第12話『白銀の輝きを求めて』
ざっくり登場人物紹介
ベレノ:ベレノ・マレディジオネ。23歳。身長はだいたい160cmくらい。今作の主人公。黒いボサ髪に紫の瞳を持つ、ラミア族の呪術師の女性。勇者パーティのリーダーであり親友であり弟子であるメイにクソデカ感情を抱いている。ボディタッチ(尻尾巻き付け)は良くするくせに、言葉では言わないタイプのこじらせラミア。色々と考えすぎて動けなくなってしまいがちなタイプ。
メイ:メイ・デソルゾロット。18歳。身長は162cm。『それでも俺は妹が一番可愛い。』の主人公。ドシスコンの社会人男性、ホムラ テンセイの魂を持つ勇者系金髪お嬢様。天然たらしの側面があり、ベレノの情緒を狂わせる。しかしこっちはこっちでだいぶこじらせている。色々な好意を向けられている事には気づいているが、どう向き合って良いのかわからないでいる。考えるより先に行動してしまいがちなタイプ。
アルシエラ:アルシエラ・ドラゴなんとか。見た目は12歳だが、実年齢は不詳。身長147cm(角を含まない)。またの名を、ホムラ ユキ。メイの前世にあたるテンセイの妹。今は魔王をやっているが、本人は魔王の座にはあまり執着が無い。兄の事以外は基本どうでも良いと思っている節がある。いつも良い所で邪魔をしてくる。最近出番がとても少ない。
第12話『白銀の輝きを求めて』
レイヴィアの港町の波止場にて異国から来たと思わしき不可思議な少女、カグラと出会った私達。
そのカグラから、とある料理研究家へと自らが愛してやまないあのコメを下ろしている事を耳にしたメイの余計な閃きによって、そのレイヴィア郊外に住んでいるという料理研究家の元を訪ねる事になってしまっていた。
曰く偏屈らしいその料理研究家のお爺さんとは、一体どんな人物なのだろうか。
そしてメイは、念願のコメを食べることはできるのだろうか。
「……ふう、どうやらあれっぽいな。」
街から少し歩いた外れの場所に、川沿いに建てられた水車小屋と思しき一軒の建物がぽつんと建っている。
辺りに人気は無く、何らかの作物が植えられているらしい小さな畑と何種類かの家畜を囲った柵が設置されていた。
「……本当に行くのですか?」
水車小屋の近くまで来た所で、私はメイにもう一度確認するように尋ねる。
突然見ず知らずの女2人がやってきて、ここらでは貴重なコメを食わせろと言ってきたらどんな反応をするかは、想像に難くない。
その上偏屈な性格だと聞いているので、最悪鍋くらいは投げつけられるかもしれない。
「何言ってんだよ、ここまで来たら……そりゃもう!」
興奮を押さえきれずワクワクしているメイが、たれかけたよだれを手で拭って答える。
どうやら本当に行くしか無いらしい。どうかなるべく、優しい人でありますように。
そうこう考えている内にメイが、水車小屋の扉を元気よく叩く。
多分人が住んでいるとしたら隣のレンガの方だと思うけれど。
「すいません!どなたかいらっしゃいますか?!」
「……誰じゃ?朝から騒々しい……。」
メイが声をかけると少しして水車小屋の隣の建物から、長いヒゲを蓄えた高齢の人間の男性が姿を現す。
その見るからに不機嫌そうな表情と、身につけている年季の入ったエプロンを見るにこの人が件の人物で間違い無さそうだ。
「あ、すいません。あの、もしかして料理研究家の……?」
「……いかにも、ワシが料理研究家のジェフ・ククスキーじゃが?」
怪訝そうな顔でメイを見るジェフの顔を見て、私はメイを水車小屋の扉の前から引き剥がす。
「突然の訪問をお許しくださいククスキーさん。……実は私達は、ククスキーさんがコメ料理の研究をしているという噂を聞きつけて、やってきたのです。」
「ほう……?誰から聞いたかは知らんが、まぁ入るが良い……茶くらいは出そう。」
私が訪問理由を説明すると、ジェフは意外にもあっさりと私達を招き入れてくれるようだ。
軽やかな足取りでジェフの後へとついていくメイを、私は少し心配しながらその後に続いた。
「……それで?ワシに一体何の用かね、お嬢さん方。……見た所、料理人というわけでも無さそうだが。」
建物の中へと案内された私達は、来客用の椅子に座って待つように促される。
少ししてお茶が入っているらしいポットとティーカップを2つ持ったジェフが戻ってきて、私とメイの前に1つずつカップを置くと手慣れた手つきでお茶を注いで行く。
「えっと……!お、お米を……!」
「……私はベレノ。そっちの彼女はメイです。私達は旅の途中でレイヴィアに寄った旅人なのですが……実は港の商人からククスキーさんの話を聞きまして。」
「そうしたらコメ料理が大好きな彼女が、是非ともククスキーさんに会って話してみたいと言うのです。」
先走ろうとするメイを制するように掌を向けて、私は代わりにジェフへと説明する。
ジェフはそんな私の説明をお茶を入れながら、特に驚くような様子も無く聞いている。
「……折角来てもらった所残念だが、ここにはコメ料理と呼べるような物は無い。」
ゆっくりとティーポットを机に置いたジェフが、少し不機嫌そうな顔でそう告げる。
だがジェフの後方に見える大きなキッチンらしき場所には、カグラの船の側で見たあの枯れ草色の荷物が置かれている。
にも関わらずコメ料理が無いとはどういうわけなのか。
「……あれは確かに商人から買い付けたコメだが、どうやらワシの求めている物とは違ったようでな。」
「違った……ですの?」
私の視線に気がついたらしいジェフがちらりとキッチンの方を見てからこちらに視線を戻し、落胆したような表情でそうぼやく。
そんなジェフにも物怖じせず、メイは気になったことを真っ直ぐに聞きに行く。
「これはまだワシが若く、地元の漁師だった頃の話……。」
「ワシは朝、いつものように船で漁に出たのだが……その日は妙な天気でな、まぁ掻い摘んで言えばワシの船は波に呑まれ、ワシは冷たい海へと投げ出されたのだ。」
「ええっ……!?」
突然始まったジェフの昔話を聞きながら、メイは両手に口を当てて驚いたような反応を見せる。
何と言うかメイって、こういう所とか結構聞き上手ですよね。
「何日漂流したのかもわからんが……その後ワシは奇跡的にどこかの浜辺へと流れ着いたらしく、目を覚ました時には見知らぬ国に居たのだ。」
「そしてそれこそが、ワシとコメの出会いであった……!」
ジェフはそう言いながら突然興奮して立ち上がると、その細い両腕をぶるぶると震わせ天を仰ぎ始める。
「あの時、異国の者が出してくれた白銀に輝く粒の美しさ……そしてその美味さ!」
「絶妙な塩加減で握られた、オニギリ!弱ったワシの身体に優しく染み入ったオカユ!」
「そのどれもが若いワシにとっては……衝撃的な出会いであった……。」
ため息を付くように息を吐きながら、ジェフは机に手をついてゆっくりと座り直す。
そしてそんなジェフの話を聞いていたメイは、目をキラキラと輝かせている。
私にはさっぱりだが、メイには何かジェフの熱い気持ちが伝わったらしい。
「だが……ダメなのだ。何度やっても、様々な調理法を試しても……あのコメはワシがあの日見た、白く艷やかな姿にならんのだ……。」
机に伏せるように落ち込んで、悔しいとばかりに机を拳で叩くジェフ。
振動で揺れたお茶の水面を見つめてから、私は恐らくこの中で一番コメに詳しいはずのメイへとパスを回す。
「……品種が違うんでしょうか?」
「うーん……その可能性もあるかもしれないけど……ククスキーさん、少しその米を見せてもらっても良いですか?」
「なに……?」
メイがそうやってジェフへと声をかけると、ジェフは再び怪訝そうな表情をしながら顔を上げる。
いきなり現れた料理人でも無い素人に何がわかるのか、と言いたい気持ちもわからないでもないが。
ジェフはゆっくりと立ち上がると、渋々と言った様子で私達をキッチンへと案内してくれる。
「……これが、タワラから出した状態のコメ。そしてこっちが、臼で殻を外した物だ。」
タワラと呼ばれたあの枯れ草の袋から、ジェフはコメをひと掬いしてメイに見せる。
それからキッチンに置かれたボウルの中を指差して、そう説明する。
袋から出された直後のコメは確かに袋と同じ枯れ草色の殻のような物に包まれているが、ボウルの中のものはかなり色が違う。
だがそれでも白や白銀と呼ぶには、かなりくすんだ色に見えてしまう。
「……やっぱり、これ……玄米だ。」
ボウルを覗き込んだメイはすぐに何かに気がついたらしく、真剣な表情でそう呟く。
ゲンマイ?つまり、コメでは無いという事?
メイの口から聞き慣れない言葉が飛び出し、ジェフは私と同じように不思議そうな顔をする。
「えっと……多分ククスキーさんが昔食べたっていうのは、もっと真っ白な状態の米だと思うのですけれど……。」
「うむ、いかにも。形こそ似ているが、そのコメとは全く違った味や食感であったと記憶している……。」
このコメがそうならないのは自らの力量不足だと悔やむように、ジェフはそのしわしわの手にすくった殻つきのコメを握りしめる。
するとメイはボウルの中に手を突っ込むと、そのゲンマイと呼んだ粒を1つ摘み上げる。
「実はこの玄米っていうのは……ククスキーさんが探している白い米……白米の前の段階の状態なんです。」
「なに……?!」
突然妙な事を言いだしたメイに、ジェフの額にシワが強く刻まれる。
つまりゲンマイは白いコメ、ハクマイの成長前の姿という事だろうか。
いまいち納得できない私達の様子を察してか、メイがその1粒を潰すように指を擦り動かす。
「メイ?そんな事をしたら粉々になってしまうのでは……。」
「やりすぎれば確かにそうなってしまうけど……ほら、わかるかしら?」
しばらく指を動かし続けたメイが再びその1粒をつまみ直して、問いかけてくる。
私とジェフは何が変わったのかわからず、もっと近くで見ようとメイへと近づいた。
「……む、色が少し明るくなった……であるか?」
「そうですか……?私にはあまり変わったようには……。」
「じゃあ……これでどう?」
あまり変化を感じられていない私の為に、メイはボウルからもう1粒のゲンマイを取り出して並べて見せる。
そうして隣で改めて見比べると確かに若干ではあるが、メイが指で擦った後の粒の方が白に近いような気がした。
「擦ることで表面の汚れが落ちた……ということですか?」
「汚れ……ってわけじゃないのだけれど……。」
「まさか、硬い外殻の中にもう1枚薄皮があったという事か……!?」
私の言葉にメイが苦笑いを浮かべていると、隣のジェフが何かに気がついたように大きな声を上げる。
そう言われてみると確かに、一部の豆類などは大きな殻とは別に粒自身を包むような薄皮があっただろうか。
コメもそれらと同じように硬い外殻と柔い薄皮の二重構造になっている、という事か。
「はい。その通りですわククスキーさん。……そしてその薄皮を殆ど無くなるまで削ぎ落としたものが、白銀の輝きを放つ白米と呼ばれる物になるのです。」
「なんと……これはまだ食材として未完成の状態だったというワケか……!?」
メイの言葉に衝撃を受けたらしいジェフは、興奮した様子でボウルの中のゲンマイを掴み取り間近で観察するように自らの顔へと近づける。
だが待って欲しい。もしそれが探し求めていた白銀のコメの正体なのだとしたら、それを手に入れるのは物凄く時間と手間がかかるのではないか。
まさかこんな小さな粒1つ1つを指で擦って薄皮を剥がして行くわけにも行くまい。
「私も詳しいわけでは無いのですが……この玄米をさらに繰り返し臼で挽いて行くことで、徐々に白くなっていくらしい……ですわ。」
「ですがメイ、そんなに繰り返し臼にかけたら……貴重なコメがすり潰されて減ってしまうのでは?」
「うーん……確かにそれはそうかも知れないのだけれど、お米って元々そういう物だから……。」
苦笑しながらそんな事を言うメイに、私は軽く絶句する。
わざわざ食べられる量を自ら減らしてまでコメを白くする事に一体何の意味があるのだろうか。
「そうと分かればこうしてはおれん!水車小屋の精麦機をフル稼働じゃ!手伝ってくれお嬢さん方!」
「がってんですわ~!」
「ええ……?」
追い求めた白いコメへと辿り着く手段を見つけたジェフは一気にやる気に燃え、メイもまたそれに同調する。
今この空間で彼らとの温度差についていけていないのは、私だけのようだ。
しかしメイもこの様子ではコメを食べるまでは帰るつもりは無さそうなので、私は仕方なく2人を手伝う事にした。
◆◆◆
あれから数時間して、時刻は昼過ぎという頃合い。
ジェフとメイを手伝う形で重たいコメの入った袋を運んだり、只管臼に殻のついたままのコメを注ぎ続けたり。
そうこうしている間にすっかりとローブをコメの殻(モミガラというらしい)まみれにされた私は、正直言って少し不機嫌になっていた。
一体コメの何が今なおノンストップで働き続けている2人をそうさせるのかと、理解の及ばない私は少し休憩するように水車小屋の隅に寄って、ため息を零す。
「……もしかして、それ全部白くするまで帰らないつもりですか?」
「……え!?ベレノ、何か言った!?」
何気なくメイに声をかけるが、良く聞こえなかったようで聞き返される。
水車小屋の中は、水車と連動して休まず動き続ける精麦装置の音でかなり賑やかだ。耳がおかしくなりそうなくらいには。
そんな疲れている私に気がついたのか、ジェフが一旦装置を止めるとその額の汗を腕で拭った。
「ふう……もうそろそろ昼時では無いか?一旦休憩にしよう。コメもこれだけあればしばらくは良いだろう。」
「はい!そうですわね!」
キラキラとした爽やかな汗を流すメイの姿を見てから、私と同じように部屋の隅へとぽつんと置かれたメイの鎧類へ目を向ける。
あなた、本職は何でしたっけ?
「手伝って貰った2人に残り物を出すのは忍びないのだが……ワシ一人では消化しきれなくてな。」
最初に入った建物へと戻った私達へとジェフが昼食代わりに出してきた鍋の中には、いつか見た白くないコメ。メイ曰くゲンマイだ。
正直言って私は今日はもうコメは見たくないのだけれど、隣に食べる気満々の人がいるのでそういうわけにもいかないだろう。
「玄米も玄米で美味しいですわ。それに、玄米の方が白米よりも栄養が高いと言われてますし……。」
そんな豆知識を語りながらメイは何の遠慮も無く、木べらでコメを自らの前の皿の上に山のように盛っていく。
「え……じゃあそれってつまり、ハクマイにするためにコメの栄養をみすみす捨てているって事ですか?」
メイの語った豆知識に率直な疑問が浮かんだ私は思わず問いかける。
だってそうだろう。削りに削って量も減って栄養も減って、変わるのが見た目だけならそんなに勿体ない話はない。
「そ、そう言われるとそうなんだけれども……。」
「まあまあ、ラミアのお嬢さんも一度ハクマイの美味さを味わえばわかるじゃろう。」
困ったように笑うメイをフォローするように、ジェフがそう付け加える。
そこまで言われたら、私もそのハクマイとやらを食べてみなければ納得ができない。
「ほら、ベレノもどうぞ?玄米だけど、米は米ですわよ!」
「ちょっ、ちょっとメイ!それは多すぎます……!」
そう言いながらメイは私の前の皿にも山盛りにコメを盛ろうとするので、私は慌ててそれを止める。
そんな私達を見てジェフはとても楽しそうに笑った。
◆◆◆
あれから昼休憩を終えて作業を再開し、また数時間。
気がつけば外はもう日も傾きかけて、空がオレンジ色に染まっている。
それ程の時間をかけてようやくまとまった量のハクマイを生成する事ができたらしく、その喜びでジェフとメイの2人は先程から硬い握手を交わしていた。
「ありがとうお嬢さん……ワシ一人ではこの白さを手に入れるのに、後どれだけかかっていた事か……!」
「そんな、大したことありませんわククスキーさん。私の知識だって学っこ……他の人からの受け売りですもの。」
そう言えばメイはこれ程のコメへの知識をどこで手に入れてきたのだろうか。
聞いた感じ別に前の世界で農家をやっていたというわけでも無さそうなのだが。
「少ないが、これはお礼だ……今日ワシらが精米したハクマイだ、是非持ち帰ってくれ。」
「えっ!?いいんですか!?よっしゃぁ~!!……っおほん。ありがとうございますわ!」
ジェフに手渡された思わぬプレゼントに危うく素が漏れかけたメイが、慌てて取り繕ってジェフにお礼をする。
何にせよメイの念願のコメが手に入ったのだ。これで残りの旅に集中できるだろうか。
メイはジェフからコメが入っているらしい袋を受け取ると、愛おしそうに袋に頬ずりなどする。
「……それじゃあ私達はレイヴィアへ戻りますね、ククスキーさん。……今日は突然の訪問にも関わらず、色々とありがとうございました。」
「ありがとうございましたわ~!」
時間も時間なのでそろそろお暇しようかと思い、私は別れの挨拶を切り出す。
コメを貰って上機嫌なメイは、あれだけ動いたにも関わらずいまだ元気な様子。
「ああ、こちらこそありがとう。もう暗くなるから、2人とも気を付けて帰りなさい。」
にっこりと笑ってジェフはそのシワシワの手を小さく振る。
偏屈なお爺さんと聞いていたが、きっと多分それはカグラの方に問題があったのだろう。少なくとも私はそう思った。
そして私達は小さくジェフに手を振り返して、ジェフの水車小屋を後にする。
それからしばらく進んだところで、不意にメイが足を止めた。
「……?メイ、どうかしましたか?」
「あ、いや……ベレノ、ほら……。」
そう言ってメイが指差した先には、レイヴィアの海。
今朝見た青色とは全く違う、オレンジ色に染まった水平線。
そのあまりに神秘的で、どこか懐かしさを感じるような見事なオレンジ色に目を奪われる。
かつて大婆様が仲間たちと見たという海岸線も、これくらい綺麗だったのだろうか。
しばしその幻想的とも言える光景に見とれていると、急にメイが私の右手を握ってくる。
「……メイ?」
「……手、繋いで帰ろうか?」
首を傾げる私に、少し恥ずかしそうにしながらメイはそう提案してくる。
だから私はそんなメイの手をしっかりと握り直して、ゆっくりと頷いた。
「帰りましょう……2人で、一緒に。」
◆◆◆
宿屋に戻った私とメイは宿の食堂で美味しい魚定食を夕飯に食べた後、部屋に戻って鎧や上着を脱ぐなり二人してベッドに倒れ込んでいた。
半分は水車を使っての自動作業だったとは言え、普段あまりああいった事をしない私の身体には十分な重労働だったようだ。
全身が疲労感に包まれ、尻尾の先まで重だるい気がする。
「……疲れましたね。」
「ああ……流石にな……。」
同じようにぐったりと倒れている隣のメイを見て、私は小さく笑う。
それから一瞬遅れて、何故かメイが私と同じベッドに伏せている事の違和感に気づく。
今日は昨晩とは違ってちゃんとした二人部屋を取ったのだから、当然ベッドも2つあるというのに。
「……。」
「ん……何だよぉ……?」
そんなメイの頬に私はゆっくりと手を伸ばして、その柔らかな頬を撫でる。
するとくすぐったそうに笑うメイだが、やはり同じベッドにいるおかしさに気がついていない。
ここの所同じベッドだったりくっついて寝たりする事が多かったから、慣れてしまったのだろうか。
だからと言ってここでわざわざ指摘をしたら、何だか勿体ない気がする。
「いいえ……それより、今日もらったハクマイはどうしますか?明日にでも宿のキッチンを借りて、調理させてもらいます?」
「んー……っしょ、そうだなぁ……それもいいな!」
メイはごろりと寝返りを打った後、上体を起こしてベッドの縁に座り直す。
そして私の顔を見つめ、数秒してからようやく状況のおかしさに気がついたような表情をするのだ。
「……あー……えっと、ごめん……!俺のベッドは向こうだったよな……!」
そう言いながらそそくさと立ち上がりベッドを移動しようとするメイの足首を、私の尻尾が捕まえる。
決して強い力ではなく、そっとすがりつくように。
「っ……ん。」
「ふふっ……。」
何も言わずとも私がどうして欲しいのかを理解しているように、メイは自主的に私のベッドへと戻り座り直す。
何だかそんなメイの行動がおかしくて嬉しくて、私はついつい笑ってしまった。
「……メイ。」
私が小さく名前を呼びながらゆっくりと手を伸ばすと、メイはその手をそっと握り返してくれる。
その優しい手を握ったまま私も身体を起こすと、メイの隣へと座り直す。
「ベレノ……。」
少し疲れが見える表情で私の方を見つめ、メイは私の名前を静かに呼ぶ。
尻尾と足とが触れ合うほどに密着して隣り合い、繋いだ手が自然とより深く指を絡め合うように握り直される。
それから何を話すわけでもなく、ただお互いに見つめ合って時間だけが過ぎていく。
だがそれでもそのどこか甘くゆったりとした微睡むような時間は、確かな幸せを感じる物だった。
しかし、その時間は突如として終わりを迎える。
「──もっしも~し!お兄ちゃ~ん!」
不意打ちのように氷鱗から鳴り響いた魔王の声に、私もメイも一瞬びくりと身体を反応させて固まる。
ああ、まったく。どこまでも魔王は私の前に立ちはだかるのか。
「……あ、ああ、もしもし?雪?」
すぐに氷鱗のペンダントを手に取り、メイは魔王の呼びかけに応答し始める。
大切な時間を邪魔されたような気分になった私は、少し拗ねるような気持ちでメイの方へと身体を預ける。
メイはそんな私を察してか、そっと私の腰へと手を回すと軽く抱き寄せるような仕草を見せる。
「うん……今日はこっちは夕飯に魚定食を食べたぞ。雪もしっかり食べてるか……?好きなものばっかり食べてないか?」
妹を心配するように話すお兄ちゃんなメイの横顔を見つめながら、私はその体温で少し微睡む。
結局メイは魔王の事はどう決着をつけるつもりなのだろうか。それともまだ、迷っているのだろうか。
そんな考えを頭の中で巡らせながら、私は眠い頭でメイの足へとゆっくり尻尾を巻き付けていく。
別にそれは魔王への嫉妬だとかヤキモチとかではなくって、ただメイの体温をもっと感じていたいだけだと。
「っ……俺?俺は大丈夫だよ。今日久しぶりに米も食べたしさ。それで……。」
巻き付く尻尾に少し驚いたメイが、ちらりとこちらへ目を向ける。
中々終わらない魔王との定期連絡に、私は徐々に徐々に尻尾の締め付けを強くしていく。
メイのその柔らかな肌に、私の鱗の跡をしっかりと刻みつけてやると言わんばかりに。
「そうそう……ああそれから、さっき夕方に見た海がすっげー綺麗でさ……。」
魔王との会話を止めたりはしないものの、少し困ったような表情でこちらを見るメイに、私は巻き付けていた尻尾をするりと外す。
そしておもむろにベッドへと上がり込んでメイの背後を取るように位置すると、メイの首に腕を回してゆっくりと抱き締めた。
「っ……!?……え、ああ大丈夫。何でもないよ。だから……。」
少し驚いたような反応をするメイを見てほくそ笑みながら、私は首を絞めてしまわない程度に強くメイの頭を抱き締め、そして撫で始める。
決して魔王との会話を邪魔しているわけではない、ただ私はメイを可愛がっているだけ。
そうして撫で回している内に、ほんのりとメイの耳が赤くなっている事に気がついた。
「う、ん……っ雪も、あんまり我儘……っばっかり言って、周りの人を困らせ……っ無いように、なっ……。」
撫でるたびに力が抜けてしまっているような、ふにゃふにゃとした声が混ざりながらも何とか会話を続けているメイ。
そんなメイがおもしろ可愛くて、私はついつい意地悪をしたくなる。
下手をすれば魔王が飛んでくると言うのに、疲労からか私の判断力は完全におかしくなっていた。
「ん?いや、本当大丈夫だ……ただちょっと、疲れってぇ!?……る、だけ、だから……っ!」
怪しむ魔王へ誤魔化すように説明するメイのその赤くなった耳へと、私はふうっと息を吹きかけた。
面白いように反応を示すメイに、ニヤニヤとした意地の悪い笑みが止まらない。
「うん、じゃあ……っ……おやすみ、雪。」
「……ベレノさん?」
それでも何とか最後まで魔王との会話を終えたらしいメイは、少し怒ったような声で私の名前を呼ぶ。
少し調子に乗りすぎただろうか。
「……なんです?」
「なんです?じゃ無いでしょ!妹と喋ってる時にちょっかいかけてきて……!」
「でも、満更でも無さそうでしたよね……?」
自分でも意地の悪い質問だなと思いながらも、未だ少し顔の赤いメイの頬を背中側から挟み込むように両手で撫でる。
「っ……そういう、問題じゃなくって……!」
「……じゃあ、どういう問題なんですか?」
私は屁理屈をこねる子供のように食い下がって、今度はメイの腰に腕を回し後ろから抱き締める。
その背中に耳をあてれば、ドキドキとしたメイの鼓動が聞こえるような気がして。
「っぐ……もし俺がうっかり変な声でも出して、雪がすっ飛んで来たらベレノだって困るだろう?」
「……まぁ、それはそうですけど。……変な声って、どんな声ですか?」
服越しにメイのお腹のくぼみへ人差し指を押し当てて、それを広げるようにぐりぐりと指を動かしながら続けて問いかける。
魔王に聞かれて困るような声が、メイの口から出るという事だろうか。
「っっ……ああ、もうっ……!ベレノ!」
メイの声色から、これ以上続けると本当に怒られると察して私は静かにメイから離れる。
それから隣へ並ぶように座り直して、ちらりとメイの顔色を伺った。
「……もちろんベレノとの時間は大切にしたい。でも、それと同じくらい雪との時間も大事なんだ……だから、頼むよ。」
少し悲しそうな顔で真剣にそうお願いしてくるメイの表情を見て、私は強い罪悪感に苛まれる。
「……ごめんなさい。」
「……こっちこそ、ごめん……俺の問題にベレノを巻き込んで……。」
小さく謝罪する私を力強く抱き締めながらそんな事を言うメイに、私はなんと返事をしていいか言葉に迷う。
確かに私と魔王の関係性はメイという存在を中心とした物でしか無く、メイからしてみればそれぞれ別の問題という認識なのだろう。
だが私からしてみればメイに必ずセットでついてくる魔王という厄介な存在は、無視をしてどうにかなるという物でもない。
つまりは、決してメイだけの問題ではないのだ。
「……魔王に関しては、あなただけの問題では無いですから。」
「……うん?それってどういう……?」
これはかなり飛躍した話だがもし私がメイと一緒になったとしたら、メイの妹である魔王も自動的に私の義妹にもなるという事になる。
もしそうなったとしたら、何かしらの形で激しく衝突するのは魔王の性格的に考えて必至だろう。
そしてそれを上手く治められるとしたら、他ならないメイただ一人だ。
だからこそ、今の間にメイを完全に私の味方につけておかなければならない、と私は考える。その為には何が必要か。
「……何でもありません。」
「……それより、明日情報集めついでに買い物に行って、メイが前に食べたいと言っていたオムライス作りに挑戦してみようと思うのですが……。」
「えっ?本当か……!?いいな!ちょうど米も手に入ったし!」
一瞬にしてメイの表情が明るい物に変わり、キラキラとした期待の眼差しで私の方を見つめてくる。
これは何としても、メイの期待に応えなければ。私がメイの胃袋をしっかりと掴む為にも。
「ふふ……じゃあ、明日のためにも今日はそろそろ寝ましょうか。」
「ん、そうだな……じゃあ俺はあっちの、ベッド……。」
「……。」
ベッドを移動するために私から離れようとするメイに、私は腕で強く抱きついて離さない。
別にベッドが2つあるからと言って、別々に寝なければならないルールは無いのだから。
「えーと……ベレノ、さん?」
「……嫌ですか?私と寝るのは……。」
困ったように笑うメイへ、私はまた意地の悪い聞き方をする。
こんな聞き方をすればメイが決して断れない事を知っているからだ。
「っ……わかったよ。……おやすみ、ベレノ。」
小さく息を零して何かを諦めたように、メイはそのまま私のベッドで共に横になる。
このやり方はあまり良くないとは自分でもわかっている。だけどそれでも、私はこの温もりを手放したく無いのだ。
「おやすみなさい、メイ……。」
そう小さく呟いた後そっとメイの足に尻尾を巻き付けてから、先に目を閉じたメイの寝顔を見つめる。
だがそれから程なくして私は強い疲労感と心地よいメイの温もりに抗えず、眠りに落ちた。




