第17話『ずっと、待っていた。』
ざっくり登場人物紹介
ベレノ:ベレノ・マレディジオネ。23歳。身長はだいたい160cmくらい。今作の主人公。黒いボサ髪に紫の瞳を持つ、ラミア族の呪術師の女性。勇者パーティのリーダーであり親友であり弟子であるメイにクソデカ感情を抱いている。ついにメイとの仲に進展があった幸せラミア。大婆様ことクリノスとは祖母の祖母の妹という親戚関係だが、互いに実の孫と祖母のように接していてた。
メイ:メイ・デソルゾロット。18歳。身長は162cm。『それでも俺は妹が一番可愛い。』の主人公。ドシスコンの社会人男性、ホムラ テンセイの魂を持つ勇者系金髪お嬢様。天然たらしの側面があり、ベレノの情緒を狂わせる。自分なりの答えを決め、それらしく振る舞おうと奮闘中。死に別れた恋人であるサンの蘇りを目論んだクリノスによって、サンの魂を入れるための器として因果を曲げ生み出された存在であり、その魂が特殊である事以外はオリジナルのサンと殆ど同じ肉体を持つ。
アルシエラ:アルシエラ・ドラゴなんとか。見た目は12歳だが、実年齢は不詳。身長147cm(角を含まない)。またの名を、ホムラ ユキ。メイの前世にあたるテンセイの妹。今は魔王をやっているが、本人は魔王の座にはあまり執着が無い。兄とその恋敵の仲が進展してしまった事をまだ知らない。
第17話『ずっと、待っていた。』
フィンゴールの街の近くにある森にて、かつて大婆様と先代の勇者サンが2人で暮らしたという古い館を訪ねた私達。
そこでは在りし日の大婆様の未練とも言うべき、魂の残滓が幽霊となって館を護り続けていた。
しかしその幽霊はメイのミスリル銀の剣を見てサンの事を思い出したのか、急に苦しみ始め悪霊へと変質してしまう。
その悪霊との戦いの最中、館の地下階層へと落下した私とメイは探索の途中でとある魔道具を発見したのだが──。
「お!上に続く階段だ!ここから上がれそうだな。」
「気をつけてくださいね……1階の廊下のように木が腐ってるかもしれませんから。」
地下から地上へと上がれそうな階段を見つけた私達はさっき倉庫で見つけた、相手の考えを読み取る力がある水晶玉の魔道具を片手に地上階へと戻る。
霊は暗い場所で活性化するという性質上、暗く狭い地下での戦闘はこちら側にとってはかなり不利になるため、地下での戦闘はなるべく避けたかったのだ。
「どこから襲ってくるかわかりませんが……できれば屋外で戦いたい所ですね。」
「そうだな……こんなとこで剣なんか振り回したら、あちこち傷だらけになっちゃうよ。」
先ほど剣で廊下を破壊した人とは思えないような発言をするメイに、私は少し苦笑する。
今登ってきた階段は先ほどメイが床を破壊して地下へ降りたのとは反対の1階廊下へと繋がっていたようだ。
「とりあえずもう一度正面入口へ行って、扉が開くかどうか──」
「ふわっ!?何か踏んだぁっ!?」
廊下を進み始めようとした所でメイが何かを踏んづけたらしく、愛らしい悲鳴を上げる。
見ればメイの足の下には、何か炭化した黒い骨のような物が転がっていた。
「……これ、私の召喚物ですね。」
「えっ……あっ……ご、ごめん……。」
どうやらこれはさっき私が召喚し、恐らく大婆様の霊に破壊されたアンデッドの残骸のようだ。
それを踏んづけたらしいメイは大慌てで足をどけて、小さく拝むようにその残骸に手を合わせた。
「アンデッドに手を合わせるなんて、不思議な事をしますね……?」
「え?そうか……?」
もう既に死んでいるアンデッドにさえ悼む心を持つ、メイの飛び抜けた優しさに私は少し目を見張る。
呪術や召喚などの魔法を使っていると必然的に幽霊やアンデッドといった死の先にある存在と関わる事が多くなるため、そういった感覚は薄れてしまうのかもしれない。
だからこそ、そんなメイならばきっとあの大婆様の魂の残滓とも呼ぶべき幽霊とも向き合える筈だ。
「……ああやって破壊されちゃった召喚モンスターって、また呼び出せたりするのか?」
「いえ……帰還ではなく破壊されてしまった場合、二度とその対象を呼び出すことはできません。もし再召喚したいのなら、もう1度その召喚対象と同種の魔物等と契約し直さなければなりません。」
「やっぱそうなのか……ゲームみたいにいくらでも出し放題ってワケにはいかないんだな。」
廊下を正面入口の方へと進みながらそんな会話をし、良くわからない例えをするメイに小首を傾げていたその時。
ぞわっとした悪寒のような物を感じ、私は咄嗟に身構える。
「この感覚……っ!」
「ええ……先程よりも、悪化してますね……!」
何かを感じたのはメイも同じらしく、即座に腰のアダマンタイトの剣を抜く。
そんな我々の前方、ちょうど正面入口のあたりに姿を現したのは、先程よりも狂気に呑まれてしまっているような様子の彼女の姿。
私達が地下を彷徨っている間に、そこらを漂っていた浮遊霊等を吸収し力を増してしまったようだ。
「素直に帰してくれる……って感じじゃぁ無いよな!」
「どのみち剣を取り返さないと帰れませんよ……!」
水晶と剣とをそれぞれ構えると、俯いたまま何か呪詛のような物を唱えていた彼女の、洞の開いた顔がこちらを向く。
どこから発しているとも知れない彼女の断末魔のような叫び声が響き渡り、僅かに残っていた廊下の窓ガラスが一斉に割れた。
「来ます!メイは彼女をなるべく抑えていてください!」
「なるべく……ね!」
右腕と一体化したメイの剣を半狂乱に振り回しながら、彼女は猛スピードで突っ込んでくる。
出鱈目な剣筋とはいえ、当たれば怪我では済まないだろう。
「っ!その剣!一応今は俺のだから、返してもらえるとありがたいんだけどッ!」
「アアァアァ!!カエセカエセカエセカエセ!!」
悪霊化した彼女に普通の言葉はもはや通じないようで、振り回される剣をメイは自らの剣でなんとかいなし続ける。
その間に私は水晶を手に、荒れ狂う彼女の姿をその中に捉え魔道具を起動する。
これで彼女の未練がはっきりとすれば、成仏させられるかも知れない。
「っ……文字が……!?」
しかし事態はそう簡単には上手く行かないようで、水晶玉に映し出された文字は目にも止まらぬ速さで次々と変わっていく。
さらには彼女の精神状態を反映するように、水晶が赤黒い色に染まり呪詛のような物が渦巻き始める。
「どうだ!?ベレノ!」
「まだです!もう少し耐えて!」
「っく!なるべく早く頼む!腕が痺れそうだ!」
激しい乱撃を受け止め続けるメイが徐々に圧されていく中、私は必死に水晶玉の中に浮かんでは消える文字の解読を試みる。
ほとんどは淋しいや悲しい、悔しいと言った負の感情ばかりだ。
だがそれを発生させている根幹となる原因を見つけなければ、今の彼女には届かないだろう。
私はもう一度思考を巡らせ考える。彼女は恐らくこの館を護り続けながら、愛する人の帰りを待っている。
だがその人はもうとっくの昔に亡くなっている。ならばその事実を告げるか?いや、逆効果だろう。
となればやはりここは、サンの生まれ変わりたるメイに何とかしてもらうしかない。
「メイ!彼女に何か言葉を!」
「何かって!?」
「ええと……もう大丈夫、とか!?」
「っ!もう、大丈夫!止まってくれ!」
「アアアッ!!ドコヘイッタノ!?ワタシノ……ワタシノダイジナ……!カエセェッ!!」
彼女を止めることができそうな言葉を私が考え、メイに言ってもらうが彼女が止まる気配はない。
考えろ。彼女の言葉、心の声から推理しろ私。彼女は何故しきりにカエセと叫んでいる?
何を、あるいは誰を?先代の剣?それとも先代そのもの?剣ならばメイの剣を拾った時に成仏しているはずだ。
となるとやはり後者、先代そのものを返して欲しがっている。だがそれは無理というものだ。
既にそれを判断する理性が無いのかもしれないが、メイの姿を見て止まらないのなら他に手が無い。
「……淋しい、悲しい、どうして、独りは嫌……帰ってきて……、っそうか!」
もう一度水晶を覗き込み、目まぐるしく変わる心の声に目を凝らす。
この言葉から推察すると彼女が本当に欲している言葉は──。
「ぐぁッ……!」
「メイ……!一か八かです!この言葉を彼女に……!」
「……っ!?なるほどな!」
大きく弾き飛ばされ、尻もちをついたメイに私は咄嗟に耳打ちをする。
もし私の推察が正しければ、これで彼女を止められる筈だと。
「ウァアアアッ──!!」
「っ……、……ただいま!クリノスッ!!」
剣を振り上げ眼前へと迫る彼女へとメイが小さく深呼吸をして言葉を放ち、その声は館の廊下中へと響き渡る。
途端、今まさに剣を振り下ろさんとしていた彼女の動きが、ぴたりと止まった。
それと同時に彼女の身体からは淡い光が溢れ始め、光の粒となって空へと登っていく。
「や、やったのか……?」
「ええ、きっと……ずっとその一言を待ってたんだと思いますよ……彼女は。」
そして彼女が完全に消え去る間際、私とメイは安心したような彼女の声を確かに聞いたのだ。
「ああ……おかえりなさい、サン……。」
◆◆◆
かくして無事に館の調査と幽霊退治を終えた私達は館の中にあったいくつかの品を持って、フィンゴールの街への帰路につく。
「……うーん、こうやって見てみると……結構似てるよなぁ。」
館からの帰りの馬車の中で、持ち出してきた絵と私とをまじまじと見比べながらそんな風に呟くメイ。
今メイが手に持っているのは、おそらく若かりし頃の大婆様と思われる人物画だ。
「まぁ……大婆様と私は一応親戚ですからね。」
あまりに熱心に見ているメイに私は小さく苦笑しながら、同じく館から持ち出したもう1枚の絵へと目を向ける。
こっちの絵は間違いなく昔の勇者サンの絵だろうが、メイの家に飾ってあった物と見比べると少し表情が柔らかい気がする。
「不思議だよな……こうしてかつて一緒に暮らしてた2人の子孫が、知らないままに偶然出会うなんて。」
「……そうですね。案外、そういう運命だったのかもしれません。」
サンの絵の隣に大婆様の絵を置いたメイが、私の隣に座りながら小さく笑う。
私達は在りし日の彼女たちのように、幸せだと思える日々を送れるだろうか。
「……俺、最初は色々とすっごい不安だったけど……今はこれで良かったって思ってるよ。」
「……というと?」
そっとメイが手を差し伸べてくるので私はその手をしっかりと握り返しながら、小さく首を傾げて問い返す。
事故の衝撃でいきなり前世の記憶が蘇って、しかもそれが別の世界の男性としての記憶だなんて事になれば誰だって不安になると思うけれど。
「あの時、俺の事……前世の記憶の事を最初に話したのが、ベレノで良かったなって……。」
「もしベレノ以外の……例えばデソルゾロット家の家族とかに話してたら、間違いなく病院かどこかに連れて行かれてただろうしな。」
少し反応に困るような事を苦笑しながら言ってのけるメイに、私も釣られて少し笑ってしまう。
確かにあの時あんな突拍子も無い話を聞いて、信じてみようと思ったのは何故だっただろうか。
まだあの頃は出会ってそう時間も経っておらず、今程信頼しあえる関係では無かったはずだ。
「……なんとなく、ですけど……あの時のあなたは、何だか誰かに助けを求めているように見えたので。」
「んー……まぁ、そうかもな。……あのままお嬢様のフリをし続けてたら、遅かれ早かれ俺はおかしくなってたかもしれないし。」
「笑えませんよ……その冗談は。」
「ははっ……そうか?」
相変わらずな苦笑いを浮かべながら、メイはそっと私の腰に手を回して軽く抱き寄せてくる。
私はそんなメイの方へと身体を預けるように少し倒して、尻尾を少しだけメイの左足に巻き付けた。
「……前に、元の世界に戻りたいかどうかは聞いたかもしれませんけど……。」
「ん?そうだな。それで確か、妹が居るこっちの世界のほうが良いって言った気がする……。」
「はい……だけどもし、男性に戻れるなら……メイは、戻りたいと思いますか?」
自分でも少し踏み込んだ質問だとはわかりつつも、こんな時でも無いと聞けないと思い聞いてみる。
これまでのメイの口ぶりや振る舞いからして、メイとしては今も自分は男性のつもりなのだろう。
しかし事実として肉体はどう見ても女性なわけで、その辺りの事で困っていたりしないか私としては心配なのだ。
「ん、んー……んんん……?ちょっとまってくれ……それ、結構悩む質問だな……?」
「ふふっ……例えばの話ですから、ゆっくり考えてもらって大丈夫ですよ?」
思いの外真剣な様子で悩み始めたメイに、私は苦笑しながらその答えが出るのをじっくりと隣で待つ。
普通に考えるなら自らの認識に見合った肉体のほうが良いのだろうけど、即答せずこれだけ悩んでいるという事はそう簡単な問題でも無いのだろうか。
「……すっごいアレな話なんだけど。」
「……はい?」
たっぷりと時間をかけて悩んだメイが唐突に語り始めたので、私はその声に耳を傾ける。
アレな話?どれの話?
「俺……もし男の身体に戻ったとしたら、今までみたいにベレノと同じベッドで寝たりはできないかもしれない……。」
「っ……それは、何故です?」
薄ら笑いを浮かべながらどこか気不味そうに目をそらすメイに、私は思わず問い返す。
身体が女性から男性になる事によって何かがそこまで変わるとは思えないのだが、サイズ的な心配の話だろうか。
「そりゃぁ……ねぇ……?」
「……?」
笑って誤魔化そうとするようなメイの考えが何処か読み取れず、私は再び小さく首を傾げる。
そこでふとさっき活躍した水晶玉のことを思い出し、こっそりとメイの考えていることを読み取ろうと試みる。
しかしそこに浮かび上がった文字を見て、私は小さく硬直した。
「じゃっ……じゃあ逆に、私が男性になったらどうします?」
完全に余計な質問だとはわかりつつも、私は少し顔を赤らめながらに好奇心からメイへと聞いてみる。
「えー?そうだなぁ……んーでも、別にどうもしないかな?多分今と変わらないと思う。」
「……ベッドも一緒ですか?」
「一緒……かなぁ……。」
同じ組み合わせのはずなのに何故か今度は一転してベッドも一緒だと主張するメイに、私は納得が行かない。
あなたが思っているより私は、あなたに対して──。
私はそんなもやもやした気持ちをぶつけるように、八つ当たり気味に強く抱き着くのであった。
◆◆◆
森からフィンゴールの街へと戻ってくる頃には、昼過ぎになっていた。
木が腐った床に気をつけながら館の中を見て回るのに随分と時間がかかってしまったらしい。
私とメイはフィンゴールの街の酒場で遅めの昼食を取りながら、今後の予定についてを話し合う事にした。
注文を終えた後、料理が届くまでの間に机の上にここ周辺の地図を広げて、私はメイへと説明を始める。
「さて……今現在我々がいる街がここ、フィンゴール。……そして、目的地である地獄門がある砦がこのあたりです……多分。」
「そんなに遠くは無さそうだけど、多分って……?」
向かい側に座るメイが地図を覗き込み、砦らしき物がどこにも描かれていないのを見て、不思議そうな顔をする。
それもそのはずで、そもそもあの砦と地獄門は国の最重要機密とも言える存在だ。
機密保持の観点から見ても、地図にわかりやすく示すような事はしないだろう。
「詳細な場所が不明なんです。……まぁ小さな家を探すのとは違うので、近くまで行ければ見つかるでしょう。」
「そう言われると何か不安だなぁ……。」
そう苦笑するメイの後方から突然、怪しげなローブ姿の人影が静かに近づいて来た。
背丈は私とメイより少し大きいくらいだが不自然に膨らんだフードの形を見るに、頭部に角か何かを持つ者のようだ。
しかしどう見ても、竜人族程は体格が良いようには見えない。
「……もしかしてゲートを探しているのかしら~?」
その怪しげなローブの人物は、どこか色気のあるような女性の声で問いかけてくる。
どうやら私達の会話が聞こえていたらしい。
「……あなたは?」
私はメイに目線で合図を送ってから、少し警戒しながらそのローブの人物へと問い返す。
するとその人物はローブのフードを外し、その素顔を顕にした。
ひと目見て地上の種族では無いとわかるような青い肌、ピンク色の長い頭髪とそこから伸びる牛のような2本の角。
瞳は怪しい赤紫に輝き、白目と呼ぶべき部分が夜の闇のように黒いこの女性は──恐らく魔族だ。
「あら、ごめんなさい。名前も名乗らずに怪しいわよね?だけどどうか怖がらないで、何もしないから。ね?」
パチリとウィンクなど飛ばしてくる謎の推定魔族女性に、私は警戒心を強くする。
「……もしかして、魔族のヒト……ですの?」
気になったら聞かずにはいられないらしいメイが、おずおずとその女性へと問いかける。
少なくとも私の知る範囲では、この女性のような特徴を持つ地上の種族は居なかったように思う。
「あら……?あらあら……?ごめんなさい、私どうやら勘違いしちゃったみたいね……うふふ。」
女性はメイを見るなり何かに気がついたようで、ひとりで勝手に納得して今度は笑い始める。
何なのだろうかこの人は。あまりにマイペース過ぎないだろうか。
「ああごめんなさいね、1人で盛り上がっちゃって……。その通り、私は貴方達の言うところの魔族よ。」
「そして名前は、サキ。気軽にサキちゃんって呼んでね。うふふ。」
「ど、どうも……サキさん。」
ようやく自己紹介をしたかと思えばウィンクに続いてメイへ向かって投げキッス等を飛ばすサキと名乗る確定魔族の女性。
まず間違いなく変な魔族だろう。変な人筆頭のメイが軽く引いているレベルだから、かなりの物だ。
「……それで、その魔族のサキさんは私達に何か?」
「ああん、そうよね。そうだったわ。でもよく見たら違ったし……。」
「……我々にもわかるように、お願いできますか?」
また1人で勝手に納得して終わらせようとするサキに、少々苛立ちを募らせながらも私はなるべく丁寧にお願いする。
先程からちらちらと隙間から見えている肌面積的に考えて、そのローブの下はほぼ下着姿のような格好では無いのだろうか。
それとも魔界ではそのような服装が普通だったりするのだろうか。参考になりそうな人物が魔王しか居ないため、何とも判断しづらい。
「やぁん。そう怖い顔しないで?可愛いお顔が台無しよ?ああそうだ、魔界から持ってきたお菓子があるの。お一ついかが?ちょっとエグみが強いかもしれないけど。」
「……っ!」
凄まじい勢いで話が脱線していくサキとの成り立っているかも怪しい会話に、私の中のストレスゲージが急上昇していく。
レイヴィアの街で出会ったカグラとはまた別の意味で苦手なタイプかもしれない。
このお喋り具合はどちらかと言えばモニカに近いが、本題が進まないという意味ではそれよりもっと酷い。
「……あの、サキさん?サキさんは私達に何か用事があって話しかけてきたわけではないのですか?」
私のイライラを察したらしいメイが、自分が代わりにとサキへの質問を行う。
このまま続けていたら口より先に尻尾が飛びかねないので、それはとても正しい選択だろう。
「え?ああ、そうね。えっと……多分貴女から……うん?貴女……不思議な形をしているのね?珍しい~。」
「えっと……?」
やっと進むかと思った矢先に一瞬でまた脱線し、意味不明な事を言いながらケラケラと楽しそうに笑うサキを見て、メイもかなり困惑した表情を浮かべる。
「ああごめんなさいまた脱線しちゃったわ。よく言われるのよね、ほら私ってば結構ドジじゃない?こないだなんてね──」
「ああっもう!何なんですか貴女は!私達に用があるんですか!?無いならどこかへ行ってもらえませんか!?」
謝罪を口にしながら脱線しさらに爆走を続けようとするサキに私は机を強く叩いて抗議し、叫ぶ。
だってこんなの、あまりにも。あまりにも酷い。
「ベ、ベレノ……?落ち着いて……ね?」
「っ……ううう……!」
突然激昂した私に少し怯えつつも、宥めるように側に来てそっと頭を撫でてくれるメイの首元へと私は顔を埋めて、なんとか尻尾が出そうになるのを耐える。
「そうよー?イライラはお肌に悪いわよー?あ、良かったら私が使ってる化粧水の作り方を──」
「あー!ダメダメ!ベレノ!待て!落ち着け!ステイ!ステイだ!」
まるで他人事のようにそう言って関係ない話を続けようとするサキと、怒りで荒れ狂う私の尻尾を必死に抱えて押さえつけるメイ。
この世に神がいるのなら、どうかこのお喋り魔族の口を縫い付けてください。
「うふふ、面白い子達ね~!」
ひとり楽しそうに笑うサキの態度に、思わず蛇睨みが出そうになった、その時。
サキと同じ色のローブを身に纏った子供のような小さな人影が外から入ってきたかと思えば、真っ直ぐにこちらへと近づいて来てサキの露出の高いその腹部へと、拳で強烈な一撃を叩き込む。
その痛恨の一撃に小さく呻き声を上げ床へと倒れるサキと、そのサキの足を掴んだかと思えばそのまま店の端っこの方まで引きずっていく小さな人影。
引き摺られめくれ上がったサキのローブの下はやはり、殆ど下着のような格好だった。
「お、お待たせいたしました……!」
そこへいつからか事態を見守っていたらしい店員の男性が、少し震えるような手つきで机の上に注文した料理を並べていく。
ごたついている私達を見て、ずっと料理を運び入れるタイミングを見計らっていたのだろうか。
「……えーと……と、とりあえず……食べようか?」
「……いただきます。」
メイは店の端っこへ引き摺られ倒れたまま動かないサキをちらりと見てから、私にそう提案する。
なので私は小さく手を合わせてから、やけ食いのように遅めの昼食を摂り始めるのだった。
◆◆◆
昼食を終えて少しして、腹が満たされ心も落ち着いて来た頃。
そろそろ店を出ようかという時に、メイがちらりと後ろを振り返る。
その視線の先には先程の魔族の女性サキと、そのサキを何か叱りつけるように指差す小さい方のローブの人。
でもだってと言い訳を繰り返すサキの脛を容赦なく蹴り飛ばしている。
「……どうする?」
私の方へと向き直すと苦笑しながら尋ねてくるメイ。
どうするも何も、向こうに用事が無いのなら放っておけば良いのでは無いかと思うが。
しかし間の悪い事に私達は今地獄門の正確な位置を求めていて、ちょうどそこに知っていそうな魔族が居ると来ている。
「……、……あっちの小さい方のヒトに聞いてみましょう。」
あの自由すぎるお喋り魔族を叱りつけている分いくらかはまともな人物だろうと判断して、私達はそっとその2人のテーブルへと近づいていく。
ローブから見えたサキを指差す青い腕の色を見るに、こっちの人も魔族なのだろう。
「あのー……。」
魔族の2人へとメイがそっと声をかけると、小さい方がハッとしたようにこちらを向いた。
かぶったままのフードの奥にはサキと同じようなピンク色の髪と、赤紫の瞳が見える。
もしかして血縁者だろうか。
「……うちの馬鹿がご迷惑をおかけしたようで。申し訳ないっす!」
フードを取りサキに比べ少しこぶりな2本角を顕にしたかと思えば、開口一番に素早い謝罪から入ってくるその魔族の男性。
見た目だけで判断すると、人間の10歳ほどの子供に見えるくらいには若い顔立ちをしている。
「やぁん酷い!私何もしてないもん!」
「口を閉じろ馬鹿!というかお前も謝れ!」
「いやぁあ!」
めそめそと泣きべそをかきながら自らの無罪を主張するサキの角を掴み、容赦なく机へと頭を押し付ける。
別にこちらは謝ってほしくて声をかけに来たわけではないのだが。
「そ、そのあたりにして……!私達は別に全然怒ってませんから……!ね!?ベレノ!」
「……はい。」
その光景にやや引き気味になりながらも何とか宥めようと私に話を振るメイに、ほんのり不満を含んだ返事をする。
確かに怒っていたわけではない。あまりの話の通じ無さに発狂しかけていただけだ。
「いや!こいつは喋るだけで他人をイラつかせる天才なんで!本当!申し訳ない!」
「痛い痛い痛い!アトきゅんお姉ちゃん角折れちゃう!」
「いっぺん折れろ馬鹿姉貴!」
それでも容赦なく姉であるらしいサキの頭を机に押し付け続ける弟に、流石の私も少し心配になってきた。
そろそろ止めたほうがいいだろうか。店の机が壊れる前に。
「ス、ストップ!そこまで!そこまでですわ!謝罪の気持ちは十分伝わりましたから!ね!?」
「……そうっすか?」
「ほらぁ!この子もそう言って──痛ぁい!?」
メイの説得にようやくサキの角を離した弟だったが、その瞬間喋りだしたサキの頭をもう一度だけ机へと叩きつけた。
あまりに容赦がないその行動に、この2人は普段からこんな感じなのだろうと容易に想像できる。
「……申し遅れました。自分の名前はアト、でこっちの馬鹿が一応姉のサキっす。見ての通り、地上で言うとこの魔族っす。よろしくっす。」
「よ、よろしくお願いしますわ……。」
机に伏せたままめそめそとすすり泣いているサキを親指でさしながらそう自己紹介をした、アトと名乗る魔族の少年。
そっと差し伸ばされたその小さな青い手に、メイが握手で応じる。
地獄門が開放され比較的自由に魔界と地上を行き来出来るようになった事から、魔族が地上に居てもおかしくはないのだがそれでもやはり珍しいと思ってしまう。
事実、魔王やその側近以外の魔族とこうして話すのは初めての事だ。
「あ、私はメイ!それでこっちがえーと……家族のベレノですわ!」
「どうもメイさん、ベレノさん。よろしくっす。」
思い出したように慌てて自分も自己紹介をしながら、私の事を家族と紹介するメイに私の尻尾は少しだけそわそわと揺れる。
友達でも恋人でもなく、家族。家族か。結構良い響きかもしれない。
「あー……もしかしてお二人、何か魔界由来の物持ってるっすか?多分この姉貴は、それでお二人を同族だと勘違いして話しかけたんだと思うっすけど……。」
「魔界由来……?あっ、もしかして……。」
アトからのそんな指摘に少し考えた後、メイはもしやと気が付き胸元から氷鱗のペンダントを引っ張り出す。
そういえばこれは確か、魔王の身体の一部なのだったか。
つまりサキはメイが持つこの氷鱗の気配を、同じ魔族の物だと思って声をかけてきたという事だろうか。
「ああ、それっすね。……いや、それ何っすか?氷の鱗……?」
「え、えーっとこれはー……。」
「……知り合いの魔族から貰ったお守りです。詳しいことは知りません。」
怪訝そうな表情で氷鱗について追求してくるアトに、メイがわかりやすく目を泳がせ口籠るので、私はメイの代わりに回答する。
知り合いの魔族だ、何も嘘は言っていない。
「そうなんすね。ってことはお二人は魔界にはもう行ったっすか?」
「いえ、これから行く所で……そのー……地獄門の場所がわからなくって。」
魔界に行ったことが無いのに知り合いの魔族から貰った。という点に少し引っかかるような表情を見せるアトだったが、特にそれ以上の追求は無い。
私は先程の地図を懐から出して広げると、アトへと見せた。
「あー、なるほど……地上の地図には描かれてないんすね。……もし良かったら自分が案内するっすよ。どうせそろそろ戻らないといけないんで。」
「本当ですの!?とても助かりますわ……!」
地獄門までの案内役を買って出るというアトに、メイは嬉しそうにそのアトの手を両手で握る。
そんなメイの行動に少し照れたような満更でも無さそうな反応をするアト。
どうだ、うちのメイは可愛いだろう。
「……やはり魔族は地上での活動には限界があるんですか?」
「そっすね。まぁ不便っちゃ不便ですけど、こればっかりはどうしようもないっすね……。」
「ああでも別に多少長居したところで即死するわけでもないんで!自分らはそんなに気にしてないっすよ。」
笑って良いのか少し判断に困るような事を笑って言ってのけるアトに、私は少しだけ同情する。
魔王のような規格外の存在でも無ければ、やはり魔界と地上を行き来するには地獄門を通らなければならないようで。
それは地獄門から一定の範囲、つまり行って無事に帰ってこれる範囲までしか地上を見て回る事が出来ないという事だ。
「……出発するのは明日の朝でも大丈夫ですか?」
「それはもちろん構わないっすよ。じゃあ明日の朝、街の北側の入口のところで集合って事で。」
いざ魔界に乗り込むとなると色々と準備というか、気持ちを作る時間が欲しい。
主に魔王に対してどう対処をするかという問題だが、その辺りは最悪メイが居れば魔王も無茶な真似はしないだろう。多分。
そうして私とメイは魔界に乗り込むための最後の準備を兼ねて、一度フィンゴールの街の宿屋へと戻るのであった。




