第21話『匿名魔族A』
ざっくり登場人物紹介
ベレノ:ベレノ・マレディジオネ。23歳。身長はだいたい160cmくらい。今作の主人公。黒いボサ髪に紫の瞳を持つ、ラミア族の呪術師の女性。勇者パーティのリーダーであり親友であり弟子であるメイにクソデカ感情を抱いている。ついにメイとの仲に進展があった幸せラミア。大会で激闘を広げるメイを見守る。
メイ:メイ・デソルゾロット。18歳。身長は162cm。『それでも俺は妹が一番可愛い。』の主人公。ドシスコンの社会人男性、ホムラ テンセイの魂を持つ勇者系金髪お嬢様。天然たらしの側面があり、ベレノの情緒を狂わせる。自分なりの答えを決め、それらしく振る舞おうと奮闘中。うっかり地雷を踏み抜くと大変な事になるシスコンバーサーカー。
アルシエラ:アルシエラ・ドラゴなんとか。見た目は12歳だが、実年齢は不詳。身長147cm(角を含まない)。またの名を、ホムラ ユキ。メイの前世にあたるテンセイの妹。今は魔王をやっているが、本人は魔王の座にはあまり執着が無い。頭の中は愛する兄の事でいっぱい。
第21話『匿名魔族A』
魔界一武道会のスペシャルシード枠として出場したメイと、件の魔族アグニルの激しい戦いを観客席で見届けた私は、メイが控室へと戻っていくのを確認して急ぎ自らも控室へと移動する。
炎対策の指輪があったとは言えアグニルの爆炎をまともに受けたのだ、恐らくかなりのダメージになっているだろう。
「メイ……ッ!無事ですか……!?」
「お、ベレノ……何とかおかげさまで。」
私がメイの控室の扉を勢いよく開けると、そこでは既にジーニアがメイへ回復魔法をかけてくれている所だった。
少し疲れたような表情で手を上げて応えるメイの手には、先程の戦いで再び破損したと思しき赤い宝石の指輪が輝いていた。
あの指輪はまたしてもメイの命を救ってくれたようだ。
「臓器の1つや2つくらいは覚悟しておりましたが……思いの外軽傷で良かったですな、テンセイ殿。」
「怖いこと言わないでくださいよジーニアさん……。」
治療を終えたらしいジーニアが笑いながらそんな事を言うのに対し、メイは苦笑いを浮かべる。
何はともあれ、大怪我をしなくて済んだようで良かった。
だが大会優勝まではまだあと一試合残っている。完全に安心するにはまだ早い。
決勝まで勝ち上がってきているということは、先程戦ったアグニルと同等かそれ以上の強者という事だ。
しかもそっちの選手に関しては時間が足りなかった事もあり、殆ど情報が集まっていない。
「ま、決勝戦が始まるまではもうしばらくありますから……少しでも身体を休めておくと良いでしょうな。」
「そうします……そういえば、うちの妹は……?」
ジーニアからの助言通りベンチに寝そべるような形で横になるメイが、未だに帰ってきていない様子の魔王の所在について尋ねる。
やはり応援するのが嫌になってどこかへ逃げてしまったのだろうか。メイがこんなになって必死に戦っているというのに、全く身勝手な魔王だ。
「さぁ……あれから私も姿はお見かけしておりませぬな。案外、観客席でテンセイ殿の勇姿をご覧になっていたかもしれませんが……。」
「だと良いんですけど……なんか心配で……。」
こんな状況になっても妹の心配ばかりしているメイに少し呆れながら、私はベンチの端へと腰掛ける。
そしてメイの頭へと手を乗せると、ゆっくりと撫で始めた。
「他人の心配より今は自分の身を考えてください……まだ優勝が決まったわけじゃ無いんですからね。」
「わかってるって……でも大丈夫大丈夫。いざとなったらとっておきもあるし……。」
「もうっ……。」
撫でられ心地よさそうに目を閉じながら楽観的な返事をするメイが私はやっぱり心配で、ついつい撫でる手に力が入ってしまう。
「……私、お邪魔ですかな?これは失礼……ほっほっ。ではまた決勝が始まる前あたりに強化魔法をかけ直しに参りますので……。」
突然口を開いたかと思えばにまっとした生暖かい笑みを浮かべて、ジーニアは景色に溶けるように消えていく。
余計な気を遣わせてしまったようだが、折角なのでその気遣いに甘える事にしよう。
「メイ……頭、少し上げてください。」
「ん?ああ……。」
硬いベンチに横になっているメイを見かねて、私はそっとメイに頭を上げるように促す。
そうして上げられた隙間へと自らの尻尾を滑り込ませて、自らをメイの枕代わりにした。
「あまり寝心地は良くないかもしれませんが……ベンチよりはマシなはずです。」
「ありがとうベレノ……結構心地良いよ、このあたりとかちょっとぷにっとしてて……。」
「っ……!」
膝枕ならぬ尻尾枕に頭を預けたメイが、目を閉じたまま小さく笑いながら何気なく私の蛇腹へそっと触れる。
何だかその感覚がくすぐったくて、私は小さく身体を震わせた。
「……どうして、そこまでアルシエラのために頑張れるのですか?」
私はそっとメイの頭を撫でながら、何気なく問いかける。
ああも身勝手で我儘な存在を、果たして妹だからという理由だけで庇い続ける事ができるのだろうか、という疑問だ。
きっと私がメイなら早々に諦めて見限ってしまうだろうから。
「んー……雪のためっていうより、今回のに関してはほら……俺の我儘みたいなところもあるからさ?」
「我儘……ですか?」
片目だけを開けてちらりと私の方を見るメイの顔を、私は小首を傾げながら覗き込む。
あなたの我儘なんて彼女のに比べたら、無いも同然だと思うのだけど。
「本当ならやっぱ、妹が自分の意思で結婚するって言ったなら……そこは兄貴として盛大に祝ってやらなきゃだろ?」
「だけど俺はそれが本心からは受け入れられなかったし……あんなに思い詰めてた雪の気持ちにだって、向き合おうとして来なかった。」
「けどやっぱり……俺にとっては雪は世界で一番可愛い妹で、大事な家族なんだ。」
「だから俺は……俺の我儘として妹の結婚に反対するし、その上で妹の願いには応えない。」
再び両目を閉じながら、つらつらと自らの意思を改めて示すように語っていくメイ。
一見物凄く滅茶苦茶な事を言っているようにも聞こえるが、それが彼女の兄としてのメイの最終決定なのだろう。
「……何か改めて自分で言うと、俺って結構最低か?」
「まぁ……多少は?」
「だよな……はは。」
一瞬冷静になったように目を開いて私の方へと確認を取るメイに、私は小さく頷いてそれを肯定する。
妹と他人の結婚の邪魔はするし、かと言って妹に結婚を迫られても頑として断る。
確かに字面だけ見れば最低なお兄ちゃんかもしれない。
「……もしベレノと出会わなかったら、本当に妹と結婚する未来もあったのかな……なんて考えはするけど。」
「でもきっと、その未来は幸せにはならないよな……。」
「……それは何故です?」
僅かに目を開けてぼやくように語るメイの額へそっと手を乗せながら問い返す。
何となく私なりにも答えは想像できてしまうのだけれど。
「……雪の思い描いている理想のお兄ちゃんって奴に、今の俺はきっと応えられなかったと思うから。」
「ま、その場合そもそも雪にも会えないどころか勇者にさえなって無かったかもしれないけどな?」
「そうかもしれませんね……。」
真面目な声で答えたかと思えばすぐ、冗談めいた笑みを浮かべておどけて見せるメイに、私も小さく微笑み返す。
あの偶然の出会いも、ここまでの旅路も。全てが奇跡の連続のような気がして。
きっともう一度同じように世界が回ったとしても、それはまた今とは違った結末を迎えてしまうのだろう。
「……ベレノ。」
「ん……はい?」
何となしにこちらへと伸ばされたようなメイの右手を捕まえて、私はその手の甲へとそっとキスをしてから返事をする。
するとメイは少しだけ驚いたような表情をしてからゆっくりと身体を起こすと、こちらを向いて少し照れくさそうに笑う。
「どうせするなら……な?」
私に捕まえられた右手で今度は反対に私の手を捕まえるようにすると、メイは静かにその手を自らの方へと引き寄せて来る。
だから私はその流れに乗るようにしてそっと身体を前へと倒すと、自ら重ねて見せた。
思えばこうして重ねる時はいつもメイの方からで、私の方から重ねたのはこれが初めてだっただろうか。
いつもは目を閉じてしまって見えないメイの表情が、今はこんなにもはっきりと分かってしまう。
どこか恍惚としたような優しい青の瞳が、たまらなく愛おしいと感じさせる。
「っは……、……メイ。」
その愛おしい表情につい欲が出てしまって、もう一度と息を整えようとしたその時。
「ッ!?地震か……!?」
「……っ!!」
突如として爆発音にも似た音と共に、地震のような大きな揺れが私達を襲う。
揺れに驚いたのはメイも同じだったが、メイは咄嗟にも関わらずまるで私を守るようにして、その腕の中へと抱き締めてくれた。
そんなメイとは別の意味でドキドキさせられてしまった私だったが、ふと急に頭に嫌な予感がよぎり立ち上がる。
「……いえ、そんなまさか……。」
「お、おいベレノ?どうしたんだよ……?」
急ぎ控室から廊下へと出た私の目に、何部屋か離れた控室の扉から何か煙のような物が出ている光景が飛び込んでくる。
控室に残っている選手など、もうメイを含めても数える程しか居ないはず。
それにアグニルはさっき医務室へと運ばれていった筈なので、だとするとあの部屋は恐らく──。
「何だ……まさか火事か?!」
「いいえ……もっと最悪な物です。」
心配そうな表情で事件が発生していると思わしき控室の方を見るメイだが、突如としてその控室の鉄扉が何者かによって内側から蹴破られ、大きな音を立てて廊下へと転がる。
その中から姿を現したローブ姿の小さな人影が、こちらを認識したかと思えば、次の瞬間には姿を消していた。
思えばいつもそうだ。私とメイが良い雰囲気になると、ほぼ必ずアレが邪魔をしに現れる。
やはりアレとの決着は遅かれ早かれ、きっちりとつけなければならない運命のようだ。
「今のってまさか……違う、よな……?」
「……だと良いんですけどね。」
◆◆◆
あれからしばらくして、控室で決勝戦の開始を待っていた私とメイの元へ、ある衝撃的な情報が伝えられる。
それはこの後メイが決勝で戦うはずだった相手の選手が、何者かによって襲撃を受け戦闘不能になってしまったという物だ。
ならば決勝は不戦勝という形でメイの優勝になるかと思われたが、どうやら事態はそう甘くはない。
その襲撃犯と見られる乱入者が、出場予定だった選手の代わりに決勝の舞台へ立つと言うのだ。
正直言って今すぐに抗議をしたいくらいには無茶苦茶な決定だが、私はその抗議が無意味な事を既に理解していた。
「大変長らくお待たせ致しましたァッ!少し前に発生した予期せぬハプニングによって騒然となった今大会ですが、先ほど正式に大会運営者から決勝戦の続行が通達されましたッ!!」
突然の襲撃騒ぎによってざわついていた場内が、アナウンサーのその一言によって一気に沸き立つ。
そんな中、私とメイは大会運営者からの案内に基づいて、先ほどの試合と同じように入場ゲート付近で手を繋ぎながら待機をしている最中だ。
襲撃者だろうが何だろうが、決勝にまで勝ち残った強者を倒したという実力だけは本物だ、というあまりに魔族らしい理由で、メイとその襲撃者による決勝戦が今まさに始められようとしている。
「……そういえばジーニアさん、戻ってこなかったな。」
「そうですね……あの方も一応大会の運営側ですから、事件の対処に追われているのかも知れません。」
決勝の前に身体強化の魔法をジーニアにかけ直して貰う手筈だったのだが、結局ジーニアが戻って来る事は無かった。
謎の襲撃者の事もあり、なるべく万全な状態でメイには戦って欲しかったのだが、こればかりは仕方がない。
「それでは選手入場です!まずはエキシビションマッチにて見事!優勝最有力候補だったアグニル・デッドバーン選手を打ち倒し、決勝へと勝ち上がった強者ッ!」
「容赦なき魂砕き!ドラゴォォォンッ!マスクゥゥッ!!」
相変わらずのハイテンションなアナウンスが、メイのリング入場の時を告げる。
いよいよ決勝戦。私とメイの今後の運命を左右するかもしれない最後の戦いが始まる。
「ソウル……?……まぁとにかく、行ってくるよ。じゃあまた後でな、ベレノ。」
「……信じて、待ってますからね。」
黒い仮面をしっかりと付け直して手を振るメイに、私はしっかりとメイの目を見てそれだけを伝える。
何があってもメイはきっと私の所へ帰ってきてくれると強く、信じて。
メイがリングへと上がり手を上げて観客達へ応えると、場内はまた一層の盛り上がりを見せる。
「そしてそしてェ!それに対するは今まさに話題沸騰中の襲撃者!匿名魔族ッA選手だァァッ!!」
奇妙な内容のアナウンスと共に反対の入場ゲートから姿を現したのは、少し前に控室前の廊下で目撃した、ローブ姿の小さな人影。
決勝進出を決め控室で待機中だった相手選手を襲撃し、一撃で戦闘不能へと追い込んだという噂からか、観客達からの歓声の半分くらいはブーイングが混ざっている。
だがそんな事など全く気にしていないような足取りで、その魔族Aはさっさとリングへと上がり込む。
「襲撃目的も名前も経歴も一切が謎に包まれているA選手ですが!決勝まで勝ち上がっていたマッセーヌ選手を戦闘不能へと追い込んだ、その実力だけは確かなようですッ!」
「さてはて、スペシャルシードでの電撃参戦者ドラゴンマスク選手と!完全に予定外の乱入者、匿名魔族A選手による前代未聞の決勝戦が今まさに始まろうとしていますッ!」
「ですがまずはやはり2人の選手には恒例のインタビューを──!?」
先程のメイとアグニルの時の試合と同じように、アナウンサーが開始前のインタビューを行おうとした、その時。
魔族Aが軽く手を上げたかと思えば、試合開始を告げる為のゴングがひとりでに打ち鳴らされる。
「おおっとぉ!?試合開始のゴングが勝手にッ!インタビューなどいいからさっさと始めろと言う事かァーッ!?」
「鳴ってしまった物は仕方がありません!それでは決勝戦ッ!レディィィ!ファイッッ!!」
遂に最後の戦いの幕は開き、メイと魔族Aによる魔界一武道会決勝戦が開始された。
◆◇◆
フライングのように鳴り響いたゴングの残響を聞きながら、俺は剣を抜くこともせず眼前の相手へと目を向ける。
アナウンスでは匿名魔族Aなんて呼ばれていたが、こうして対峙した俺にはその正体がはっきりとわかってしまっていた。
だけど何故、何故ここに居る。俺や皆が一体、何のためにあれこれと準備に走り回ったと。
「……雪!何でだ!そこで……ッ!何をしてるんだッ!?」
俺はざわつく自分の胸を鎧の上から強く押さえながら、叩きつけるように妹の名を叫ぶ。
「あはっ……気づいてたんだ。お兄ちゃんの事だからきっと、私が言うまで気付かないと思ってた。」
「そんなわけ……っ!でも、何で……ッ!」
古びた黒いローブを身に纏ったままの妹が、小さく笑いながら拍手など贈ってくる。
例え魔王になったって本質的には変わらないはずの俺の妹が、どうしてだか今は何かが違って見えた。
「私……気づいちゃったんだぁ……。お兄ちゃんを男の子に戻せないなら……私が男の子になっちゃえばいいんだって!!」
突然奇妙なことを口走ったかと思えば、雪はそれまで纏っていたローブを勢いよく脱ぎ捨てる。
それと同時に俺のと似たような形の仮面を瞬時に形成し、その顔を覆う。
「あははははっ!!見てお兄ちゃん!どう?私、こっちでも可愛いでしょ!?」
「ッ……!?……ああ、可愛いよ!でも──ッ!」
楽しそうに笑いながら両手を広げてくるりと回って見せる雪。
そんな妹への身体的な違和感に、俺はそこでようやく気がついた。
どうやら俺に試し失敗に終わった、あの性別反転魔法を自分自身へとかけてしまったらしい。
「じゃあ、良いよね?お兄ちゃん。」
「ッ!?」
雪がその脚を一歩前へと踏み出したかと思った次の瞬間。
いつの間にか俺の懐まで入り込んでいた雪の嬉しそうな顔が、鼻先がぶつかりそうな程の距離まで近づく。
そんな雪の行動に俺は反射的に後ろへと飛び退き、咄嗟に距離を取ってしまう。
拒絶するつもりなど無いのは、自分でもわかっているのに。
「大丈夫だよお兄ちゃん?そんなに怖がらないで……私と一緒に、幸せな家庭……つくろ?ね?」
「お兄ちゃんならきっと……とっても良いお母さんになれると思うから……ね?」
どこか狂気じみてさえいるような笑顔を浮かべながら、雪は両手を広げて俺の方へと一歩、また一歩と徐々に近づいてくる。
本来であればこちらから抱き締めてやりたい可愛さな筈の妹の姿が、何故か今ばかりは酷く恐ろしい存在に見えた。
「……っ……雪、止まるんだ。こんな事、しちゃいけない……!」
激しく躊躇をしながらも、俺は震える手で何とか腰のミスリル銀の片手剣を抜く。
だがやはりどうしてもその切っ先を自らの妹へ向けることはできず、刃は下を向いたままだ。
そこでふと俺の視界の端にいつの間にかリング縁へと近づいてきていたらしいベレノとジーニアの姿が映る。
「ベレノッ……!?」
「あーあ、お邪魔虫……でも残念でした。外からは入れないし、中からも私が許可しないと出られないよ~?」
そう言われて初めて俺は、アナウンスや観客達の声はもちろん、すぐそこで見えない壁のような物を叩きながら必死に何か叫んでいる様子のベレノの声が、こちらへは届いていない事に気がついた。
どうやら試合が開始されて間もないタイミングで俺は、妹と2人このリングの中へと結界か何かで閉じ込められてしまっていたようだ。
「だから……ね?お兄ちゃん、諦めてよ……。そんな危ない物しまって……2人で一緒に愛し合お?」
「雪……ッ」
再び向けられた可愛いはずの妹の笑顔に俺は底知れない恐怖のような物を感じ、背筋が震える。
何とかして妹を落ち着かせ、この状況を抜け出さなければならない。だがどうすればいい。
それでもやらなければ、何もかもが滅茶苦茶になってしまう事だけは理解しているつもりだ。
「……言う事聞かない悪い子には……兄ちゃん、ちょっと本気で怒るからな……っ!」
「あは……いいよ。チャンバラごっこだね?昔よく2人でやったよね……新聞紙丸めてさ……。」
小さく息を吐いて気合を入れ直し、俺は妹へと切っ先を向けしっかりと剣を構え直す。
するとまた雪はにっこりと笑ったかと思えば、俺のを真似たような氷の鎧と氷の剣を形成して見せる。
「お兄ちゃんは優しいから……私が攻撃したらすぐ負けたフリしてくれてたけど……。」
「正直アレ、あんまりおもしろくなかったよッ!!」
ゆらりと揺れるような初動からは想像もできない程の速度で間合いを詰め、雪はその鋭い氷刃を俺へと振るう。
「っぐぅ……!?」
咄嗟にそれをなんとか自らの剣で受け止め防御したものの、妹の細腕からは想像もできない程の強い力によって俺はアグニルの時よりも更に大きく弾き飛ばされる。
先程の試合とは違って身体強化魔法が切れた今の俺では、転ばないように何とか着地するのがやっとだ。
これが今の雪の、魔王としての本来の力だとでも言うのか。
「いっつもそう……何でもかんでも自分のことは二の次で、私ばっかり優先してさぁ……。」
「可愛がってくれるのは嬉しいよ……?でも一度だって私と真剣に向き合って遊んでくれた事……あったかなぁ!?」
先程の攻撃で欠けてしまったらしい氷の刃を再生成しながら、雪がまた一気に間合いを詰めて襲い来る。
「それはッ……!雪が泣いたり悲しくなったりしないように……ッ!」
「それッ!そういうとこだよお兄ちゃんッ!何なの!?その気になればいつでも私なんて負かせるみたいなさぁ!そのッ!余裕ッ!!」
「……違うッ!」
「何が違うの!?」
太刀筋も何も無い、感情に任せたような我武者羅な刃をなんとか剣で受け続けながら、俺は隙を見て妹の氷剣を破壊する。
激しい攻防によって互いに激しく呼吸を乱しながら、至近距離で睨み合う。
「俺はッ……俺はただ!雪にいつも笑っていて欲しかっただけだ……ッ!」
「っ…………はぁー……。」
自分で口にして、少し泣きそうになる程の必死な思いで、俺は雪へと自らの本音をぶつける。
だが雪はそんな俺へと仮面の奥から冷めたような目を向けながら、深く長い溜息をついた。
「……そんな都合が良いような事ばっかり言って。」
「私が本当にして欲しい事には、応えてくれないくせに……。」
吐き捨てるようにそう呟く雪の背に大きな氷の翼と長い尻尾が生成され、やがて宙へと浮かび上がっていく。
そうしていつか見た、巨大な氷柱にも似た氷の槍を高速回転させながら、雪はその切っ先を俺の方へと向けてくる。
「大丈夫……次、目が覚めた時には、全部終わらせておくから……だからちょっとだけ、おやすみ。お兄ちゃん。」
氷の槍が放たれる間際、ほんの一瞬だけ見えた妹の淋しげな表情。
絶望にも似た感情に呆然とするだけの俺の心とは反対に、俺の身体はいつかのように勝手に動き出す。
超高速で風を切り飛翔する氷槍の側面を、滑らせるように刃を走らせ方向を逸らした後、俺の右腕はその手に握ったミスリル銀の剣を妹目掛けて思い切りぶん投げた。
「ッ……!?」
突然飛んできた剣が自らの氷翼へと深く突き刺さり、かなり驚いたような顔をする雪。
自分の意思での行動と言うよりは、この肉体に刻まれた本能的な反撃だったのかもしれない。
それは奇しくも、この決勝戦が始まってから初めて俺から雪へと向けた、明確な攻撃行動であった。
「……何?お兄ちゃん。もうヤケになっちゃったの?剣なんかぶん投げて……それとも今の、本気で私を狙ったつもり?」
翼へと突き刺さった剣を引き抜き、雪は俺へ呆れたような表情をしながら剣をぽいっと投げ返してくる。
だから俺はリングに落ちたその剣を拾い上げた後、軽く振り回して再びその切っ先を雪へと向ける。
折れかけた俺の心とは対照的に、肉体は戦えと言っているようにさえ感じていた。
「……咄嗟に出た自分の行動に俺自身、びっくりしてるよ。」
「けど、今ので覚悟は決まった……こっから先は本気の兄妹喧嘩だ、雪ッ!」
「今日の兄ちゃんは……大人げ無いぞッ!!」
しっかりとそう宣言するや否や、俺は剣の切っ先をリングの石畳へ擦り付けながらあちこち走り始める。
このまま雪と本気で戦った所で俺ひとりでは正直な所、勝ち目は薄いだろう。
だからこそ、援軍を呼ぶ必要がある。大丈夫だ、ちゃんと形は覚えている。
「……いいよ。お兄ちゃんがそこまで言うなら……ボッコボコにしてあげるからッ!」
本気の兄妹喧嘩と聞いてその気になったらしい雪の、氷槍による容赦の無い連続攻撃が俺へと降り注ぐ。
それに対し俺は素早くもう片方の剣も抜き、2本の剣でその殆どを捌き切って見せる。
受けるより避けたほうが安全なのは確かだが、それでは俺の企みが失敗するかもしれないからだ。
「ふーん……じゃあこれはどう!?お兄ちゃんッ!私の想い……受け止めてよッ!!」
「い゛っ!?……ちょっとそれは兄ちゃん潰れちゃうかもッ!」
物量ではダメと判断した雪は次に巨大な氷塊を形成し始め、質量による攻撃へと切り替えてくる。
あんな物がリングへと着弾したら確実にリングが破壊されて、折角走り回ったのが全部無駄になってしまう。
だがあんな巨大な氷塊、この片手剣ではとても──。
そう諦めかけた時、リング上へと無造作に放置されたままの大きな剣へと目が留まる。
「あれって……!一か八かだッ!!」
咄嗟の判断で駆け出し拾い上げたこの重く巨大な剣は、先程の試合でアグニルが使用していたあの剣だ。
そしてベレノが調べてくれたアグニルの事前情報によれば、確かアグニルはこの剣を使って城壁を焼き切ったとか言う話だった筈。
詳しい使い方はわからない。考えている暇もない。兎に角ぶっつけ本番の一発勝負で、何とかするしか無い。
要は、加熱すれば良いのだろう。
「燃えあがれッッ!!」
右手人差し指にはめたアグニル対策の指輪を剣へと押し付けると、俺はありったけの魔力を流し込む。
俺の感情に呼応するように激しくうねる炎が指輪から吹き出し、燃え広がるようにアグニルの大剣を包みこんでいく。
それが終わると同時に、まるで役割を終えたとでも言うように指輪の赤い宝石は砕け色を失った。
「ぬ、ぅ゛あ゛ぁ゛ッあ゛あ゛あ゛ぁーッ!!」
そうして落下を始めすぐそこまで迫っていた氷塊へと、俺は雄叫びを上げながら渾身の力で大剣を放り投げる。
すると氷塊へと直撃した炎の刃が分厚い氷を割き溶かし、見事木っ端微塵に破壊した。
「……ふーん?やるじゃんお兄ちゃん?」
「っはぁ……っはぁ……!やった……!っ……!?」
何でも無いように装いながらも、少し驚いているような雪の反応を見ながら、俺は喜び小さく飛び跳ねる。
だがその直後身体から大きく力が抜けるような感覚に襲われて、俺はリングへと膝をつく。
どうやら今ので一気に体力と魔力を消耗しすぎたらしい。後の事まで考えている余裕など無かったのだ。
「あれあれ~?お兄ちゃん、もしかしてもう降参?本気の兄妹喧嘩、するんじゃなかったの~?」
「っく……雪……!」
勝利を確信した雪が膝をついたまま立ち上がれない俺の所へ、煽るためにわざわざ降りてくる。
可愛いけどムカつく。ムカつくけどやっぱり可愛い妹。
魔王と人間では、例え最強の勇者の肉体と言えどその能力差はあまりに大きいのか。
「諦めて私のお嫁さんになろうよ。ね?お兄ちゃん?」
「っはぁ……っく……そう、だな……雪……。」
「お兄ちゃん……!」
目の前まで来てしゃがみ込んだ妹へと、俺は助けを求めるように震える手を伸ばす。
すると嬉しそうに目を輝かせる雪が、俺のその手を掴もうとした、その時。
俺は雪の右手からまるで騙し打ちのように、氷鱗を無理やり1枚引き剥がした。
「いっ……たぁい!?」
「悪いな雪……兄ちゃん、こう見えて結構負けず嫌いでな!諦め悪いんだわッ!!」
予想もしていないであろう俺の不意打ちに、雪は手の甲を押さえながら大きく飛び退く。
魔王の氷鱗には大きな魔力が秘められているという事を、以前にリリヤから聞いたのを思い出したのだ。
奪った氷鱗を強く握りしめ、俺は拳をリングへと叩きつける。
対アグニルとその後の決勝戦用に用意したとっておきを、まさかこんな形で使うことになるとは思わなかったが。
あの日の夜ちょっとした好奇心から質問し、ベレノに教えてもらって編み出した俺流の召喚魔法。
「ッな、何!?」
「来てくれ……ッ!ベレノーッッ──!!」
いつも俺の一番近くに居て、俺にとって最も信頼できる仲間の名を叫び、強くイメージする。
瞬間、魔王の鱗に秘められたとてつもない量の魔力が、俺が走り回りながら石畳へと刻みつけた召喚魔法陣へと流し込まれる。
そして俺と妹が立つ決勝のリングは、魔法陣が放つ白く眩い光に包まれた。




