第20話『見参、ドラゴンマスク!』
ざっくり登場人物紹介
ベレノ:ベレノ・マレディジオネ。23歳。身長はだいたい160cmくらい。今作の主人公。黒いボサ髪に紫の瞳を持つ、ラミア族の呪術師の女性。勇者パーティのリーダーであり親友であり弟子であるメイにクソデカ感情を抱いている。ついにメイとの仲に進展があった幸せラミア。アルシエラからメイへの気持ちを知り、少しその認識を改めた。
メイ:メイ・デソルゾロット。18歳。身長は162cm。『それでも俺は妹が一番可愛い。』の主人公。ドシスコンの社会人男性、ホムラ テンセイの魂を持つ勇者系金髪お嬢様。天然たらしの側面があり、ベレノの情緒を狂わせる。自分なりの答えを決め、それらしく振る舞おうと奮闘中。妹の気持ちに真剣に向き合い、その上でケジメをつけるべく魔界一武道会へと出場する事に。
アルシエラ:アルシエラ・ドラゴなんとか。見た目は12歳だが、実年齢は不詳。身長147cm(角を含まない)。またの名を、ホムラ ユキ。メイの前世にあたるテンセイの妹。今は魔王をやっているが、本人は魔王の座にはあまり執着が無い。企みが失敗した上に恋敵と兄が結婚を決めていた事を知り、かなり落ち込んでいる。
第20話『見参、ドラゴンマスク!』
魔王からメイへの唐突な求婚をきっかけとして、ついに魔王の企みの全貌が明らかとなった。
それは対象の性別を反転させる魔法によって、メイを自分の知る兄本来の性別である男性へ戻し、強引に既成事実を作り上げてしまおうというとんでもない計画だった。
しかし何故かその肝心の魔法はメイへは通じず、メイと側近から叱られるような形で魔王の企みは強制終了。
私達はその尻拭いとも言うべき事後処理をさせられる羽目になってしまったのだった。
妹の結婚を阻止するためにメイが魔界一武道会への出場を決めた後、魔界城周辺の探索や歓迎の晩餐会やらを終えて、私とメイは賓客用に用意された豪華な部屋へと通されていた。
「……メイ、まだ起きてますか……?」
宿屋のベッドとは比べ物にならない程の広く大きなベッドに寝転びながら、私は隣のベッドに居るはずのメイへそっと声を掛ける。
今日一日で色々とあった疲れもあり、私達は早々に灯を落とし就寝の準備へと入った、はずだったのだが。
何というか、落ち着かなくて眠れないのだ。もちろんベッドが広すぎる事もあるのだろうが、それ以上に何だか──。
「……やっぱベレノも眠れないか?」
少しして、何やら笑っているようなメイの声。
魔界の空に浮かぶ紫色の月のような物の放つ怪しげな光が、部屋の窓から差し込んでメイのシルエットを浮かび上がらせる。
どうやらメイも眠れずまだ起きていたようだ、と私は上体を起こしてメイの方へと顔を向けた。
私が枕を抱えながら少しの間を置いて、メイへと話しかけようと口を開いたその時。
「あの」
「あのさ」
「っ……どうぞ、お先に。」
「あ、ああ……ごめん。えっと……。」
同じように喋り出そうとしていたらしいメイと喋り出しが被ってしまい、打ち消し合うように沈黙。
そんな一瞬の気まずさの後、私はメイへと話す優先順位を譲り渡す。
「……その、もし良かったら……そっち、行ってもいいか?」
「……!……ふふっ、今同じことを聞こうと思っていたところです。」
「あ。そ、そう……?」
唐突なメイからの問いかけに、私は小さく笑って返答する。
まさに今私がメイへと尋ねようとした内容が、そのままメイの口から出てきたのだから。
だけどきっとこの場合は、ベッドが広すぎて落ち着かないとかそんな理由に決まっているだろうけど。
照れたように笑うメイに私はそっと布団をめくって出迎える。
「なんか、ほら……落ち着かなくてさ。ここの所ずっと寝る時はベレノと一緒だったからかな……。」
「そうですね。私もベッドが広くて……え?」
「え?」
もそもそと私のベッドへと潜り込みながらぽつりとそう漏らすメイへと、いつものような調子で返そうとして違和感に気付き、私は一瞬固まる。
私の耳が確かなら今メイは、ここの所ずっと私と一緒だったから1人で寝るのは落ち着かない、と言ったのか。
それはつまり、そういう事だろうか。いや、そもそもよく考えればメイは生まれも育ちもお嬢様で、屋敷のベッドだってこれくらいは──。
「……一緒に寝てもいいか?」
「っ……はい。」
少し恥ずかしそうにしながらも甘えるように私の手にそっと触れてくるメイの手を強く握り返し、私はこみ上げる物をぐっと堪える。
どうしたのだろうか。メイの方からそんな事を言ってくるなんて、珍しい。
「何か、広いベッドでこうしてると……屋敷にいた頃を思い出すな。」
「……そうですね。あの時は……主に私がメイのベッドに潜り込んで居ましたけど。」
こちらへと体を預けるようにもたれかかってくるメイの体温に私は少しドキドキしてしまいながらも、しっかりと腕を絡めてそれを堪能する。
無事に魔界へと到達し約束通り魔王とも再会できた事で、ある意味気が緩んでいるのだろうか。
こうして甘えてくれるのは、とても嬉しい事なのだけれど。
「……なぁ、ベレノ。」
「はい……?」
少しの間を置いて、メイがまた唐突に呼びかけてくる。
その声はどこか眠たげで、随分と安らいでくれているようだった。
「俺と結婚すること……後悔してないか?」
「……?どういう意味です?」
ぽつりと呟くようにメイの口から放たれた問いかけに、私はその真意が読めず、思わずメイの方を見て問い返す。
そこには少し眠たげに瞼を閉じかけながらも、どこか遠くを見るような悲しげな表情をするメイの姿があった。
「いやさ……雪の言葉じゃないけど、俺達って一応身体は女の子同士なわけだろ……?」
「そうしたら確かにやっぱり子供は作れないだろうし……そのあたり、ベレノはどう考えてるのかなーって思ってさ……?」
どうやらメイは魔王からの言葉を受けて、私達の結婚について少し不安に思う所があったらしい。
だがそんな物は正直言って今更な話であり、どう考えてるかと言われたらそれはもちろん答えは決まっている。
「……欲しいか欲しくないかで言えば、将来的には欲しいかもしれませんね。」
「あー……やっぱり?」
メイの頭をそっと撫でながら私がそう答えると、メイは小さく苦笑する。
やっぱり、と言うことはやはりメイも欲しいのだろうか。
「だけど、別にそこに血の繋がりは求めていません……信じ合い支え合える信頼があればそれで良い、と私は思います。」
「信頼……かぁ。……それって、今の俺達みたいな?」
頭を撫でられる感触に心地よさげに目を細めながらも、ちらりとこちらへ目を向けてくるメイ。
その安心しきったような表情を見ていると、こちらまでつい頬が緩んでしまう。
「そうですね。今の私達みたいに……です。」
「ベレノ……。」
こつんと静かに額同士をくっつけて、私とメイは互いの鼻先が触れてしまいそうな至近距離で見つめ合う。
やがてメイが少し息を呑むような仕草をした後、私の頬へとそっと手を添えてくるので、私は静かに目を閉じた。
大きなベッドの上で2人、優しく温もりに触れ合って。
「……。」
「……。」
やがて静かに顔を離すと、私達は言葉も無いまま再び見つめ合う。
窓の外から差す妖しい魔界の月明かりが、メイの姿をより蠱惑的に映し出していた。
こちらへと真っ直ぐに向けられる熱を帯びたようなメイの青い瞳は、私の心をざわざわと掻き乱す。
「あ……。」
ゆっくりと優しく促すようにして私をベッドへと押し倒したメイが、覆いかぶさるように私の顔を覗き込む。
そうして甘い雰囲気に飲まれたよう、にメイが今一度ゆっくりと私へ顔を近づけた、その時。
突然部屋の扉が開かれたような、ガチャリという音が鳴り響いた。
「っ……!?」
「ッ……!!」
私達はその音に小さく身体を反応させて、そろって部屋の入口の方を見る。
するとそこには見覚えのある小さな人影が立っていた。
「お兄ちゃん!一緒に寝……よ?」
ベッドへと押し倒されている私と、それに覆いかぶさっている兄の姿を見て魔王の表情が固まる。
ついさっきまで甘い雰囲気に満たされていた部屋に、一瞬にして冷気と緊張が満ちる。
「ゆ、雪……まだ起きてたのか?」
「……うん。」
慌てて私の上から退き、何でも無かったように取り繕うメイだがどうやらそれはもう遅いらしい。
魔王は部屋の中へと踏み込み後ろ手で扉を閉めると同時に、どこか怖い笑みを浮かべてドアノブを氷で完全に固めてしまう。
ああ、どうやら魔王からは逃げられないようです。
「……何で一緒のベッドで寝てるの?ねぇ、お兄ちゃん。」
「そっ、それは、ええと……そのっ……!」
彼女が一歩進む毎に床からは鋭い氷柱のような物が生え伸びる。
布団など簡単に貫通するような痛いほどの冷気を放ちながら徐々に近づいてくる魔王に、メイは寒さか恐怖か震え上がる。
そんなメイを私は思い切り抱き締めて、魔王へ向かって勇気を出して言い放つ。
「メイと私はもう家族なので……!一緒のベッドで寝るのは当たり前の事です……!」
「……ふぅん。そっか。」
何もかもを射殺すような冷たい視線をこちらへ向けていた魔王がそう言って、急に足止めた。
今の説明で納得した、なんて事はこの魔王に限って有り得ないだろうが。
だが放たれていた冷気がその勢いを不思議と衰えさせたような気がする。
そうして小さく震え続けるメイを抱き締めながら私が魔王を必死に睨みつけていると、魔王の氷角が突然に砕け散る。
「じゃぁ、お兄ちゃんと私も兄妹だから一緒のベッドで寝てもいいよね?ね?」
有無を言わさぬような満面の笑みで圧をかけてくる魔王に私もメイもただ頷く事しかできず、結局その日はメイを挟むような形で3人仲良く同じベッドで眠ったのだった。
◆◆◆
あれから一日飛ばして2日後。
昨日は敵情視察とメイを優勝へ導くための作戦会議を私達は一日がかりで行った。
そして今はもうすぐスペシャルシード枠として大会へ出場するメイに、本番前の控室で最終確認をしているところだ。
「では確認します。まず相手となる件の魔族……アグニル・デッドバーンですが、どうやらかなり高度な炎の魔法を操る力を持っているようです。」
「ですので、その対策として昨日急遽ジーニア氏に修理してもらった、あの指輪を装備してもらいます。」
「ああ、前にも使ったこの指輪な。しかし流石ジーニアさんだ、地上の魔道具でもぱぱっと直せちゃうんだから。」
右手を掲げその人差し指に嵌められた赤い宝石の指輪を見ながら、メイが感心したように笑った。
あの指輪は前回の旅の途中で手に入れ、魔王との最終決戦の際に破損してしまっていた物だ。
メイの実家の屋敷へと置きっぱなしになっていた物を、ジーニアが魔法で取り寄せて修理したのだ。
魔王はもちろんだが、やはりこの老人も中々出鱈目な魔法の使い手だと改めて実感する。
「しかしあくまで応急的な物ですからな……あまり何度も効果を発動するとまた壊れてしまいますので、そこにはご注意くだされ。」
「わかりました!なるべく攻撃を受けないように立ち回りますね!」
「次にですが……。」
ジーニアの忠告にぐっと拳を握って答えるメイを見てから、私は敵の情報を纏めたメモへと再度目を落とす。
昨日一日という短時間ではあったものの、魔王城襲撃時に城に居た者からの目撃情報等から、それなりにアグニルに関する情報は集まっていた。
「相手の武器は片刃の大剣です。どうやら自身の得意とする炎を最大限に活かすために、特殊な加工を施しているようです。」
「城の者の話によれば、炎に包まれたその刃で頑丈な城壁を溶かし斬ったとか……十分に注意してください。」
「バスターなんとかみたいな奴かな……?とりあえずそれも当たらないように気をつけないとな。」
あと伝えなければならない事は、と再びメモへと目を戻した所で私はある事に気がつく。
やけに静かだと思ったら、魔王の姿が見当たらないのだ。
今朝、魔王城を出た時は確かに一緒にいたはずなのだが、どこへ行ったのだろうか。
「……アルシエラはどこへ?メイに身体強化の魔法をかけてもらう予定だったはずですが……。」
「それがここへ来る直前に、ちょっと用事を思い出したとかでどこかへ行かれましてな……。まぁ身体強化でしたら、私もできますのでお任せを。」
「そうですか……ではお願いします。」
少々不信感はあるものの、闘技場の場内へと響き渡っているアナウンスを聞く限りもうそんなに時間も無い。
ここはどこへ行ったかもわからない魔王の帰りを待つよりジーニアに身体強化魔法を任せたほうが確実だろう。
もしかしたら、この土壇場でやはりメイを応援するのが嫌になってどこかに隠れているだけなのかも知れないが。
「うおお……!力が漲ってくる!いいなぁ!強化魔法って!」
「ほほ……少々のお力添えをしただけですぞ。一試合分くらいはそれで持つでしょうが、飛ばしすぎにはお気をつけくだされ。」
「……後で身体に反動が来て、全身筋肉痛に苦しむことになりますからなぁ。ふぇっふぇっふぇっ……。」
「き、気をつけます……。」
ジーニアからの強化魔法を受け漲る力に喜ぶメイへと、ジーニアが笑って忠告をする。
身体強化の魔法はあくまで一時的に身体能力を底上げしつつ、身体への負荷を誤魔化しているだけなので、当然それが切れたら後から反動が来るのだ。
故にこそメイには早期決着を狙ってもらいたい所。
何故なら優勝を狙うならば最低でもあと2試合はしなければならないのだから。
「最後にですが……アグニルは今のところ女性の姿のままで勝ち進んで来ているようですが……大丈夫ですか?」
「え?だ、大丈夫って……?」
「……あなた、女性の姿の相手に全力で剣を振るえますか?」
「そっ、それはもちろん……ええと……できるさ!……多分。」
「……。」
なんとも頼りない返事をするメイに、私は小さくため息をつく。
メイの底抜けの優しさが余計なピンチを招かなければいいのだが。
そうこうしている内に、場内のアナウンスが選手の入場開始を伝えてくる。
「おっと、次はもう俺の番だな……じゃあ俺、行ってくるよ!」
「ああ、お待ちくだされテンセイ殿。こちらをお着けください。」
逸る気持ちを押さえきれないらしいメイが立ち上がると、ジーニアがそれを呼び止める。
そしてジーニアはメイへと、角のような飾りがついた黒い仮面を手渡した。
「これは……?」
「魔影の仮面です……もちろん素顔を隠す意味もありますが、それ以上にこの仮面をつけていれば魔族はテンセイ殿を同じ魔族だと認識するようになります。」
「一応この大会は魔族の為の物ですからな……念の為、という事でご了承くだされ。」
「なるほど……わかりました!……どう?似合うかベレノ?」
「……っええ。良く似合ってますよ。」
正体を隠すための仮面をどこか乗り気な様子で身につけるなり、私へとそんな質問をしてくるメイに少し笑いそうになる。
なんだかその仮面を見ていると、いつしかのエヴァーレンスの闘技場での事を思い出してしまう。
「へへ……じゃあ、行ってくる!応援よろしく!」
そうして嬉しそうに笑い、手を振って控室を飛び出していくメイを私は苦笑しながら見送った。
きっと、あなたなら大丈夫ですよね。メイ。
◆◇◆
「──皆様大変長らくお待たせ致しました!これより決勝戦……を始める前の余興としまして!」
「なんと、大会運営側からのスペシャルゲストとのエキシビションマッチを開催致します!」
「そのエキシビションに挑むのは、先程準決勝でも見事な勝利を収めた今大会最有力の優勝候補!」
「魔界御三家が1角、炎魔法の使い手として右に並ぶ物無しと呼び声高き、デッドバーン家が現当主!!」
「アグニルゥゥゥッッ!デッドバーーーンッ!!」
やけにハイテンションなアナウンスとそれに湧き上がる観客たちの声を聞きながら、俺は自分の番が来るのを入場ゲートへと待つ。
今リングの上で手を上げて観客へと応えている赤い肌に赤い髪をした女性らしき人影が、例の魔族らしい。
ここからでは良く見えないが、ぱっと見た感じは俺より少し背が高いくらいの大きさだろうか。
その背中には事前の情報通りの大きく重そうな大剣がぶら下げられている。
それにしても魔界御三家か。どうやら相手は想定した以上の強者と見た方が良さそうだ。
だがそれでも、俺には負けられない理由がある。それはもちろん、最愛の妹の……雪の結婚を阻止するためだ。
「そして続きましては!大会運営側からの刺客とも言うべき、謎の仮面剣士!」
「噂によると現魔王様の関係者とかなんとか!?その実力の程は如何に!」
「ドラゴォォォン!マスクゥゥッ!!……、……ドラゴンマスク選手?」
「……あっ、俺か!?」
うっかりとアナウンスに聞き入っていた俺は、一瞬自分の事だとは理解できず遅れて入場ゲートからリングの方へと歩み出す。
そういえばスペシャルシード枠として参戦とだけ聞かされていて、どんな名前でエントリーされたのか等は聞いていなかった。
「歓声……ってよりは、ざわめきって感じだな……。」
誰も見た事も聞いた事も無い乱入者の登場に、場内はいまいち盛り上がりきらない。
それでも俺は見様見真似で観客たちへと手を上げて応えながらリングへと上がる。
途中観客たちの方から口々に、小さいだの弱そうだのと聞こえてくるが、気にしてはいけない。
「ほう……貴殿がドラゴンマスク選手であるか。よもや女とはな……吾輩はアグニル・デッドバーン!この闘い、熱きモノとしよう!」
「よ、よろしくお願いしますわ……。」
リングに上がるなり手を差し伸べてきたアグニルと、俺はしっかりと握手を交わす。
とさかのようにかき上げられた赤い髪に赤い肌。こめかみから生えた黒い2本角。そして燃え上がるようなオレンジの瞳。
どうしよう。近くで見ると思いの外大きい。多分180cmくらいはあるだろうか。
それに肉体美を見せつけるように露出された腹部からは、バキバキに割れた赤い腹筋が見えている。
ニカっと歯を見せて笑う彼(彼女?)を見ている感じ、そんなに悪いヒトでは無さそうなのだが。
「さぁ両選手しっかりと握手を交わしました!そして特別ルールのご説明です!」
「この戦い、エキシビションマッチではありますが……な、なんとォ!」
「勝者はそのまま決勝へと進む権利を得ることになります!……え?それじゃぁデッドバーン選手にメリットが無さすぎる?」
「いいえ!何者にも勝るその強さを示す事こそが、今大会における最大のメリットにして最高の栄誉!」
「裏を返せば、例え余興だろうと負ければそれまでという事です!」
好き放題に観客たちを煽り立てるアナウンサーの女性の声に、俺はほんの少しだけ呆れながらも感心する。
そこまで言われてしまったら、きっとアグニルも手なんか抜いてくれなくなってしまうだろうから。
ましてやこっちは大会運営からのシード枠。警戒されてしかるべきだろう。
「それでは改めまして!お二人にエキシビションマッチへの意気込みなどを伺ってみましょう!」
「まずはデッドバーン選手!いかがですか!?」
アナウンサーのそんな声と共にパタパタとこちらへ飛んできた蝙蝠っぽいモンスターが、マイクのような魔道具をアグニルへと投げ渡す。
するとアグニルは慣れた手つきでその魔道具をキャッチし、天を指差しながら口を開く。
「吾輩が目指すは魔王の座ただ一つ!例えエキシビションだろうが相手がどれ程の強者だろうが、ここはただの通過点に過ぎん!全力を賭して戦い抜くのみだァッ!!」
あまりに堂々とした男らしさあふれる宣言に、会場中が熱気に包まれる。
それを目の前で見せられている俺もまた、油断すればその雰囲気に飲まれてしまいそうな程だ。
「……さぁ、ドラゴンマスク殿。貴殿の番だ。」
「ど、どうも……。」
「ありがとうございます!それでは続いてドラゴンマスク選手!今のお気持ちは!?」
いかつい見た目とは裏腹に、まるで花でも摘むような優しい手で魔道具を手渡してくれるアグニルに、俺は小さく会釈する。
やっぱりこのヒト、妹を誑かしたりするようなタイプには見えないというか、どちらかと言えば俺と同じ振り回される側の匂いがする。
俺は何を言うか少し迷いながらもここで弱気になってはいけないと思い、小さく深呼吸をした後にアグニルを見上げて指差し、ゆっくりと口を開く。
「……貴方を、ぶちのめしますわ。」
「ほう……!」
まるで宣戦布告のような俺の発言に、アグニルはどこか嬉しさが入り混じったような不敵な笑みを浮かべる。
あまりに強気で唐突な発言に、会場は予期せず大盛り上がりと言った様子だ。
「さぁ~~!しっかりと宣戦布告も果たされた所で、早速試合開始と行きましょう!」
「ルールは本戦と変わらず、武器あり魔法あり使える手段は何でもあり!相手を戦闘不能に追い込む、または場外負けで決着ですッ!!」
「それでは両選手開始位置についてくださいッ!!魔界一武道会エキシビションマッチ!レディィィ……ファイトォッッ!!」
高らかに試合開始のゴングが鳴り響き、それと同時に俺は腰に下げた左右の剣を素早く抜刀し、即座に相手の懐へ踏み込んでいく。
普段あまり両方の剣を一緒に抜くことは無いが、2本での戦いの感覚は昨日の猛特訓で大体は思い出せている筈だ。
それに相手は今は女性の見た目とはいえ、俺と同じで元は男だと聞いている。遠慮する必要は無いだろう。
「はぁッ!!」
懐から上方向へと回転を加え飛び上がるようにしながら、俺は2本の剣での回転斬りを放つ。
自分より体格の大きな相手と戦う時の基本は、正面からのパワー勝負ではなく速度での圧倒だ。
そして狙うべきは鎧で守られた胸部よりも、これ見よがしに露出されているその腹部。
脇腹に掠りでもすれば、大きなダメージになるだろう。だが、そう甘い相手では無い。
「ふんッ!その蛮勇が如き踏み込み!素晴らしいぞ!もっと吾輩を燃え上がらせろッ!ドラゴンマスクッ!!」
「っく……!」
相手が武器を構えるより早く仕掛けたにも関わらず、刃が当たる既の所でその不可思議な大剣で防がれてしまう。
さらには必死な俺とは対照的に煽る余裕さえ見せつけながら、俺を大剣で大きく弾き飛ばす。
「……大剣だからって、振りが遅いなんてバランス調整は期待しないほうが良さそうだな。」
「さぁどんどん来い!そんなものではないだろう!?」
身体強化魔法のお陰で受け身どころか余裕で着地できてしまった自分に少し驚きながらも、挑発するように両腕を広げて見せるアグニルの姿に変な笑いが出そうになる。
今まで殆どパーティ戦闘しかしてこなかった俺が、いきなりこんな強そうな魔族とタイマンする事になるなんて誰が予想できた事だろうか。
だがそれでも俺には、戦い勝つ他に道は無い。
「……1つお聞かせ願いたいのですけど。……魔王との結婚話は貴方の方から誘ったのですか?」
「む……そこまで知っているとは、どうやら彼女の知り合いというのはただの噂では無いらしいな。」
「そして答えよう!無論、吾輩からだ!彼女のその美しさ、そして強さに吾輩は心を撃ち抜かれたのだ!」
アグニルへとそんな質問をして、潔く答えてくれている間に俺はこっそりと呪文を詠唱し魔法を指輪へとストックする。
我ながら少々ずるい気もするがこれも作戦の内、という事にしておきたい。
「なるほど……確かに彼女は強く、愛らしいですものねッ!!」
「そうともッ!是非とも嫁にしたいッ!そして我が一族にさらなる繁栄をもたらすのだッ!」
相槌を打つようにしながら俺はリングの石畳へとアダマンタイトの剣を突き刺し、1枚引っ剥がすとそのままアグニルへと石畳を放り投げる。
するとアグニルは掌から火球を発射し、その石畳を粉砕爆破して見せる。
しかしそこまでは想定内。俺は爆破で発生した煙に紛れ、再びアグニルの懐へと潜り込んだ。
「やッ!!」
「むぐッ……!!」
右足による視覚外からの渾身の蹴り上げ攻撃が、今度はアグニルの腹部へと確実に入る。
小さくうめき声を漏らすアグニルに俺がニヤリと笑いかけた、その瞬間。
爆煙をかき消すように現れたアグニルのゴツゴツとした大きな手が、俺の右足首をしっかりと掴んだ。
「吾輩が爆破をする事までを読んでの奇襲だったのだろうが……少々パワーが足りんかったようだな!」
いつのまにか女性の身体から男性の身体へと変身を遂げていたアグニルが、その大きな手で俺を身動きの取れない空中へといとも容易く放り投げる。
さらにすかさず掌から先程よりも大きな火球を放ち、容赦のない追撃を仕掛けて来たのだ。
当然避ける事などできない俺はその火球による一撃をまともに受け、一瞬身体が炎に包まれる。
事前対策として準備した指輪のお陰で熱そのものによるダメージは受けなかったが、それでも爆発による衝撃は凄まじい。
俺はリングへと落下し身体を叩きつけられそうになる寸前で剣をリングへ杖代わりに突き刺し、落下によるダメージをなんとか軽減する。
この指輪が無ければ、もしかしていまの炎で1回死んでいただろうか。
「ほう……!今のをまともに受けて、燃えすらしないとはな……吾輩への対策は万全というワケか!そうでなくてはな!」
大剣を振るった風圧で爆煙をかき消したアグニルは、先程の女性体の時よりもさらに大きく逞しく見えた。
あんなのにまた掴まれでもしたら今度こそ無事では済まないだろう。
なんとか立ち上がりはしたものの、爆発の衝撃による余波で頭が少しくらくらとするような感覚を覚える。
意識を、目の前の相手に集中させなくては。
「しかし貴殿、もしや我が嫁の親類であろうか?どこか似たような魔力を感じるのだが──む。」
アグニルの口から出た聴き逃がせない発言に、俺の頭とは関係なく俺の指先がぴくりと反応を示す。
途端、急激な怒りにも似た感情が沸き起こった後で、今度は逆にそれがすっと引いていくような不思議な感覚に陥った。
「うちの妹が……誰の嫁、だとッ?!」
俺は素早く踏み込むと自分でも驚くほどに躊躇なく、アグニルの首を狙って剣を振るう。
しかし惜しくもその一撃は大剣によって防がれ、決定打には至らない。
突如として殺意に満ちた攻撃を仕掛けてきた俺の豹変ぶりに、アグニルの顔に焦りの色が浮かぶ。
「ッ!貴殿……!いや、貴様ッ!そちらが本性か……!?」
横薙ぎに大剣を振るうアグニルの攻撃を、俺は上体をそらすようにして回避する。
それと同時に剣をリングへと突き刺し、それを支点としてサマーソルトめいた蹴りを放つ。
それも、男性体となったアグニルの股間へ目掛けて、だ。
「ッ……な゛、んのこれしきッ……!!」
明らかに強がっているような脂汗をかきながらも、アグニルは再び俺の脚へと掴みかかる。
もちろん二度も同じ手を食らうはずもなく、俺は身体を捻りアグニルの股下を素早く抜けて背後を取ると、そのまま剣の腹で思い切りアグニルの尻を引っ叩いた。
「あ゛ァオ゛ッ!!?」
続けざまに打ち込まれた腰回りへの攻撃に、股間を押さえながら情けない声を上げて軽く飛び跳ねるアグニル。
そこへ俺はチャンスを見出して、さっきストックしておいた拘束魔法をアグニルの足首へと放つ。
「き、貴様!誉は無いの──かッ……!?!?」
「……ねぇよ。そんなもん。」
急所攻撃によってまともに手足へ力が入らないようで、アグニルは俺の拘束魔法を引きちぎれない。
それでも何とか戦おうと括られた脚で兎のように飛び跳ね、こちらを向き直したアグニルの股間へと、俺は再び蹴りを放つ。
今度は俺の全体重と鎧の重さを乗せた、ヤクザキックだ。
度重なる急所への集中攻撃に場内はドン引き、それを受けているアグニル本人は今にも失神しそうなほど悶え苦しんでいる。
「こっちはなぁ……てめぇのせいで危うく男としても兄としても尊厳失うとこだったんだ馬鹿ヤローッ!!」
「んがッ!?!?」
もはや大剣を持ち続ける事もできず、立っているのがやっとといった様子のアグニルの顎へと、俺の怒りのアッパー攻撃が入る。
そうして足首を縛られまともにバランスを取る事も出来ないアグニルは、股間を押さえたまま無様に後ろへと倒れ込んだ。
「今度俺の妹を嫁呼ばわりしてみろ……てめぇのナッツ両方同時に叩き斬ってやるからなッ!!」
俺は自分でも何を言っているのか良くわからないままにそう叫び、アグニルの股間スレスレの位置へと剣を突き刺した。
「……な、なんと……強き女……よ……!ウッ……!」
アグニルは最後の力でそう言い残し不敵に笑ってみせた後、口から泡を吹いてガクリと意識を失った。
「……っし、試合終了~~!!なんとなんとな~~~んとォ!まさかまさかの大番狂わせ!」
「優勝最有力候補と目されたアグニル・デッドバーン選手を打ち破り、真の決勝へとコマを進めたのはッ!!」
「ドラゴンマスク選手だァァ!!強いぞドラゴンマスクッ!そしてエグいぞドラゴンマスクッ!!」
かくして俺は強敵であった魔族アグニルをなんとか打ち倒し、続く決勝戦へと挑むのであった。




