第14話『思い出の味』
ざっくり登場人物紹介
ベレノ:ベレノ・マレディジオネ。23歳。身長はだいたい160cmくらい。今作の主人公。黒いボサ髪に紫の瞳を持つ、ラミア族の呪術師の女性。勇者パーティのリーダーであり親友であり弟子であるメイにクソデカ感情を抱いている。ボディタッチ(尻尾巻き付け)は良くするくせに、言葉では言わないタイプのこじらせラミア。お酒が入ると眠くなってしまう体質。メイのためにオムライスを作ろうと奮闘。
メイ:メイ・デソルゾロット。18歳。身長は162cm。『それでも俺は妹が一番可愛い。』の主人公。ドシスコンの社会人男性、ホムラ テンセイの魂を持つ勇者系金髪お嬢様。天然たらしの側面があり、ベレノの情緒を狂わせる。しかしこっちはこっちでだいぶこじらせている。色々な好意を向けられている事には気づいているが、どう向き合って良いのかわからないでいる。料理の基本は母から教わったらしい。
アルシエラ:アルシエラ・ドラゴなんとか。見た目は12歳だが、実年齢は不詳。身長147cm(角を含まない)。またの名を、ホムラ ユキ。メイの前世にあたるテンセイの妹。今は魔王をやっているが、本人は魔王の座にはあまり執着が無い。兄の事以外は基本どうでも良いと思っている節がある。得意料理はチーズトースト。
レイラ&ライラ:レイヴィアの港町で営業している宿屋『ねこだまり』の看板娘達。灰色混じりのサバトラ柄のネコ系獣人。2人とも身長150cm足らずくらい。糸目のほうがレイラ、ジト目の方がライラ。食堂ではホール担当がレイラ、キッチン担当がライラ。年頃の女の子らしく、(特に他人の)恋バナが好き。
第14話『思い出の味』
レイヴィアの街での聞き込みと、メイのためのオムライス作りに必要な食材の買い出しを終えた私達。
帰る途中で魔王への早めの定期連絡も済ませたので、調理中に邪魔が入ることは無いだろう。
宿屋へと戻った後、早速調理のために厨房へと入ったのだが──。
「にゃー!食材を切るのはボクに任せるにゃー!」
「にゃあ……私は火の番をする……にゃ。」
何か自分たちの見知らぬ料理を作ると聞いて、自ら手伝いを名乗り出た双子の獣人姉妹。レイラとライラ。
そんな彼女たちの善意を無碍にする事もできず、私とメイのオムライス作りを手伝ってもらう事になっていた。
私達は双子の予備のエプロンを借りてそれぞれ身につけ、調理の邪魔にならないように髪を縛り頭巾を被せられている。
「ええと、じゃあ……ライラ。この鍋を見ていてくれる?」
「にゃ……。」
メイがそう言いながら指をさしたのは、少し前にメイが水とハクマイを一緒に入れていた鍋。
ライラは小さく手を上げて応え、火加減の監視体制に入る。
ねこだまりの厨房にはその古めかしい外観には似つかわしく無い、比較的新し目の魔道具がいくつか導入されている。
例えば今、メイが使い方がわからずオロオロしている調理用加熱盤とかだ。
「えっと……ベレノ……!」
「ああ、はいはい……今行きます。」
結局私へ助けを求めるように声をかけてきたメイに、何だか出会った頃のメイを思い出してひとり懐かしい気持ちになってしまう。
確かあの時は、部屋の明かりの付け方がわからなかったのだったか。
「魔法を使うのと一緒ですよ……制御部分に触れて、魔力を流し込めば……ほら。」
「おおっ、流石ですわ~!」
「にゃ~!」
ただ魔道具を起動して火をつけただけで、拍手を贈ってくれるメイとレイラ。
そう褒められると何だか凄い事のように思えてしまうが、全くそんな事は無い。
事実レイラとライラだって普段はこれを使って宿の朝食などを作っているはずなのだ。
「にゃあ……メイ。実は箱入り娘……にゃ?」
「お、お恥ずかしながら……。」
魔道具の使い方もわからないなんて、とでも言いたげな目でライラがメイを見つめる。
そうなんです。その人実は本当に結構良いところのお嬢様なんです。
「で、でも火加減はわかるから……!最初は弱火で……沸騰し始めたら強火にして……。」
「鍋が吹き出し始めたら少し火を弱めて……あっ!その時吹きこぼれても蓋は取らない事!」
「……それでええと、後は……何か、いい感じに……。」
最後の方でかなりふわっとした説明になり、急に先行きが不安になってくる。
卵は焦がしても大丈夫なように多めに調達してきたが、コメはやり直しが効かない。
そこばかりはメイとライラの腕を信じるしか無さそうだ。
「と、とりあえず最後まで蓋を取らなければなんとかなる……はずよ!多分!」
「うにゃぁ……不安になってきた、にゃ。」
本当に大丈夫だろうかと思うが、正確な調理方法を知っているのがメイしか居ないために私にはどうにもできない。
コメの安否はメイに一任するとして、私は私で卵を焼く事に挑戦しなければならないようだ。
「それで、えっと……卵を薄く伸ばす、でしたっけ?」
「そうそう、後でご飯をそれでくるむから破けないように……。」
「にゃー!メイ、ボクは何をすればいいのにゃー?」
「あ、そうね。ええとじゃあ……レイラはこの辺の食材をみじん切りにしてくれる?」
「任せるにゃー!」
説明の途中でレイラにエプロンを引っ張られ食材を切るように優しく指示を出すメイの姿に、何だかまるで母親のようだとつい笑みが溢れる。
もし私とメイに子供が居たら、こんな感じになるのだろうか。
「ああ、えっと。説明が途中だったわね……とりあえずまずはフライパンに油をひいて……。」
「それくらいは流石にわかりますよ……?」
ひょいと片手でフライパンを持ち上げたかと思えば掲げるように私へ見せ、丁寧に説明してくれようとするメイに私は思わず言い返す。
コメの調理法ならともかく、フライパンで肉や卵を焼いたことくらいは流石に私でもある。
「そ、そうよねー……!あっでも大丈夫?フライパン持ち上げられる?」
「えっ……?もしかして私いま、バカにされてます……?」
まさかの心配のされ方に、私は思わず問い返す。一体どれだけ私のことを非力だと思っているのか。
例えメイのような前衛職では無いとしても、人並みの筋力はあるつもりだが。
「ち、違う……のよ!ちょっとその……昔、いも……弟が小さい頃に一緒に料理したのを思い出しちゃって……!」
「わかりましたから、それを置いてください?危ないので。」
フライパンを持ったまま手をぶんぶん振って必死に弁明するメイにフライパンを置くように言いながら、私はいつもの妹エピソードだと納得する。
そういえば一応こっちでは弟も居ましたね。魔王の方に比べると随分良い子みたいですが。
「……ともかく、1枚練習に焼いてみますね。」
先ほどつけた魔道具と同型の物らしき物に魔力を流し込み、火をつけてフライパンを加熱していく。
それと同時にフライパンの表面に薄く油を広げて、準備は完了。
後は溶いた卵を流し込んで、フライパンを回しながら薄く伸ばすだけ。頭の中のイメージでは完璧だ。
「……そろそろ温まってきましたね。では……。」
フライパンが十分に熱された事を確認し、私はカップに入れておいた溶き卵をゆっくりと流し込む。
じゅうじゅうと良い音を響かせながらあっという間に焼き固まって行く卵。
あとはこれを薄く伸ばすだけ。そう難しくはないはずだ、とフライパンを持ち上げようとしたその時。
「んっ……!?」
そのフライパンは予想外に重く、片手で余裕のつもりだった私は思わず両手を使って持ち上げる体勢に入る。
いや、いくら数人分を同時に調理するために少々大型化されたフライパンだからといって、ここまで重いとは。
というかさっきメイはこれを軽々と持ち上げて振り回してましたよね?
しかし先程啖呵を切った手前メイに助けを求めるわけにも行かず、私は腕を震わせながらなんとか重いフライパンを僅かに持ち上げる。
だがそうモタモタしている間にも卵には火が通っていく。そしてあれよあれよという間に、半端なスクランブルエッグの完成だ。
「あー……大丈夫大丈夫!まだまだこれから……ですわ!」
「……そうですね。」
無事失敗に終わった1つ目の卵を覗き込んでは励ましの言葉をかけてくれるメイに、私は少し悔しさを覚える。
持ち上げるだけで精一杯なのに、その上これを細かく傾け回さなければならないのか。
どうしよう。やっぱりメイに手伝ってもらおうか。
「もう1回……行きます。」
「ふぁいとですわ!」
私は卵を割ってカップへ落とすと、素早くそれをかき混ぜ溶き卵を作る。
そして既に十分に熱されているフライパンへと、今度は一気に投入する。
ゆっくり入れている間にも固まって行ってしまうというのなら、今回は一気にいれて後はフライパンの動きで伸ばそうという作戦だ。
「ふっ……!」
軽く息を吐きながら、私はフライパンを持ち上げる。
先程ので重さは十分に理解したため、しっかりと力を入れれば持ち上げる位は私でも難なく可能。
問題はこの後だ。この重さを手首を使って制御しながら、卵を薄く広く伸ばさなくてはならない。
フライパンの上の卵の形状に気を配りつつ、ひっくり返してしまわないように傾きを制御する。
もう少し、もう少し広く伸ばして。そう思いながらフライパンを傾けていると突如として手首に痛みが走った。
「ッあ……!?」
「おっと……!」
危うく痛みでフライパンを落としてしまいそうになった所を、咄嗟に横から伸びてきたメイの手が私の手を支え、難を逃れる。
普段は物を持っても長杖くらいのもので、その杖だって木製故に鉄程の重さは無い。
そんな私が急にこの重たい鉄の塊のフライパンを持ち上げようとしたのだから、当然無理が出るという物だ。
「大丈夫かにゃー?そのフライパン、結構重たいにゃ!」
「にゃぁ……でも一度にたくさん焼ける。便利にゃ……。」
「大丈夫です……多分。」
心配そうに私の方を見る双子の言葉を聞いて、私よりも小柄なあの双子にとってもやはりこのフライパンは重く感じるのだと少しだけ安心する。
決して私が極端に非力という訳では無いのだろうが、そうなるとやはり片手で軽々と持ち上げたメイが異常なのだろう。
私は一旦フライパンを下ろし、そんなメイの方をちらりと確認する。
「……やっぱり1人で持つには重いでしょう?」
悪戦苦闘している私の様子を見かねてか、メイがそう言いながら苦笑する。
やはりここは変な意地を張らず、素直に手伝ってもらったほうが良いだろうか。
「……お願いします。」
「ええ、もちろん!」
それでも素直に言うのが何だか恥ずかしくて小さな声になってしまった私にも、メイはにっこりと笑顔で応えてくれる。
するとメイは私の後ろ側に回ったかと思うと、尻尾を跨ぐようにして私の背に身体をぴったりとくっつけ、腕だけをフライパンの方へと伸ばす。
背中に感じられるメイの温もりと柔らかさに、私はなんだかドキドキしてしまう。
「……それ、フライパンの中見えてます?」
「うーん……ちょっとくらいは?」
肩越しにフライパンを見て笑うメイの息遣いが、髪を縛って無防備にさらけ出された私の首筋をくすぐる。
こんな状況が続いたら、別の意味で私はもたないかもしれない。
「にゃはは……ラブラブにゃ~。」
「イチャイチャにゃぁ……。」
遠くから双子の茶化すような声が聞こえるが、こっちはそれどころではない。
ともかく2個目のスクランブルエッグをフライパンの上から退かせて、一度軽く油を引き直す。
そして素早く溶き卵をカップに作り、再び調理に挑む。
「じゃあ、お願いしますね……。」
ちらりと横目で後ろを見てメイが頷いたのを確認し、一気に溶き卵をフライパンへと落とす。
そして素早くフライパンを持ち上げる動作に入ろうとすると、今度は驚くほど簡単に持ち上がった。
しっかりとメイが両手でフライパンの柄を握って支えてくれているからだろう。だが問題はここからだった。
「えっと……フライパンを回して……あっ逆です!右です!」
「あっごめん!右ね!」
「右に傾けるんじゃなくて右回転ですよ!」
「ああ!そっち!」
フライパンの中がよく見えていないメイと、卵の動きを見ている私。
2人ともが両手でフライパンを握っている為か、それぞれの動きが上手く噛み合わずぶつかってしまう。
「い、一旦仕切り直して……ああっ……!卵が固まってしまいました……!」
「うーん……もうちょっと火を弱めたほうがいいかも……ですわね。」
呼吸を合わせようと一旦フライパンを置こうとするも、卵が焼き固まるのが思った以上に早くまたも失敗してしまう。
メイの補助のおかげで重さの問題は解決したが、今度は連携を取らなければならないという問題が発生してしまった。
とりあえず私はメイのアドバイス通りに、一旦加熱盤の火力を弱める。
「後はそう……無理に綺麗に広げようとするんじゃなくて、フライパンの面の形そのまま利用して広げれば良いんじゃない、かしら?」
「このフライパンの、ですか?結構大きくなりますけど……それに大きくすると剥がす時に破れてしまいませんか?」
「まぁそれはそうなんだけど……結局食べるときには破れちゃうし……?」」
元も子もない事を言いながら苦笑するメイが、片手をフライパンから離したかと思うとおもむろに私の腹部へとその手を移動させ、私を抱きかかえるような姿勢を取る。
そのメイの手の力強さと腰がより強く私の尻尾へと押し当てられるような感覚に、私は思わずドキリとしてしまう。
「じゃあ次は私は持ち上げるのだけやるから……傾けの制御は任せる、わね。」
「っ……わ、かりました……。」
恐らくそれも無自覚でやってるらしいメイに文句を言うこともできず、私はやや動揺し震える手で溶き卵を作る。
失敗しても大丈夫なようにと多めには買ってきたが、卵だってタダではないのだ。あまり無駄にはできない。
「……行きます。」
4度目となる溶き卵が流し込まれ、フライパンがじゅうじゅうと音を立てる。
それから程なくしてメイがフライパンを持ち上げてくれたので、私はそれの傾きを制御すればいい、筈なのに。
私の意識は目の前で流れ広がっていく卵ではなく、今も力強く私の腹部を支えているメイの手の方へと向いてしまっていた。
だってこんな体勢、意識するなと言うほうが無理があるだろう。
「っ……。」
意識しないように意識すればするほど、頭の中がぐるぐるとしてくる。
それに釣られるように手にしたフライパンをぐるぐると回していると、底の外周を滑るように沿って大きな円が作られていく。
ぐるぐる、ぐるぐる。卵がフライパンの底をすっかり覆ってまるで満月のようになっても、回し続ける。
「……ベレノ?」
「ッ……は、はい。……や、焼けてますね。」
いつまでもフライパンを回し続ける私が気になったらしいメイの声で、私はハッと正気を取り戻す。
卵はとっくに焼けていて、それはそれは綺麗な黄色い円を形作っていた。
ゆっくりとフライパンを加熱盤の上に置き直すと、一旦火を止める。
「どう……?ああ、綺麗に焼けてますわね~!」
「……そう、ですね。フライパンの形そのままですけど……。」
焼け具合を確認するために一旦私の背中から離れ、フライパンの中を確認すると嬉しそうに小さく拍手をするメイ。
一方でそれどころではない私は、とくとくと逸る自らの心臓を落ち着かせるように胸に手をあて壁を見つめている。
ただ後ろから軽く抱き支えられただけだと言うのに、私は一体何故こんなにも動揺してしまっているのか。
「……じゃあ後はそれを破いてしまわないように剥がしてお皿に……。」
「んー……よいしょっ!」
「!?」
底面に張り付いている薄焼き卵を剥がすべく、私が木べらへと手を伸ばしたその瞬間。
メイがフライパンを片手で軽く持ち上げながら自らの手首に突然拳を打ち付け始めたのだ。
唐突なメイの奇行に驚き、私は危うく木べらを落としそうになる。
「メ、メイ!?何を……?……やっぱりダメでしたか?」
「え?いや、そうじゃなくって……んよいしょっ!」
やはり失敗だったかと尋ねる私へきょとんとした顔をしながらも、もう一度自らの手首へ拳を強く打ち付けるメイ。
「ベレノ!お皿お皿!」
「え、あ……はい。」
私が唖然としているとメイがお皿を要求してくるので、私は近場にあった平皿をフライパンの側へと置いた。
そしてメイがフライパンをゆっくりとそのお皿へと傾けると、どういうわけかフライパンの底面に張り付いていた薄焼き卵が、するりと形そのままに外れたのだ。
「お、上手く行った……わね!ちょっとお皿からはみ出しているけれど……。」
「……そうですね……?」
綺麗に形を保ったままお皿に乗った薄焼き卵を見てから、私は改めてメイの方を見る。
さっきの奇行に思えた行動は恐らく、底面に張り付いた卵を衝撃で剥がす為の物だったのだろう。
その剥がす仕組み自体は容易に想像できるのだが、そのために自らの手首を叩くなんて発想は一体どこから出てくるのだろうか。
「あ、びっくりした……かしら?こうすると綺麗に剥がせるのよ。……って言っても、母からの受け売りだけどね?」
「確かに……木べらで慎重に剥がすより断然綺麗ですね。」
少し得意げな顔で笑うメイに私も釣られて笑ってから、必要無いらしい木べらを元の場所に戻す。
今ここにいる者でそんな事ができるのは、多分あなただけですけれど。
「メイ!食材は全部切ったのにゃ!次は何をするのにゃ?」
「ご苦労さま。じゃあえっと次はソースを作るから……えーっと……。」
一仕事終えたらしいレイラが元気に手を上げてメイへと問いかけてくる。
先ほどメイがレイラに任せた食材達は、食材の原型がわからないほど見事に細かく切り刻まれ山になっていた。
そういえば切り方などの具体的な指示をしていなかったけれど、大丈夫なのだろうか。
「ソースにゃ?……あ!そういえばここに普通のフライパンもあったにゃ……!」
キッチン下の収納から見慣れたサイズのフライパンを取り出したレイラに、私は少し脱力する。
それがあるのならあんな苦労は……いや、今更だろうか。
「にゃはは!普段あんまり使わないから忘れてたにゃ!ごめんにゃ!」
「大丈夫ですよ……。結果的に上手く焼けましたから。」
謝罪するレイラにフォローをいれつつ、さっき焼いた巨大な薄焼き卵の方を見る。
普通のフライパンで焼いたサイズの卵が一人前分だとしたら、この巨大なのは何人前分になるのだろうか。
「でも、どうしましょうかメイ?普通のフライパンで焼き直しますか……?」
「いいえ!面白そうだからその大きいのでジャンボオムライスを作りましょう!」
何かを閃いたように目を輝かせて、メイがそんな事を言い始める。
それはまぁ大きな料理ができるだろうけど、良いのだろうか。思い出の料理という話はどこへ?
「でっかいのを作るのにゃー!」
「おー!」
◆◆◆
あの後メイのうろ覚えレシピと料理経験者の双子の知恵を寄せ合って、まずはなんとか赤い色のソースを作ることに成功した私達。
噂のハクマイの準備ができるまでの間、さっき私が失敗したスクランブルエッグをおやつ代わりに少々の休憩を挟んでいた。
「んー……!お米の良い匂いがしますわ……!」
「にゃぁ……知らない匂い、にゃ……。」
「でも良い匂いにゃ~!」
「……そうですね。食欲をそそられるような……。」
ハクマイを加熱中の鍋の前に椅子を並べて、火の番をしながら皆でその匂いを堪能してみたり。
とはいえ昨日ジェフの所で食べたゲンマイに比べて、加熱されている分少し匂いが強いなという程度の違いしか私にはわからない。
本当にそのハクマイというのは、価値観が変わるほどの美味しさなのだろうかと正直まだ疑っている。
「……もうそろそろ良いのではないですか?さっきなんか少し吹きこぼれていたようですし。」
「のーのー!はじめちょろちょろなかぱっぱ、赤子泣いても蓋取るな、ですわ!」
「にゃにゃ?」
「何の呪文にゃあ……?」
訳のわからない謎の呪文を唱えたメイに、私も双子も同じように首を傾げる。
冒頭の呪文は調理開始前のメイの言葉を思い出すに火加減のことだろうと思うが、ナカパッパの部分は良くわからない。
それに赤子が泣くことと蓋を取ってはいけない事に一体何の関係が?それとももっと何か複雑な暗号的な物だろうか。
「お米を美味しく炊き上げるためのおまじないみたいなもの……ですわ!……ああでも、良い匂い……。」
「ちょっと……!あなたが我慢できなくてどうするんですか……。」
コメの匂いに吸い寄せられるようにふらふらと椅子から立ち上がろうとするメイを、私は尻尾で捕まえて引き戻す。
もしかしてハクマイには何らかの中毒性があったりするのだろうか。だとしたらかなり危険だ。
「わくわくにゃ!」
「どきどきにゃ……。」
レイラとライラも待ち切れない様子で、椅子の上に膝立ちになりながら同じリズムでその細く愛らしい尻尾を揺らしている。
私の尻尾にもあれくらい可愛げがあったら良かったのだが。なんて自分の鱗まみれの太い尻尾を見ながら考える。
しかしこの尻尾はこの尻尾で、何かと便利なのだ。例えばこうやってメイを捕まえる時とかに。
「ふたりはいつもそうしてるのにゃ?……あ!だから同じ匂いなのにゃ!」
「にゃあ……仲良しさん、にゃ。」
「別に……いつもこうしているわけでは……。」
無垢な笑顔で指摘され私は何だか恥ずかしくなってメイから尻尾を離す。
確かに馬車の中では基本隣に座っていたり連日同じベッドで寝てたり、街を歩くにもずっと手を繋いでたりするが、そんな事は。
「えー?でもベレノはすぐに私に尻尾巻き付けてきますわよね……?」
悪戯っぽい笑みを浮かべながらこちらへと視線を向けるメイへ、私はジトりとした目で返す。
それは確かにそうかもしれないが、何もこの子達の前でわざわざ言わなくても良いのでは無いか。
「ボク知ってるにゃ!ラミアが尻尾を巻きつけるのは、そのヒトを好きって証なのにゃ!」
「……ですって?」
得意げに語るレイラの言葉に便乗するように、メイは意地の悪い笑みを向けてくる。
ええそうですよ。好きで悪いですか。なんて口には出さないが、私は忙しなく尻尾を揺らす。
だがそこへレイラに対抗するようにライラがゆっくりと口を開く。
「私も知ってるにゃぁ……それを受け入れるのは、あなたに食べられても良いくらい好きって意味になる……にゃ。」
「……だ、そうですよ?」
意趣返しのようにメイへと問い返すとメイは面を食らったような表情をして、ぎこちなく目をそらす。
そんなメイへと私はしゅるりと這い寄ると、逃さないとばかりに両足首を尻尾で絡め取る。
「そうなんですか……?メイ。あなたは私に……食べられても良い、と思っているんですか……?」
「そ、それは例えであって……その……!」
逃げる手段を奪った上で私はメイの頬へと手を添えると、ゆっくりじっくりと顔を近づけていく。
そんな私達を双子は口元を両手で隠すようなおそろいのポーズで見守っている。
「っ……まだ、ダメ……よ。」
普段滅多に聞かないような弱々しい声で目を伏せて、顔を耳まで赤くしながらそんな反応をするメイに、私も双子も思わず固まる。
私としてはもちろん冗談のつもりだったのだが、そんな反応をされると何と言うか。
「っな、何言ってるんですか……!冗談に決まっているでしょう……!?」
「あ。……うん。そう、そうよね……!もちろんわかってるわ……!?」
予想外なメイの反応に私は動揺し、慌ててメイの頬から手を離しながらもあからさまな怪しい否定をしてしまう。
メイもメイではっとしたように慌てて取り繕い、誤魔化すように目を逸らして横髪の先端を指で巻き始める。
その後も結局暫くの間、私はメイとまともに目を合わせる事もできずただただ気まずく気恥ずかしい時間を過ごすのだった。
「うにゃあ……口から砂糖が出そうにゃ……。」
「糖分過多……にゃ。」
◆◆◆
少々の休憩を挟んで調理を再開し、私達はオムライスを作るための残りの工程をメイから説明を受ける。
次は先ほど作った赤いソースを、たった今できたらしいハクマイに混ぜて炒めるらしい。
折角苦労して白くしたコメを今度は赤く染めてしまうのか、と少々疑問に思いながらも私は木べらで鍋からハクマイを皿へと移す。
「これが完成したハクマイなのですね……確かに白くて艶めいていますけれど……。」
「キラキラにゃ!」
「ピカピカにゃぁ……。」
「ふふ……折角だから、ソースと混ぜる前にちょっと食べてみる?」
興味津々とばかりにハクマイを観察する私達を見て、メイが小さく笑って提案してくる。
そういえば私もハクマイの味は気になっていた。是非ともこの機会に味わってみたい。
「熱いから気をつけてね……?はい、どうぞ。」
「……いただきます。」
「にゃにゃ?」
「にゃぁ。」
メイからすっと渡されたスプーンを受け取って、私は小さく手を合わせる。
そんな私を不思議そうに見ながらも、レイラとライラも真似して手を合わせた。
そしてハクマイをひと掬い。軽く息を吹きかけて冷まし、慎重に口の中へと運び入れる。
「あちゅっ!?」
「熱いってメイが言ったにゃぁ……もっと冷ますにゃ。」
「あらあら……気を付けて。」
勢いよく頬張ったらしいレイラがその熱さに驚き軽く飛び跳ねるのを見ながら、私はハクマイを吟味するように咀嚼する。
味自体はそこまで強いものではなく、何と言うか物足りなさを感じさえするような薄さだ。
食感は確かに昨日ジェフの所で食べたゲンマイに比べると、まだ熱々なのもあってかかなり柔らかいように感じる。
「どう……かしら?」
少し不安が入り混じったような期待の眼差しで、メイが私の方を見つめてくる。これは何と感想を述べた物だろうか。
噛めば噛むほど砂糖とはまた違ったじわりとした甘みのような物が広がってくるのがわかるが、やはり物足りない。
「ん……そう、ですね。……何と言いますか……薄い?」
「にゃむにゃむ……確かに、ちょっと物足りないにゃー。」
やはりレイラとライラも私と同じ感想を持ったようで、メイやジェフ程の興奮はしなかったようだ。
そんな私達の反応を見てメイはさぞや残念がるだろうと思っていたのだが、意外にもそうではなく何故かうんうんと頷いている。
「白米……ご飯はね、単品では確かに物足りなさを感じるかもしれないわ……だけど!」
「だからこそ他のおかずの味をより引き立たせ、そしてそのおかずはよりご飯の味を引き立たせる!」
「そんな、素敵な関係を作ってくれる魔法の食べ物なのよ……!」
「そしてまず基本はやっぱり塩ね!もう一度食べてみて!」
興奮して立ち上がり目を輝かせながら熱く語り、ひとつまみの塩をふりかけてくるメイに私も双子もちょっと引いている。
確かにハクマイ単品で食べると早々に飽きが来てしまいそうな味の薄さなため、味に変化をつけるのは大事なのだろう。
だが塩をひとつまみ振りかけただけで、そこまで変化するものだろうか。
私は半信半疑で、かけられた塩とハクマイを少々スプーンで混ぜ合わせてから再び口へと運ぶ。
「……、……!」
咀嚼を始めて少しして、私はその味の変化に思わず口の動きを止める。
塩が加えられたことで塩味が増したのは当たり前なのだがそれ以上にコメの、ハクマイの甘みが先程よりもはっきりと感じられる。
さらにそれだけではなく、先程までの早々に食べ飽きそうな感じがまったくしなくなっていた。
「……にゃにゃ!塩だけなのに美味しくなったにゃ!?」
「にゃぁ……そんなにたくさん入れてないのに、しっかり塩の味もする……不思議にゃ。」
ハクマイの変化に驚く私達を見て、メイは胸の下で腕など組みながら得意げな顔で頷く。
なるほど、これは確かに新しい発見かもしれない。パンにジャムやバターを塗るよりももっと、親和性が高いような。
ついつい次の一口に手が伸びてしまいそうになる気持ちも、少し理解できた。
「ふふん……凄いでしょう?もっと食べたくなったでしょう?」
「にゃ!おかわりにゃ!」
「待ってくださいレイラ、これ以上食べたらオムライスの分が……。」
元気よくおかわりを求めて挙手をするレイラを、私は慌てて止める。
確かにハクマイも美味しいが今回のメインはあくまでオムライスなのだ。完成する前にコメが無くなってしまっては元も子もない。
「そうにゃ……レイラは食いしん坊にゃ。」
「うにゃぁぁ……。」
「まぁまぁ……オムライスはもっと美味しいわよ!」
にやりと不敵な笑みを浮かべたメイが、先ほど使った大きなフライパンへと残りのハクマイを丸ごと投入する。
ああなんだか折角のハクマイが勿体ないなと思いながらも、私は再び加熱盤へと火を灯す。
「ここにさっき作ったソースを半分入れて……切った具材と一緒に、炒める!」
投入されたハクマイと食材でさっきよりもかなり重くなっているはずのフライパンを、メイはやはり軽々と片手で持ち上げる。
そして全体へと火を通すように木べらで混ぜ合わせながら、せっせと炒めていく。
次第に白かったハクマイはソースの赤い色に染まり、夕日のようなオレンジ色へと変わっていく。
元が白色故にその変化がはっきり見て取れるのは、何だか絵画のキャンバスのようだとも思う。
「ふんふん……良い匂いがしてきたにゃ!」
「にゃぁ……お腹すいてきたにゃ。」
「……っよし、そろそろ良いかしら?ベレノ!さっきの薄焼き卵のお皿を!」
「はい?上に乗せるんですか?」
私は言われた通りに巨大薄焼き卵の乗ったお皿をメイの側へと置く。
するとメイはその上へとすっかりオレンジ色になったハクマイを乗せていき、何やら木べらでぺたぺたと形を整えていく。
「本当はフライパンの上でご飯を乗せたりとか、卵を半熟にしたりとか色々パターンが有るのだけど……今回は一番簡単な奴で!」
そう言ってオレンジハクマイを楕円形に整えたメイは、薄焼き卵の箸を持ってぱたぱたと両サイドから包んでいく。
コメが卵のヴェールで覆い隠され、完全にその姿が見えなくなった。これでオムライスの完成だろうか?
「そして最後にさっき半分残しておいたソースを上にかけて……。」
先ほど何故か半分フライパンへ残していたソースを、メイは卵の上へとかけていく。
山のように盛り上がったオムライスの上を赤いソースが垂れ流れて、黄色一色のキャンバスに良く映える。
「……完成ですか?」
「完成!」
「できたにゃ~!」
「にゃぁ……おっきい、にゃ。」
大きめのお皿の上でも見劣りしない程の巨大な存在感を放つ、オムライス。
頑張って皆で作った、そしてメイにとっての思い出の料理。
「うーん……懐かしい……。」
そんなオムライスをまじまじと見つめ、感動に浸るようなメイを横目に私は取り分け用のお皿を並べていく。
何はともあれ、無事にオムライスが完成して一安心と言った所だろうか。
とりあえず今回ので何となく作り方と完成図は把握できたので、これでいつでも材料さえあればメイにオムライスを作ってあげられる筈だ。
「……じゃあ、冷めない内に皆で食べましょうか!」
「食べるのにゃ!」
「にゃあ、おばあちゃんにもわけてくる……いいにゃ?」
「ええ、もちろん!」
メイはそう言って、宿屋の店主である双子の祖母の分をライラのお皿へと取り分ける。
分かっていた事とは言え、あれだけ苦労して作った薄焼き卵が容赦なく破壊されていくのは少し思う所がある。
しかしどれ程綺麗に飾り付けられた料理も、結局食べる時は崩すのだと考えれば仕方がない。
オムライスを取り分けてもらったライラが、ぺこりとお辞儀をしてお皿を片手に宿屋の入口の方へと走っていく。
「……ボクもあっちでライラと食べてくるのにゃ!後は2人でごゆっくりにゃ~!」
自らの分をもらったレイラが突然そんな事を言い出して、ライラと同じように厨房から出ていってしまう。
何かあの子達に気を使わせてしまっただろうか。
そんな事を考えながらふとメイと目があって、互いに小さく苦笑する。
「……じゃあ、改めて。……いただきます!」
「……いただきます。」
私とメイは再び手をあわせて、その念願のオムライスを食べ始める。
いくつにも取り分けられてもはや卵で包んでいるとは言い難いが、それでも味は変わらないはずだ。
オレンジのコメと薄焼き卵を一緒にスプーンに乗せて、まずは一口。
先程の塩を加えたハクマイともまた全く違った味わいを見せるコメの味が口の中で広がっていき、何とも美味しい。
時折感じるコメ以外の肉や野菜の食感がアクセントとなって楽しくさえある。
そして肝心のメイの反応は──。
「ん~~……っんまい!この味……すっげぇ懐かしいかも……。」
そんな風に呟いたかと思えば、メイのその目にはじわりと涙さえ浮かんでいる。
嬉しそうに笑いながらもどこか遠い日を懐かしむようなメイの横顔を見ながら、私は黙々と食べ進める。
次作る時にしっかりとこの味が出せるように、覚えておかなければならないからだ。
「……ベレノ、ありがとな。」
「っ……ど、どういたしまして……。」
突然こっちを向いたメイが優しげな目で感謝の言葉を伝えてくるので、私は慌てて口の中のを飲み込んで小さく会釈する。
そんなに嬉しそうにされたら、頑張って作った甲斐があったというものだ。
もっとも今回私がやったのは卵を薄く焼いただけな気もするけれど。
私が自嘲気味に笑いながら次の一口を口にした、その時。
「えと……その、ちゃんとした返事……近い内にするから、もうちょっとだけ待っててくれるか?」
「ん゛っ……!?」
不意打ちのように投げ込まれたメイからの大事な言葉に、私は思わずむせる。
あまりに唐突な事に、コメが気管へと入ってしまった。
「けほっ!こほっ……!え、えぇ……?」
「あっ!だ、大丈夫か……!?」
酷く咳き込み、目に涙など浮かべながら困惑の返事をメイへと向けるが、メイはそんな私に慌てて優しく背中を擦ってくれる。
本当この人はもう少しタイミングというか、ムードというかそういう物を。
「……ちゃんと俺、全部と向き合うから……安心してくれ。」
「……けほっ……ん、ん……期待して待ってますね。」
そうして私達の初めてのオムライス作りは、無事に終わったのであった。




