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第2章「別れの春」3

 観客である卒業生、在校生、保護者、先生方からの拍手を受けながら二人は真っ直ぐにピアノ椅子に座り、この後の演奏に集中するために観客に目もくれず、意識を研ぎ澄ましながら譜面を開く。

 

 隆之介の母や、晶子の両親、ピアノレッスンの先生で音楽教諭でもある桂式見(かつらしきみ)も教え子が晴れ姿に着飾った様子を固唾を飲んで見守る。 


 眩い照明が二人を照らし出す中、心地いい緊張感でお互いの視線を合わせ演奏開始のタイミングを計る。


 アイコンタクトを取る二人の真剣な表情が伝染していくように静寂に包まれる体育館。

 自然とピアノコンサートの会場のような緊張感へと変貌し、初めて披露するピアノデュオへの関心や期待からか、ピリピリとした空気感に包まれていく。


 一秒一秒、時を刻んでいくごとに息も詰まりそうな緊迫感が流れ、そして、二人はその緊張感を解き放つようにカウントを合わせ、体育館にいるすべての人々の前で、持ちうる全ての練習の成果を披露しようと、二人同時にピアノ演奏を開始した。


 『2台のピアノのためのソナタ』 Wolfgang Amadeus Mozart

 

 呼吸を合わせた二人の独壇場ともいえる演奏が始まり、軽快なアップテンポのメロディーが体育館中に響き渡る。


 一般人から見れば到底小学生が演奏しているとは思えない、堂々とした高レベルな演奏が観客全員を虜にするように自然と二人の演奏に意識を集中させる。


 隆之介は時折横目で晶子の様子を伺い、晶子のテンポに合わせながら演奏し、晶子は自分のいつものやり方で瞳を閉じ、心地よさそうに身体を動かしながら意識を集中させて音を奏でていく。


 二人の本来の実力と練習の成果とが一体になり、誰もが聞き惚れる華麗な演奏が続けられた。


 本来は個性をぶつけ合わせる二重奏であるピアノデュオであるが、二人は個々の個性は持ちながらもお互いの以心伝心の仲の良さで、自然と調和して演奏することが出来た。


 それは隆之介の晶子のテンポに合わせる力と、晶子の柔らかで繊細な、その音に合わせたくなるような心地よさによるものが影響していた。


 お互いがお互いの持つ音楽性を認め合い、喝采し合う、そんな理想的な関係に由来する二人の演奏は、困難である二台ピアノを容易く乗り越えてしまったのだった。


(―———夢にまで見た隆ちゃんと一緒の演奏。たまらなく心地良い。

 まるで掛け声みたいに、隆ちゃんの音色がこっちに伝わってくる。

 そっか、隆ちゃんも楽しんでくれてるんだね、この瞬間を)


 晶子の自由に変えるテンポに応えるように隆之介も合わせていく。

 そうして声をかけあうように、まるでカップルのダンスのように華麗な演奏が続き、最後の瞬間まで快感と興奮に溢れたピアノソナタが奏でられた。


 最後の音と共に演奏が終わり、やり切った表情で二人が笑顔で見つめ合うと観客席から大きな拍手喝采が送られ、二人はその拍手に応えるように立ち上がって、観客席の方を向いて大きくお辞儀をした。


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