第13話『男は皆ドラゴンが好き。』
ざっくり登場人物紹介
ベレノ:ベレノ・マレディジオネ。23歳。身長はだいたい160cmくらい。今作の主人公。黒いボサ髪に紫の瞳を持つ、ラミア族の呪術師の女性。勇者パーティのリーダーであり親友であり弟子であるメイにクソデカ感情を抱いている。ボディタッチ(尻尾巻き付け)は良くするくせに、言葉では言わないタイプのこじらせラミア。愛するメイのためにオムライスを作ろうと奮闘する乙女。ちなみに得意料理はドクガエルの丸焼き。
メイ:メイ・デソルゾロット。18歳。身長は162cm。『それでも俺は妹が一番可愛い。』の主人公。ドシスコンの社会人男性、ホムラ テンセイの魂を持つ勇者系金髪お嬢様。天然たらしの側面があり、ベレノの情緒を狂わせる。しかしこっちはこっちでだいぶこじらせている。コメ狂いの乙女(男)。オムライスは昔母親が作ってくれた思い出の料理らしい。
アルシエラ:アルシエラ・ドラゴなんとか。見た目は12歳だが、実年齢は不詳。身長147cm(角を含まない)。またの名を、ホムラ ユキ。メイの前世にあたるテンセイの妹。今は魔王をやっているが、本人は魔王の座にはあまり執着が無い。兄狂いの乙女(兄より年上)。母親の帰りが遅い日に兄がたまに作ってくれた炒飯が、思い出の料理。
カグラ:天鐘院 輝晶。年齢不詳(見た目は10歳少しくらい)。身長142cm。白髪ぱっつん前髪に短い太眉、ツリ目な赤い瞳と色白な肌。黒に金模様の着物&よく響く下駄。遠い異国から来た商船に乗っている謎の少女。高慢で尊大な態度が好みを分けるお嬢様だが、商人としての腕は確からしい。お供として連れている巨大な白い犬の名前は白霊。当犬はカグラを自分の子供だと思っている。
第13話『男は皆ドラゴンが好き。』
レイヴィア外れに住む料理研究家であるジェフの元を訪れ、重労働の末に念願のハクマイを手に入れた日の翌日。
昨日と同じように宿屋で焼き魚を朝食に食べた私とメイは、情報収集をするために朝からレイヴィアの街へと繰り出していた。
とはいえお昼ごろには一度宿屋に戻った後、厨房を借りてのオムライス作りに挑戦する予定なのでそう時間はかけられない。
魔界を除いた残りの目的地である廃教会と森の家に関する情報が、せめてどちらかだけでも手に入れば嬉しいのだが。
「今日の焼き魚は、なんか鮭っぽい魚だったなー……あれも白米に良く合うんだけど……。」
「……コメの話は良いですけど、今日は情報収集するんですからね?」
先ほど食べた赤い身の焼き魚の事を思い出しながら、連日コメの話をしようとするメイに私はしっかりと釘を刺す。
昨日はメイが突然料理研究家の家に行くと言い出して、街での情報を全く集められなかったからだ。
「わかってるって!……それに今日は……ふふふ。」
「もう……そんなに楽しみですか?オムライスが。」
楽しみで笑顔が堪えきれないとばかりに口元を手で隠すメイに、私は少し呆れながら問いかける。
まだ上手く作れると決まったわけでもないのに、そんなに期待されたら逆に緊張してしまう。
「そりゃぁもちろん!」
「……そうですか。」
満面の笑みで即答するメイの様子を見て、それ以上の質問はしない事にする。
本人は母の思い出の料理だとは言っていたけれど、そんなにもオムライスが食べられることが嬉しいのだろうか。
それとも私が作ると言ったから?
なんて夢見がちな乙女のような甘い考えが一瞬頭に浮かんで、自嘲気味に笑おうとした、その時。
「だってベレノが俺の為に作ってくれるんだろ?」
「っ……そ、そうです……けど?」
私の頭の中を見透かしたようなメイのセリフに私は小さく動揺しながらも、何とか取り繕う。
改まって何だというのか。それとも私はそんなに表情に出ていただろうか。
「別に料理だけじゃなくって……誰かが自分のために何かしてくれるって思うと俺、結構テンション上がるんだよな~!」
少し照れたように歯を見せにひひと笑う、そんなメイの笑顔が眩しくて私は少し目をそらす。
誰かが自分のために、というのは確かに理解できる感覚だとは思う。
だからってそこまで嬉しそうにされたら、何だか見ているこっちまでそわそわさせられてしまう。
「……あんまり期待しすぎないでください。上手く作れるかは、やってみないとわからないんですからね。」
「大丈夫大丈夫!ベレノならできるって!」
保険をかけるように言い訳する私を何の根拠もなくできると断言するメイに、私は小さく息を零す。
まあそれで失敗して台無しになった料理を食べるのはあなたなので、と喉まで出かけた言葉を飲み込む。
こんなに嬉しそうにしているのだから、水を差さずこっちも最大限に頑張ってみようと思ったからだ。
「……おっし!じゃあここらで手分けするか!」
分かれ道の真ん中で突然立ち止まったかと思えば、メイがそんな事を言い出した。
いや、メイの意図が理解できない訳では無い。
折角2人いるのだから手分けして聞き込みをした方が効率的だと言うのは正しくその通りなのだが、問題はそれがメイだと言うことだ。
「じゃあ俺はこっち……に?」
私の返事も待たずに別行動を開始しようとするメイの手を掴んで、引き止める。
メイに一人で聞き込みなんてさせたら、何に巻き込まれてしまうかわからないからだ。
だけどここで1人にさせるのは不安なので、なんて直接言ったらいくらメイでも傷ついてしまうだろうか。
「……広い街なので、一度逸れると合流するのが大変ですから。一緒に行きましょう。」
なるべく言葉を選びながら、私はメイに一緒に行動することを提案する。
逸れたところで昼には宿屋に戻ると約束しているのだから、宿屋を目指せば良いだけなのだが。
「お、おう……そっか。そうだよな……。」
意気揚々と行こうとした所で私に出鼻を挫かれ、メイは少しテンションが下がってしまったように同意する。
そうしてメイは少し物言いたげな顔をしながらも、私の手をしっかりと握り返してくる。
「……あのさ、ベレノ。」
「……はい、なんですか?」
それから少し進み始めた所でメイが突然に話を切り出してくる。
「……もしかしてなんだけど、俺の事小さい子供か何かだと思ってる?」
なんて冗談っぽく笑うメイに、私はどう返そうか少しだけ迷う。
別に子供扱いをしているつもりは無いのだけれど、あなたは手を離したらその行動力でそのまま、何処かへ行ってしまいそうな気がして。
「……、……少し?」
「少し!?」
かなり言葉に迷った後で、私は本心を誤魔化すようにメイの質問の内容を肯定する。
そんな私の言葉が余程心外だったのか、かなり驚いたような表情を見せるメイ。
「ええ……そんなに俺、頼りないかなぁ……?」
少しは子供扱いされているという事実に、メイはがっくりと肩を落とし項垂れる。
私的には結構、これでも頼りにしているつもりですけれど。
本人にそれを言うと何だか調子に乗ってしまいそうなので、決して口には出さないが。
「まあまあ……そう落ち込まないでください。」
「いやそこは慰めるんじゃなくて冗談だって否定して欲しかったなぁ……!?」
よしよしと慰めるようにメイの頭を撫でようとするが、拗ねたような表情をしたメイに逃げられてしまう。
「でも、頼りにしてますよ……?剣の腕前は。」
一応フォローをいれるつもりで、私はメイの腰の剣を指差す。
「本当か!?……ってそれ裏を返せば魔法は全然って事だよな……!?」
素直に褒めたつもりが、何だか穿った捉えられ方をしてしまったようだ。
実際メイは魔法も剣も基礎さえ学べばその後は驚異的な速度で成長していたし、やはり潜在能力はかなり高いように思う。
魔法の腕だって、私などよりもっと上級の魔術師に教えてもらえばきっともっと強くなれる筈だ。
だけどそんな事を自分で考えておきながら、同時にそれは何だか嫌だとも思ってしまう。
「……もっと色々な魔法が覚えられるなら、メイは覚えたいですか?」
私はメイの意思を再確認するように問いかける。
メイが本気でそれを望むのなら、私よりもっと良いちゃんとした師を持つべきだからだ。
例えば私にとっての大婆様のような。
「んー……まぁ、色んなこと出来るようになれば色々便利だとは思うし、覚えられる機会があるなら覚えたいけど……。」
少し考えるような仕草をしてそう語るメイの言葉に、私はやはりと再び考える。
私が教えられるのは精々中級レベルの呪術系や召喚系の魔法だけ。
それもメイの戦闘スタイルに合っているかと言われると、微妙な所だろう。
「……それにほら。色々できるようになったら、もっとベレノに楽させてやれるかな~って思うしさ。」
太陽のような笑顔をこちらへ向けて恥ずかしげも無くそんな事を言い放つメイの言葉に、私は思わず立ち止まる。
その言葉は嬉しいはずなのに何だか悔しくて、自らの顔が熱くなっていくのを隠すようにローブのフードをかぶる。
「ん?どうした?」
「……いえ、今日はちょっと日差しが強いなと思いまして。」
「そうかぁ……?まぁいい天気だとは思うけど……。」
突然フードをかぶった私の顔を覗き込もうとするメイから、逃げるように顔をそらす。
まったくどうしてこの人は、そんなセリフを素面で吐けるのか。
「あ、それでさ。もしもっと色んな魔法が覚えられるとしたら……俺、1個ぜひとも覚えてみたい魔法があるんだよね~。」
不思議そうに首を傾げた後で、メイは思い出したように先程の話の続きをし始める。
メイが覚えてみたい魔法とは何だろうか。派手な攻撃系魔法?それとも転移や飛行魔法などの便利な移動系魔法だろうか。
聞き返して欲しそうな間を作るメイに、私はゆっくりと口を開いて聞き返す。
「……それは?」
「それは──、ドラゴンの召喚。」
「っ」
大真面目な声で完全に予想外の答えを返してきたメイに、私は思わず小さく吹き出してしまう。
「わ、笑われたぁ……!?」
「いえ……ふふっ!すみませ……んっふ……!」
笑われた事が余程心外だったのか、少し悔しそうに抗議するような声を上げるメイ。
そんなメイを笑ってはいけないと思いつつも、変なツボにはまってしまって笑いが止められない。
ドラゴン……ドラゴンと来たか。それはなんというか、中々にロマンがある。
「っ……好き、なんですか?ドラゴン。」
何とか笑いを堪えながら、一応真面目に聞き返してみる。
以前にジマの都でドラゴンの話になった時は、メイの前居た世界にドラゴンは居なかったと言っていた気がするが。
「男の子はみんなドラゴンが好きなの!旅行のお土産にドラゴンがついた剣とか買うんだよ!」
少し拗ねたようにも聞こえる声で謎の持論を展開し熱弁してくるメイの姿に、引っ込みかけた笑いがまたこみ上げる。
ドラゴンのついた剣はちょっと良くわからないが、男が皆ドラゴンが好きというのは何となく理解できる。
「……それで、ドラゴンを召喚して……何をするんです?」
「えっ……何って……。」
もし仮にドラゴンを召喚できたとしてその強大であろう戦力で何をするのか、というつもりで聞いたのだがどうやらメイは──。
「……まさか何も考えていないのです?」
「……だ、だって……できたらすげーかっこ良いじゃん……?だめ……?」
先程までの熱弁はどこへ行ったのか。
急速に失速して自信無さげな震えた声で聞き返してくるメイの姿に、私はむせそうになって強く口を抑える。
「っ……はぁ……そもそもメイは、召喚魔法の仕組みをご存知ですか?」
魔法の基礎の基礎、魔力の操作については以前に説明したかもしれないが、各系統の魔法の特色などについてはしていなかったかもしれない。
とりあえず私はメイに召喚魔法の基礎的な知識から教えることにする。
「い、いや全然?……だってベレノ、教えてくれなかったし……。」
「……まぁ、そうですね。あの時は教えても意味がないと判断したので。」
どこから説明したものかと少し頭の中で順番を整理してから、私はメイへと召喚魔法の説明を始める。
「召喚魔法というのは、ざっくりと言ってしまえば条件が限定的な転移魔法のような物です。」
「転移魔法……って言うとあの遠くの場所に瞬時に移動できたり出来る……所謂ワープとかテレポートとかどこでもなんとか的なあれだろ?」
やや聞き慣れない単語がメイの口から飛び出したものの、大凡の概念は理解しているようなので説明を続ける事にする。
そう、召喚魔法とは限定的かつ予め決めた対象しか呼び出す事のできない不便な転移魔法モドキである。
「そうですね……では私とメイが今ここで適当な何かを1体召喚する為に、同じ召喚魔法陣を描き同じ呪文を唱えたとしたら……召喚されるのは合計何体でしょうか?」
「え……1人につき1体出すなら、単純に2体じゃないのか?」
怪訝そうな顔で2体だと答えるメイの手を握ったまま、私は不正解を表すように腕で小さくバツマークを作る。
やはりメイは根本的なところを理解していないらしい。
「……不正解です。答えは、1体。」
「なんでだ?」
「それは単純に、メイが何とも契約していないから、です。」
「契約……?」
契約という言葉を聞いて、メイは頭が転げ落ちそうなほどに首を傾げる。
召喚魔法で何かを召喚するためには、その召喚対象となる物や生物と召喚契約を結ぶ必要がある。
そしてその契約というのは要するに、召喚者が呼んだらそれに応じてこっちに来てくれるという約束だ。
「例えばそうですね……メイがドラゴンを召喚したいとしましょう。」
「うん。」
「それにはまず、召喚魔法で呼んだら来てくれるドラゴンが必要ですね?」
「うん……。」
「じゃあその為には、こちらが呼んだら来てくれるという契約を結んでくれるドラゴンを探す必要がありますね?」
「うん……?うん……。」
理解しているようなしていないような微妙な顔をしながら、メイはうんうんと私の言葉に頷く。
つまるところ、どんな召喚魔法であっても基本的には一度その召喚対象の所へ行って召喚契約を結ばなければ召喚できない、という事だ。
さらに言えば契約に応じてくれるかどうかはその対象によって異なる為、強力な召喚魔法ほど契約するための難易度は高くなるという寸法だ。
「じゃあまずは契約してくれるドラゴンを探すところから……って、この世界ドラゴン絶滅してるんじゃ無かったか……?」
「ええ、恐らくは。」
指折り数えて順序を理解し、そこで初めてもっと根本的な別の問題に直面する事にメイは気がつく。
ドラゴンを召喚したいと思っても、その契約を結ぶためのドラゴンがもうどこにも居ないのだ。
「そんなぁ……。」
メイはキラキラとした夢を語った直後に残酷な現実を突きつけられた子供のように、再びがっくりと項垂れる。
しかしこればかりはどうしようも無い。いかに召喚魔法と言えど、居ないものは呼べないのだ。
「……あっ!でもほら、ゾンビ!ドラゴンのゾンビなら出せるんじゃないか!?」
「ゾンビでも良いんですか……?まぁ確かに、魔王がどこからあれを連れてきたかは不明ですけど、理論上は可能ですね。」
「……あなたがそのドラゴンのゾンビから契約を勝ち取れたら、ですけど。」
召喚契約の方法には大きく分けて2種類ある。
1つは服従させる事。自らの力を示し、対象を支配する事で下僕として契約する方法だ。
これは主に下級の召喚魔法などの比較的簡単でかつ戦力的に弱い召喚対象との契約に用いられる。
そしてもう1つは、交渉する事。召喚に応じる事に対してのメリットを提示して契約してもらう方法だ。
血肉や魂などの供物であったり、はたまた特定の希少素材であったりと契約相手によって条件は異なる。
こっちは主に中級から上級の、交渉できるだけのある程度高い知能を持つ召喚対象との契約に用いられる方法だ。
「……手土産持ってお願いしに行くとか?」
「残念ですが……ゾンビ系は基本的に知能が無いに等しい為、取れる手段は力でねじ伏せ強制契約させるのみかと……。」
自分で?と尋ねるように自らを指さすメイへ、私は頷いて同じように指をさす。
「ゾンビでもドラゴンをねじ伏せられる力があるなら、そいつに召喚魔法はいらないよ!?」
「それは……そうですね。」
結局のところ自分の腕に自信があってどんな相手でも腕力で捻じ伏せられるような戦士なら、召喚魔法など使う必要はないのだ。
とはいえ、そのような事ができるのはヒトの枠組みの中でもかなり上澄みの俗に英雄だとか勇者だとか呼ばれる者たちだけな訳で。
今まさに隣でドラゴンが召喚できないという残酷な事実に半泣きになっている勇者様を見ながら、私はそんな事を考える。
「……雪に頼んで、何とかしてもらおっかな。」
「絶対ロクなことになりませんよ……。」
◆◆◆
オムライスを作るのに必要な卵などの材料を買い集めながら、私とメイはレイヴィアの街をぐるりと一周するように、街の人達に聞き込んで回った。
その結果として森の家や廃教会に関する物は数百年も前の話な為か、まともな情報はやはり得られなかった。
しかしその中で一つだけ、次の手がかりになりそうなとある街の情報を手に入れる事ができた。
それはこの国でもそこそこの規模を持つ宗教である龍神教の本部があるらしい、ドラールという街に関する情報だ。
「宗教の本部がある街かぁ……何か凄そうな感じだなー……。」
波止場のある通りを歩きながら、あまりにふわふわとした感想を口にするメイに小さく笑って、私は懐から地図を取り出す。
どの道魔界を目指すならばここから西に移動することになるので、ついでに西方面の地図を先ほど購入したのだ。
「ドラール……ここですね。レイヴィアから海岸線沿いを走って……西に4日程でしょうか。」
広げた地図を指でなぞり、レイヴィアからドラールまでの道筋をなぞる。
この地図の上で見る限りではレイヴィアと同じくらいの規模感の街のようだ。
やはり海が近い街は発展しやすいのだろうか。
「4日かー……結構かかるなぁ……。」
「まぁ途中途中でいくつかの街や村を経由しながらなので、北からレイヴィアに来た時とそう変わりませんよ。」
途中の街や村の間隔にもよるが、それでも同じようなペースで飛ばしていければ4日より少し早く着ける。
道も海岸線沿いをずっと道なりに進んでいくだけのシンプルな物だし、特に不安は無い。
「それもそうか。馬車は勝手に走ってくれるし、座ってるだけでいいのは楽だけどなー……。」
「……退屈が嫌いですか?」
楽だと言いながらもどこか不満げな様子のメイに、私は小さく首を傾げる。
確かに移動中の馬車の中でできることなんてたかが知れているし、活発的なメイにとっては退屈に感じてしまうのも理解できる。
「うーん……そうなのかもなー。やっぱり身体を動かしていたいっていうか……。」
「あっ!ベレノと居るのが退屈ってわけじゃないからな!?むしろすっげー楽しいよ俺!」
慌ててフォローを入れるように付け加えられたメイの一言に、私の心臓は少し高鳴りを見せる。
唐突にそういう事を言ってくるのは、本当に心臓に悪いのでやめて欲しい。
だけど同時に、その一言に私の頬は緩みついついニヤけてしまいそうになる。
「っ……だからって馬車の中で剣の素振りなんかしないでくださいよ?」
「流石にそれはわかってるって……。」
苦笑するメイに見られないように緩んだ口元を手で隠すようにして、視線をそらし海の方へと向ける。
そこでふと波止場に止まっている船を見て、私はある事を思い出す。
「そういえば異国の商人の……カグラでしたか?彼女と取引するつもりだったコメの事、どうするんです?2週間もここに居られませんよ?」
「え、あー……そっか、忘れてた。んー……次にあの船が来るまでに魔界行って戻って来る……とか?」
少し耳を疑うような返答をしたメイに、私はまた思わず立ち止まってしまう。
もしかして、いやそんなはずは。
不意に立ち止まった私に、不思議そうな顔をして振り返るメイ。
「あの……メイ、あなた……地獄門がどこにあるか理解していますか?」
「ええ?そりゃああの砦の……最初にあった場所に戻した、って魔王からは聞いてるけど……?」
確かにメイの言う通り、一度魔王に持ち去られた地獄門は和平締結後に元あった砦の所へと戻されている。
だが問題は場所ではない。
「じゃあその砦が、ここからどのくらいの距離にあるかご存知ですか?」
「え……ええと……。この、くらい……?」
少し考えるようにしてから自信の無さそうな表情で、メイはゆっくりと右手と左手の指を合わせて6本立てる。
6週間や6ヶ月はあり得ないとして、それは6日くらいという事だろうか。
「はぁ……そうですね。あの時はエヴァーレンスからの転移魔法で一気に行きましたからね……。」
小さくため息を付いて少し頭を抱え、どう説明したものかと考える。
地獄門の砦の防衛戦に突然駆り出された時は、確かに超長距離の転移魔法ですぐだった。
だがそこから帰る時はエヴァーレンスから派遣された転移魔法の使い手達によって、複数回の転移を繰り返して帰ったのだ。
もちろんあの時大変な状態だったメイは、全く覚えていないだろうが。
「……だいたい2週間くらいです。」
「……往復?」
「片道ですよ。」
「そんなに!?」
自分の予想のおよそ2倍以上の答えに、メイはその青い目を丸くして驚く。
まっすぐ向かったとすればもう少し早いだろうが、寄り道をしながらだそのくらいは時間がかかる計算になる。
「じゃ、じゃあ2週間後に米を受け取るなんて……!」
「できないでしょうね……だからどうするんですか、って話です。」
ようやく状況を理解したらしいメイに少し呆れながら、私は波止場の船の方へと目を向ける。
もしまだ今日もカグラの船があるのなら、ちゃんと断りに行くべきだと思うからだ。
「え、えーと……探そう!カグラの船を!」
「まぁ……それしかありませんね……。」
大慌てで走り出すメイの姿にまた小さく呆れながら、私もその後を追う。
だがカグラの船はよく目立っていた為、幸いにもすぐ見つける事ができた。
「……っあの!」
「む……派手髪の女。そんなに息を切らしてどうした。まさか妾に会うためだけに来たわけでもあるまい?」
船の近くであの大きな白い犬を撫でていたカグラを見つけて、メイが駆け寄っていく。
遠近感がおかしくなりそうなサイズ感のこの犬は、何とも良い目印になった。
「えと……!そのっ……お米の、事なんですけど……。」
「……昨日言っていた2週間後の取引を、お断りしたいと思いまして。」
「なに!?どういうつもりじゃ!」
言いづらそうなメイに代わって、私が少し前に出てカグラに伝える。
当然カグラは不満げに大きな声でその理由を尋ねてくる。
「申し訳ありませんが、私達はまだ旅の途中で……2週間もここに滞在しては居られないのです。」
「ごめんなさい……。」
「むむ……この街の者で無いことはすぐに分かったが、よもや旅人とはな……。」
事情を説明する私の隣で、メイが深々とカグラに頭を下げる。
カグラは扇を広げて口元を隠すようにしながら、不満げな目で私達の方を見る。
だがこれがもし商品を仕入れた後だったらと思うと、どうなっていたことか。
品が品だけに莫大な賠償金を請求されてもおかしくは無かっただろう。
「どこまで行くのじゃ?2週間以内に行って帰って来られぬのか?」
メイと同じような事を言い出すカグラに少し笑いそうになりながらも、ここはぐっと堪える。
「えっと……そのちょっと、魔界まで……。」
「なぬ!?魔界じゃと……?!」
苦笑しながら魔界だと答えたメイの言葉に、かなり驚いたような表情を見せるカグラ。
いきなり魔界まで旅をしているなんて言われても、信じられないのは無理もない。
すると突然カグラが私とメイをじろじろと交互に見つめ始める。
「……まさかお主ら……魔界で無理心中でもするつもりではあるまいな?」
「えっ……?」
「……そんな訳無いでしょう……。」
怪訝そうな表情をするカグラの口から出た、突拍子も無い言葉にメイは驚き私は呆れる。
何故そんな発想に至ったのだろうか。
「何じゃつまらん。禁断の愛故の逃避行では無いのか。」
「つ、つまらんって……。」
「……何故そうお思いに?」
眉をひそめ鼻で笑うようなカグラの反応にメイは苦笑する。
私とメイはそんな関係に見えるだろうかと率直な疑問として、私はカグラに問いかける。
「お主らの関係性は詳しくは知らんが……まぁ見れば互いを意識しあっておる事くらいは妾の目にもわかる。」
「……それで、どのくらいになるのじゃ?照れずに申してみよ。」
ぱちんと畳んだ扇で私とメイをそれぞれ指し、カグラは続けるように質問をし返してくる。
「えっと……どのくらい、というのは……?」
「はぐらかすでない。お主らが恋仲となってからもうどのくらいになったのか、と聞いておるのじゃ。……じゃがその初心さを見るに、半年から1年という所か?」
本気で意味が理解できていないメイが問い返したのに対し、お見通しとでも言いたげに目を細めて笑うカグラだったが──。
そもそも私とメイはまだ付き合ってすらいないのだが。
「こっ恋仲……!?って、そんな……!」
慌てて否定するように体の前で手をバタバタと動かしながらも、メイはちらりと一瞬こちらの方を見る。
多分そういうメイの仕草が、そう見えるという話なのだろうけど。
「……こほん。だとしたら見当違いですね……私とメイは別に恋人関係ではありませんし……。」
これ以上誂われるのも癪なので、私は咳払いをしてきっぱりとカグラの推測を否定する。
そんな私の言葉が意外だったのか、カグラは少し考えるように口元に手を当てる。
「……そうか。まだ、じゃったか。くふふ……。」
また何かを察したようないやらしい目をしながら、ニヤニヤとした笑みを浮かべるカグラ。
隣ではやや顔を赤くしたメイが、俯きながら地面を見つめている。
「っ……そういう事なので、今回の取引は無かったことに。……では。」
「ああ、待て待て!」
このままではメイがもたないと判断して、私はメイの手を握ってすぐにその場から離れようとする。
だがそこへカグラが何やら呼び止めて来た。
「そんなお主らにぴったりの品があるのじゃが……どうじゃ?」
近くの木箱からごそごそと、何やら小さめの箱を取り出すとカグラはにやりと笑って見せる。
コメの取引が無しになってしまったから、せめて何か売りつけてやろうという商売人根性だろうか。
だがそう上手くは──。
「夫婦茶碗と言うのじゃがな……特に派手髪の方、メイだったか?お主は米が好きなのであろう?」
「え……?ええ、まぁ……?」
カグラの口から出た夫婦という言葉に、私は悔しくもぴくりと反応してしまう。
そしてメイもコメというワードに反応してか、カグラの方を振り返る。
「くふ……美味い米を折角食うならば、上質な器で味わいたい物よな?」
「……ダメですよ、メイ。必要ありません。」
商人の煽り文句にちょっとそそられそうなメイの手を軽く引いて、釘を刺す。
そんな物を買った所で、手持ちのコメが無くなれば使い所が無くなってしまうだろう。
「……今ならこの漆塗りの箸も2膳つけよう。」
「買います!」
抱き合わせのようにすっと出された細い2本の棒を見た途端、メイが元気よく手を上げてしっかりと即答してしまう。
察するにあれが昨日メイが言っていたオハシという食器だろう。
「くっふっふ……まぁそう怖い顔をするな。妾が扱う品は皆上質な物ばかり……決して損はさせぬぞ?」
恨みがましい目でカグラを睨んでいた私へと、カグラは不敵な笑みを浮かべながら大きな薄布に品を包み、近づいてくる。
「……それにな、夫婦茶碗というのは婚姻の祝いの品としても贈られる事があるんじゃよ?」
私の耳元で囁くように、そんな事を吹き込んでくるカグラ。
そんな事を言ってくるのは正直、ずるいのではないだろうか。
「……おいくらですか。」
「くふふ……毎度ありじゃ。」
隣で目を輝かせているメイの事もあって断れなくなってしまった私は、しぶしぶ財布を取り出して品物の代金を支払う。
これだから商人という職種の人間は苦手なのだ。客に商品を買わせるための技術を心得ている。
「まぁまた米が欲しくなったら、ここへ寄ってみるが良い。妾達の船は定期的に来ておるからな。」
「は、はい!また旅が終わったら是非……!」
そんなカグラに元気よく手を振るメイを引っ張って、私達は一緒に宿屋へと急ぎ戻る。
まだ今日はこれから、オムライス作りに挑戦しなければならないのだから。




