第18話『ようこそ魔界へ』
ざっくり登場人物紹介
ベレノ:ベレノ・マレディジオネ。23歳。身長はだいたい160cmくらい。今作の主人公。黒いボサ髪に紫の瞳を持つ、ラミア族の呪術師の女性。勇者パーティのリーダーであり親友であり弟子であるメイにクソデカ感情を抱いている。ついにメイとの仲に進展があった幸せラミア。マイペース過ぎる人は苦手。
メイ:メイ・デソルゾロット。18歳。身長は162cm。『それでも俺は妹が一番可愛い。』の主人公。ドシスコンの社会人男性、ホムラ テンセイの魂を持つ勇者系金髪お嬢様。天然たらしの側面があり、ベレノの情緒を狂わせる。自分なりの答えを決め、それらしく振る舞おうと奮闘中。妹の前だと基本的に振り回されがちなお兄ちゃん。
アルシエラ:アルシエラ・ドラゴなんとか。見た目は12歳だが、実年齢は不詳。身長147cm(角を含まない)。またの名を、ホムラ ユキ。メイの前世にあたるテンセイの妹。今は魔王をやっているが、本人は魔王の座にはあまり執着が無い。兄とその恋敵の仲が進展してしまった事をまだ知らない。もうすぐ兄と再会できると聞いて、心ウキウキ。
サキ&アト:地獄門から地上へと遊びに来ていた魔族の姉弟。身長170cm程で、痴女みたいな格好をしている方が姉のサキ。150cmくらいの小さい方が弟のアト。2人とも青い肌にピンク色の頭髪と角が特徴的。基本的にマイペース過ぎるサキに対して当たりの強いアトだが、何だかんだ仲良しな姉弟。
第18話『ようこそ魔界へ』
地上側での最後の目的地である森の館での一騒動を終え、フィンゴールの街へと戻ってきた私とメイ。
さっそく最終目的地である魔界へと繋がる地獄門のある砦を目指そうとしたのだが、地図には詳細な場所が描かれておらず、困り果てて居た。
そこへ声をかけてきた、様子のおかしな魔族女性のサキとその弟のアトに、地獄門までの道を案内をしてもらえる事になったのだが──。
「……ああ、もしもし?雪?兄ちゃんだけど……。」
酒場で出会った魔族の姉弟サキとアトと別れた後私達は少々の買い物などを済ませ、街の宿屋へと戻ってきた。
そして今はちょうど、メイが魔王への夜の定期連絡を行っている所だ。
それも私の尻尾の上に跨って座って、私と向かい合うようにベッド上で抱き合いながら。
「もしもしお兄ちゃん!どうしたの?いつもより早いね?」
「ああ。実はフィンゴールでの用事が済んだから、明日には魔界に到着できそうなんだ。それを早く伝えたくってさ。」
全身でメイの温もりと重み、その存在感を感じながら私は僅かに微睡む。
メイの首元に顔を埋めて、メイと魔王との会話をぼんやりと聞いている。
以前にメイが魔王と会話している時にちょっかいをかけたら叱られてしまったので、今回は大人しくしていようと思ったのだ。
それにもうちょっかいなんてかけなくとも、メイは──。
「えっ!?本当!?やったぁ!じゃあ私、門まで迎えに行くね!?」
「気持ちは嬉しいけど……そうすると色々騒ぎになったりしないか?」
「えー?だめー?ねぇじいや!……むう。……ダメだって。」
「ほらな?」
小さく苦笑するメイの身体の振動が伝わって、少しくすぐったい。
結局まだ魔王には私達の事を伝えていないのだが、やはり会って直接伝えるつもりなのだろうか。
その結果がどうなろうと、私はメイから離れるつもりは無いが。
「魔界に着いたらまた連絡するから、雪は魔王様らしくどーんと構えててくれ。」
「ふっふっふ、良くぞ来た勇者よ……!って感じ!?」
「そうそう……。」
楽しそうに談笑している兄妹の声にやっぱりほんの少しだけ対抗心が出てきてしまって、私はメイの首筋へ甘えるようにかぷりと噛みついた。
するとメイは一瞬身体をびくりとさせるも、特に注意をするでもなく私の頭をそっと撫でてくる。
「……じゃあ、また明日。おやすみ、雪。」
「うん!おやすみお兄ちゃん!」
「……。」
髪を撫でるメイの優しい手つきに私がまた微睡みそうになっていた所でようやく兄妹の会話が終わった、と思った次の瞬間。
メイが突然、私をそっとベッドへと押し倒すように覆いかぶさってくる。
「っ……!?」
「ベーレーノー……?」
後頭部がベッドへと着地した衝撃で、微睡んでいた私の意識は呼び戻され状況を理解する。
そんな私へとメイはどこか不敵な笑みを浮かべながら、私の顔を覗き込んでくる。
さっきのちょっとした対抗心からの私の行動を、やはり怒っているのだろうか。
小さく目を伏せて、私が謝罪の言葉を口にしようとしたその時。
「ごめんな……待たせて。」
「ん……っ!」
逆にそう小さく謝罪すると同時にメイはそっと私の唇へ小さな音を立て、重ねてきた。
その行動に私は驚きのあまり、伏せていた目を見開く。
だってあの日以来一度だってそんな事、なのに、どうして今。
やがてゆっくりと離れていくメイの綺麗な顔を見つめながら、私の心拍数はどんどん上昇していく。
どうしてそんな余裕そうな表情なんですか。どうして。
「……生意気です。メイのくせに……っ。」
「おわっ……!?なんだよぉ……?」
何だか悔しくなってしまって、私は両腕でメイを思い切り引き寄せ抱き締める。
メイはそんな私に小さく笑って、頬と頬とをくっつけるように頭を寄せてくる。
だから私はしっかりとメイの身体へと尻尾を巻き付けて、メイを捕まえた。
「……おやすみなさい、メイ。」
「ああ、おやすみ……ベレノ。」
そうして私はメイを自分の上に乗せたまま、幸せな温もりと共に眠りについたのだった。
◆◆◆
翌朝。今回は昨日とは違って比較的早めの時間に起きる事ができた。
私達は簡単な朝食と準備を済ませた後、馬車でフィンゴール北の出入り口へと向かう。
もしかしてサキ達姉弟はもう既に来ているだろうか。
「ん……あれって……。」
「弟の方ですね、多分。」
集合場所付近に佇むローブ姿の小さな人影を発見し、その近くまで馬車を寄せる。
見た所居るのは彼1人だけで、姉のサキの方は見当たらない。
正直こちらとしてはその方が助かるのだが。
「おはようっす。早いっすね。」
「おはようございますわ!……お姉さんの方は?」
「多分まだ宿で寝てるっすよ。まぁいいんすよ、あんな馬鹿はほっといても。」
随分と冷めた態度でそう言い放つアトに、魔族の姉弟とは案外こんな物なのだろうかと少し考える。
とはいえサキにも滞在限界があるはずなので、魔界へ戻らなければならないと思うのだが。
「やぁ~ん!待ってぇ~!」
そんな声が空から聞こえたかと思えば、そこには蝙蝠のような翼を広げながら大慌てで空を飛んでくるサキの姿があった。
あれは飛行魔法?いや、自前の翼か?昨日はローブ姿だったので気が付かなかったが、背中に翼があったのだろうか。
それにしてもやはりなんというか、凄い露出度だ。それを服と呼んで良いのだろうか。
「どぉしてお姉ちゃんを起こしてくれないの!アトきゅん!」
「起こしただろ馬鹿!なのに姉貴が二度寝したんだろ!?」
「うぐぅっ!」
サキが地面へと着地した瞬間にアトがその脛めがけて強烈なローキックを放ち、サキはたまらず足を抑えてうずくまる。
同じ男女の兄妹であるメイと魔王に比べて、こっちの姉弟は随分と仲が悪いらしい。
というよりは、弟が一方的に姉を毛嫌いしているような感じにも見えるが。
「ふふ……仲良しなんですのね。」
「仲、良し……?」
2人を見てそんな風に笑うメイの言葉に、私は小首を傾げる。
もしかして一人っ子な私が知らないだけで、兄弟姉妹がいる者にとってはこれが普通なのか。
「……っていうかこれ、魔界の馬っすよね?……メイさん達って……何者?」
「まぁ……なんというかそのー……ね?」
「……良いんじゃないですか?どうせ魔界に着いたら分かることですし。」
昨日氷鱗に続いて馬まで所持しているのは流石におかしいと感じたらしいアトが、どこか疑うような様子で尋ねてくる。
なんと答えるべきか迷ったらしいメイが助けを求めるような視線を送ってくるので、私は肩を竦めてそう返した。
「……ま、魔王……様から借りたというか何と言うか……。」
「えっ!?魔王様の知り合いっすか!?すげーっすね!」
難しそうに答えるメイにかなり驚いたような反応をするアトだが、まさかそれが魔王と戦った勇者本人でその上魔王の兄だとは思うまい。
だって今ここで言葉で説明しても意味がわからないのだから。
「えー?ってことはぁ、魔王様にあったことあるのー?どんな姿だったの!?かっこよかった!?」
「それは……えっと……。」
「……我々も直接会ったわけではなく、その側近経由で借り受けただけですので姿までは。」
復活したサキが話に食いついて、魔王の姿について興味津々な様子で聞いてくる。
この様子だとやはり一般的な魔族相手には、魔王もその正体を隠しているらしい。
もし魔王が元は異世界の人間でしかも子供の姿だなんて知ったら、2人はどう思うだろうか。
「そっすよね……魔王様と直接謁見できるのは、一握りの力ある者のみって話っすから。」
「……その魔王様について、最近何かあったとか聞いたことはあるかしら?」
メイは何か探りを入れるようにアトへと質問をする。
そういえば魔王の結婚話については今、魔界ではどういう扱いになっているのだろうか。
「ああ、そういえば何か近々魔王様がご結婚なさるとかいう話は聞いてるっすね。」
「魔界一武道会よ~!えいえいって戦うの!」
「……うん?」
「武道会……ですか?」
いまいち魔王の結婚と繋がらない話を口にするサキに、私もメイも思わず首を傾げる。
いや、彼女といまいち会話が成立しないのは昨日ので十分わかっているのだが。
「魔王様が結婚する相手を、大会で決めるらしいっす。そんで優勝したら魔王様と結婚できて、その上そいつが新しい魔王になれるっていうんで今魔界中お祭り騒ぎっすよ!」
「ッ!?」
「でも不思議ね~?参加するのは男でも女でもどっちでも良いんですって!もしかして魔王様って……両方ついてるのかしら~!」
完全に初耳な情報が飛び出て来て、メイが固まってしまう。
おかしい、こちらが聞いた話では既に結婚相手は決まっているという事だった筈だが、何が起きている。
「……とりあえず、出発しましょう。案内をお願いします。」
これは直接乗り込んで自分たちの目で確かめたほうが早いだろうと思い、私は皆に馬車に乗るように促す。
果たして魔界では、一体どのような面倒事が私とメイを待ち受けているのだろうか。
◆◆◆
私達4人を乗せた馬車はアトによる案内の下、昼前くらいには無事に地獄門のある砦へと辿り着く事ができた。
前に来た時は完全な戦場だった砦だが、今は改修が施され魔界へ向かう者と魔界から来た者への検問所のようになっているようだ。
「ついたっす。自分らは魔族用の受付に行くんで、お二人はあっちの新規入場者用の方から入れると思うっすよ。」
「……っ!?いったぁぁい!」
馬車に揺られ中で居眠りをしていたサキの頭を引っ叩いて起こしながら、アトは門前に形成されている2つの列を指差す。
流れる速度を見る感じ、魔族の列は戻るだけというのもあって比較的スムーズに進んでいるようだ。
「アトさん、ありがとうございました。」
「ありがとうございますわ~!」
「いえ、いいんすよ。じゃあまた向こうで会えたら。……ほら行くぞ馬鹿姉貴!」
「やぁん……ばいばーい!」
御礼の言葉を受けながらサキの細長い尻尾を掴んで連行するように連れて行くアトを、私達は苦笑しながら見送る。
さてでは私達はその新規入場用の列へと並ばないといけないのだが、どうやら見たところ荷物検査があるらしい。
問題があるような品は積んでいないつもりだが、やはり霊馬の事を聞かれると面倒だ。どうしたものか。
「とりあえず並ぶかー……にしても結構魔界へ行く人達って俺達以外にもいるんだな。」
「そうですね……言わば魔界も地上も互いにとっての新天地ですから、目ざとい者程行動が早いと思います。」
馬車ごとで問題が無さそうなので、私とメイは御者席へと並んで座りながら列へと加わる。
向こう側の経済事情や環境がどうなっているかは不明だが、砦の壁際にずらりと並んだ出店のような物を開いている魔族たちを見るに、向こうにとっても新たな商売のチャンスなのだろう。
「にしても改めて見ると、すごいデカい門だよなぁ……これ。こんなのどうやって作ったんだろうな。」
「さぁ……古代の文献にも記されているくらい随分昔からあるらしいですけど……こんな物を作れるとしたらやっぱり、魔王とかそのクラスの存在なのでは?」
「案外神様とかだったりして。」
目の前にそびえ立つ巨大な地獄門を見上げながら、冗談めかしく笑うメイに私も小さく笑う。
世界には人智を越えた存在や現象がいくつも存在するらしいので、それも有り得ない話でも無いのかもしれない。
きっとこんな事は、実際に魔王を目にする以前の私なら思いもしなかっただろうけど。
「神が実在するかは知りませんけど……あんな出鱈目な力を持つ魔王がいるので、もしかしたらいるかもしれませんね。」
「おっ、ベレノはそういうのあんまり信じない派か?」
「メイは信じてるんですか?神様の実在を。」
「実在がどうってわけじゃないけど……俺が元居た世界で住んでた国では、800万人くらい神様がいるって話だったから……。」
「800……!?」
他愛のない会話から唐突に出てきたあまりに大きすぎるスケールの話に、私は軽く吹き出してしまう。
それはあまりにも多すぎでは無いだろうか。それぞれが別の役割を担っていたとしても、絶対に余ると思うのだが。
そんな事を話している間に、いつのまにか私達の順番が回ってきたようだ。
「……名前と渡航目的は?あと荷物検査もさせてもらうよ。規則なんでね。」
「あ、はいっ……えと、私はメイ・デソルゾロットです。魔界にはお墓参りに……。」
「……私はベレノ・マレディジオネです。渡航目的は同じく。」
受付をしている細身な人間種の男性がヒゲを撫でつけながら事務的に私達へ質問をしてくるので、それぞれ答える。
その間に別の者が荷台へと乗り込み、中を物色し始める。
男性は霊馬を見ても驚きこそしないしないものの、明らかに魔族では無い私達が連れている事に案の定不信感を抱いているようだ。
「……はいはい、デソルゾロットさんにマレディジオネさんね……荷台には動物や植物なんかは積んでない?もし積んでるなら許可が必要だからね。」
「は、はい。大丈夫だと思いますけど……。」
「……ん?デソルゾロット……?」
メイの回答を聞きながら手元のリストに何かを書き加えた男性の手が、不意にぴたりと止まる。
どうやらこの男性はデソルゾロットの名前を知っているようだ。
「……つかぬ事をお伺いしますが、墓参りというのは誰か知り合いの魔族のですか?」
「いえ、えーと……ご先祖様の……。」
「隊長!これを見てください!」
「……少々お待ちください。」
追加の質問をしてくる男性へメイが少し考えながら答えていると、荷台から何か発見したらしい検査担当が男性を呼ぶ。
隊長と呼ばれた男性はやれやれと言った感じで椅子から立ち上がり、馬車の後ろへと回り込む。
「これ!あの有名な勇者の絵じゃないですか……!?まさか窃盗じゃ……!」
「馬鹿言え、よく見ろ!確かに似ているがあの勇者サンの絵はもっと凛々しい表情でだな……ん?」
馬車の後部で何やら絵について揉めている男性と、それを心配そうに御者席から見守るメイの目がばっちりと合ったようだ。
男性は自らのヒゲを撫でながら絵とメイの顔をまじまじと交互に見比べた後、少し困ったように笑うメイへゆっくりと口を開く。
「……すみません、そちらの金髪のお嬢さん。もう一度お名前をお伺いしても?」
「え、はい。……メイ・デソルゾロットですけど……。」
再び名前を確認して、メイがその勇者サンの子孫である事を確信したようで、男性は驚きのあまりいじっていたヒゲをぶちりと引き抜いた。
すると男性は大慌てで最初に居た机の方へと戻り、何やら書類をひっくり返し始める。
「先祖へ墓参り……!待て、待て待て待て!今日そんな賓客が来るなどと知らせがあったか!?私の確認ミスか!?」
「……あのー隊長?この絵は……?」
「馬鹿!丁寧にお戻ししろ!傷1つつけるなよ!?」
何だか急に慌ただしくなってしまって、メイが困ったように私の方を見てくる。
先代魔王を討伐した超有名な勇者の子孫で、なおかつ魔界と地上の和平交渉にて大役を果たした現勇者が事前の連絡も無く来る方がおかしいのだから、彼の反応は大凡正しいと言える。
「……すみませんが、今回は賓客としてではなく個人的な墓参りとして来てまして……。」
「あっあ、ああ!そうでしたか!これは失礼!ええ、大丈夫です何も問題はありません!ああですがそのっ……!この同意書にサインだけ頂ければと……!」
静かに声を掛けると一安心したような表情で男性はほっと胸を撫で下ろした後、何かが書かれた同意書なる物を私とメイにそれぞれ手渡してくる。
ざっと目を通した感じ、内容は以下のような物だ。
1、無許可での動植物の持ち込みをしていないと誓います。
2、魔界で面倒事や揉め事を起こさないと誓います。
3、怪我や死亡事故・事件に関する責任は自己責任である事に同意します。
「1は問題ありませんね……2も……まぁ大丈夫でしょう。3も問題ありません。……メイ、そこにサインを。」
「わ、わかりましたわ……。」
2人でしっかりと内容を確認し、それぞれ自分の名前を同意書に署名する。
この同意書はどちらかと言えば魔界で何か起こった時に、地上側へと責任追及をされないための保険のような物だろう。
私達はしっかりとサインした同意書を、男性へと提出した。
「はい……はい……確かに。では、どうぞお通りください!」
同意書のサインをしっかりと確認した男性は何故か目を輝かせながら、メイへ向けて敬礼をする。
もしかしてこの男性、勇者サンのファンだったりするのだろうか。
何故敬礼されているのかわからない様子のメイは、愛想笑いを浮かべながらそっと手を振り返す。
そうして私は馬車を前へと進め、怪しく空間うねる地獄門へと入っていった。
◆◆◆
地獄門を抜けるとそこは、見知らぬ世界だった。
朝なのか夜なのかもわからない薄暗く灰色な空に、どこまでも続いていそうな黒色の荒野。
遠方の空には鳥なのか何なのかも判別できない謎の生物が飛んでおり、ここが本当に別の世界なのだと示しているようだった。
「はーい、止まらず進んでくださいねー。」
門を抜けた後に残った酔ったような謎の気持ち悪さに小さく手で口を押さえていた私に、気だるそうな様子の魔界側の検問担当者の女性が声をかけてくる。
私はちらりとその赤い肌の魔族の女性を見て会釈をしてから、馬を少し走らせる。
「うぉぉ……これが魔界かぁ……!」
隣では魔界の殺風景な景色に、何故かテンションが上っている様子のメイ。
こんな所、3日もいれば鬱になってしまいそうな気がするが。
そこへ、さっき門の前で別れたばかりのサキ姉弟の姿が見えてくる。
「お。メイさーん!ベレノさーん!」
こちらの馬車に気が付き手を振るアトに、軽く手を上げて応え近くで馬車を停める。
魔族の2人は私達よりもだいぶ先にこちらへと帰ってきていたようだ。
「無事に通れたみたいっすね。ようこそ魔界へ!……つっても地上みたいに色々あるわけじゃないっすけど。」
「うふふいらっしゃ~い。ところでぇ、2人は何しに魔界にきたの~?」
自虐的な笑いを見せるアトの隣で、サキが下唇を人差し指で押し上げるようにしながら尋ねてくる。
そういえばまだこの2人には目的を話して無かったか。
「えーと……一応、魔王様に会いに……かしら?」
「そうですね……。」
「やっぱそうなんっすね!すげぇっす!」
正直に勇者サンの墓参りに来たと言っても良いかも知れないが、魔族達にとっては先代魔王の仇でもある筈だ。
迂闊に魔界でその名前を口にしないほうが賢明だろう。
「って事は行き先は当然魔王城っすよね?」
「え、ええ……もしかして、あれかしら?」
「そっすね!あれっす!」
遠方の巨大な山の中腹部に建てられたような巨大な牙城をメイが指差すと、アトが頷いて肯定する。
ここからでも見えるくらいには大きく立派な城だが、馬車であそこまで行くとなると結構時間がかかりそうだ。
「良かったらあそこの近くまで送るっすよ!」
「じゃあ……そうね。お願いできるかしら?」
「もちっす!」
再び案内役を買って出てくれるらしいアトの提案に、メイがちらりとこちらを確認するように目を向けてくるので、私は頷いた。
当然私達はこちら側の地図など持ち合わせては居ないので、案内をしてくれると言うならそれはとてもありがたい事だ。
「じゃあ姉貴、くれぐれも間違えんなよ?」
「わかってるも~ん。」
姉弟が馬車を左右から挟み込むように位置したと思った、次の瞬間。
視界が──いや空間が歪み、さっき地獄門を通ったときのような気持ち悪さが私を襲う。
たまらず一度目を閉じて気を落ち着けた後、そっと目を開く。するとそこには──。
「え……。」
「あらまぁ……!?」
さっきまでただただ荒野だけが続く道の途中に居たはずの私達は、いつのまにか大きな街らしき場所の目の前まで移動していた。
今のはまさか、転移魔法?いやでも2人が詠唱する素振りなんて少しも。
「……あの、大丈夫っすか?もしかして酔いました……?」
「少しだけ……。」
唖然としている私を心配するように、アトがそっと声をかけてくる。
酔いかけたのは確かにそうなのだがそれよりも、ただ驚いている。
「今のって転移魔法ですの!?」
「ううん。違うわ~?今のはぎゅーんとしてぼわん!ってなるやつよ~!」
興奮気味に2人に問いかけるメイに対し、サキはいまいち良くわからない説明をする。
魔法では無いもっと別の、魔族の持つ固有能力みたいな物だろうか。
「概ねその認識であってると思うっすよ。自分達みたいな青い肌の魔族だったら、だいたいできる技っすね。」
「つっても門みたいに地上まで飛べたりはしないんで、大したこと無いっすけどね!」
軽く笑い飛ばして見せるアトだが、地上だとこの手の転移魔法を習得し使いこなせるようになるのには人間基準で基本一生かかると言われている。
故にこそ地上ではその使い手の殆どが長命であり、魔法の扱いに長けたエルフ種である事が多い。
それをメイと同じくらいかそれより若そうに見えるサキと、確実にそれよりも年下であろうアトが使えるというのは私からすれば十分驚きだ。
「……青い肌の、という事は……他にも違う肌の色の魔族が?」
「そっすよ?自分らみたいな青肌……ラピ族と、赤い肌のルビ族……後は灰色の肌のメノ族とか……まぁ色々いるっすね。」
確かにさっきゲートの所に居た女性は、赤い肌をしていた気がするが。
初めて聞くような情報に、私は自分の知る世界の狭さを思い知らされる。
地上では単に魔界にいる者全てを含めて魔族としか呼称していないからだ。
「凄いですね……知らない事ばかりです。」
前方に見える街を行き交う魔族たちでさえ、その姿形はあまりに多種多様だ。
私は何だか知的好奇心を刺激されたような気がして、少しこの世界にワクワクし始めていた。
「うふふ。結構ウブなのね……かわいいわ~!お姉さんが優しく色々教えてア・ゲ・う゛ッ……!!」
それを聞いていたサキがそんな事を言いながら投げキッスなど飛ばそうとするが、そこへアトの容赦ない一撃が入りまたも撃沈する。
「いたぁい……!アトきゅんひっどぉい……!もっとお姉ちゃんの事大事にしてくんなきゃやだやだやだぁ!」
「コレは気にしないでくださいっす。馬鹿なんで。……それより、魔王城に行くならあそこの道を登っていけばそのうち着くっすよ。」
「……なんか最近襲撃があったとかで、ちょっと警備が強めになってるっすけど、まぁ襲撃目的じゃないなら大丈夫っす。」
「そうなんですね……ありがとうございます。」
泣き喚くサキを軽くあしらいながら魔王城までの道を説明してくれるアトに、私は小さくお辞儀する。
やはりその襲撃と言うのは、例の一晩で性別が変わったという謎の魔族の事だろうか。
「んじゃ、自分らはこれで!……あ!そうそう、魔族の中にはあんまり地上のヒトの事良く思ってない奴らもいるっす。くれぐれも気をつけるっすよ!」
「わ、わかりましたわ……!」
そんな忠告を残して去っていく姉弟に、私とメイは手を振って見送る。
薄々分かっては居たが、旧魔王派のような過激思想を持つ魔族は未だ健在なようだ。用心しなければ。
「……さて、メイ。覚悟は良いですか?」
「ああ……!」
2人を完全に見送った後、私はメイへと確認するように声を掛ける。
メイはどこか強気な表情で、氷鱗のペンダントをぐっと握った。
とりあえずは魔王に連絡をして、そしてできれば勇者サンの墓参りをしたいところだが。
「……あ、もしもし雪?今魔王城の近くの──。」
いつものようにメイがそんな風に氷鱗のペンダントへと話しかけ始めた、瞬間。
またしても空間が歪み、気がつけばどこか見知らぬ綺羅びやかな装飾が施された部屋の中へと馬車ごと飛ばされていた。
ここは。いや、それよりもこんな事ができるとしたら、それは。
「──おっにいちゃーん!!」
「ぐへぇっ!?」
馬車から降りたメイへ猛突進するイノシシのような勢いで突っ込んできたのは当然、魔王だ。
魔王はそのままメイのお腹へとぐりぐりと頭をこすりつけるようにして激しく甘え始める。
その隣にいる私の事などまるで眼中にないと言わんばかりに、だ。
「ゆ、雪……久しぶり。元気だったか?」
「うん!元気だったよ!」
ようやく魔王の突撃のダメージから回復したらしいメイが、兄モードな顔つきで魔王の頭を優しく撫でる。
そうしてメイに撫でられている反応だけを見れば、魔王もただの小さな女の子のようなのだけれど。
「……こほん。」
「あっ……と、とりあえず雪?兄ちゃん一旦馬車を外に……。」
真横で仲睦まじい様子を見せつけている所を邪魔して悪いとは思うが、私は小さく咳払いをしてメイへとアピールをする。
するとメイはハッとしたように魔王から手を離し一旦離れさせようとした、のだが。
「……はい!これでいいでしょ?」
指を軽く鳴らしただけで、馬車のような大きな物体を一瞬でどこかへと飛ばして見せる魔王。
さっきのサキ姉弟の転移魔法も凄かったが、やはりこっちは規格外だ。
「あ……うん……。」
完全に魔王のペースに呑まれ唖然とするメイだが、魔王のターンはまだ終わらない。
一瞬ちらりとこちらを確認するように見たかと思えば、突然メイの両手を取って握り始めた。
「じゃあ、お兄ちゃん!私と結婚しよ!!」
「……え?」
「は……?」
そうして満面の笑みから放たれた魔王の言葉の理解できなさに、私もメイも凍ったように固まってしまうのだった。




