第16話『館を守る者』
ざっくり登場人物紹介
ベレノ:ベレノ・マレディジオネ。23歳。身長はだいたい160cmくらい。今作の主人公。黒いボサ髪に紫の瞳を持つ、ラミア族の呪術師の女性。勇者パーティのリーダーであり親友であり弟子であるメイにクソデカ感情を抱いている。ついにメイとの仲に進展があった幸せラミア。
メイ:メイ・デソルゾロット。18歳。身長は162cm。『それでも俺は妹が一番可愛い。』の主人公。ドシスコンの社会人男性、ホムラ テンセイの魂を持つ勇者系金髪お嬢様。天然たらしの側面があり、ベレノの情緒を狂わせる。自分なりの答えを決め、それらしく振る舞おうと奮闘中。
アルシエラ:アルシエラ・ドラゴなんとか。見た目は12歳だが、実年齢は不詳。身長147cm(角を含まない)。またの名を、ホムラ ユキ。メイの前世にあたるテンセイの妹。今は魔王をやっているが、本人は魔王の座にはあまり執着が無い。兄とその恋敵の仲が進展してしまった事をまだ知らない。
第16話『館を守る者』
龍神教の本部があるドラールの街で、探していた廃教会に関する情報を得るだけのはずが色々と想定外な出来事が起こった。
ドラールでモニカに突然再会した事や、その廃教会が実は教会ではなく古代の霊廟だったという話もそうなのだが。
やはり何より一番驚いたのは、メイが私に交際をすっ飛ばしての求婚をしてきた事だろうか。もちろん、嬉しい事なのだけれど。
「……どうして、あのタイミングだったんですか?」
私は馬車の御者席で、ここ数日間ずっと左手に見えていた海が徐々に離れていく様を眺めながら、隣に座るメイへと問いかける。
あの時大教会の前で突然光りだした大婆様の手記。
その手記に出現した新たなページに記された最後の目的地である、二人が晩年までを過ごしたという森の館へと私達は向かっていた。
「ん?んー……まぁ、なんていうかその……いつまでも悩んでばっかりじゃダメだよな、って思ったと言うか……。」
「……懺悔室で何か言われました?」
どこか言いづらそうな様子のメイに、私は何気なく問いかける。
メイが一体どんな内容を懺悔室で話したのか、そしてそれに対し何を言われたのかは詳しく聞いていなかった。
もし心境の変化があったとしたら、そこなのだろうかという私の勝手な予想ではあるのだが。
「あっ、いや……!」
「……モニカですか?」
まるで聞かれたくない事を聞かれたように、メイはギクリとした反応を示す。
そんなメイの方へと振り返り、私は懐疑的な目で問い詰めるように顔を近づける。
「ちょ、直接面と向かって言われたわけじゃなくって……あくまでその、懺悔室のシスターとして……な?」
「ふぅん……?それで?一体何を吹き込まれたんです?」
やはりかと少し納得しながら、私はメイの腕を取るとしっかりと自分の腕と絡めて手を繋ぐ。
何か知り合いから言われたのだとしたら、顔も知らないシスターの言葉よりはメイには響くだろう。
「吹き込まれたってそんな……別に……その、自分の気持に正直になりなさいって言われただけだよ。」
「……正直になった結果が、いきなりの求婚だったんです?」
少しニヤついてしまいそうになるのを何とか堪えて、メイの指に自分の指を絡めるように握り直す。
するとメイは少し頬を赤くして、ちらりと一瞬だけこちらを見た。
「ん、ん……まぁ……ずっとタイミングを逃していたというか……この先ベレノと離れるような事は、俺としても想像つかないよなー……って。」
「っ……、……だからって、物には順序ってものがですね……。」
照れ隠しのように苦笑しながらさらりとそんな事を言ってのけるメイに何故だか悔しさを感じてしまって、離れていく海岸線に誤魔化すように目を戻す。
「ああ、わかってる……だから、ベレノ。これからたくさん、今までの分も含めて……それっぽい事をしよう。」
「……なんです、それっぽい事って?」
期待で胸は高鳴り頬が熱くなっていくのを自分で感じながらも、私は振り返らないままに問い返す。
きっと今表情を見られたら、私はダメだろうから。そう思って自らの下唇を軽く噛んだ、その時。
メイが突然私を強く抱き寄せて、背中側から抱き締めてきた。
「っ……!?」
「……デートで手を繋いだりとか……色々、恋人っぽい事……とか?」
少し自信無さげに私の耳元でそう囁くメイの声に、私の心拍数は一気に跳ね上がる。
デート、恋人っぽい事。メイと、恋人っぽい事……!?
「べ……別に手を繋ぐくらいなら、いつもしてたじゃないですか……。」
「それはそうなんだけど……俺としてはやっぱ、男としてベレノをリードしたいかなって思うんだけど……それじゃダメか?」
揚げ足を取るような私の言葉に困ったように笑いながら、メイは私を抱き締める力を強くする。
ダメなわけが無い。して欲しい。メイに手を引かれて、二人で仲良く街を見て回りたい。
なのに私は素直にそうして欲しいと何故言えない。何故今更になって、こんなに恥ずかしく。
「……そんな事言われたら……私、期待しちゃいますよ?」
「もちろん。俺なりに頑張って応えてみるよ。」
それ以降私は何も言い返せなくなって、ただ俯いたまましばしの間メイに抱き締められ続けたのだった。
◆◆◆
馬車は走り続けさらに数日後、ついに地上での最後の目的地である森の館近くの街へとたどり着いた。
街の名はフィンゴール。そこそこの発展度にそれなりの活気と入流量を持つ至って普通の街だ。
もっともそれは魔界へと通ずる地獄門から最も近い位置にある街である、という事を除けばだが。
きっと先代勇者がこんな地に終の棲家を構えたのも、地獄門から来る魔族たちを監視する為だったのだろう。
私達は早速街へと入ると厩に馬車を預け、例の館の情報を聞き込みに回った。
「……さて、今日集めた情報をまとめてみましょう。」
フィンゴールに到着したときには既に昼過ぎで、情報集めをしている間に夜になってしまった為、今日はフィンゴールの宿屋で一泊する事にした。
ベッドの上で向かい合うように座る私達の間には、大婆様の手記の追加ページが開かれている。
魔王への定期連絡も先程済ませたようなので、今日はもう邪魔をされる心配は無いだろう。
「えっとまず……道具屋おじさんの話だな。確か……”あそこは呪われた森だ。地元の奴らは近づきたがらないよ。”とか言ってたっけ。」
「そうですね。それから街の子供達の証言では……”森の奥に古い館がある。””おばけが出るらしい””度胸試しに入った子が怖い声を聞いた”などなど……。」
おばけというワードが出た途端にメイの顔色がわかりやすく変わるのを見て、私は小さく笑う。
「その辺りまではよくある噂話の類ですが……気になった話が1つ。」
「ああ。酒場に居たお爺さんの話だろ?……”前に皆で館を解体しようとしたが、恐ろしい影を見て全員逃げ出した”って奴。」
夕方頃だと言うのに既にお酒も入っていたようだし、実際にはどこまで信用できるかはわからないが実に興味深い話だ。
とにかく例の館の存在を知る者たちからは揃って、何か霊的な物による恐怖体験のような話が出てきている。
もしかすると、何か良くない悪霊か死霊の類が住み着いているのかもしれない。
「……どうします?」
「ど、どうするって……そりゃ見に行くしか無いだろ……?」
「ほぼ確実におばけが出そうですけど……。」
「っ……!わかってるよ……!」
念のためにと思ってメイに確認を取ったのが、誂われていると思ったらしく何だか拗ねられてしまった。
霊的な物ならば呪術師である私の得意分野なので、最悪メイはここで待機でも良かったのだが。
「ふふ……じゃあ、そうと決まったら明日に備えてそろそろ寝ましょうか?」
「ん……あ、その前に1つだけ。ちょっとベレノに聞きたいことがあったんだよね。」
ここ数日の馬車移動の最中、もっと互いの事を知ろうという事でメイとは色々な話をした。
好きな物嫌いな物。やりたい事、やりたくない事。2人で決めた2人の間の約束事、など。
だと言うのに、今更改まって何だというのだろうか。
「……はい?何ですか?」
「えーっと……召喚魔法の事なんだけどさ……。」
それは技術的な事というより、どちらかと言えばメイの好奇心的な物から来る質問だった。
しかし私も話している間についつい熱が入ってしまって、結局私達は少し寝不足な翌朝を迎える事になるのだった。
◆◆◆
翌朝。
遅くまで話し込んでしまった私達は共に、かなり遅めの時間に目を覚ます事になった。
それも魔王からの朝の連絡によって起こされるという、そこそこ寝覚めの悪い方法でだ。
眠そうな声で魔王と話をしている隣のメイを寝ぼけ眼で見た後、私は温もりを求めるようにしてメイの脚へと頭を預ける。
「……うん、今日は昨日言ってた街の近くの森に調査に行くつもり。それが終わってもう少ししたら、そっちに着くと思うぞ。」
一瞬こちらを見たメイが小さく笑って、魔王との会話を続けながらも私の頭をそっと撫でてくれる。
そんなメイの優しい手の温もりに微睡んだ私が二度寝に入ってしまうまで、そう時間はかからなかった。
「──ベレノ。……そろそろ起きてくれ。おーい、ベレノー?」
ゆさゆさと身体を揺さぶりながら私の名前を呼ぶメイの声で、いつのまにか途切れていた私の意識は呼び戻される。
しまった、あまりの心地よさにうっかり眠ってしまったのか。
「……おはよう、ございますメイ……。」
なんとか上体を起こして、重たいまぶたのままでメイへと朝の挨拶をする。
だめだ、眠い。もう少し……もう少しだけあの温もりに浸っていたい。
なんて事を考えていると、突然メイが私を強く抱き締めてくる。
「おはよう、ベレノ……。まだ、眠そうだな?」
「っ……はい、少しだけ……。」
苦笑しながらそう言ってしっかりと抱き締めるメイに少し驚くも、そういえば先日そんな約束をしたのだったと思い出す。
2人で決めた、それっぽい約束の1つ。朝起きた時と寝る前に、こうやってお互いにハグをする事。ああ、温かい。
「……ベレノ?そのまま寝ちゃダメだぞ?おーい?」
「っ……!……起きてますよ……はい……。」
心地よい温もりに危うく一瞬また眠りに落ちかけたが、メイの呼びかけでなんとか起きる事に成功した。
いつまでもこうしてくっついていたいけれど、そうしていると何もできなくなってしまうのは中々の欠点だ。
「ごめんな、結構遅くまで話し込んじゃって……。」
「いえ……中々面白い話でしたよ……ふぁーぁ……。」
そう謝罪するメイに返事をしている途中で、私の口からは大きなあくびが出てしまう。
そして口を閉じた後でメイに見られている事に気がついて、慌てて自分の口を塞いだ。
「ふっ……目、覚めたみたいだな?」
「……おかげさまで。」
そんな私を見て小さく笑うメイの姿に少し恥ずかしさを感じながらも、離れる前にもう一度だけメイを強く抱き締め返した。
◆◆◆
少々遅めの朝食をとった後、私とメイは早速件の館に向かうべく馬車へと乗り込んだ。
街から館があるという森まではそう離れても居ないが、もし本当にそれが探している館なのだとしたら、何か持ち帰れる物があるかもしれないと考えたからだ。
「朝だって言うのに、森の中は結構暗いな……。」
ガタガタと揺れる馬車の中から外の様子を伺うメイが、不安そうに呟く。
ずらりと並んだ大きな木々が陽の光を遮り、森の中は鬱蒼とした雰囲気に包まれている。
街の人達もあまり出入りをしないというのもあって、かつては整備されていたであろう道にまで木の根が侵食してきているようだ。
「そうですね……それに何だか、やけに静かです……鳥の声も聞こえません。」
どこからか漂う悪寒にも似た嫌な雰囲気が、森の奥へと進むほどに徐々に濃くなっていくのを感じる。
この様子ではやはり、例の館には何か居ると見てまず間違いないだろう。
「……到着したようです。メイ、行けそうですか?」
「あ、当たり前だろ!」
馬車が止まったのを確認した後、私はメイへと声をかけて馬車を降りる。
震える手で既に腰の剣に手をかけている様子を見るに、明らかな虚勢を張っているのは見え見えだ。
不安げにきょろきょろと周囲をしきりに確認するメイを連れて、私は馬車の正面へと回る。
するとそこには錆びついて今にも朽ちそうながらも、未だ門としての役割を果たし続ける大きな鉄門がそびえ立っていた。
その上門には幾つもの立入禁止の看板と共に鎖やロープが巻き付けられており、絶対に門を開かせないという強い意志を感じられる。
「正面からは入れ無さそうですね……どこか入れそうな所を探してみましょう。」
「ん、そうだな……どっかに穴とか──。」
私の提案に対してメイが返事をしながら何気なく門へと触れた、その瞬間。
巻き付けられていたロープや鎖が一斉に何か強い力でも加わったように独りでに引きちぎれたかと思えば、閉ざされていた鉄門がゆっくりと軋む音を響かせながら開いていく。
巻き付けられていた物の残骸と共に地面へと転がった立入禁止の看板を見下ろした後、メイは驚きのまま固まってしまったような表情で、ゆっくりと私の方を向いた。
「……開きましたね。」
今どう見てもメイが触れたから扉が開いたように見えたが、きっと気の所為ではないのだろう。
もちろん、メイがその馬鹿力で鎖やらを引きちぎったわけではない事はわかっている。
さっきから小刻みに震えたままのメイを、そっと尻尾で引き寄せる。
「……馬車で待っててもらっても良いですけど、どうします?」
「っ……い、行くよ……ここまで来たなら……!」
そんな勇ましい言葉とは裏腹に私のローブに必死にしがみついているメイに小さく苦笑して、私はメイの腰を支えるようにしながら進み始める。
鉄門を抜けた先には雑草で荒れ放題になった大きな花壇のような物が見えた。
そういえば大婆様の部屋には、いつも青い花が植わった鉢があったっけ。
そこから少し進んで、私達は正面入口らしき両開きの扉の前へと辿り着く。
「……覚悟はいいですか?」
「へ、変なこと言うなよ……!何も居ないよ!……たぶん。」
ドアノブに手をかけながら私はメイへと最終確認を取る。
メイは震えた声でこう言っているが、私の予感が正しければ確実に何か、居る。
念の為に懐の短杖を抜いてからゆっくりとドアノブを回すと、鍵はかかっていなかったようですんなりと扉が開いた。
途端、どこからか明らかな寒さを感じるほどの冷気が館の中から流れ込んでくる。
「……明かりを灯しますが、卒倒しないでくださいよ。」
「え……?」
困惑するメイをよそに私は静かに呪文を唱え、霊魂可視化を発動する。
杖の先端に青白い炎が灯り暗い室内を明るく照らし出す、と同時にそこに居る霊的存在の姿を顕にする。
「……ひぃぁぁああっ!?!?」
室内を埋め尽くすほどの夥しい量の幽霊の姿を目の当たりにしたメイが悲鳴を上げ、現実逃避するように私のローブの中へと潜り込んでくる。
近づく前からこの館のただならぬ雰囲気は感じていたが、それにしても多すぎる。
だがその殆どは死霊や悪霊と言うよりはただ、この霊的なたまり場に引き寄せられた何でもない浮遊霊のようだった。
「随分と溜まっていますね……少し掃除したほうがいいかもしれません。」
震えるメイの頭をローブの上から撫でながら、私は少し考える。
この霊溜まりを形成している根幹の原因である何かを見つけなければ、一時的に祓ってもまたすぐに同じ状況になってしまうだろう。
とはいえ、こう雑霊が多くては本命を見つけ出すのも難しい。
「……メイ、一旦外に出ますよ。」
「か、帰るのか!?」
「帰りません。」
「そんなぁ……!」
ローブの中から顔を出して期待の眼差しを向けてくるメイをばっさりと切り捨てる。
やっぱり今からでも馬車の中に置いてくるべきだろうか。
「……ほら、外にはおばけは居ませんよ。」
「ほ、本当か……?」
一度可視化の魔法を解除してから、そっとメイに声をかける。
もちろん外にも浮遊霊は居るのだが、見えなければ一緒だろう。
やがておずおずとローブから出てくるメイを見て、私は小さくため息を付く。
「……おばけが怖いのはトラウマが原因だって前に聞きましたけど、そんなにですか?」
「そんなにだよ!怖いよ!だって壁とか透けて……っひ!?」
私の問いかけに対し必死に反論するメイだったが、また何かに怯えるような反応をする。
そんなメイの怯えた視線の先へと目をやるが、何も居ない。
「いっ今!壁の中から出てきたおばけがこっち見てた!俺の方!」
「……見間違いじゃないですか?」
「絶対居たって!嘘じゃないよ!」
「わかりましたから、そこ退いてください……召喚陣を描くので。」
しきりに何か見たと騒ぐメイに少し呆れながら、長杖の先端で地面に召喚魔法陣を描いていく。
だいたい可視化が無くても見えるレベルの霊魂なら、私がその存在に気が付かないわけが無いのだから、きっとメイの見間違いだろう。
「……いざとなったらその剣でどうにかすればいいじゃないですか。」
「なんとかったって……幽霊に物理攻撃は効かない筈だろ!?」
ちょっぴり涙目で必死に訴えてくるメイの様子を見て、おばけへの恐怖のあまりあの事をやはり忘れているのだと確信する。
「はぁ……あなたの左手薬指についてる物は何ですか?」
「何って……ベレノにもらった……あっ!」
自らの左手薬指にはめられた髑髏の指輪を見て、メイはようやくそれが何の指輪であるかを思い出したようだ。
「幽霊に触れるようになる指輪……!」
「……攻撃が通じるなら、怖くありませんか?」
「た、多少は……?」
とりあえずメイの怯えも一旦止まったようなので、私は杖の先端で地面を2回叩き召喚魔法陣を起動する。
魔法陣が眩い光を放ち、やがて現れたのは──やや大きめな骨のネズミだ。
「……いいですかネズミさん。あの中には貴方の好きな雑霊がたくさん居ます。好きなだけ食べてください。」
召喚された骨ネズミに向かってそう語りかけると、ネズミは私の言葉を理解したのかしていないのか、小さく鳴いて指さされた館の中へと入っていく。
「な、何だ今のネズミ……骨しかなかったけど……。」
「あれはソウルイーター……弱い雑霊なんかを好んで食べる、下級のアンデッド系モンスターです。」
身体は小さいが食欲旺盛で、目についた食べられそうな雑霊を何でも食べるという性質を持つ。
使い所はそう多くはないがこういう状況にはぴったりな召喚だと言えるだろう。
「これで粗方の雑霊は綺麗になるでしょうから……少し待ってからもう1回中に──。」
そう言いかけた所で先ほど召喚に使用した魔法陣から一瞬紫の炎が噴出し、魔法陣が焼き尽くされたように破壊されてしまった。
「おわっ!?な、何だ……!?」
「これは……私が召喚したソウルイーターが、何者かに破壊されてしまったようです。」
通常の場合であれば召喚に成功した召喚対象は、与えられた役割を果たせば勝手に帰還するようにできている。
しかしその前に何者かの手に寄って甚大なダメージを受けたり無力化されてしまった場合、召喚に使用した魔法陣にその異常を知らせる反応が出力されるのだ。
そしてこの魔法陣が焼き尽くされるような反応は、召喚対象が破壊された事を意味していた。
「何か……居ますね、雑霊とは違うもっと強い何かが……。」
「な、何かって……やっぱりさっき俺の方を見てたあいつか……!?」
「かもしれませんね……とにかく、用心してください。」
何か居ることは分かっていたが、それが侵入者に対して攻撃を仕掛けてくるタイプとなると話は変わってくる。
昨日街で聞いた話を加味してみると、その何者かはまるでこの館を守護しているようだとさえ思える。
それにソウルイーターは下級とはいえ、そこいらの雑霊に負けることはまず無い。
にも関わらずこの短時間で破壊された事を考えると、一撃無いしそれに近い形でやられてしまった可能性が高い。
相手を霊的存在だと仮定しても、中級から上級相当の強さがあると見て良いだろう。
「……どうします?一旦撤退しますか?」
「撤退ったってなぁ……街の人達は手伝ってはくれないだろうし……やっぱ俺達でなんとかするしか無いんじゃないか?」
髑髏の指輪の存在を思い出して少しだけ強気になったらしいメイが、すらりとミスリル銀の剣を抜いて館を指す。
確かにメイの言う通りだ。メイが呼べば増援に魔王は来るかもしれないが、最悪この館ごと消し飛ばされかねない。
大婆様の手記に描かれた情報と照らし合わせてもここがその館であると見て間違い無いだろうから、それは避けたい。
「じゃあ……行きましょうか。……頼りにしてますよ。」
「お、おうっ……!」
私はメイの背中をそっと叩いて、再び館の中へと突入する。
まずはもう一度光源代わりの可視化の呪文を唱え、視界の確保を──。
「ベレノ!下だッ!」
「!?」
突然叫んだメイの声で、私は詠唱を中断し咄嗟に下を見る。
するとそこには私の尻尾を今まさに掴もうとしているらしい、床から伸びた白い手の姿があった。
可視化を唱えなくとも見えるレベルの霊魂を持つ存在、まさかメイが見たのはこいつだろうか。
「メイ!一旦体勢を……ッ!?」
「扉がッ!」
掴まれそうになった尻尾を動かして一旦避けた後、今入ってきた扉から外に逃げようとしたその時。
その扉が独りでに勢いよく閉じ、私とメイは館の中へと閉じ込められてしまう。
「閉じ込められました……!」
「みたいだな……ッ!」
慌ててドアノブを回すも、扉は急に石化でもしたように全く開く気配がない。
メイが私の背を守るように剣を構えながら私の代わりに可視化の呪文を唱えると、剣先に灯る青白い炎が周囲を照らし霊達の姿を顕にする。
その中に先程の白い手の主らしき霊は見当たらないが、また奇襲のタイミングを伺っているのだろうか。
「……さっきメイを見ていたという霊は、どんな姿でしたか?!」
「えっと……髪が長くて……多分女の人で……あーあと足が無かった!……っていうよりは尻尾があった!気がする!」
「尻尾、ですか……!?」
背中合わせの形で杖を構えながら、私はそれらしい霊の姿を探し回る。
髪の長い女性の霊で足が無く、尻尾。まさかとは思うが。
「……!メイ!あそこ!廊下の一番奥です!」
「追うぞっ!ベレノ!」
先ほどメイが見たと思わしき姿の霊を発見し、私は薄暗い廊下の先を指差す。
しかしすぐにその霊は扉をすり抜け部屋の中へと入っていってしまった。
それを見たメイは、私の手を引いて一目散に廊下を駆け出す。
「っ!気をつけてくださいメイ!この床──」
「わかってるって──うぇッ!?」
「きゃっ!?」
忠告をしようとしたまさに今その時、メイが老朽化し腐りかけていた床を踏み抜いて盛大に転び、そんなメイに手を引かれていた私もまた巻き込まれるようにバランスを崩す。
「ッだ、大丈夫かベレノ……!」
「……え、ええ、おかげさまでなんとか……。」
胸の下からくぐもったメイの声が聞こえ、慌てて私はそこから退く。
私はメイの上へと覆いかぶさるような形になった為、ダメージは殆ど無かった。
しかしメイは派手に転び、手にしていた剣を落としてしまったようだ。
「あーびっくりした……あれ!?俺の剣……。」
「……あっ!あそこです!」
そう私が廊下に落ちているメイの剣を指差した、その時。
すぐ近くの扉から再び姿を現したあの尻尾のある幽霊が剣のそばに佇み、まじまじとその剣を観察するような動きを見せる。
「あ!あいつ!やっぱり尻尾……っていうかあれは……?!」
「……ラミア、ですね。」
どこか親近感を覚えるようなシルエットの幽霊に目を奪われながらも、私はメイを引っ張り起こす。
顔はぼやけていてはっきりとしないが、そのシルエットは確かに私のようなラミア種の物だ。だとするとやはり、あれは。
「……大婆様、なのかもしれません。」
「……えっ?ク、クリノスさんの……幽霊、って事か?」
やがて剣からこちらへと顔の向きを変えた幽霊と睨み合うような形で、私達は互いの出方を伺うように動けなくなる。
あれは恐らく大婆様の幽霊だ。ただし私とメイの知る大婆様ではなく、この館で先代勇者と幸せな日々を過ごしていた、在りし日の大婆様の思念のような物だろう。
「恐らく本人ではなく……この館に染み付いた、記憶というか思念のような物だと思います……言うなれば、魂の残滓です。」
「よ、よくわかんないけど……だったらどうしたらいいんだ?」
この館を解体しようとした物、無断で侵入した者、そして平穏を脅かすような存在。
それらに対して何らかの加害行動に出たのはやはり、この大切な思い出の場所を守るためだろう。
そして大婆様の話では、2人の別れは突然でとても納得の行くような物では無かったと言う。
だとしたらあれはきっと独り残されながらも最愛の人の帰りを待ち続けた大婆様の、未練のような物かもしれない。
そんな事を考えていると、突如としてその幽霊が頭を抱えて苦しみ始める。
「ウ……ウ、ア……ドウ……シテ……!」
白かった霊体が血が混ざったように徐々に赤く染まっていく。
あれは比較的害の少ない浮遊霊などが、何かをきっかけに危険な悪霊や死霊へと変質する際に見られる反応だ。
「っ……!まずいですね……!あの幽霊、悪霊に変わりかけてます……!」
「そんな……!どうにかならないのか!?」
大婆様の未練と後悔の大きな念が周囲の霊を引き寄せここを強大な霊溜まりへと変質させたのだとしたら、それが転じて悪霊になった場合周囲への被害は計り知れない。
そうさせないためには今すぐにあの霊を成仏させてやらなければならないだろう。
「無理矢理にでも祓うしか……っ!」
苦しむ幽霊の赤黒く染まった手が、廊下に落ちたメイのミスリル銀の剣を拾い上げる。
「アア……サン……ドコ……ドコナノ……ワタシヲ……ヒトリニ……。」
剣を抱き締めながら啜り泣くような行動を見せる幽霊だったが、次の瞬間。
手だけに留まっていた赤黒の変質が一気に全身へと広がり、本能的に恐怖を掻き立てるような洞の空いた顔がこちらへ向けられる。
「カエセ……!ワタシノ……サンヲ……カエセッ!!」
完全に悪霊と化し、私達を標的として認識したらしい彼女が取り込んだメイの剣を片手に急激に迫る。
「ッ!ベレノ!どうしたらいいッ!?斬るしか……無いのかッ!?」
咄嗟に私と彼女の間に割って入ったメイが、もう片方のアダマンタイトの剣で彼女の攻撃を受け止める。
もはやこうなってしまっては我々の手で滅するしか方法は無いのだろうか。
必死に思考を巡らせ、斬る以外の解決策を思案する。
だが悪霊と化した彼女はそんな猶予など与えてくれず、急激に伸びた彼女の髪が無数の鋭い槍となって私達へと襲い来る。
この狭い廊下では後ろへ逃げるしか無い、だがその攻撃の速度はあまりに早く、逃げても追いつかれるだろう。
「ベレノッ!!」
私の名を叫んだメイがこちらへと飛びかかると同時に、アダマンタイトの剣を床へと叩きつける。
すると腐りかけていた床が一気に崩れ落ち、私達は床下へと落下するような形で彼女の攻撃を回避した。
どうやらこの館には、地下があったようだ。廊下の床に空けた穴から、彼女がじっとこちらを見下ろしている。
「ッ……一旦逃げるぞ!」
「はい……!」
一度体勢を立て直すべく、私はメイに手を引かれる形で薄暗い地下を進んでいく。
再び彼女と交戦する前に何か対抗策を考えておかなければ。
「はぁ……っはぁ……大丈夫そうか?」
「えぇ……ついてきてはいないようです……。」
一旦の安全を確認した後で、私は可視化の呪文で明かりを確保する。
地下室と言うよりは地下階層と行ったほうが正しいような、広大な地下空間。
上の階と同じように廊下で結ばれた幾つかの部屋らしき扉が見える。
「足元、気をつけてください……これ以上踏み抜く事はないでしょうが、ぬかるんでいます。」
「あ、ああ……気をつける。」
地上から浸水したらしい雨水か何かが、土のままの地面を泥へと変えていた。
尻尾に感じるぬるぬるとした感触が何とも気持ち悪い。
とりあえずは、地上へと戻るための階段か何かを探したほうが良いだろうか。
「……さっきの、やっぱ本当にクリノスさんなのか?」
「恐らくは……先代も使っていたらしいメイの剣に反応してましたからね……。」
そして突然悪霊へと変質した原因があるとすると、やはりそれはメイがこの場所に訪れたからなのだろう。
思えばあれだけ強固に固められていた正面の鉄門が、メイが触れただけで独りでに開いたのは主人の帰りを待っていたからとも取れる。
「どうする……?このまま逃げ帰るわけにもいかないよな……剣取られたまんまだし……。」
「そうですね……何とかしなければ……。」
しばらく壁伝いに薄暗い廊下を進んでいると、扉が開かれたままになっている部屋を発見した。
何となしに部屋の中を覗くと中は蜘蛛の巣まみれの酷い状態だったが、どうやらここは倉庫のようだった。
それも普通の倉庫ではなく、古い魔道具のような物がいくつか置かれている。
「何か色々置いてあるな……ガイコツとか、謎の石とか……。」
「古い魔道具のようです。おそらく大婆様が昔使っていた物でしょう……。」
私は何か使える物が無いかと考え、倉庫の中を物色する。
その中で目についたのは、山のように埃が積もった水晶玉らしき物。
大婆様が何かを見る時によく使っていた物に似ているが、コレは一体何だろうか。
「水晶玉……か?ホコリまみれだけど。」
「試してみましょう……。」
表面に積もった埃を軽く手で拭い去った後、私は水晶玉へと魔力を込める。
しかし水晶玉は淡く光るだけでそれ以上は何の反応も示さない。壊れているのだろうか。
見た所表面には傷などは無いようなのだが。
「……水晶玉っぽい、ランプとか?」
「そんなはずは……、……ん?」
冗談めかしく苦笑するメイへと水晶玉を向けた瞬間、一瞬何かが水晶の中に映し出されたような気がする。
もしやと思い私はもう一度、水晶玉越しにメイを見るように掲げる。
すると──。
「……オバケヤシキみたいで、苦手……?」
「っ……!?えっ?」
水晶玉に浮かんだ文字を読み上げた瞬間、メイがギクリとした反応をしてこちらをまじまじと見つめてくる。
今のはまさか、メイの心の声だろうか。
「……メイ、この間作ったコメ料理の名前は?口に出さずに頭に浮かべてみてください。」
「えっ?おっ、おう……?」
私はそんな質問をしてから再び水晶玉をメイへと向ける。
「オムライス……また食べたいな……ですか。」
「っ……!」
まさか声に出ていたのかと慌てて口を塞ぐメイだが、もちろん声には出てなどいない。
やはりこれは水晶越しに映した相手が今頭の中で考えている事を、文字にして浮かび上がらせる水晶型の魔道具のようだ。
「……これ、使えるかもしれません。」
「えっ?本当か!?」
幽霊の考えている事を読み取ったからってどうなるという話だが、霊を成仏させるためには結構有用な手段かもしれない。
現世に留まる霊魂は皆多かれ少なかれ何らかの未練を持っているというのが通説だが、逆に言えばそれが無くなれば成仏させる事ができるという話でもある。
未練の内容はだいたいの予想はできるが、彼女が真に欲している的確な言葉を知る必要があるだろう。
「あなたの力が必要です、メイ。……あなたでなければ、きっと意味がない。」
「う、うん!?何か良くわかんないけど、任せとけ!」
そうして私達は大婆様の未練の権化たる館の幽霊と決着をつけるべく、もう一度戦いに挑むのだった。




