第22話『それでも私はあなたと』
ざっくり登場人物紹介
ベレノ:ベレノ・マレディジオネ。23歳。身長はだいたい160cmくらい。今作の主人公。黒いボサ髪に紫の瞳を持つ、ラミア族の呪術師の女性。勇者パーティのリーダーであり親友であり弟子であるメイにクソデカ感情を抱いている。ついにメイとの仲に進展があった幸せラミア。アルシエラの暴走を止めるべく、再び戦いへと挑む。
メイ:メイ・デソルゾロット。18歳。身長は162cm。『それでも俺は妹が一番可愛い。』の主人公。ドシスコンの社会人男性、ホムラ テンセイの魂を持つ勇者系金髪お嬢様。天然たらしの側面があり、ベレノの情緒を狂わせる。自分なりの答えを決め、それらしく振る舞おうと奮闘中。妹から弟になってしまった妹と本気の兄妹喧嘩中。
アルシエラ:アルシエラ・ドラゴなんとか。見た目は12歳だが、実年齢は不詳。身長147cm(角を含まない)。またの名を、ホムラ ユキ。メイの前世にあたるテンセイの妹。今は魔王をやっているが、本人は魔王の座にはあまり執着が無い。自分が兄の嫁になれないなら、兄が自分の嫁になれば良いのだと閃いた。
第22話『それでも私はあなたと』
決勝戦へ実質的に乱入するような形でメイの前へと再び姿を現した魔王。
考えうる限りの最悪な形で嫌な予感が現実となってしまった。
魔王によって張られた、リングを囲う結界の影響で内部の音が一切聞こえない状況。
だがそんな中でも、確かに聞こえたのだ。私を呼ぶメイの声が。
「は……はぁ~~!?ヘビ女!!……ずっ、ずるじゃんそんなのさぁ!折角入れないように結界まで張ったのにッ!!」
「……メイ、立てますか?」
「なんとか……!」
メイの召喚魔法によって、突然リング上へと召喚された私を指差しぎゃあぎゃあと喚き散らす魔王を無視して、私はメイへと手を差し伸ばす。
するとメイはしっかりと私の手を握って立ち上がり、ぐっと親指を立てて見せる。
「一か八かだったけど、上手く行ったな……!」
「ええ……私とメイなら当然です。」
フィンゴールの宿で、召喚魔法について遅くまでメイと話し込んだ時に思いついた実験的な召喚方法。
通常、召喚魔法では完全な従属契約を結ぶことが難しいという点から、他者を召喚する事は出来ないとされているのだが、この召喚はそれを限定的ながら可能にした物だ。
この召喚に必要とされるのは、互いへの強い信頼の気持ち。
本来は対アグニルやその後の決勝での魔族相手への切り札だったのだが、何にせよ実験は成功だと言えるだろう。
「悪いな雪?でも言ったろ!今日の兄ちゃんは──」
その時、私達の後ろから誰かの小さな悲鳴が響いた。
「ぎゃっ!?あたた……!何やのいきなり?!」
聞き覚えのある声に思わず振り返ると、そこでは見覚えのあるシルエットの人物が尻もちをついていた。
上に伸びた長い三角耳に、飛び出た黒い鼻先。そしてつい最近も見たような、黒い修道服。
となればそれは当然──。
「……モッ、モニカ!?」
「えっ?!誰やこの変な仮面思たらメイちゃん!?それにベレちゃんやないの!」
唐突に現れたモニカにメイが驚き声を上げると、モニカはその長い耳をぴーんと立ててこちらを認識する。
何が起きている。メイに呼ばれたのは、私だけでは無かったのか。
いや、よく見れば足元の魔法陣は未だ輝きを失っていない。
つまりこれは、まだ召喚が完全には完了していない事を意味している。
「モ、モニカさんまで!?なんで!?」
「あららそっちはユキちゃん?久しぶりやね~!どしたん?そんなメイちゃんみたいな格好して。」
「呑気な事を言ってないで、さっさとメイを治療してください!回復魔法使い!」
「痛ぁっ!?なんやのもー!ってメイちゃんよう見たらフラフラやないの!」
更なる増援に動揺を隠しきれない魔王に対しても、いつも通りマイペースすぎるモニカの尻を尻尾でひっぱたく。
どのような理由かは不明だが、魔王相手なら戦力は多いほうが良い。特に回復を行える者は必須だ。
モニカにメイの治療を任せている間に、私は改めて魔王の方へと向き直り長杖を構える。
「これで3対1……ですが、降伏する気はありませんか?アルシエラ。」
「っ……ふ、ふんっ!たった3人で私に勝ったつもり!?」
こちらからの降伏勧告にも強気な姿勢を崩さず、まだ戦うつもりの魔王。
だが実際の所この3人では魔王を打破する事はかなり難しいかも知れない。
それでも戦わずに魔王を止められる方法があるのなら、メイとしてもそれが一番良いはずだ。
「ありがとうモニカ……やっぱ回復魔法ってすごいな。ついでに身体強化とか頼めたりする……?」
「任せとき!丁度こないだ覚えたとこやねん!……ほんで、これどういう状況なん?」
「いやぁ……ちょっとうちの妹がね……。」
私と魔王が睨み合っている間にすっかりと治療と身体強化を終えたメイとモニカが、私に並ぶように立つ。
そうか、アグニルとの試合前にかけてもらった身体強化魔法が切れた後、メイは素の状態でこの魔王相手に戦っていたのか。それは疲弊するのも当然だ。
未だ状況を飲み込めずやや困惑気味なモニカへ、苦笑いを浮かべながらメイはやんわりとした説明をする。
そこへ拗ねたように頬を膨らませ、ほんの少し目に涙を浮かべた魔王の氷槍が私目掛けて飛んできて、メイがそれを素早く叩き落とす。
「……それは喧嘩続行って事で良いんだな!雪ッ!あと狙うなら兄ちゃんだけにしなさいッ!」
「えぇ……兄妹喧嘩って言うにはちょっとやりすぎとちゃう!?ええの!?」
「質問は後にしてください。今は魔王を止めるのが最優先です。」
「そういう事だから、悪いけどモニカも手伝ってくれ……!」
メイは2本の剣を構え直すと、低い姿勢から飛び出して一気に魔王との間合いを詰め、左右同時攻撃でその剣を振るう。
しかし魔王はその攻撃を氷翼を盾にする事で容易く受け止めて見せる。
「甘いよお兄ちゃん!そんなの私には効かないもんね!」
「……どうかなッ?!」
「う゛ッ!!?」
得意げな顔で攻撃を防いで見せた魔王のがら空きな腹部へとメイの容赦のない蹴りがモロに入り、魔王が苦しそうな呻き声を上げる。
兄の着ている鎧の形を真似たばかりに、肝心のお腹周りの防御が薄かったのだ。
それに普段のメイでは考えられないようなその容赦の無い追撃に、私はそれだけメイが魔王に対し本気で怒っているのだと感じた。
「泣くなよ?!今は男の子、なんだろッ!」
「っ……ぅう゛……!」
すかさず追撃の一太刀を試みるメイの攻撃を、魔王は苦しそうに腹部を押さえながら飛び退いて回避する。
恨みがましい目で何故かこちらを睨む魔王を見ながら、私はメイの戦闘を手助けするべく素早く拘束呪文を詠唱し、放つ。
「……お兄ちゃんのばかぁっ!!」
だがそう簡単には捕まらず、氷翼を広げて宙へと逃げるように移動した魔王は、先程メイを追い込んだ巨大な氷塊を再び生成し始める。
「っメイ!さっきの大剣は!?」
「剣はあそに落ちてるけど俺もう魔力すっからかんだし!何よりもう指輪が壊れて炎が出せないかもッ!」
「っ……だったらモニカ!防御魔法を!小さくていいから頑丈なのをッ!」
「ひぇぇ!あない大きい物受けて、結界割れてもウチ責任取れへんで!?」
「いいから!……ッ!来ます!なるべく身体を小さくッ!」
他の策を考える暇も無いまま、モニカが防御結界を展開し終わったのとほぼ同時に氷塊の落下が始まり、私達は3人で身を屈めて、モニカの防御結界の中へと急ぎ身を寄せる。
うっかり尻尾でも結界からはみ出せば、洒落では済まないだろう。だがこのまま結界で受けた所で、果たして本当に耐えきれるだろうか。
危うく私が存在するかもわからない神へと祈りかけた、その時。
「──でぃりゃぁーッ!!」
何者かの雄叫びのような声が聞こえたかと思えば、突如として頭上の氷塊へと無数の亀裂が走り、粉々に砕け散る。
しかしそれでも降り注ぐ氷の欠片は十分な脅威を残したままで、モニカの貼った防御結界が軋むような激しい勢いでリングへと降り注いだ。
「頑張れモニカッ!」
「頑張ってくださいモニカ!貴女にかかっています!」
「ふ、ぬぬぬ……っ!後でご褒美でも貰わんと割に合わへんでぇ……っ!」
危うく破壊されそうになる防御結界を、モニカがなんとか踏ん張って何度も張り直し耐える。
少ししてようやく砕けた氷塊の雨は収まり、それと同時に脱力したモニカが床へと倒れ込む。
「や、やったでウチ……!」
「ああ!よくやったよモニカ!偉いぞ!」
「寝てる場合じゃありませんよ……!まだ攻撃を凌いだだけなんですからね。」
それよりも突然氷塊が砕け散ったのは、それにさっきの声はもしかして。
改めて先程声のした方向を見ると、そこにはまた見覚えのあるシルエットが1つ。
「ふむ……無事か?シャルムよ。」
「サッ、サカマタさん!?」
頭部の白角と腰から伸びる太い尻尾、大男と見紛うような巨躯に赤い鱗混じりの肌を持つ彼女は、間違い無く我らが勇者パーティの最大戦力が1人。
竜人であり地上の闘技場の覇者にして最強の盾役、ロリカ・スクァマータその人だ。
するとそんなスクァマータさんの足元から、小さな影がひょっこりと顔を出す。
「ボクだいじょうぶ!……!メイ!?」
小柄な身体にふわふわのショートヘアと、腕の代わりに立派な緑色の両翼を持つその子は、スクァマータさんに続く勇者パーティ最後のメンバー。
高い飛行能力と優れた視力を併せ持つ、パーティの斥候役。鳥人のシャルムだ。
シャルムはすぐにメイの存在へ気づいたようだが、メイが妙な仮面をつけている事にかなり驚いた様子で目を丸くしている。
「次から次へと……ッ!もうあったま来た!まとめて全員氷漬けにしてあげるんだからッ!!」
またしても増援が現れた事に魔王はかなり苛立った様子で、再び冷気を操作しリング全体の気温を急激に低下させていく。
しかも先程の氷塊による余波でリングはかなり悲惨な状態になっており、魔法陣の光も既に消えてしまっていた。
どうやらこれ以上の増援は見込めないと考えたほうが良さそうだ。
「久しいな、メイにベレノ。モニカは……最近酒場で会ったか。ともあれ息災であったか?某はここしばらくシャルムと一緒に居たのだが……突然メイが某らを呼ぶ声が聞こえてな。」
「あ!それウチもウチも!」
「メイ危ない?ボク助ける!敵、どこ?」
「おっ、お久しぶりです!ええとですねそのー何と言いますか……!」
自身にとっての憧れの戦士でもあるスクァマータさんとの再会に、ひとりテンションが上がっている様子のメイ。
どうやらスクァマータさん達もまた同じ様にメイの声に喚ばれ、ここへとやって来たようだった。
「……魔王が癇癪を起こして暴走しています。止めるのを手伝ってください。」
「ふむ、承知した。」
言い辛そうなメイに代わって私が上空へ浮かぶ魔王を杖で指し簡潔に説明すると、スクァマータさんは即答する。
これで奇しくも久しぶりに勇者パーティが全員揃う事となり、かつての浮遊城での戦いを想起させるようだ。
「ちょ、ちょちょい!ごっつ寒なってきてんねんけど!?ウチ寒いの苦手やわぁ……!」
「た、たた確かに……!このままじゃ凍え死ぬかもしれないな!クソッ!この指輪さえ壊れて無ければ……!」
「メイ寒い?ボクぎゅーする?」
「すっする……!!」
この中で一番暖かそうな種族のはずのモニカが寒さに震えながら訴えかけてくるのを見て、私は再度魔王を見上げる。
確かにメイの言う通りこのまま魔王を放置すれば、我々全員リングの上で凍死するのも時間の問題だろうか。
正直その指輪で小さな火を一つ灯すより、そうしてシャルムを抱いていた方が暖かそうだ。
「……時に、何か武器になりそうな物はあるか?さっき氷塊を砕くのに、手持ちの剣を投げてしまってな……どこへ行ったのか。」
「ぶ、武器ですか!?それだったらその、そこに大剣なら……!」
やはりさっきの氷塊を砕いた一撃はスクァマータさんによる物だったようだ。
そんなスクァマータさんへメイは、少し前に自分がぶん投げたまま放置されているアグニルの大剣を指差す。
刃が纏っていた火はすっかり消えてしまっているが、目立った破損は無さそうだ。
「ふむ、大剣か。悪くない。」
「な、ななんかっ!その剣、刃に炎を纏ったりできるみたいなんですけど……!さっきこの指輪また壊れちゃって……!すいません!折角貰った物なのに!」
「……そうか。まぁ、問題はない。火種ならば持ち合わせがある。」
大剣を拾い上げ不敵に笑ったスクァマータさんが、深呼吸でもするように深く息を吸った、次の瞬間。
強く息を吹くような動きを見せたかと思えば、その口からは息ではなく眩い炎が吹き出した。
「火!?」
「わーお……!」
「ロリカ!すごい!」
スクァマータの口から放たれた、不思議な煌めきを持つ炎が大剣へと吸い寄せられたかと思えば、急激に燃え広がるようにしてその刃を包み込む。
竜人はその個体数の少なさから謎の多い種族だと言われているが、流石に炎を吐くというのは初耳だ。
燃え盛る大剣は、その近くにいるだけでもはっきりとした暖かさを感じられるような、強い熱を帯びている。
「ほぁぁ……ぬくいわぁ……!」
「ぽかぽか!」
「暖かいですね……。」
「流石サカマタさん!」
「……ちょっとそこ!何呑気に火なんか囲んでるわけ!?馬鹿にしてくれちゃって……ッ!!」
皆で大剣の炎を囲い、暖を取っている所を魔王に見つかってしまい、魔王から怒りの3連氷槍攻撃が放たれる。
だがそれに対しスクァマータさんは大して焦ることも無く、重いはずの大剣を片手で軽々と振るってその攻撃を全て無力化して見せた。
この寒さでも全く動きが鈍っていない所や、メイですら両手で持っていた大剣を片手で扱えてしまうあたり、やはり竜人は生物としての基礎値が根本的に我々とは違うようだ。
「あの高さでは流石に届かんな……引きずり下ろせるか?」
「捕まえられれば可能ですが……そう簡単に捕まるとは。」
私一人で拘束魔法を使った所で、飛行能力を持つ魔王が相手では容易く回避されてしまうだろう。
せめてもう1人、そしてできればその際には魔王の気を他へと逸らせれば良いのだが。
「メイちゃんと2人でやったらどう?……あ、魔力がもう無いんやっけ。」
「そうなんだよ……今すぐにでも回復できればいいんだけど。」
「魔法で回復できる体力と違て魔力は回復に時間かかるさかいにな……魔力濃縮薬でもあれば多少は早いんやろけど。」
確かにメイと2人で同時に拘束魔法を使えば成功率は上がる。
そしてポーション等が無くとも、魔力を今すぐメイへと供給できる手段もある、のだが。
「……少し時間をください。その間私とメイは動けないので、他のみんなは陽動をお願いします。」
「何か策があるのだな?承った。シャルム!本物の翼という物を魔王へ見せてやれ!」
「気休めやけど……!シャルちゃんにも身体強化魔法や!」
「ボクがんばる!いっくよー!」
頼もしく頷いたスクァマータさんがシャルムへと呼びかけると、メイに抱きかかえられていたシャルムがモニカの支援を受けながら、その美しい緑の翼を広げ空へと羽ばたいていく。
その間に私はメイの手を引いて、2人でモニカの後ろに隠れるように身を屈めた。
「……で、2人ともこそこそ何してるん……?」
「良いから貴女はそのまま前を向いて壁になっててください……メイ、もっと近づいて。」
「お、おう……?」
「ちょ、ちょっと何!?この子!凄い速さで飛び回って……!ああもう鬱陶しいっ……!」
「当たらない当たらない!遅い遅い!」
「きぃぃぃッ!!」
シャルムの見事な高速曲芸飛行に苛立った魔王が幾つかの氷の礫を飛ばすが、シャルムはその全てを軽々と避けて見せる。
その様子にますます腹を立てた魔王はムキになって、シャルムを撃墜しようと躍起になっているようだ。
陽動は上手く行っている。魔王の注意がシャルムへと向いている内に、こっちはさっさと事を済ませなければ。
「メイ、今からあなたに私の魔力を分けます。その為には通常は手などを繋いで魔力を徐々に送る方法が一般的なのですが──」
「今回は時間がありませんので、粘膜接触による方法で緊急供給します。いいですね?」
「え?も、もう1回たの──むっ!?」
恥ずかしさからかなり早口になってしまった私の説明が、メイはいまいち理解出来なかった様子。
だがもう一度ゆっくり説明している時間など当然無い。
だから私はそんなメイの頭を尻尾で引き寄せ、半ば無理矢理に唇を重ねた。
「ん!?!?」
驚いて目を見開き固まるメイの口内へ自らの長い舌を侵入させ、絡め取ってしっかりと接触する。
この時ばかりは自分の種族の特性に感謝しても良いかもしれない。
時間にして約10秒。これだけ分け与えれば魔法初心者のメイでも1回なら拘束魔法を撃てるはずだ。
「っ……拘束魔法の詠唱をしておいてください。タイミングはこちらで指示します。」
「ふぁ、ふぁい……。」
私はゆっくりとメイから顔を離した後、軽くローブの袖で口元を拭って静かにそう伝える。
互いに耳まで顔を真っ赤にしてしまっているが、今はそんな場合では無いのだ。
それにこんな充填方法、魔王に見られでもしたら何が起きるか。
他人を壁にして何をしているのかと問いたげなモニカの視線は、この際無視する物とする。
「……お待たせしました。こちらはいつでも行けます。」
「む、準備が整ったか。シャルム!急降下攻撃を見せてやれ!」
「わかったー!いくよーっ!」
「なっ、何っ……!?」
再びのスクァマータさんからの呼びかけによって、シャルムが更に高度を上げ魔王の頭上へと位置を取る。
それによって魔王の意識は完全に上方向へと引っ張られ、リングにいる我々は完全に視界から外れる。
そして今こそが、魔王を引きずり下ろすための最大の好機。
高速で呪文を詠唱しながらメイへと目で合図を送ると、メイはしっかりと頷いた。
「「スネーク・バインドッ!」」
「……きゃっ!?何!?嘘ッ!?」
ぴったりと重なった声と共にそれぞれから放たれた2匹の黒蛇が素早く伸び、魔王の両足へと巻き付く。
意識外からの攻撃に気づくのが遅れ、慌てて黒蛇を切断しようと尻尾を動かす魔王だが、時すでに遅く。
「そろそろ……降りてきてもらおうかッ!」
「やっ!?やだやだや──だぁっ!?」
既に自分を引きずり落とすための黒蛇をその手に掴んでいるスクァマータさんを見て、激しい焦りの色を示しながら必死に翼を動かす。
しかし今度は下へと意識を向けていた魔王へと、シャルムによる頭上からの強襲頭突きが見事に炸裂。
鈍い音と共に頭部へと強い衝撃を受けた魔王が、一瞬体勢を崩したその瞬間。
私達は黒蛇を思い切り引っ張り、魔王を地面へと引きずり落とした。
「落ちたッ!行くぞメイッ!」
「はっ!はい!」
「おっとと!大丈夫かいな?!」
「あたまいたぁい……!」
魔王が地面へと叩きつけられるや否や即座に動き出し、共に追撃へと向かうメイとスクァマータさん。
見事な強襲を決めたシャルムは墜落するようにふらふらと落下し、モニカにキャッチされる。
その間に私は脚に巻き付けていた黒蛇を操作し、魔王の尻尾と両翼を縛り上げて封じる。
「……っ!?ちょ、ちょっとまっ──!」
「戦に待ったは無用だッ!」
起き抜けに襲い来る剣士2人へ氷翼で防御を取ろうとした魔王だったが、翼も尻尾も動かせない。
そんな魔王の胴体へとスクァマータさんの灼熱大剣による重い一撃が直撃し、魔王はその氷の鎧を粉砕されながら、自らの張った結界へと背中から叩きつけられる。
だがそれでもまだ魔王の闘志は潰えていないらしく、即座に反撃しようと砕けた鎧や翼の再形成を図っている。
「はぁッ!!」
そこへメイの追撃が入り、双剣から繰り出される目にも止まらぬ斬撃によって、魔王は再びその尽くを打ち砕かれてしまう。
自らへ剣先を突きつけながら立ち塞がる兄へと、妹は悔しそうな表情でただ見上げている。
私達はそんな兄妹の方へと近づくと、少しだけ距離を取って2人を見守る事にした。
「……雪、お前の負けだ。もうやめにしよう。」
「……。」
優しく諭すようなメイの呼びかけにも、魔王は何も答えない。
只々、仮面の奥の赤い瞳に涙をいっぱいに浮かべながら、悔しげに下唇を噛むだけ。
そこで不意に、私と魔王の目が合ったかと思った、次の瞬間。
「──ッ!?」
「ベレちゃん!?」
いつのまにかリングの床の中を伝ってきていたらしい氷が、鋭い氷柱となって私の喉元へと突きつけられる。
迂闊に動けばこのまま喉を掻っ切られてしまうであろう事は、彼女の強く冷たい殺意の籠もった目を見れば明らかだ。
「ッ……雪!……もう1回だけ言うぞ。もう、やめるんだ。」
「……止めたいなら、その剣で私の首でも切れば?お兄ちゃん。」
メイからの最終通告に対しても強気な姿勢を崩さず、魔王は落ち着いた様子でそう答える。
例え兄に本当に首を落とされるとしても、嫌いな私だけは確実に始末をしようという強い意志を感じるようだ。
だがもちろん、メイはそんな事ができるようなタイプでは無い。それは妹も理解している。
「……ッ……!」
「……、……。」
その場にいる誰もが身動きを取れず、ただ時間だけが過ぎていくかに思われた、その時。
突然、メイが手に持っていた剣を落とし、静かに両手を上げた。
それは誰が見ても明らかな、武器を放棄し降伏を示すようなポーズ。
やはりメイには妹を本気で手に掛けるなんて事は、間違ってもできないのだろう。
そしてそれは最初から、私も分かっていた事だ。
「……ふっ。お兄ちゃんには無理だよね?だって私の事──。」
「雪。」
武器を捨てたメイへと、魔王が勝ち誇ったような声で何かを口走ろうとした、その時。
短く自分の名前を呼ぶ兄の声に遮られて、魔王の言葉が不意に止まる。
「……もし今やめるなら、唇までは許してやるが?」
「…………え?」
「なッ……!?」
小さくため息を零すようにしながら放たれたメイの言葉に、この場のメイ以外の誰もが驚いた。
この人はこんな時に何を。いや、それしか方法は無いのか。
何を馬鹿な事をと言いたい所だが、実際わかりやすく動揺し始めた魔王の様子を見るに、これが今メイに打てる最善の策なのかもしれない。
「え……っほ、本当……?」
「ああ、本当だ。」
「1日の回数制限もナシ!?」
「ああ、1日に何回でも良いぞ。」
「じゃっ、じゃあじゃあっ!……でぃ、でぃーぷな……大人のヤツも……?」
「……大人のヤツも、だ。」
「っ……!!」
そんな兄妹の会話で魔王の表情がわかりやすく明るくなると同時に、私の喉元へと突きつけられていた氷柱が音を立てて崩れていく。
「……負け、認めてくれるか?」
「……うんっ!この勝負、お兄ちゃんの勝ちで良いよ!」
優しい声でメイがそっと魔王の頭へと手を置くと、魔王は負けを認めメイへと飛びつく。
危うく命を奪われかけたこちらとしてはこの魔王に文句の1つでも言いたい所だが、それは後でも良いだろう。
ついさっきまで喧嘩をしていた兄妹が、あんなに嬉しそうに笑い合っているのだから。
◆◆◆
メイとアルシエラの兄弟喧嘩は終わり、結果として大会の優勝者はメイこと、ドラゴンマスクに決定した。
もちろんメイが魔族以外の種族の者をリング上へと召喚した事に対しては多少の物議を醸したものの、匿名魔族Aの「使える物は何でもアリのルールのはず。文句があるならかかってこい。」という一言によって、なんとか不問となった。
そして授与式を迎えドラゴンマスクとして壇上へと上がったメイに、布1枚を隔てた向こう側の魔王が側近に耳打ちなどされながら語りかける。
「……ドラゴンマスクよ、此度の優勝実に見事であった。」
「して、その証として汝には我との婚姻並びに、次なる魔王の座を継承する権利が与えられるわけだが……。」
「…………汝、これを受領するか?」
正体不明の魔王として、精一杯の威厳を示すような演技をする魔王だが、その声は僅かに震えている。
それは緊張からなのか、悲しさや虚しさからなのかは定かではない。
だが、それに対するメイの答えは既に決まっている。
「断るッ!!」
「…………了承した。では、これにて魔界一武道会を閉会とする。皆の者、戦った強者らに盛大な拍手を。」
苛烈極まる大会で優勝した上でそれを自ら断るという、他の魔族には到底理解できないような行動をするドラゴンマスク。
それに対し何も言わずただ受け入れる魔王の言葉に、会場全体が困惑気味な拍手に包まれる。
ただ私には、激しく落胆する魔王の姿が布越しにも透けて見えるような気がした。
本気で優勝を狙っていた魔族達からすれば、とんだ茶番に思えるだろうか。
かくして魔王にまつわる今回の事件は一応の解決を見せて、魔王は今後もしばらくはアルシエラが務める事となった。
◆◆◆
そして、翌日。
不法滞在になりそうなモニカら3人は早めにジーニアの手によって地上へと戻してもらい、残ったのは私とメイの2人。
これで何の気兼ねもなく魔界観光でもして帰れると思ったのも、ほんの一瞬の事。
「お兄ちゃぁ~ん!」
「はは……よしよし……。」
朝早くから私とメイの部屋へと突撃してきたかと思えば猫撫で声で延々とメイへ甘え擦り寄り続ける、すっかり妹へと戻った魔王。
そしてそんな妹へ苦笑しながらも、しっかりと頭など撫でて構ってやるメイ。
仲睦まじい兄妹の様子を横目に眺めながら、私は小さくため息を付く。
「朝っぱらから良くやりますね……。」
「え~何~?嫉妬~?別に兄妹だったらこれくらい普通だもんね~?ね!お兄ちゃん!」
「そ、そうだなぁ……まぁこのくらいは……なぁ?」
苦言を呈した私へ魔王が厭味ったらしく笑った後、メイへと同意を求めるようにまた擦り寄る。
小さく苦笑いを浮かべながらもそれを肯定するメイに、私はじとりとした目を向けた。
世間一般の兄妹は果たして本当にこんな感じなのだろうかと、私はまだ疑っている。
「……じゃあお兄ちゃん、おはようのちゅーしよ?ね?ね?」
「い、今か……?」
「……。」
勝ち誇ったような顔でちらりとこちらを見た魔王が、そんな事を言いながらメイへと顔を近づけようとする。
流石にメイも私に見られている前で事に及ぶのは躊躇われるのか、困ったような表情を浮かべている。
これも今後のメイとの平穏な生活の為に仕方がない事、と見て見ぬふりをしようと思っていた、のだが。
気がつけば私は、自らの尻尾を魔王とメイの顔の間へと割り込ませ2人が接触する事を妨害していた。
「……ちょっと、ベレノお義姉ちゃん?尻尾邪魔なんだけど?」
「っ……やっぱり、我慢できませんッ!!」
「ぎにゃっ!?」
「ベレノ!?」
こちらを少し睨むようにしながら尻尾を押しのけようとする魔王を、私が尻尾で勢いよく後ろへと押し倒す。
すると魔王は小さく悲鳴を上げながら、後頭部をベッドへと叩きつけられた。
頭では理解できているつもりでも、やはりそれは私の心が拒んでしまったのだ。
「普通の兄妹は兄妹でキスなんかしませんよ絶対ッ!頭おかしいんじゃないですか!?」
「だいたいメイもメイです!何であんな事……ッ!」
私は2人の間に身体で割って入ると、魔王とメイへと強く言い放つ。
いくら一人っ子の私でも、流石にそのくらいはおかしいと断言できる。
あの状況から私を助けるため仕方ない事だったとは言え、もう少し他に方法は無かったのか。
「ベ、ベレノ……落ち着いて?」
「落ち着けませんっ!だって……だってメイは私のですッ!!」
「おわっ……!?」
自分でも何を口走っているのかもわからないまま、感情に任せて叩きつけるように叫び、私はメイへと飛びつく。
メイはそんな私を優しく抱きとめながら、押し倒されるような形でベッドへと横になる。
「嫌です!誰にも渡しません!魔王にも!他のヒトにもッ!」
駄々をこねる子供のように喚き散らして、自分でもどうかしていると思いながらも、私はメイに思い切り尻尾を巻き付け強く密着する。
だがメイはそんな私の頭へと、そっと手を置くと優しく撫でてきた。
「……偉そうな事言ってたくせに、やっぱりそれが本音なんじゃん。」
「っ……!」
復活したらしい魔王の声で私は少し冷静さを取り戻し、来るであろう攻撃に備え身体を強張らせる。
しかし意外にもそのような攻撃は無く、むしろ魔王はそっと私の背中へと手を置いてくる。
「……一緒だよ。私がお兄ちゃんに抱いてる気持ちも。」
「そうだぞベレノ……好きな人を誰にも取られたくないって気持ちは、皆持ってるもんだ。……それを表に出すか出さないかは、別としてな。」
「……すいません……取り乱しました。」
頭と背中をそれぞれ撫でてくる2人に、自分の行動が急に恥ずかしくなってしまって、小さく謝罪する。
普段ならばこんな感情的になることは無いはずなのに。やっぱりメイが相手だからだろうか。
「別に謝る事じゃないって。……誰かを好きって気持ちは、決して悪い事じゃないんだからさ。」
「まぁでも~?あんまりウジウジしてちゃんと伝えなかったら、他の人に取られちゃうかもしれないし~?」
「……雪はもう少し、抑えなさい?」
「はぁ~い。」
そんな2人の言葉を聞いている内に私の目には何故だかじわりと涙が溢れ出して、やがて流れ落ちる。
その涙を誤魔化すように私はメイの首元へと顔を埋めながら、ゆっくりと口を開く。
「……、……っアルシエラと、その……してもいいですけど……したら、その倍の数、私ともしてください。」
「お、お……?!」
「へぇー……?だってさお兄ちゃん?どうするの?」
我ながら馬鹿げた要求だ。これではまるで魔王のようだ。
だけどそれが私ができる最大限の妥協点であり、精一杯の我儘だ。
らしくない事を言う私にメイは少し驚いたようで、頭を撫でていた手がぴたりと止まった。
「うーん……その回数によっては、俺の唇擦り切れて無くなっちゃいそうだけど……頑張るよ。」
「ふっ……!あははは!そんな訳無いじゃん!もーお兄ちゃんってばどんなの想像してるの?えっちなんだから~!」
「ち、違うって!別にそういう意味じゃ……!」
メイらしい答えをする兄と、それを聞いて笑いからかい始める妹。
2人のじゃれ合いのような会話を聞いていると、涙もどこかへ消えてしまいそうだ。
そこへ突然部屋の扉が叩かれ、訪問者が現れる。
「アルシエラ様……ここにおられますか?少々お力をお借りしたく……。」
「んもー……また襲撃者?しょうがないなぁ……。……ん!じゃ、お兄ちゃん!また後でっ!」
「!?……あ、ああ。またな……。」
扉の向こうから響くジーニアの声に少し不満げな表情をした魔王が、不意打ちのようにメイの頬へと短くキスをして、元気よくベッドから飛び出していく。
そうして結局ベッドの上にはメイと、そのメイに激しく絡みついた私だけが残されてしまう。
私はそんなメイと目を合わせるが、何を言えば良いかわからず、静かに視線をそらす。
「あー……その、なんだ。……これからも、こんな感じで色々騒がしかったりするかもしれないけど……ベレノは、大丈夫そうか?」
「い、嫌だったらいつでも言ってくれ!俺なりになんとか改善するからさ……!」
少し気不味そうな様子のメイが苦笑いを浮かべ、頬などを掻きながらそんな事を聞いてくる。
その様子に私は思わず小さく笑って、穏やかな気持ちで静かに口を開く。
「ふふ……。きっと今後も色々なトラブルに嫌と言うほど巻き込まれるのでしょうね。」
「……だけどきっと、あなたとならそれも乗り越えられると思います。」
「ベレノ……。」
そっと頬へと添えられたメイの手に自分の手を重ねるように添えて、私はゆっくりと顔を近づける。
出来ることならばいつまでも、この温もりの側に居られる事を強く願って。
「だから……それでも私はあなたと──。」




