第10話『嘘つき魔王と嘘つき勇者』
ざっくり登場人物紹介
ベレノ:ベレノ・マレディジオネ。23歳。身長はだいたい160cmくらい。今作の主人公。黒いボサ髪に紫の瞳を持つ、ラミア族の呪術師の女性。勇者パーティのリーダーであり親友であり弟子であるメイにクソデカ感情を抱いている。ボディタッチ(尻尾巻き付け)は良くするくせに、言葉では言わないタイプのこじらせラミア。ペットにするなら断然ネコ派。
メイ:メイ・デソルゾロット。18歳。身長は162cm。『それでも俺は妹が一番可愛い。』の主人公。ドシスコンの社会人男性、ホムラ テンセイの魂を持つ勇者系金髪お嬢様。天然たらしの側面があり、ベレノの情緒を狂わせる。しかしこっちはこっちでだいぶこじらせている。色々な好意を向けられている事には気づいているが、どう向き合って良いのかわからないでいる。ペットにするならどちらかと言えば犬派だが、ネコも嫌いではない。
アルシエラ:アルシエラ・ドラゴなんとか。見た目は12歳だが、実年齢は不詳。身長147cm(角を含まない)。またの名を、ホムラ ユキ。メイの前世にあたるテンセイの妹。今は魔王をやっているが、本人は魔王の座にはあまり執着が無い。兄の事以外は基本どうでも良いと思っている節がある。お兄ちゃんをペットにしたい派。
第10話『嘘つき魔王と嘘つき勇者』
魔王からの突然の結婚と魔王辞任の宣言を受け激しく動揺していたメイは、魔王の側近であるジーニアからの密告によってそれが妹の独断である事を知る。
今一度本人に詳しい事情を尋ねるべく、メイは再び魔王へと連絡を試みるのであった。
「……で、まだ時間かかりそうですか?」
妹へと連絡すると決めてから既に10分以上も氷鱗のペンダントを握りしめたまま動かないメイに、私はしびれを切らして声を掛ける。
詳細を本人に聞くのが怖いのは理解できるが、少し躊躇い過ぎでは無いだろうか。
「も、もうちょっと待ってくれ……今頭の中で色々なパターンをシミュレーションしてるから……!」
私はそんなメイを見て、小さくため息を零す。
要するにどんな最悪の答えが返ってきたとしても、正気を保てるように事前に心構えを作っておくという話なのだろう。
本当にこの兄は、何故妹の事となるとポンコツ気味になってしまうのか。
「……時間が勿体ないので、続きは馬車に戻ってからしてもらえますか?」
呆れ気味にそう言って、私はメイの腰を尻尾で捕まえそのまま連行するように馬車へと戻った。
◆◆◆
メイを荷台へと格納した後、私は馭者席側で霊馬を召喚して馬車を走らせ始めながら地図を広げる。
次の目的地であるレイヴィアまではあと村を2つ越えるだけだが、魔王絡みの予期せぬトラブルにより予定より少し遅れている。
この分だとレイヴィア手前の村に辿り着く頃には夜になってしまいそうだ。
「……だったらむしろ、そのまま突っ切って……。」
昼間でも青白く発光する霊馬へと目をやった後、再び地図に目を落として思案する。
折角夜間も走れる事が証明されているのだから、このままレイヴィアまで走り抜けてしまおうか。
約束した時間は1年あるとは言え、そうゆっくりもしていられない。主に誰かの妹のせいだが。
それに、この旅で行かなければならない場所はまだあと4箇所も残っている。
もっとも現状では次の目的地であるレイヴィア以外の場所の詳細が不明なのだが、それもついでにレイヴィアで聞き込みをしよう。
「メイ、この後の予定ですが……」
一応メイにも報告をしておこうと思い馭者席側から馬車の中を覗くと、そこにはまだペンダントを握りしめているメイの姿があった。
馭者席側からじとりとした目を向ける私の視線に気がついたメイが、慌てて取り繕うように口を開く。
「いっ今!今連絡するところだから!……も、もしもーし!雪ー?!」
そう言って勢いに任せるようにペンダントへと声をかけるメイの姿は、もはや見慣れたとは言ってもやはりどこか滑稽だ。傍から見れば少し、いやかなり変な人に見える。
それから少しして、魔王からの応答があった。
「……もしもし?お兄ちゃん?どうしたの?」
「あっ、と……あのさ、雪?さっき昼に連絡してくれた時に言ってた事なんだけど……!」
魔王からの応答にかなり緊張気味な様子で話を切り出したメイは何故か正座姿で、しきりにズボンで手汗を拭っている。
そんなメイのドギマギした表情を眺めながら、私は静かに隣へと移動する。
「け、結婚する……っていうのは本当、なのか?」
「うん。本当だよー?」
緊張でやや声が震えているメイとは対称的に、何でも無いような様子であっさりとその事実を認める魔王の声。
本人の口から改めて結婚を肯定され、メイは静かに下唇を噛んだ。
「あ、でも心配しないでお兄ちゃん!全部上手く行くから!そしたらお兄ちゃんもきっと喜ぶと思うよ!」
「……そう、なのか?それなら……。う゛ッ!?」
嬉しそうな口ぶりの魔王にあっさりと丸め込まれそうなメイの脇腹を私は肘で軽く小突く。
そこで引き下がったら、何もわからないままでしょうが。
「っ……そのー……相手のヒト?っていうのはどういうヒトなんだ?……何か脅されたりとかしてないか?」
メイは脇腹をさすりながら横目で私の方をちらりと見て、静かに頷いてから魔王への質問を追加する。
その一晩で性別が男から女に変わったという不可解な魔族の詳細を知れれば、何かヒントが掴めるかも知れない。
「えー?脅されてなんて無いよ!お互いに納得した上での結婚だし……なんて言うの?うぃんうぃん、って奴?だから大丈夫だよ、お兄ちゃん!」
心配するメイの言葉に軽く笑ってそう答える魔王の声は、少なくとも私の耳には嘘を言っているようには聞こえない。
そもそもあの暴君に脅しをかけられるような存在が、魔界に居るとも思えないが。
「まぁ強いて言うなら……アツいヒトかなー?話してみたら結構面白いヒトだったし。」
「アツい……?で、でもそのヒト……魔王城を襲撃したんだろ?」
そこでメイがうっかりと不味い質問を口にしてしまう。
魔王城が襲撃されたという事件はジーニアから報告を受けた物で、魔王本人の口からは報告されていなかった筈だ。
私が慌ててジェスチャーで今のは失言だった事をメイへと伝えると、メイは激しく動揺して目を泳がせる。
「そうなんだけどねー……あれ?私、襲撃の話ってお兄ちゃんにしたっけ?」
案の定質問の内容に引っかかってしまった魔王からの追求に、ギクリと身体を強張らせるメイ。
このままでは不味いと思い、私は咄嗟にメイに耳打ちをする。
「……あの時聞こえていた爆発音から予想を立てた……という事にしましょう。」
メイの耳を両手で包むように覆って魔王には聞こえないようにヒソヒソと囁くと、メイは少し擽ったそうにしながらもしっかりと頷く。
「あ、っとほら!あの時後ろの方で爆発音?みたいなのが聞こえてたから、それで何となく……な!」
「そっかー。流石お兄ちゃん!あったま良いー!」
しどろもどろな兄の苦しい言い訳も、妹である魔王は疑うことも無くむしろ称賛さえしてくる。
この兄にして、あの妹ありという訳だ。何にせよ誤魔化せたようだ。
「……魔王を辞める事について聞きましょう。」
あまり深く追求するとまたメイがうっかりボロを出しかねないので、既に確定しているもう1つの情報についてを聞くように囁く。
するとメイはやはり私の声がくすぐったいのか、小さく身体を震わせてから再び頷いた。
「えーっと……それで……魔王を辞める、っていうのは?その……け、結婚相手のヒトに譲るって事なのか?」
「うん!そのつもり!何か元々魔王になりたかったみたいだし、私は魔王をやめたらお兄ちゃんに自由に会いに行けるし……うぃんうぃん!でしょ?」
自由に会いに行けるという言葉にほんの一瞬嬉しそうな顔をしたメイを見て、私は眉を顰める。
やはり魔王には魔王のままで居てもらう必要がありそうだ。
「それは……ちゃんと周りの人達……ジーニアさんにも相談して決めたことなのか?」
「えっ?えーと……もちろん!みんなお祝いしてくれてるよ!」
少し真面目なトーンで放たれたメイの質問に対し、魔王は明らかな嘘の言葉を返す。
これはクロだ。やはり魔王は何か他の者には言えない秘密や企みを持っている。
ちらりとこちらを確認するメイに、私は静かに頷く。
あまり質問しすぎても怪しまれるかもしれない。今日はこのくらいで良いだろう。
「……そっか。じゃあ良いんだ。」
メイ自身もあまり深く追求することはしない判断をしたのか、ただ短くそれだけ返事をする。
だが、一瞬の沈黙の後で今度は魔王側からの質問が飛んでくる。
「……もしかして、お兄ちゃんは私の結婚に反対なの?」
魔王のその言葉にメイは何かをぐっと堪えるようにしてから、小さく深呼吸をしてゆっくりと口を開いた。
「まぁ……突然言われてびっくりはしたけど、雪が自分で決めたことなら俺は反対しないよ。」
妹にとっての”頼れる大人のお兄ちゃん”であろうとするメイの言葉とは裏腹に、その表情はかなり苦しそうだ。
本音を覆い隠すように、メイは自らの胸元を強く手で押さえつける。
心の底からそんな言葉を吐けるような人間なら、あんな風にボロボロ泣いたりしないだろうに。
「……そうなんだ。……ありがとう、お兄ちゃん。」
自らの選択を肯定してくれる兄に感謝の言葉を述べる魔王だが、その声はどこかあまり嬉しくは無さそうだ。
その理由は私には何となくわかる。本当はメイに全力で引き止めてほしいのだろう。
「ん……じゃあ私、色々やる事あるからまた夜に連絡するね!またね、お兄ちゃん!」
「あ、ああ……また夜にな、雪。」
数秒の沈黙を挟んで魔王が別れの挨拶を切り出すと、メイもまた短く返事を返した。
二人のやり取りを黙って見届け終えてから私はメイの後ろへと回り込むと、そっと首元へ腕を回して抱き締める。
「……嘘つきですね。あなた達兄妹は。」
「……ああ。」
◆◆◆
あれからしばらくして辺りもすっかり暗くなり、こんな時間にまで移動を続けているのはもはや我々だけだと思えるような頃。
霊馬の光る身体を明かり代わりに、レイヴィア手前の村を素通りして尚も馬車を走らせ続けていた私達の前方に、横へと広がる無数の街明かりが見えてくる。
「あれが……。」
「ええ、レイヴィアの港町ですね。」
今は暗くて見えないが、おそらくあの明かりの向こうには海岸線が広がっているはずだ。
夜になって少し冷えて来た為、私とメイは2人で馭者席に腰掛けながら仲良く1枚の毛布に包まっていた。
本当は馬車の中でこうしているのが一番暖かいのだが、夜間走行は霊馬が暴走しないように馭者席で見守る必要があるからだ。
「……ベレノはさ、海って行ったことあるのか?」
徐々に大きくなっていく街明かりを眺めながら、メイがそんな質問を投げかけてくる。
海の存在は絵や話で知識として知ってはいるが実際に訪れるのは初めてだ。
「いいえ、初めてです。……メイは行ったこと、あるんですか?」
毛布の下で繋いだ手を、そっと握り直しながら私は問い返す。
メイが生まれ育ったであろうあの屋敷から、最も近いこの海岸線でさえ結構な距離がある。
恐らくメイも私と同じように、海に行った事は無いはずだ。
「実は1回だけ……あ、前の世界での話だけど。」
「……そうなんですね。」
前の世界の分を勘定に入れてくるメイに、私はほんの少しだけ出し抜かれたような気持ちになる。
それはずるいのでは無いだろうか。実質人生2回分だ。
「小さい頃……雪が生まれるより前に家族で海に行ったんだけど……その時うっかり溺れかけてさ。」
私は軽く笑いながら明るくそんな事を語るメイに少しだけ困惑する。
生きていたから笑い話にできるような事だが、下手をすればメイが今ここに居なかったかもしれないという事でもある。
「まぁその時はすぐに親父に助けてもらったんだけど……それ以来、水に入るのがトラウマになっちゃって……。」
「学校のプールとかでも全然泳げなかったなぁ……あ、風呂は別なんだけど。」
少し遠い目をしながら苦笑いを浮かべるメイの姿に、なんと返事をしていいか少し迷う。
だが要するにメイは泳ぐことが出来ない、カナヅチという事でいいのだろうか。
「……うっかり海に落ちないでくださいよ?」
毛布の上からメイの身体へと尻尾を巻き付けながら冗談めかしく笑いかけると、メイもまた笑い返してくる。
「ははっ……その時は、この自慢の尻尾で助けてくれ。」
本気なのか冗談なのか判断がつかないようなトーンで言うメイだが、多分目を見るに本気なのだろう。
レイヴィアでは気をつけなければ。
「ふふ……。また1つ、あなたの弱点を見つけてしまいましたね。おばけが怖くて、泳げない勇者様……ですか。」
「またそうやって……あんまりイジめないでくれよ……?」
私が小さく笑うと、メイはオーバーなリアクションを取りながら苦笑する。
何にせよまた知らなかったメイの事を1つ知れたのは、私にとっては嬉しい事だ。
だけど私はまだもっとたくさんメイの事を知りたいと願う。
良い面も悪い面も、メイの全部を、もっと。
◆◆◆
夜もかなり遅い時間、レイヴィアの港町へと閉門ギリギリに滑り込み、まずは今夜泊まる為の宿を探すことにした私達。
しかし大きな街とは言えこんな時間にまだ受け入れてくれる宿屋なんてある筈も無く、既に4軒もの宿を断られてしまっていた。
「メイ、どうしましょうか……諦めて今夜は馬車で寝ますか?」
行く宛も無くとぼとぼと街を彷徨いながら、私はメイへと苦笑いを向ける。
笑ってはいるものの、このまま行くと本当にそうせざるを得なくなる。
「そうだなー……ん?……もしかしてあそこ、宿屋じゃないか?」
ふと足を止めたメイが指さしたのは、表通りから少し裏通りの方へと入った狭い道。
指をさされた先を見れば、確かに薄明かりにぼんやりと照らされた宿屋らしき看板が見えた。
少し怪しげな雰囲気もあるが、どうしようか。
そんな風に私が考えていた、その時。
「ふぇ……っくしゅん!」
メイが隣で可愛らしいくしゃみをした。
ここは海が近いのもあって、確かに普段の夜より少し寒いかも知れない。
「ふふ……じゃあ、あそこを当たってみましょうか。」
このまま寒い夜の街を彷徨い歩き続けて、メイに風邪でもひかれたら困ってしまう。
私はメイの手を引き、一縷の望みをかけてその狭い道へと入っていく。
「……すいません、今から2人泊まれますか?」
宿に入ると、私は受付のカウンターに伏せている小さな人影に声を掛ける。
するとその人影の頭から、ぴょこりと2つの三角耳が飛び出した。
「あんらまぁ……こんな時間にねぇ……。ちょっとまってねぇ……。」
カウンターからゆっくりと頭を上げたのは、白い毛色の年老いた獣人族の女性だ。
小刻みに身体を震わせながら宿帳を捲り、大欠伸をしてその獣の耳をぴこぴこと揺らしている。
どうやら私が声を掛けるまで、居眠りをしていたようだ。
「ネコかな……?」
「恐らく……。」
ゆっくりとした動きで台帳を確認するそのお婆さんを待っていると、メイがひそひそと話しかけてくる。
どこかの守銭奴より短い鼻と耳の形や丸っこい顔から判断するに、恐らくはネコ系の獣人族だろうか。
「うーん……そうねぇ……お客様用の部屋はいっぱいみたいねぇ……ごめんなさいねぇ。」
宿帳を確認した後、耳をぺたんとした申し訳無さそうな顔でそう告げるお婆さん。
そんな顔をされたら何だかこっちのほうが申し訳無くなってしまう。
「いえ……こちらこそ、こんな時間からすいません。では、失礼しました……。」
こんな遅くに来たのだから仕方がない事だと、宿屋を出ようとしたその時。
「あぁ待って待って……うちの孫たちと同じ部屋で良ければ、泊めてあげられるんだけど……。」
「お孫さん……ですか?」
呼び止めてきたお婆さんに、メイが問い返す。
お婆さんはうんうんと頷くと、カウンターに置かれていた小さなベルを持ち上げて2度鳴らした。
「二人共女の子で……ちょっとやんちゃだけど、それでも良ければ……。」
「いえでも、そんな……。」
流石に申し訳ないと断ろうとすると、ベルの音で呼ばれて来たらしい若そうな獣人族の女の子が店の奥から顔を覗かせた。
灰色混じりの縞模様。獣人族はその外見から年齢を判断しづらいが、背丈は私やメイよりも一回り小さいくらいなのを見るに、10代前半とかだろうか。
「ばあちゃんどしたのー?あ、お客さん……いらっしゃいませにゃ~。」
愛らしい語尾と共ににっこり笑うその糸目の女の子に少しデレっとした反応をするメイの脹脛を、私は尻尾で軽く叩く。
「実はねぇ……。」
「ふんふん……なるほどにゃー。」
お婆さんに合わせて孫が高さを合わせ、その良く動く耳で私達の事情を聞いているらしい。
一通り話を聞き終えたらしい孫は素早い動きでこちらへと近づいてきたかと思えば私とメイを交互に少し見つめた後で、その匂いでも嗅ぐように私達の周りを鼻を鳴らしながらぐるぐると回る。
何か気になる匂いでもついているだろうか。
「……おっけーにゃ!ボクたちの部屋で良ければ、泊めてあげられるけど……どうするかにゃ~?」
口元に手を当てながらやや上目遣いのようなポーズで聞いてくるネコ獣人に、私は強く心を揺れ動かされる。
「……良いんじゃない、かしら?」
どこか嬉しそうにさえ聞こえるメイの声に少し思うところはあるものの、他に行く宛も無いのでそのありがたい提案を受け入れる事にしよう。
「では……お言葉に甘えて……一晩、よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします……!」
私が小さく頭を下げると、メイも追従して頭を下げる。
「にゃはは!そんな畏まらなくても大丈夫にゃ!じゃあ案内するにゃ。こっちにゃ~!」
「あ、ボクの名前はレイラにゃ!よろしくにゃ~ん!」
「よ、よろしくお願いしますわ、レイラさん。」
私達はお婆さんに軽く一礼をした後、レイラに招かれる形で店の奥の部屋へと入っていった。
「みんなで仲良くねぇ~。」
◆◆◆
「ライラ!お客様のためにベッドを空けるのにゃ!」
部屋の扉を勢いよく開けながら、レイラは開口一番にそう言い放つ。
そういえば孫は2人いるという話だったから、部屋にまだもう1人いるようだ。
「うるさいにゃぁ……夜は静かにしないとおばあちゃんに怒られるにゃ……。」
元気なレイラとは対称的な落ち着いた声でベッドの上から寝転がったまま返事をするのは、レイラにそっくりな毛色と柄の獣人族の女の子。
どうやら今呼ばれたライラという子と、私達をここまで案内してくれたレイラは双子の姉妹のようだ。
「いいからベッドを譲るにゃ!ほらほら~!」
「やめるにゃ……!譲るなら自分のベッドを譲れば良いにゃ……!」
「ボクのを譲っても1個足りないにゃ!」
ライラをベッドから追い出そうとするレイラに抵抗するように、手でじゃれあうような動きを見せる2人。
その何とも可愛らしい喧嘩に、ついつい笑みが溢れてしまう。
「ま、まぁまぁ2人とも……!私達は床でも大丈夫ですから、喧嘩はおやめになって?」
久しぶりにお嬢様口調で話すメイが、双子の喧嘩を仲裁すべく割って入る。
確かにわざわざベッドを貰わなくても、この暖かい部屋さえあれば寝るのは床でも良い。
「そういうわけにはいかないにゃ!ライラ!」
「いやにゃ……!っていうか誰にゃ……!」
「だからお客様だって言ってるにゃ!」
メイが仲裁に入っても双子の喧嘩は止まりそうに無い。確かにコレは互いにタイプは違えど、十分なやんちゃ娘達だ。
困り果てたメイが私の方を振り返って、助けを求める視線を送ってくる。
「ふふ……とりあえず自己紹介でもしましょうか。」
私が部屋の扉を静かに閉めた後ゆっくりと部屋の中ほどまで進むと、メイがその隣へと並び立つ。
すると喧嘩をしていた双子が一斉にこちらを向いて、その愛らしい耳を向けてくる。
「……私はベレノ。北のエヴァーレンスの方から来ました。今は彼女と2人で旅をしています。」
「見ての通りのラミアですが……あまり怖がらないで貰えると嬉しいです。」
普通の猫は蛇が苦手だと聞いたことがあったので自己紹介ついでにそう付け加えたが、双子の視線はむしろ私の尻尾に釘付けになっているように思う。
ゆっくりと尻尾を動かすと双子の顔が面白いようにそれを追従するのを見て、私は小さく笑いながらメイへと視線を送る。
「わっ、私はメイ!同じく北の方から旅をしてきました、わ!ええと今は彼女……ベレノと旅をしていま、す。」
「……ふふっ。」
緊張からか名前以外殆ど同じ内容の自己紹介をしながら、そっと背中に触れてくるメイが面白くて私は思わず笑ってしまう。
笑われたメイは少し恥ずかしそうに顔を赤くしながら、床に目を向けている。
「あの2人、とっても仲良しさんにゃ。どっちからも同じ匂いがしたにゃ。」
「そうなのにゃ……?」
レイラはライラへひそひそと話しているつもりのようだが、その声はしっかりとこちらにも聞こえてしまっている。
さっき匂いを嗅がれたのは、そういう事だったか。
「……そんなに?」
同じく聞こえていたらしいメイが、自らの匂いを確認するように鼻を鳴らしている。
我々にわかるわけないでしょう。獣人じゃないんだから。
それでも改めて同じ匂いだと言われると、思い当たる節が無いと言えば嘘になる。
「ふふ……改めて、そちらの事をお聞かせ願えますか?」
先程まで喧嘩していたのが嘘のように顔がくっつく程にべったりくっついてる双子を見て、私は小さく笑いながら問いかける。
すると2人は同時に手を上げて、我先にと自己紹介を始める。
「レイラにゃ!ライラのお姉ちゃんにゃ!」
「ライラにゃ……レイラのお姉ちゃんにゃ。」
互いに互いの姉を自称するというなんとも奇妙な自己紹介だが、2人がとても仲が良い事は良くわかる。
2人とも毛色や模様はそっくりだが、ここまで案内してくれた糸目で元気な方がレイラ。
その隣のジト目で落ち着いている方がライラだ。
双子だけあって黙って目を閉じられでもしたら、正直言って見分けられる自信が無い程に似ている。
「レイラにライラ、今晩はよろしくお願いしますね。それで、ええと……ベッドですが……。」
とりあえず寝床の問題は解決させておかないとすっきり眠れないだろという事で、私はちらりと今空いている方のベッドへと目を向ける。
いまライラが自分のベッドに寝転がっているとすると、あのシーツがくちゃくちゃになったままのベッドがレイラのベッドだろう。
やはりここは双子にそれぞれ自分のベッドで寝てもらって、私とメイは適当に布などを敷いて床で寝るのが丸いか。
「そうにゃ!ボク達のベッドをお客様に明け渡すのにゃ!」
「いやにゃぁ……!床は固くて寝心地悪いにゃ……!」
私達にベッドを貸してくれようとするレイラと、自分のベッドは取られたくないライラ。
このままではまた可愛らしい喧嘩が始まってしまう。とそんな時、メイが突然何かを閃いたように手を叩く。
「……だったら、そっちのベッドでレイラとライラが。こっちのベッドで私とベレノのどっちかが寝るっていうのはどうかしら?……残りの人は床で。」
まるで名案を思いついたように言っているメイだが、そうなった場合メイの性格上必ず自らが床で寝ると言い始めるのは目に見えている。
だからこそ、今回もそうはさせない。
「……こほん。……だったら私達も同じベッドで寝れば良いじゃないですか。ねぇ、メイ?」
「えっ……そ、それは……。」
ほんのりと圧をかけるように、私はメイの足首に尻尾の先を巻き付けながら提案する。
もちろんメイは素直に承諾などしないが、今回はこちらに優位がある。
「そうにゃ!二人は仲良しさんだから、一緒のベッドでも良いにゃ!ボクとライラみたいなのにゃ!」
「うにゃあ……レイラは寝相が悪いからいやにゃ……。」
ライラへと飛びつくと頬ずりなどし始めるレイラと、口では嫌がりながらも抵抗するような素振りも無いライラ。
あまりの仲の良さを見せつけられ、私は謎の対抗意識からそっとメイの手を握る。
「っ……わかりましたわ。では、私達はこちらのベッドをお借りしますわね。」
手を握られた事に少しだけ驚いた様子のメイが、ちらりとこちらを確認して私の手を握り返してくれる。
それから諦めたように、今夜もまた先日のように私と同じベッドで眠る事を了承した。
「……そういえば、2人は何で旅をしているのにゃ?もしかして、冒険の旅かにゃ!?」
寝るための準備としてメイの鎧類等を外していると、レイラがやや興奮気味にそんな質問をしてくる。
確かに私達の格好だけを見れば剣士と魔法使い。冒険者のパーティに見えなくも無いか。
「……私達は、私達のご先祖様が旅した道を辿る旅をしています。」
「旅した……旅にゃ?」
メイの鎧脱がしを手伝い終えた私はベッドに腰掛けながらそう答えるが、ややこしい言い回しの説明にレイラが不思議そうな顔をして小首を傾げる。
「ご先祖も一緒に旅してたにゃ……?じゃあ2人は……生まれた時から一緒にゃ?」
「ボク達と一緒にゃ!?」
同じように小首を傾げてそんな質問を追加するライラをレイラが力強く抱き締めると、ライラは無言でレイラの顔を押しのける。
「いえ……私達の出会いは偶然で、祖先に繋がりがあった事を知ったのも結構最近でした。……ね、メイ?」
「ええ、そうですわね。」
脱ぎ終えた鎧類を部屋の隅に並べて、メイは私の隣へと腰掛ける。
出会いこそ偶然だったが、色々な真実を含めてもこれはほぼ運命だったと言っても良いのでは無いだろうか。
「それって凄いにゃ!運命にゃ!」
「2人は運命の赤い糸で結ばれてる……にゃ。」
糸目を見開いてそのキラキラとした瞳を覗かせながら拍手をするレイラと、顔の前で手を合わせて静かに呟くライラ。
そんな純粋な目で見つめられながら面と向かって言われると、自分でもそう思っていてもなんだか恥ずかしい。
「もっと色々聞かせて欲しいにゃ!」
その後もしばらく双子と色々な事を話した私とメイだったが、やがてレイラが大きな欠伸をし始める。
「……随分と話し込んでしまいましたね……そろそろ寝ましょうか?」
「ふぁーぁ……そうするのにゃ。お喋り楽しかったのにゃ~。」
私の提案にまたレイラが大きな欠伸をして、眠たげに目を擦る。
元々来たのが遅かったから、既に日付が変わってしまっている頃だろうか。
同じく眠たげな様子のメイをちらりと確認して、こちらもそろそろ寝ようと考えていたその時。
「ライラ、おやすみにゃ……。」
「ぅにゃぁ……。」
突然レイラがライラへと顔を近づけたかと思えば、2人はそのまま淡いピンクの鼻先同士をぴったりとくっつけたように見えた。
今のは、獣人同士の寝る前の挨拶みたいなものだろうか。きっとそうだ、でなければ──。
そんな私の甘い考えを木っ端微塵に打ち砕くように、今度ははっきりとライラからレイラへと小さく音を立てた口づけが行われる。
なんだか見てはいけないような物を見てしまったような気がして、私は咄嗟に自分の目を手で覆い隠す。
いくら仲が良いと言っても、私達の目がある中でそれは少々仲が良すぎるのではないか。
そのままごそごそと同じ布団へと潜り込んでいく双子を指の隙間から確認した後、私はちらりとメイの様子を伺う。
「メ、メイ……?今の……。」
メイは今のを見て、どういう反応をしているだろうか。
謎の期待感を胸に抱きながら私はメイへそっと声をかける。
だが良く見ればいつの間にやらメイの瞼は下がりきって、既に半分ほど眠りに落ちていた。
座ったままだと言うのに器用な事だ。
「……もう……っ。」
独りで勝手に期待して勝手に落ち込んで、なんだか馬鹿らしくなってしまった私は誰に対してでも無くそう小さくぼやく。
「……寝るならちゃんと横になって寝てください?ほら……。」
ゆらゆらと頭を揺らしているメイがベッドから転げ落ちてしまわない内に、私はメイを誘導してベッドに横に寝かせる。
そして私はそんなメイを抱き枕代わりにしつつ、しっかりと尻尾を巻き付け眠りにつくのだった。




