第15話『ドラールの大教会にて』
ざっくり登場人物紹介
ベレノ:ベレノ・マレディジオネ。23歳。身長はだいたい160cmくらい。今作の主人公。黒いボサ髪に紫の瞳を持つ、ラミア族の呪術師の女性。勇者パーティのリーダーであり親友であり弟子であるメイにクソデカ感情を抱いている。最近はちょっと言葉で言うようになったこじらせラミア。マイペースでトラブルメーカーなモニカの事は割と苦手。
メイ:メイ・デソルゾロット。18歳。身長は162cm。『それでも俺は妹が一番可愛い。』の主人公。ドシスコンの社会人男性、ホムラ テンセイの魂を持つ勇者系金髪お嬢様。天然たらしの側面があり、ベレノの情緒を狂わせる。しかしこっちはこっちでだいぶこじらせている。自分なりに答えを出そうと奮闘中。モニカのもふもふが結構好き。
アルシエラ:アルシエラ・ドラゴなんとか。見た目は12歳だが、実年齢は不詳。身長147cm(角を含まない)。またの名を、ホムラ ユキ。メイの前世にあたるテンセイの妹。今は魔王をやっているが、本人は魔王の座にはあまり執着が無い。兄の事以外は基本どうでも良いと思っている節がある。
モニカ:モニカ・ネクター。年齢不詳(ベレノよりは年上っぽい)。身長約170cm(耳を含まない)。前作『それでも俺は妹が一番可愛い。』にてメイ率いる勇者パーティのヒーラー役を努めた。糸目顔、クラシカルな修道服にザ・キツネなカラーリングの体毛のシスター兼回復魔法使い。関西弁のような言葉遣いで話す守銭奴フォックス。酒と儲け話と他人の色恋沙汰が大好きな、自称メイのお姉ちゃん。反応が面白いので良くベレノをからかっている。
15話『ドラールの大教会にて』
無事に念願のオムライスを作る事に成功した私達は、双子との別れを惜しみつつもその翌日にはレイヴィアの街を出て、次なる目的地であるドラールの街へと出発。
そしてその後道中特に問題も無く約4日ほどで、私達を乗せた馬車は予定通りにドラールの街へと到着した。
あの日メイは近い内にちゃんとした返事をすると言ってくれたが、今のところそれらしい返事はまだ貰っていない。
しかし焦っても仕方がないので、ここはじっくりとメイの行動を待つことにしよう。
「うーん……どこもかしこもドラゴンだらけだな、この街は。」
馬車を厩へ駐めた後、街の探索を始めた私達を待っていたのは、街の看板や壁に描かれた絵、街灯の上やベンチの足の装飾などなど。目に付くありとあらゆる場所にドラゴンを象った何かしらが配置されている異様な街の光景だった。
「流石は龍神教の本部がある街……という感じですね。ここだけで一生分のドラゴンを見れそうです。」
全体的に坂のような地形になっているドラールの街の最も高い所にそびえ立つ建物。
あれこそが今我々が目指している、龍神教の本部があるという大教会だ。
「はぁ……しかしなんでこう坂道になってるんだ?その分やたらとベンチが置いてあるのは助かるけど……。」
「もうっ……さっき休憩したばかりでしょう?そんなんじゃ、登り切る前に日が暮れてしまいますよ……。」
すぐにベンチに座ろうとするメイの手を引き無理矢理に進ませるも、私自身も少し息が切れてきている。
確かに街や教会を建てるつもりなら、もっとなだらかで建てやすい場所に建てれば良いはずだ。
にも関わらず、何故この街はこんな住みづらそうな場所に建っているのか。
「こんなのうっかり転びでもしたら、海まで一直線に転がって行っちゃいそうだよな……。」
「っ……!」
息を切らしながらそんな事を漏らすメイの言葉に、私はメイが海まで転がっていく様子を想像して少し吹き出しそうになる。
転がりやすい水晶玉ならともかく、そこまでの急勾配では無いと思うのだが。
どちらかと言うと、やたらに長くじわじわと傾斜角度が上がっていく地味に嫌な坂道という感じだ。
「そういやさ……龍神教ってどんな宗教なんだ?名前から察するに、ドラゴンを崇めてるのはわかるんだけど……。」
「私も信徒では無いので詳しくは無いのですが……結構色んな街で関連の教会を見ますね。」
そう自分で言って、そういえばモニカが居たエヴァーレンスのあの教会も龍神教系列の教会だっただろうかと思い出す。
もしそうなのだとしたら、以前にジマの街でリリヤから聞いた始まりの龍の神話をモニカが知っていたのも頷ける。
「多分前にリリヤさんから聞いた……始まりの龍に関連する物だとは思うけど……何かいまいちよくわかんないよな……。」
「宗教なんて、そんなものでは……?別に特別悪い噂も聞きませんし……よくある形の宗教だと思いますけれど……。」
先ほどメイに休憩していては日が暮れると言ったばかりだが、流石に少し私も疲れてきた。
そんな時ふと良さげなベンチが目に止まって、私は誘われるようにそちらへと近づいていく。
「……やっぱベレノも休憩したいんじゃん。」
「少しだけですよ……。」
ニヤついた顔で言うメイに、隣に座るようにベンチを手で叩く。
見た感じ目的の建物はだいぶ近づいてきているし、もう1回か2回休憩を挟めば辿り着けそうだろうか。
「はー……坂道って普通に歩くより疲れるよなー……。」
「まぁ、そうですね……常に身体を前へと倒さなければならないので……。」
ベンチに座るなり両足をほぐすようにぐぐーっと伸ばすメイを見て、私も真似て尻尾を少し伸ばす。
転がり落ちそうだとメイはさっき言っていたが、確かにこの長い長い坂道を見ているとそう思うのも無理はない。
まるで上にある大教会から下の海まで一直線に何かを転がすために作ったのかと思うほど、道が真っ直ぐに伸びているからだ。
今座っているこのベンチだって、坂と並行にではなくわざわざ左右の椅子足の高さを調節して、座りやすいように作られている。
そんな手間がかかるような事はするのに、何だってこんな登り辛い坂道を中心としてこの街は作られているのだろうか。
「んー……実はこの坂は、巨大なウォータースライダーとか?」
「……はい?」
私が真剣に頭を悩ませている所にメイが突然また意味不明な事を言い出して、私は思わず顔を顰める。
「あ、いや……あのてっぺんの建物から水をどばーっと流して、それに乗って下まで滑り降りる……ワケ無いよな、うん。」
丁寧に今の言葉の意味を説明をしてくれようとするメイだが、私の怪訝そうな顔を見て途中でそれを撤回する。
そんな大量の水をどうやって上まで運ぶのか。そもそもそんな事をしなくても普通に降りれば良いのではないか。
色々と言いたいことはあるが、メイも登り疲れているのだろうと思って私はあえて何も言わない事にする。
そんな時、私とメイのすぐ上を巨大何かが通過したような大きな影が、一瞬地面へと映り込んだ。
「ん!?……鳥、か?」
「それにしては大きかったようですが……。」
2人揃ってすぐに空を見上げたが頭上にはそれらしい姿はなく、遠方の海上に豆粒よりも小さく見える海鳥が辛うじて飛んでいる事だけが確認できる。
鳥のような、それこそ鳥人のシャルムのような空を飛べる翼があったなら、こんな長い坂道を登って息を切らせなくても良いのだろうけど。
当然そんな物は持ち合わせていない私とメイは、頑張ってこの坂道を登りきるしか無いのだ。
「……さぁ、休憩は終わりにしてそろそろ行きますよ。」
「えぇ……もう?!はぁ……しょうがないか……。」
しぶしぶと言った様子で立ち上がるメイに手を差し伸ばすと、メイはしっかりと私のその手を握り返す。
そうして私達は手を繋いで、長い坂道を再び登り始めた。
◆◆◆
あれからしばらく坂道を登り続け、メイが再び弱音を吐き始めた頃。
ついに私達は坂の一番上にそびえ立つ龍神教の大教会へとたどり着いた。
後ろを振り返れば、今登ってきたばかりの長い長い坂道が一望できる。
「はー……疲れた……この教会に通ってる人達は、毎回こんな坂道登ってるのか……?」
「……どうやらそういうわけでも無いみたいですよ。ほら、あそこ。」
膝に手をついて項垂れるメイに、私は教会の建物の側にちょうど今降り立ったある生物を指差して言う。
そこには獣のような下半身と鳥のような上半身を持つ大型生物。グリフォンが立っていた。
「ん……んん?鳥……じゃないよな……?」
「グリフォンです。半分は鳥ですね……もう半分は獣ですが。」
初めてその存在を目の当たりにしたらしいメイが、不思議そうな顔をしながらグリフォンを見つめる。
グリフォンと言えば、古くから文献などにも登場する有名な魔物の一つだ。
一部の地域では昔からグリフォンを馬車などの移動手段の代わりとして用いて居たと聞いたことがある。
しかしながらグリフォンの育成や調教は難しく、あまり普及はしなかったという話だった筈だが。
「あ、カゴの中から人が……。」
「どうやらあのグリフォンは、この坂の上の教会まで人を乗せて運ぶ役割を担っているようですね。」
そのグリフォンの腹部にくくりつけられた籠から何人か降りてくるが、その全員がやけに裕福そうな格好をしている。
まぁ確かにあの体型ではこの長い坂道を自らの足で登り切るのは、中々難しいだろう。
「えぇ……そんなのがあったなら、最初からそれに乗ればよかったんじゃ……。」
「……今から下まで降りて乗ってきますか?私は構いませんよ。」
「……いじわる。」
再びがっくり項垂れて文句を言うメイに肩をすくめてそう提案するが、少し拗ねたような表情を返されてしまった。
ともあれ目的地である大教会には辿り着けたのだから、早速中に入って件の古い教会についての情報を聞いてみよう。
「おお……すごい……神聖な感じだ……。」
「そうですね……これまで見た教会の中でも飛び抜けて大きいです……。」
中に入ると巨大な聖堂らしき場所があり、その天井の高さはおおよそ建物3階分以上はあるだろうか。
天井や色とりどりのステンドグラスには漏れなく、ドラゴンを模した絵などが描かれている。
そして何より着目すべきなのは、聖堂の最奥にて鎮座する巨大なドラゴンの像だろうか。
ジマの都跡で見たドラゴンの像よりも何倍も大きく、威圧感さえ感じるような立派な像だ。
「うーん……ザ・ドラゴンって感じのフォルムだな。」
「2本の角に大きな翼と長い尻尾……絵物語なんかでもよく見るタイプのドラゴン像ですね。」
そんな風に二人して巨大なドラゴン像に圧倒されていると、突如として背後から忍び寄ってきた何者かによって、私は視界を奪われた。
「ッ!?」
「だ~れだっ?」
咄嗟に懐の短杖に手を伸ばしかけた所で、前にもこんな事があった事を思い出す。まさかリリヤ?いや、でも今回は声が違う。
だとしたらこれはおそらく──。
「……モニカ!?」
襲撃者の正体に気がついたらしいメイが、驚いたような声を上げる。
「あぁんもう、メイちゃん名前言うたら台無しやんか!」
聞き覚えのある声と共に、私の視界は光を取り戻す。
小さくため息をこぼしながらゆっくりと振り返ると、そこには見覚えのある人物が立っていた。
シスター帽から飛び出した縦長三角耳に、ネコ系獣人より主張する黒い鼻先。
そして如何にもと言ったカラーリングの体毛は、キツネ系獣人のあのモニカだ。
「やっほーメイちゃんベレちゃん、お久やね?」
大凡修道女には似つかわしくないケラケラとした笑い方をするのはやはり、我らが勇者パーティの回復魔法使い兼守銭奴のモニカだ。
何故モニカがこんな所に。いや、一応彼女はシスターなのだから教会にいるのは自然かもしれないが。
「……どうしてあなたがここに?」
「どうしても何も、ウチ一応シスターやさかい。教会に居るのは当たり前やん?」
無意味なわかりきった回答をするモニカに、私は少々苛立ちを募らせる。
「いや、そうじゃなくって……!エヴァーレンスに居たはずじゃ……?まさかあそこの教会追い出されたのか?」
「えぇ……?ベレちゃんはともかくメイちゃんまでウチの事そんな風に思てるん……?ウチ悲しいわぁ……よよよ。」
メイからのあながちありえ無くも無さそうな質問に、わざとらしい泣き真似をするモニカ。
教会の中で暴力はまずいだろうか。
「ま、冗談はさておき。ウチ今ここで働いてるんよ……何ていうの?派遣?」
「まぁとにかく人手が足らん言う事でね、暇そうにしてたウチが駆り出されたってワケや。」
「そうなのか……モニカも色々大変そうだな。」
エヴァーレンスからここに派遣されてきたと語るモニカにメイが苦笑していると、そのモニカが一瞬私の方を見て不敵な笑みを浮かべる。
「……まぁまぁ!ここは再会を祝して、お祝いにハグなんてどやろか?ほら、メイちゃん!もふもふやで?」
自らの胸元のふわふわの毛の部分を叩いて見せてから、モニカは両手を広げてメイにハグをさせようとする。
だがそれがモニカから私への挑発であることは目に見えて明らかだろう。
「……してあげたらどうですか?」
「えっ……?い、いいのか……?」
ここであえて余裕である事を見せつける事で、私はモニカへの牽制を図る。
何も文句を言わない私に少し困惑するような反応を見せるメイだったが、やがてゆっくりとモニカへとハグをした。
「ん~!メイちゃんは相変わらずかわええなぁ!」
「ちょ、ちょっとモニカ……!強いって……!」
そんな事を言いながら力いっぱいにメイの顔をそのもふもふの胸元へと埋めて抱き締めるモニカだが、その視線は私の方へと向けられている。
私はそんなモニカの視線を意に介す事はせず、すんとした表情でただそれを見守る事に徹する。
「っふは……!もふもふで窒息するかと思ったよ……。」
「あはは!ごめんやでメイちゃん!……ベレちゃんもウチとハグする?」
ようやくメイを解放したかと思えば、モニカは今度は何の意図か私の方へとハグを提案してくる。
それは挑発なのだろうか。だが、ここはあえて乗ってやろうではないか。
「お、珍しいなぁ!ベレちゃんがこういうの応えてくれるなん──てぇッ!?」
モニカからの誘いに乗ってハグをすると同時に私はモニカのお尻へと手を回し、モニカの尻尾の付け根を指で作った輪で思い切り締め上げた。
「……余計なことはしないように。」
メイには聞こえないくらいの声量で、私はモニカへと警告する。
折角もうすぐメイが答えを出そうとしてくれているのだから、ここでモニカに邪魔をされたくは無い。
「っ……いやぁ、情熱的なハグやったわぁ。おおきにおおきに!……っいたぁ……。」
ゆっくりと私を離しながらも、モニカはちょっぴり目に涙を浮かべ尻尾をさすっている。
不思議そうな顔でメイはそんな私達を見ているが、やはり何も気がついていないようだ。
「ああ、ほんで2人は何でこんなとこに?熱心な龍神教徒ってわけでも無いやろ?」
「私達は勇者サンが訪れたという古の教会についての情報を求めて来ただけです……なので貴女に用はありませんよ。」
「んもー酷いわぁ……まぁそういう事なんやったら、あっちの奥の部屋に居る大司教様にでも聞いてみたらどやろ?」
そう言ってモニカは大聖堂の巨大ドラゴン像の奥へと続く扉を指差す。
「大司教様か……教会の歴史とか詳しいのかな?ありがとうモニカ!」
「ええんよ~。ほな、ウチはそろそろ仕事に戻るさかい……あ、良かったら2人も後で来てや~!シスターモニカちゃんが懺悔、聞くさかいにね~!」
手を振って足早に去っていくモニカを見送った後、私は静かにメイの方へと手を差し伸ばす。
するとメイはごく自然な様子で、私の手を握り返してくれる。
「はは……相変わらず元気だったな、モニカは。」
「……そうですね。……行きましょう。」
そして私はそんなメイの手を引き、その大司教の元を訪ねるのだった。
◆◆◆
あれからしばらくして、私はひとり大教会の入口近くでメイを待ちぼうけていた。
結局大司教からは有力な情報は得られず、この大教会も200年ほど前に建てられた物らしい。
冷静に考えてみれば、大婆様が旅をしていた時代に既に廃墟だったのならとっくに自然に還っていてもおかしくないのだ。
改めて手記を確認しても、レイヴィアから地獄門へと向かう途中で立ち寄ったとしか書かれていない。
それでもまだ拾える情報は無いかと手記をにらめっこをしていると、ちょうどそこにメイが帰ってきた。
「お……居た居た。お待たせ、ベレノ。」
「……懺悔は終わりましたか?」
件の教会についての話を聞いた後、メイは大司教から折角なのでと勧められた懺悔室へと立ち寄っていた。
私はそういった物に特に興味が無かったので、先に外に出てメイの帰りを待っていた所だ。
「んー……まぁ……?」
「……?」
何かを誤魔化すように苦笑いを浮かべながら、指先で頬を掻くメイに私は小さく首を傾げる。
懺悔をして何か心境の変化でもあったのだろうか。
「えと……と、とりあえずちょっと……座らないか?」
「構いませんが……。」
どこか落ち着かない様子で外に設置されたベンチを指差しながら、そんな提案をしてくるメイ。
特に次の行動方針が決まっているわけでも無いので、言われた通りにベンチへと並んで座る。
「……、……っ……。」
「……なんです?」
座った後で何を話すわけでもなくただそわそわと落ち着き無く視線を動かしているメイが気になって、私は問いかける。
まるで何か悪い事をしてしまって、その事を切り出すタイミングを伺っている子供のようだ。
「っあ……えっと……その……なんていうか……。」
「……はい?」
まごついた様子で中々話に入ってくれないメイの顔を覗き込むようにすると、ふと一瞬目が合った。
その瞳には何やら不安の色が見え隠れしているように感じられる。
ここでせっついても逆効果だろうと思い、私はじっとメイが話し始めるのを待つ。
「……か、確認……なんだけど。ベレノって……俺の事が、っす……好き、なんだよな……?多分。」
「っ……はい。その認識で間違いありませんよ……?」
顔を耳まで赤くして、ちらりと横目にこちらを見ながらそんな事を言い始めるメイに、私は少しドキリとさせられる。
しかし動揺しているのはメイも同じで、よく見ればベンチに置かれたその細い指先が小刻みに震えていた。
だから私はそんなメイの手に自分の手を重ねると、そっと指を絡めて握り込むように繋ぐ。
「っん……それ、って……やっぱその……友達、的な意味では無くて……だよな?」
「……ええ。そうですね。」
あまりに慎重で遠回しな言い方に、私は少しだけ不安になって繋いだ手に力が入る。
もちろん私はメイの事を異性として、いや同性として?どちらにせよ、明確に好きだと言えるだろう。
「……っえっと……じゃあ、そのー…………、……結婚、するか?」
「はい……?」
随分と長い間の後で、ぽつりと放たれた言葉に私の頭は追いつかず、思わず聞き返してしまう。
結婚?誰が?誰と?メイが?私と?結婚……?
「あっ!いや、全然そんなつもりじゃないなら断ってくれて良いんだけどさ!あの、俺っ……!」
「……ふふ。やっぱりあなたは、とびっきりに変な人ですね……。」
私の問い返しに不安になったらしいメイが大慌てで弁明しようとする様子を見ていたら、私の止まりかけた頭は返って冷静になる。
そして気がつけば自然と笑ってしまっていて、そんな言葉が出てしまう。だってそうだろう。
「……私達、まだ付き合ってすらいないんですよ?」
「そ、それは……!そう、なんだけど……っ……やっぱ俺なんかじゃ……。」
繋いだ手をそっと持ち上げて見せれば、メイは面を食らったような顔をした後俯いて押し黙ってしまう。
それでもメイなりに精一杯に気持ちを伝えようとしてくれている事は、その姿を見ればすぐにわかる。
だから私はもう少しだけ、メイが動けるようにサポートをしてみようと思う。
「……確かにあなたは、見た目は可愛いお嬢様なのに中身はドラゴンとコメが大好きな男の子で、優しくて、嘘が下手で、その上シスコンで、その妹の事になると途端にポンコツになってしまうようなとびっきりに変な人ですけど……。」
「それでも私はあなたと居たい……そう思えるくらいには、あなたの事が好きです。メイ。」
「……だから、さっきの言葉が本気なら……行動で示してください。」
以前にも似たようなセリフを言った覚えがある。
だけど今回のはそれの比ではないくらいにはっきりと、まっすぐに自分の気持を伝えられた、筈だ。
だから、後は──。
「っ……ベレノ……!」
「……はい。」
ばっと顔を上げたメイの瞳にはもう迷いなど無く、何かを強く決心したような力強さが見えた。
やがてメイは緊張気味に震えた手で私の頬へとそっと手を添えると、まっすぐに見つめてくる。
まるで呼吸と一緒に時間までもが一瞬止まってしまったかのように錯覚する中、私は静かに瞳を閉じる。
そしてほんの少しのメイの息遣いを感じた後で、私の唇にいつか指で触れたような柔らかな感触が伝わった。
「……っ……。」
時間にして十数秒、いやほんの数秒だったかもしれない。
甘い夢を見ているような温もりが、唇からゆっくりと離れていく感覚で私は現実に引き戻され、静かに目を開く。
「……好きだ!ベレノ!俺と、結婚してくれ……っ!」
「っ……はいっ!」
その宝石のような青い瞳で真っ直ぐに見つめ、私の手を強く握るメイに私は嬉しさから込み上げた涙を一粒零しながらも、それに応える。
直後。私達の頭のすぐ上で大教会の鐘の音が響き渡り、教会の屋根に止まっていた白い鳥達が一斉に飛び立った。
「「!?」」
二人して全く同じ反応で鐘の音に驚いた後、ふと目が合えば互いに笑って。
その鐘の音はなんだか私達を祝福してくれているようだとさえ、甘く痺れさせられた私の頭は考えてしまう。
まだまだ旅は終わらず、一番の問題は未解決のままだと言うのに。
「……あ、いたいた……おーい!メイちゃーん!ベレちゃーん!」
そこへ何やら私達を探していたらしいモニカが教会の中から出て来て、手を振りながらこちらへ駆け寄ってくる。
まさかさっきのメイとのやり取りを、見られてしまっただろうか。
「……何です?モニカ。」
「えぇ……?何でそんな怖い顔すんの……?ウチ折角ええ話持ってきたのに……。」
「ま、まぁまぁベレノ!……それで、どうしたんだモニカ?」
近づいてきたモニカに敵意むき出しで威嚇するように睨みつけると、モニカは耳をぺたんとして怯えるような仕草を見せる。
そんなモニカと私の間にメイが割って入るようにして、改めてモニカに問いかけた。
「あ、そうそう。さっき大司教様から話聞いたと思うんやけど……もしかしたらその言うてた教会って、大昔ここにあった別の建物ちゃうかー?って話になってなぁ。」
「どういう事です……?」
「んーまぁウチもそんな詳しいわけやないんやけど……ずっとずっと昔、それこそ500年以上前とかそんくらい前かな?」
「ここには始まりの龍にまつわる霊廟があったんやて。……そんでこの大教会が前あった場所から移転するってなった200年前に、じゃあこの始まりの龍に縁ある地に建てよかーって流れになったらしいねん。」
モニカの話をを聞きながら私は少し考える。
そもそも大婆様達が訪れた場所は教会ではなくその霊廟だった、という事だろうか。
確かに既に建物が朽ちていたのだとしたら、見分けがつかなくとも無理はないか。
「ほんでここだけの話……この街って、妙に長い坂道になってるやん?」
「ん、そうだな。おかげで登ってくるの凄い大変だったよ……。」
急に声を潜めるようにして話し始めるモニカに、私とメイは耳を傾ける。
この奇妙な街の地形について、モニカは何か知っているとでも言うのか。
「……噂によると、この坂道って実はめちゃくちゃデカいドラゴンの尻尾らしいねん。」
「……はぁ?」
「めちゃくちゃデカいドラゴン……!?」
突拍子もない事を言いだしたモニカに顔を顰める私とは対称的に、ドラゴン好きなメイはモニカの話に食いつく。
いくらドラゴンが巨大な存在だったらしいとは言え、この長い長い坂道がその尻尾だと言われて、誰が信じるというのか。
小さな子供の空想話だって、もう少しまともな出来だろう。
「いやほんまほんま!嘘やないて!ウチ、こないだ街の酒場のおじちゃんから聞いたんやから!」
「その時点で信憑性ゼロなんですが……。」
「でもそれが本当だとしたら、そのドラゴンってもしかして例の始まりの龍だったりするのかな?」
この世界を創ったと言われる始まりの龍の神話は前にリリヤからも聞いたが、その話ではその龍は人々の前から姿を消したという話出はなかったか。
その龍がこんな所で倒れていて、しかも尻尾の上に街が作られているなんて、随分と馬鹿げた話ではなかろうか。
「まぁ……たまたまそれっぽい地形だったってだけだと思いますけどね。」
「んもー!ベレちゃんはロマンがわからへん子やなぁ!」
自分の話を鼻で笑う私に、モニカは抗議するように小さく頬を膨らませる。
可愛くありませんよ。メイじゃないんだから。
「俺は信じるよ!だってその方が面白そうだし!」
「さすがメイちゃんは話がわかる子やな~!どっかの冷たい子とは大違いやわ~!」
そんな事を言いながらさり気なくメイに抱きついてわしゃわしゃと頭を撫で回すモニカを、私は再び睨みつける。
「お~こわ!助けてメイちゃ~ん!」
「もー……2人とも顔を合わせたらすぐそうやって……。」
「メイはどっちの味方なんですか!?」
そしてモニカに捕らわれたメイを取り戻そうと、私はメイの腕を力強く引っ張る。
しかしモニカはそれに抵抗して、メイの反対の腕にしがみつく。
「どっちの味方とか、そういうんじゃ……。」
両腕を引っ張られながらも苦笑してどっちつかずな事を言い出すメイに、私はモニカへの対抗意識も合わさりついカッとなって余計な事を口走る。
「私に求婚してくれたのは嘘だったんですか!?」
「えっ?」
「……あっ。」
私の口から飛び出た求婚という言葉に、モニカが驚き硬直してメイの腕を解放する。
それと同時に私はしまったと気づき、慌てて自分の口を手で塞いだ。
「あー……えっと……うん。パーティの他の皆にもそのうち話そうとは思ってたんだけど……な?」
メイは苦笑しながら私の隣へ並ぶように移動すると、そっと私の腰を抱き寄せた。
途端私は胸が高鳴り始めて、少し目を伏せ地面を見つめる。
「嘘やろ……?ほんまなん……?メイちゃん……!?」
「……本当、です。」
信じられないと言った様子のモニカに、謎に敬語になっているメイが事実を肯定する。
「えぇ~!?信じられへんわぁ……!いや、ワンチャン付き合うくらいまでは行くかな~って思てたけどやな!」
「は~……まさかそこまでとは……恐れ入ったわ。」
褒めているのかバカにしているのかわからないような謎の拍手をしてくるモニカだが、正直今は言い返すような気分では無い。
ただこうしてメイの温もりを感じて、そばに居られる事が嬉しいから。
「えっ?付き合い始めたんはいつからなん?もしかして屋敷出発してすぐ?」
「いや、それは……えーと……。」
「ええやんええやん!お姉ちゃんに教えてーや!」
ショックよりも興味のほうが勝ったらしいモニカが、メイへと質問攻めを開始する。
さすがのモニカも、まさかメイが正式な交際をすっ飛ばして求婚して来たとは思わないだろう。
「いいじゃないですか別に……!貴女には関係のない事ですよ。」
「……ふーん?……ま、ええけど。それ……妹ちゃんは了承済みなん?」
ぐいぐいと来るモニカに、私はメイにしがみつきながら再度威嚇する。
だがモニカは意外にもあっさりと引き下がった上に、かなり痛い所をついてくる。
もちろんついさっきの事なので、魔王が了承済みなわけはない。
「その辺はこれから……なんだけど……。」
「……?どうしたん?ユキちゃんに何かあったん?」
ずかずかと無遠慮な質問をしてくるモニカにメイが答えづらそうに渋るので、私が代わりに答える。
「……結婚するそうですよ、魔王も。」
「ぶっ!!……えぇ!?ユキちゃんも!?兄妹そろって!?っはー……!ほんまびっくりやわぁ……!えぇ……?」
軽く吹き出したかと思えば、私の時以上のリアクションで驚くモニカ。
驚く気持ちはわからないでもないが、私とメイの結婚話と魔王の結婚話は多分全く違う物なのだろうとも思う。
「……え?まさかメイちゃん、ユキちゃんが結婚するから淋しぃなってベレちゃんと結婚するわけや無いよね?」
「っ!?何言ってるんですか!いくらどうしようもないシスコンのメイでも、そんな訳無いでしょう!?……ねぇメイ!」
「……いや、その……。」
「……メイ!?」
明言を避けるように口ごもるメイに、私は一抹の不安を感じざるを得ない。
モニカが言うようなそんなわけではないと、思いたいが。
「まぁ……雪の結婚話を聞いて、多少考えを改めた部分もあると思う、けど。」
「俺としては、真剣なつもりだから……!」
ぐっと私を抱き寄せながらそうモニカに宣言するメイの姿に、私はひとりときめきのような物を感じていた。
大丈夫。何があっても、私はメイについていくと決めたのだから。
「はー……あのメイちゃんとベレちゃんがなぁ……ウチ、2人の成長っぷりに感動で泣いてしまいそうやわ……およよ。」
「誰目線ですか貴方は!」
「まぁまぁ……!そういう事だからモニカ、俺達の方から伝えるまで……他の皆には内緒にしといてもらえるか?」
また泣き真似などして見せるモニカに向かってしゃーっと牙を剥く私をなだめながら、メイはおしゃべりなモニカに釘を刺す。
ちゃんと口止めをしておかないと、明日には国中に知れ渡ってそうで信用ならないからだ。
「それはわかったけど……なんかベレちゃん、さっきからお腹光ってへん?」
「は?何を言って……。」
意味不明な指摘をされ、私は思わず自分の腹部を確認する。
するとどういうわけか確かに青く発光していて、慌てて懐に手を突っ込むと大婆様の手記に触れた。
「これ……大婆様の……。一部のページが、光って……?」
「何だ……!?」
「おっ!何や文字が浮かび上がってきたで!」
それぞれのページから光となって浮き出した文字が、やがて集まり文章の形を作っていく。
そしてさらにそれらが集まると、それまで手記には無かったはずの新たなるページが追加されたのだ。
「これって、もしかして……。」




