第2章「別れの春」2
街のあちこちに桜が咲き乱れる3月下旬、卒業式を迎えた小学校の校門には、正装に身を包んだ人々が続々と体育館の中に集まり、思い思いの思い出話に花を咲かせていた。
卒業式のプログラムも後半に入り、隆之介と晶子の姿は体育館の舞台袖にあった。
「大人になるって、こういう気持ちを何度も経験していくものなのかな」
晶子と出会って二年、晶子の背が伸びて、考え方も大人に近づいたところを見て、自分よりも大人びて見えた。
「出会いと別れを繰り返すのが人間なんだって思うと、それを身に染みて経験するのは胸が苦しいよね」
隆之介は晶子と一緒にいることで自分も背伸びしてきた。
隣を歩ける存在になりたくて、だから、より成長した姿を見せたくて本場のヨーロッパへの音楽留学も決めた。
「隆ちゃん、私ね、今日は泣かないって決めたの。
しっかり演奏をして、最後の日を迎えようって、だから、一緒にそばで見守ってくれるかな?」
サラサラで艶やかな長い黒髪をした、少し大人びた晶子の言葉に隆之介は頷いた。
「じゃあ、僕も今日は泣かない。だって、晶ちゃんと一緒に演奏が出来るなんて、本当に幸せなことだから。ずっと、今日のことを深く記憶に留めておきたいから」
お互いがお互いを想い、好きであるということを肌でも言葉でも表情でも実感する。
だから、今、この時を大切にしたいと二人は思った。
「うん、せっかく先生方がくれた最高の機会だもん。
最高の演奏をしよう? 隆ちゃん」
晶子が伸ばした手を隆之介は掴んだ。
繋いだ手から伝わる温かさ、これから舞台へと上がる勇気が溢れてくる。
気持ちのいい緊張感に包まれながら、二人の準備はいよいよ整った。
卒業式に相応しい、ピアニストである二人のための特別なプログラム。
すでに体育館の舞台上には二台のグランドピアノが堂々と鎮座に、二人の手によって演奏されるのを今か今かと待ち望んでいるかのようだった。
「練習の成果、出さないとね」
「うん、ワクワクする~。隆ちゃんは?」
「僕もだよ、恥ずかしいのも大きいけどね」
「それは……、私もあるけど、今日くらいはいいんじゃないかな?」
男女二人でこうして仲良くしている姿を人前で見せることは、色々学校的にもよろしくないことだと、二人は時折聞かされることはある。
でも、今日という日くらいは無礼講で許されてもいいと、そんな気持ちで今日を精一杯楽しもうと、二人はすでに決めていた。
背が小さい頃はあまり注目されなかったが、ここ二年で隆之介の身長も少し伸び、地毛である金髪が似合う好青年になった。
そんな魅力的になった隆之介の姿を隣で見る晶子は自慢げに、誇らしげに思いながら寄り添っているのだった。
そして、いよいよ出番の時がやってきた。
「卒業生代表、佐藤隆之介さんと四方晶子さんによる、ピアノデュオです。
それでは、どうぞお願いします」
司会の先生がマイクで二人を呼ぶ。
二人はアイコンタクトを交わして手を離し、姿勢を正して真剣な表情で真っ直ぐに歩き始め、舞台上で明るい照明を浴び続ける二台並べられたグランドピアノの下に向かった。