最凶の落とし文句
PVが1万超したら続きでも書こうかな……と思っていたらものすごい早さで達成されて驚きました。こっそり続編投稿しました。読んで下さいました皆様、ありがとうございました。
「お父様は無能ですから」
もう本当にどうしようもない。
それは姉妹共通の認識だった。
彼女と初めて会ったのは、まだお互いが幼い頃だった。
不安そうな瞳をした彼女に近寄って、大丈夫だと抱きしめて上げたかったのだが、父親が邪魔をした。
はっきり言って今までもあまり姿を見たことのないうっすーい存在だったが、その時から父親は顔は良いが邪魔ばかりする無能者だと認識をした。否、ただの無能者ならまだましだったが、変な部分で見栄張りで考え無しの人だった。
おかげで姉妹はすぐに仲良くなることが出来た。それは父親が本当にどうしようもない人、という共通認識が発生しており、公爵家を守る為には幼いながらも姉妹が手を取り合って父の暴走を止め、公爵家をあるべき姿へと戻さなくてはいけなかったからだ。
そんな苦労、本当なら彼女にさせたくなかった。
こちらを見た瞬間に瞳から不安そうな光が消え、満面の笑みで自分を魅了した幼い彼女。
この人だけは自分を必要としてくれている。
絶対に守ろう、そう決めた。
その為なら何だってやる。
「……聞いていらっしゃいますか?ランスロット様」
「もちろんきちんと聞いているよ。幼い頃の彼女も可愛らしかったんだろうな。出来ればその頃から知り合いたかったよ」
窓から暖かな日差しが入ってきている部屋の中で少女と向かい合って話を聞いているのは、いかにも騎士といった風情の青年だった。
ランスロットと呼ばれた青年はすでに一刻ほど目の前の少女から、彼の想い人の幼い頃がいかに可愛らしくて優秀で姉妹の仲が良いかという話を聞かされていた。
だが退屈はしていない。
社交界でも有名な公爵家の姉妹。
その片割れにランスロットが惚れたのはつい最近のことだ。
とある夜会で共通の知人を介して知り合ったのだが、彼女の涼やかな笑い声と少し困ったような笑顔にやられた。
有名になった通称『断罪劇場』の前のことだったのだが、あの話を聞いた時は心の底から笑ったものだ。今の学生達に彼女たちの婚約者になる資格を持つ者はいない、そう断言していたと聞いたのですぐに自分を売り込んだ。
辺境伯爵家の三男だが継ぐ家も領地もないので入り婿オッケーの身だ。すでに騎士団でそれなりの地位にいるし、一応文官としての資格も有しているので騎士を辞めても食い扶持に困ることはない。自分で言うのもなんだが結婚市場ではそれなりに上位に食い込んでいると思う。
手紙を出して指定されたのが本日。
相手は最大の難関であるシスコンお嬢さん。
つい最近知り合った自分が絶対に知らない幼い頃の話や普段のプライベートの話などをずっと聞かされ、いかに自分が愛されていて姉妹の絆が固いか、ということを延々と聞かされた。
普通の男ならうんざりした顔をしたり途中で帰るのだろうが、自分は彼女の話を聞くのが楽しかった。なのでずっと微笑ましいものを見るような表情で話を聞いていたのだが、だんだんと彼女の方がいらついてきているようだった。
「シャル!!貴女、何してるのよ!?」
そう言って勢いよく扉を開けて入って来たのは彼女の姉。そして自分の想い人である少女だった。
「まあ、お姉様。そんなに急いでどうなさったのですか?」
「どうなさったの、ではないわよ。貴女がランスロット様と話をしていると聞いて急いで戻ってきたのよ」
クローディアは少し息を切らしていたが、そんな彼女も可愛らしい。
「……邪な目でお姉様を見ないでくださいませんか?ランスロット様、私、貴方を認めた訳ではありませんわよ」
「俺ほど条件が良くてクローディア嬢を愛している人間はいないと思いますが?」
ランスロットの最大の敵はクローディアの妹、シャルロットだ。今ではシスコンとして有名になっている彼女なので倒すのは非常に難しい。何せ敵は幼い頃からずっと姉にべったりで部屋さえも一緒。何ならお風呂も一緒に入っていると先ほど自慢されたばかりだ。
「お姉様のほくろの位置だってしっかり覚えていますわ」
「それはいつか自分で探しますよ」
先ほど交わされた会話の一部だ、羨ましい、なんて思わない。それはいつか自分で探せるものだ、と信じている。
「ランスロット様もシャルの話に乗らないで下さいませ!」
クローディア嬢を愛している、などと言われて少しだけ顔が赤くなっているのも可愛らしい。
普通にしている分にはきつめの顔立ちなのだが、妹の言葉に一喜一憂してあたふたしている姿を見ると、本当は感情豊かで優しい女性なのだなとすぐに察せられた。
「シャル、ランスロット様はだめよ」
「どうしてですか?お姉様。気に食いませんが、ご本人のおっしゃる通り、お姉様のことを大切にして下さる優秀な方ですわ。顔だって悪くありませんもの。並んでいても遜色ありませんわ」
「優秀だからお婿さんにはだめなのよ」
……優秀だから婿に向かないと初めて言われた。
言っちゃあ何だが、今まで自分が誘えば「喜んで」の言葉しか聞いたことがない。
クローディアの前では第二騎士団の副団長という肩書きもお断りの原因の一つになるらしい。
「そうだわ、貴女が認めるほど優秀な方なら貴女のお婿さんにすればいいのよ」
それは止めてほしい。何が楽しくて惚れた女性のシスコン妹の旦那になって惚れた女性が他の誰かを婿取りする様子を間近で見させられなければならないのか。
第一、シャルロットとはクローディアという共通話題がなければ関わりたくはない。
「まぁ、お姉様、それこそだめですわ」
「どうして?」
ランスロットをいないものとして姉妹の会話は進んでいく。婿になる気はないが一応、即行で振られた?身としては理由を知りたい。
「好みではありませんもの」
素晴らしく単純明快だった。
「でも政略結婚よ?」
かの有名になったセリフを言った女性としては政略結婚なら何でも良いのだろうか。
「純粋な政略結婚はお姉様のお言葉で終了していますわ。今は私たちが好きに選ぶ時ですから。それに政略結婚でも気持ちが通じ合っていたほうが良いでしょう?」
「それは……そうだけど。でもランスロット様は辺境伯爵家の三男ですし、貴女の婿としては最適なのではなくて?」
「いいえ、お姉様。私が定める婿規定の中ではランスロット様はありえません」
「どの辺りがだめなの」
「髪の色です!!」
きっぱり言われた。月光の金とも評されて王都でも高い支持率を誇る自慢の髪の色が規定違反だと初めて言われた。そういう自分だって髪の毛は金色だろう。少し色味は濃いが間違いなくシャルロットの髪の毛の色は金色だ。
「シャルと同じ金色じゃない。2人が並んだら太陽の金と月光の金で素敵だと思うけれど」
「絶対嫌ですわ。だってランスロット様と結婚したら、私の子供も間違いなく金色の髪の毛になるもの。私の夢はお姉様と同じ髪の色の子供を産むことですわ」
……うん、ちゃんとシスコン機能は働いている。
確かにクローディアと同じ髪の色の子供が欲しいなら振られても仕方がない。
辺境伯爵家は代々、金色の髪の毛だし、公爵家だって確か同じ金色が多いはずだ。
クローディアの少し青みがかった艶やかな黒髪は珍しい色合いだ。母方から受け継いだ色合いらしい。
「お姉様のように青みがかった子は無理でも、せめて黒髪希望です」
それなら旦那になる人間は、本人が黒髪、最低でもご両親のどちらかに黒髪がいないと無理だろう。
ランスロットは問題外だ。
「なるほど?では、俺とクローディア嬢が結婚したら、その子供はクローディア嬢と同じ青みがかった黒髪か、もしくは貴女と同じ金色の髪ということになりますね」
「ランスロット様!?」
ランスロットの言葉にクローディアは慌てたが、シャルロットは、はっとしたような表情をした後にうっとりとした。
自分で産む子は黒髪がいいが、姉が姉そっくりな子、もしくは姉から自分と同じ(ちょっと色は薄いかもしれないが)金色の髪の子を産む。
それ、なんて素敵!!
「ランスロット様、お姉様とのこと、許可いたしますわ」
妹の決断は早かった。
「待って!シャル!」
「お姉様、ランスロット様がお相手でしたらうるさ方も黙りますし、社交界でも問題ありません。それに騎士だけあってお身体も大きくてお強いですから、いざとなればお姉様の盾に使えます」
中々酷いことを言っているが、騎士たるもの、惚れた女の盾になることぐらい厭わない。
「ランスロット様、妹が申し訳ありません」
今更ながらその存在に気が付いたのかクローディアがランスロットに謝った。その困り顔で謝る姿も大変良い。
「かまいませんよ、クローディア嬢。それに俺でよければいつでも盾としてお使い下さい」
せっかくクローディアの意識が自分に向いたので、ランスロットはこの機会を逃さずにクローディアににっこり微笑んだ。
「クローディア嬢、次期公爵の許可が出ましたので、俺とのこと、本気で考えていただけませんか?」
今までの会話からだけでもランスロットがクローディアにそういった意味で意識されていないのは十分理解した。何せクローディアの婿捜しの選考基準は、平凡以下。もしくは父親なみに無能。さすがにそれと較べられたらランスロットの分が悪い。どうがんばっても平凡以上。若くして騎士団の副団長をやっているだけあって有能、これではクローディアに見向きもされない。されないが……なんか複雑だ。
「クローディア嬢、結婚を前提によろしくお願いします」
あ、とか、え、とか言っている間にさっさとそう宣言すると、シャルロットが親指を立てて満足そうな顔をしていた。