。
部屋の入口は既に扉の外から他の門番が固めているらしいのが、扉についたのぞき窓から確認できた。
「では最初のご質問。貴女は、デソルゾロットの家のご長女様、メイ・デソルゾロット様でお間違い無いですか?」
「はい。間違いありませんわ!」
再確認するように質問する男性の言葉に、またもや自信満々に答えるメイ。
もちろん男性の目はずっと懐疑的なままだ。
「では、そちらのラミア族の女性は……従者の方でしょうか?」
「あ、いえ。ベレノ……彼女は、私の旅の……勇者パーティでの仲間のひとりですわ!」
こちらへと目線を向けてくる男性へ、私は小さく会釈する。
名家のお嬢様が従者も連れずに長旅など、かなりおかしな話だが事実なので仕方がない。
どうかこれ以上、メイが余計な事を口走ってしまいませんように。
「ほう、勇者パーティですか。となるとやはり、半年前のあの……?」
「はい!それですそれです!わ!」
余程の田舎者でも無ければ皆が知っている、魔王を倒し魔界との和平を結んだ伝説の立役者。
正直なところ、関係者である私の目から見てもとてもそうには見えない。
「……聞いたところによると、メイ様の勇者パーティは4人組だったとか?」
再び男性が何かを確かめるような質問を投げかけてくる。
もちろん正解は、メイ、私、モニカ、ロリカ、シャルムの5人だ。
つまりこの門番は、メイが適当なことを言っていないかカマをかけている。
「ん?いいえ。私のパーティは5人ですわ。私と、こちらのベレノと、あと獣人のモニカに鳥人のシャルム……それから竜人のサカマタさん!」
「……ああ、これは失礼。5人組でしたね。私も歳なもので、物覚えが……ハハ。」
しっかりと訂正した上でスラスラと名前まで答えたメイに、男性はカマをかけそこなった事を誤魔化すように笑う。
やはりこの門番、とぼけたフリをしているが油断ならない。
そうやってこれまでにも疑わしい者や怪しい者を、追い返して来たのだろう。
「……メイ様が勝利なさった魔王はどのような姿でしたか?やはり噂通りに凶悪で恐ろしげな──」
「は?」
男性が次の質問をしようとして、うっかりとメイの逆鱗へと触れてしまう。
さっきまでのとりつくろったお嬢様っぽさは一瞬で消え去り、殺気にも似た緊張感が場を凍りつかせる。
だめだこのシスコン、早くなんとかしないと。
「……失礼、そのあたりの内容は口外しないように国から命じられていますので。ご勘弁を。」
私はすぐにメイの肩に手を置いて冷静になるように促しつつ、男性へとそう説明する。
実際魔王の実態などに関する事は、魔王を思うメイの願いもあって、全てが秘密という事になっている。
魔王側もここ半年のパーティに出席していたのはあくまで魔王に親しい存在の代理の魔族の少女、という事になっていた筈だ。
「こちらこそ不躾な質問でした、ご容赦を……それでは最後の質問ですが、あの不可思議な馬の幽霊は一体?」
「あれは魔おっ──」
「あの馬の幽霊、霊馬は魔界との技術交流の一環で賜った物です。言わば魔界産の魔道具ですが、危険はありませんのでご安心を。」
メイが余計なことを口走る前に、私はメイの口を手で塞いで代わりに答える。
あながち間違ったことは言っていないはずだ。危険が無い、は少し嘘かもしれないが。
「……なるほど。わかりました。此方からの質問は以上になります。お手数をおかけしまして……お二人共、街へお入り頂いて問題ございません。」
メイが本物であることを信じてもらえたのか、はたまた殺気のおかげか、なんとか不審者としての疑いは晴らせたようで、男性の口から街へ入場する許可が下りた。
これでとりあえずは馬と馬車を没収されずに、旅を続けることができそうだ。
「……なんです?メイ。何か彼に聞きたいことでも?」
うっかりと口を塞ぎっぱなしだったメイがもごもごと何か言っているので、私はメイの口から手を離す。
「っぷは……えっと……もしかして今、私達……尋問されてましたの?」
ここに来てようやくその事に気がついたらしいメイのまさかの質問に、私と男性はお互いに目を見合わせ苦笑する。
やはりメイは自分が武器を没収された上に、尋問されている事にさえ気がついていなかったのだ。
気づいてた?と問いかけるように私の方を向くメイの手を引っ張り上げて、私は無理矢理に立たせる。
「さっさと行きますよ、勇者様。」
◆◆◆
尋問から解放された私達は一時押収された馬車を回収しに、ナリマの街の厩へとやって来た。
今日はまだここからジマの都に関する事を調べて、可能なら行って帰ってくるくらいの予定だ。
「お、アレだな。良かった、無事みたいだ。」
メイが指さした先にはここまで私達が乗ってきた馬車と霊馬が、厩舎から少し離れた位置にぽつんと待機していた。
どうやら馬車を押収した門番もこの霊馬たちをどう扱って良いのかわからず、厩舎に入れることを躊躇したらしい。
私達が馬車へと近づくと、馬車の見張り番をしていた門番が軽く会釈して快く馬車を返してくれる。
霊馬を除けば特に怪しいものは積んでいないので、何も引っかからないのは当たり前なのだが。
「少し時間を食ってしまいましたが……これからジマの都の──」
この後の活動方針について説明をしようとした瞬間、メイの大きな腹の音が鳴り響いた。
メイは数秒固まって、お腹を抑えながら恥ずかしそうに目を伏せる。
「ふふ……少し早いですが先にお昼にしましょうか。せっかく街に来たんですし、美味しいものを食べたいですよね。」
小さく笑ってメイへとそう提案すると、メイはぱあっとした笑顔を見せて激しく頷く。
念の為霊馬はしまっておくとして、馬車はこのままここの厩に預けておけば良いだろう。
「ついでに街を少し見て回りますか?メイは初めてでしょう?ここに来るのは。」
「……俺は、って事は……ベレノは前にも来た事があるのか?」
私がそっと右手を差し伸べると、メイは2秒ほど私の手を見つめた後で今回はちゃんと左手で私の手を取る。
そんなメイの手をしっかりと握り返して、私は進み始める。
「ええ、2年ほど前に一度。」
「2年……そういえばベレノって、俺と会う前はいつから旅をしてたんだ?」
手を繋いだままゆったりとしたペースで、街の雑踏の中を進みながら他愛のない会話をする私達。
そんな風に話しながらも、メイの視線は初めて見る街の風景にあっちこっち飛び回っている。
「私が里を出たのが18の時ですから、だいたい4年くらいでしょうか。出発してから里に戻ったのも、大婆様に呼ばれて行ったあの時が初めてです。」
「4年も?……ずっと一人旅で?」
落ち着きのなかったメイの視線が、私の方へとじっと向けられる。
これは、心配をされているという事でいいのだろうか。
実際の所、稀に寄り合いの馬車に乗せてもらうことはあっても、旅としてはずっと一人で旅をしていたのだが。
「そうですね、基本的には。」
「そうなんだ……意外と凄いんだな、ベレノって。」
褒められているのか馬鹿にされているのかやや判断に困るような返答をされて、私は一度立ち止まってメイの方を振り返る。
「……意外と?」
「あっ!いや、変な意味じゃなくってさ!俺だったら……何年も一人ぼっちで旅するなんて、きっと耐えられないと思うから……凄いな、って……。」
慌てて否定した後、メイは自分の過去を振り返るように俯いて暗い顔になってしまう。
確か前の世界では妹が行方不明になった後、しばらくして母親とも離れ離れになってしまったと言っていた気がする。
だからきっと、メイは一人ぼっちで居続ける事に何か深いトラウマのような物を抱えているのだろう。
私はそんなメイの腰へとそっと尻尾を巻き付けると、強く抱き寄せる。
そして周囲の人々の目も憚らず、思い切りメイを抱きしめた。
「ふ、わっ!?ベ、ベレノ……?」
「以前の私ならともかく……今の私には、耐えられないかも知れませんね。」
困惑した様子のメイの頭を優しく撫でながら、私は耳元でそう囁く。
メイという私にとっての太陽を、その温もりを知ってしまったから。
「……私がそばに居ますよ……ずっと。」
「う、うん……ありがとう、ベレノ。」
そう私が言葉を続けると、少し恥ずかしそうにしながらもメイは私をそっと抱き返してくれる。
私はずっとメイのそばに居る。だから、メイも──。
なんて言葉は重すぎるだろうか。だけど、そう簡単に言える勇気が私にもあったのなら。
「……そ、そろそろ行きましょうか。」
「そ、そうだな!お腹も減ったし……!」
しばらく道の端で抱き合っていた私とメイだったが、少しして冷静になって急に恥ずかしさが込み上げて来た。
それから互いに少し顔を赤くしながらも、改めて手を繋ぎ直す。
願うならばずっと、この手を離すことの無いように。
◆◆◆
少しだけナリマの街を歩いて回る途中、私達はどこからか漂う香ばしい匂いに誘われて、一軒の店へと辿り着いた。
看板や店の前のちょっとしたテーブル席で食事をしている客の様子から察するに、どうやらここはパン屋らしい。
焼き立てのパンの良い匂いが、店の表の通りまで溢れている。なんと素晴らしい集客方法だろうか。
「……どうやら香ばしい匂いの正体は、この店のようですね。」
「ああ、すっごい良い匂いがするな。早速入ってみようぜ!」
待ち切れないとばかりに急ぐメイに手を引かれて、私達はそのパン屋へと飛び込んだ。
店の中は結構新し目の内装で、壁一面の商品棚に置かれた四角いカゴの中には、所狭しと様々な形のパンが並べられている。
私達が普段目にする楕円形のちょっと硬めなパンを始め、細長い紐状の生地を編み込んだような不思議なパンまで。
「随分とたくさんありますね……これは、迷ってしまいそうです。」
ついつい私が無数のパン達に目移りしてしまっている間に、先にぐるりとパンを見て回ってきたらしいメイが戻って来る。
しかし何やらその顔は、どこか浮かない様子だ。
「やっぱり無いかぁ……。」
「……何か探しているお目当てのパンでも?」
「焼きそばパン……。」
焼き……何?
恐らくはまた、メイの前の世界にしか無い食べ物だ。
それほどまでにこちらの世界とは食文化が違うのだろうか。
「それは……どのような?」
「ちょうどこういう柔らかめの細長いパンに切り込みを入れてさ?中に焼きそば……甘辛いソースで炒めたパスタみたいなのを入れたパンなんだけど……。」
棚を指差すメイの説明を聞きながら、頭の中でその見知らぬパンの姿を想像してみる。
ソフト系のパンに切り込みを入れて……?パスタを……?はさむ……??
パスタ系の料理と一緒にパンが提供される事は確かにあるが、それはあくまで残ったパスタソースをパンにつけて無駄なく食べる為だった筈。
最初からパンにパスタを挟んで一緒に食べるという発想自体が、少なくとも私の中には無かった。
「そ、それは……何とも想像しがたい料理ですね。」
「うん、まぁ確かに……前の世界でも俺が住んでた国独自のパンだったと思うよ。」
苦笑しながらもメイは、棚からめぼしいパンを選んで購入用のバスケットへと詰めていく。
メイが住んでいた国は結構独特な文化の多い国だったのだろうか。
それから無事に昼食用のパンを買い終えて店を出た私とメイは、店の前に設けられた簡素なテーブル席で昼食を摂る事に。
「いっただきます!」
「……いただきます。」
私が選んだのは普段あまり食べる事の無い、バターを染み込ませた生地の上から砂糖をまぶした柔らかめのパンだ。
メイがいつものように元気よく手を合わせるのを見て、私も同じように手をあせてからパンへと齧り付く。
この食事の前の作法のような物にも、もはや何の疑問も抱かなくなってきている自分がいた。
最初はただメイのマネをしていただけだったが、今ではなんとなくこの儀式の意味も理解できる気がする。
察するにコレは……食物の神に対する感謝の祈りなのだろう。
であるとするならば、メイの前の世界に私の知らない様々な料理文化が存在する事にも納得ができる。
メイの前の世界では食物の神に対する信仰が厚く、その恩恵として多種多様な食文化が発展したに違いない。
一体その神はどのような姿を──。
などと考え込んでいると、テーブルの向かい側に座ったメイからの謎の熱視線に気がつく。
「……な、なんです?」
私は一度パンから口を話すと、メイへと問いかける。
パンに齧りついたまま私が動かないのを見て、不思議に思ったのだろうか。
「あ、いや……ベレノって、意外と一口が小さいんだなって思って……。」
「っ……また意外と、ですか?」
もちろん自分の食事の一口のサイズなど、これまで気にしたことが無い。
なのに改めてメイにそう言われると何だか恥ずかしく、私はパンで少し口元を隠すようにする。
「だってほら、普通の蛇ってこう……口が大きいだろ?だから」
「ま、丸呑みなんてはしたない真似しませんよっ!」
手で蛇の口を表現しながらそんな事を言い出すメイに、まだ何も具体的なことを言っていないにも関わらず、やや大きな声で反論してしまう。
だけどそれ程までに、そういうイメージを持たれる事に謎の忌避感があったのだ。
「ごっごめん……!」
突然大きな声を出した私にかなり驚いた様子のメイが、小さく謝罪の言葉を口にしながら気まずそうに口を閉ざしてしまう。
しまった、つい……。
実際ラミアの里では、食物を良く噛まずに丸呑みするような真似は野生の蛇と変わらない為、はしたない行為だと教えられていた。
我々ラミアは蛇の尾とヒトの身体を持つ特別な種族なのだから、とは私の母の口癖である。
「いえ……こちらこそ、すいません……大きな声を出してしまって。」
私はメイへと謝罪を返しながら、気まずさを誤魔化すようにパンへと齧り付く。
そんなに私の一口って小さい?それともメイは一口が大きい娘の方が好き?
悶々とした考えが、無意識のうちにパンを食べるペースを早める。
「お、おいベレノそんなに急いで食べたら──」
「……っんぅ!?」
不意にメイに声をかけられ、一瞬意識がそれた瞬間。
飲み込むタイミングを誤って、咀嚼の甘い状態のパンを喉へと詰まらせてしまう。
丸呑みはしないと言ったばかりだと言うのに。
そんな私の方へ、慌てて席を立ったメイが駆け寄ってくる。
「だから言っただろ、もう……ほら落ち着いて、牛乳飲めるか?」
メイは優しく私の背中をさすりながら、先程パンと一緒に買った牛乳入りの瓶を私の口へと近づけてくる。
口の中へとそっと流し込まれた少量の牛乳が、私の喉に詰まったパンを解していく。
「けほっ……ん、んん……ありがとうございます……もう、大丈夫です。」
喉を詰まらせた苦しさと恥ずかしさで、私は少し目に涙を浮かべながらメイへと感謝する。
ああ、恥ずかしい。よりにもよってメイの眼の前でこんな醜態を晒すなんて。穴があったら潜りたい。
私の言葉にほっと一安心したような様子のメイが、手にしていた牛乳をおもむろに一口飲んだ。
あれ、その牛乳瓶はさっき私の口に──。
「……間接キス。」
「ぶふっ!!……げほっ!ごほっ!」
ぼそりと言った私の言葉がしっかり耳に届いていたようで、もう一口飲みかけていたメイが盛大に牛乳を噴いて咽る。
ああ、この人意外とそういうの気にするタイプなんだ。
「ふふっ……大丈夫ですか?」
先ほどとは逆に、今度は私がメイの背中を優しくさする。
メイは何か言いたげな目でこちらを見るが、咳き込んでいてまともに言葉を発せないようだ。
「っはぁ……っはぁ……あのなぁ……。」
少しして咳が落ち着いたメイは小さく息を乱しながら、恨みがましい目で改めて私の方を見る。
私はただ事実を述べただけなのだけれど。
「はい?どうしましたか?」
「……なんでもないよ。……ったくもう……。」
ぶつくさと言いながらも、メイは一旦牛乳瓶を机の上において、こぼした牛乳をハンカチでしっかりと拭き取る。
そんな机の上に置かれた半分ほど残っている牛乳瓶を眺めて、私はちょっとした悪戯を思いつく。
「……これ、飲まないんでしたら、勿体ないのでいただきますね。」
「えっ、あ……でもそれ……!」
ひょいと牛乳瓶を拝借し私が自分の口へと近づけると、目に見えてあたふたとした反応をするメイ。
「何です?やっぱり飲みますか?……間接キスになりますけど」
「ぐっ……お、俺はいいけど?ベ、ベレノは良いのか?俺と、その……か、間接キスになっても!?」
誂うように笑いながら瓶の口をメイの方へと向けると、メイはどこか悔しそうな顔をした後で、負けじと反撃の言葉を繰り出してくる。
私は良いのか、だって?そんなの、答えは最初から決まっている。
こちらの出方を伺うようにまじまじと見つめるメイの眼の前で、私は残った牛乳を躊躇なく一気飲みした。
◆◆◆
昼食を終えて一度厩へと戻った所でちょうど、メイへと魔王からの定期連絡が入った。
またしばらく話し込んでいそうなので、私はその間にジマの都についての情報を求めて、街に聞き込みに行くことにした。
キンジョーの街で手に入れた地図には載っていない事から、ジマの都が無くなったのは少なくともここ数年の事では無いだろう。
と、なると昔からこの辺りに住んでいそうな高齢者などを当たってみるのが良いだろうか。
「あの……少々お聞きしたいことが……。」
最初に声をかけたのは日当たりの良いベンチで日向ぼっこをしているらしい、かなり高齢な人間のおじいさん。
おじいさんは私の声に数秒遅れて反応した後、そのぷるぷると震える手で握った杖を激しく揺らしながら、ゆっくりと私の方を見る。そしてたっぷりと数十秒かけて、自らの耳へと手を当てるような動きをする。
どうやらかなり耳が遠いようだ。これは聞く相手を間違えたかも知れない。
「……ここから南西の方角に、ジマという都があった事を、知っていますか?」
私はなるべくゆっくりはっきりと、おじいさんへと質問を投げかける。
すると殆ど閉じかけていたおじいさんの目がカッと見開いて、その多くを見てきたであろう瞳が私の方を向いた。
これは何か有益な情報が聞けるかも知れない、と私はおじいさんの返事を待つ。
「……わしゃ知らん。」
ぽつりと一言そう答えると、おじいさんはまたその目をゆっくりと閉じ、居眠りを始めてしまう。
やはり聞く相手を間違えたようだ。もう少し有益な答えが得られそうな人は居ないだろうか。
その後も私は何人かの街のご老人達に話を聞いて回ったものの、あまり良い情報は得られなかった。
比較的受け答えのはっきりしていそうなご老人も知らないと言うことは、もしかすると10年20年ではなくもっと……100年以上も前にジマの都は滅んでしまったのかもしれない。
もし当時の事を知っている者がいるとしたら、長命種族……それこそエルフとか。
まぁこんな所に都合よくエルフなんて──。
そんな事を考えた瞬間、私は突然何者かに背後から奇襲を受け、視界を闇へと閉ざされた。
「っ!?」
「だぁ~れだっ?」
突然のことに驚きつつも、素早く懐の短杖へと手を伸ばそうとしたその時。
後ろからどこかで聞いたことのあるような甘ったるい声が響く。
この声、そしてこの背中に当たる大きく柔らかな感触はまさか……。
「……フェルトラウエン、さん?」
私が少し考えて心当たりのある人物の名を口にすると、私の目を塞いでいた手が離れていく。
そして私が恐る恐る振り返ると、そこには満面の笑みをこちらに向ける長い耳が特徴のエルフの女性が立っていた。
メイと同じような金の長髪に、女神のような神聖な雰囲気のある白いドレス。
背丈は私よりも一回りほど大きいだろうか。
どう見ても私と同い年くらいの年齢に見えるが、彼女がエルフであることを忘れてはならない。
「きゃ~!正解よ~!どうしてわかったの~?!」
その暴力的なまでの肉体を遠慮の欠片も無くハイテンションで押し付けながら、彼女は私へと頬ずりをしてくる。
ああ、この人は間違いなく半年前の旅でお世話になったあの、魔法先進都市マジコールの長にして先代勇者パーティの回復魔法使い担当者。リリヤ・フェルトラウエンだ。
正直言って私は、この人が少し苦手だ。魔王やモニカとは別の意味で。
「……お久しぶりです。フェルトラウエンさん、どうしてここに?」
一応は私達勇者パーティにとっての大恩人でもあるため無下には扱えず、私はされるがままになりながらリリヤへと尋ねる。
ここからずっと北西に位置するマジコールにいるはずの彼女が、何故こんな所にいるのか。
「あ~んダメダメ!リ・リ・ヤって呼んで?ね?ね?」
「……リリヤさん。何故ここに?」
この人前にメイにも同じような事を言っていなかっただろうか。
私はリリヤの圧に耐えかねて、名前を呼び直しながら改めて質問する。
「ええとね、私はちょっと野暮用で来ただけなんだけど……。」
「野暮用……ですか。」
魔法技術の最先端を行く技術者でもある彼女が、こんな小規模な街に何の用だろうか。
そこでふと、私は大婆様の手記の一文を思い出す。
確かジマの都での話の中に、”人間2人とエルフ1人の、勇者を名乗る不審な女性3人組を見た”という記述があった筈だ。
もしそのエルフが彼女の事なら、ジマの都に行ったことがあるのではないか。
そしてリリヤの言う野暮用というのはもしかすると……。
「……ジマの都、ですか?」
「!?!?……どうしてわかったの~!?魔法?!私の頭の中を覗く魔法なの!?きゃ~!でもすごいわ~!」
まさかと思い尋ねたが、どうやらそれは正解だったようだ。
リリヤはそのミントグリーンの目を見開いて、かなり驚いた反応をしながらハイテンションで再び私に強く抱きつき頬ずりしてくる。
正解したはずなのに何故私はこんな仕打ちを受けているのだろうか。
「ということはベレノちゃんも、ジマの都に用事?あ、もしかしてクリノスからの頼まれごと?」
「はい。大婆様からの依頼で、大婆様の思い出の地を巡る旅をしています。」
私は懐から大婆様の手記を取り出すと、リリヤへと渡す。
するとリリヤはパラパラとページを捲りながら、どこか懐かしむような表情を見せる。
「あ~懐かしいわね~!うんうん……こんな事もあったわ~。……はい、ありがとう~。」
「いえ……リリヤさんも何か大婆様からの依頼で?」
一通り読み終えたリリヤが手記を返してくれたので、私はそれを大事に懐へと仕舞いながら再び尋ねる。
もしかすると大婆様は私以外にも、何か頼み事をしていたのかもしれない。
「ううん、私はまた別の用事で……そういえばクリノスは?一緒じゃないの?」
「大婆様は……、……隠居、なされました。私にこの旅の依頼を願う手紙と手記を残して。」
結局大婆様と顔を合わせたのは、あの浮遊城での決戦の時が最後だ。
だからもしかしたら、もう……。
そう考える私の顔が暗く見えたのか、リリヤは私の両頬にそっと手で包み込むように触れてくる。
「そうなのね……でも大丈夫よ。きっと今もどこかで私達のこと、こっそり覗いてると思うから……。」
「……はい、そうですね。私もそう思います……。」
少ししんみりとした空気が流れそうになったその時、リリヤが突然私の頬をむにゅりと圧迫したかと思えば、無理やり笑顔を作らせるように引っ張り上げてくる。
やっぱり苦手だこの人。
「ふふ、やっぱり笑うとクリノスそっくりね~。……そういえばメイちゃんは?一緒なのでしょう?」
そんな風に笑った後、さも当然というようにリリヤはメイの事を尋ねてくる。
私は今日一度もまだメイの話はしていないはずなのだが。
それほどに私とメイはセットのイメージが有るのだろうか。……悪い気はしないけれど。
「メイは少し用事があって、厩に預けた馬車のところに居るはずです。」
「そうなの。じゃあちょっと、私も会いに行こうかしら~。……いい?」
何故か私へと許可を求めるリリヤへ小さく頷いて、私とリリヤはメイの待つ厩へと戻るのだった。
……まさかこの人、この先の旅路にもついてきたりしませんよね?
おまけの各キャラクター身長表
メイ:162cm
ベレノ:約160cm(接地面からの高さ)
アルシエラ:147cm(角を含まない)
モニカ:170cm(耳を含まない)
シャルム:132cm(アホ毛を含まない)
ロリカ:185cm(角を含まない)
リリヤ:172cm
ユウリ:142cm
クリノス:162cmくらい
サン:最終的には165cmくらいだった