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”小説”震災のピアニスト  作者: shiori


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最終章後編「太陽になりたくて」3

「親愛なる隆ちゃんへ、私の気持ちを言葉にして届けたいと思います。


 声を届けられない私の代わりに、お友達の梢ちゃんに読んでもらいます。


 梢ちゃんの方が上手に私の気持ちを届けられると思ったので頼みました。


 どうか、最後まで聞いてください。



 最初に、会いに来てくれてありがとう。


 再会して今までのこと、全部偽りなく幸せな毎日でした。


 こんなタイミングで私に会いに来てくれたこと、会話するのが不自由な私に優しく接してくれたこと、大切にしてくれたこと、感謝でいっぱいです。


 

 でも、一つだけ本題の前にどうしても言いたいことがあります。


 醜い私を見せてしまうけど、我慢して聞いてください。



 私はね、ずっと我慢してきたんだよ。


 再会する日を夢見て、4年間もの間、隆ちゃんと会える日を待っていたんだよ。


 来る日も来る日も、今日のように暑い日も、雨の日も、風の強い日も、雪の日も、孤独な気持ちを背負って来たんだ。


 隆ちゃん以外を好きにならないように、惹かれることのないように、出来るだけ異性を見ないようにして、深く関わらないようにして隆ちゃんのことを信じて待っていたんだよ。


 長かったんだ……。本当にね。


 誰かを傷つけるのも、自分が傷つくのも怖いし嫌だから、出来るだけ人を遠ざけて、人付き合いをする代わりにピアノとばかり向き合って、そうして生きて来たんだよ。


 きっと、隆ちゃんもそういう風に、私と同じように一生懸命に会いたい気持ちを我慢しながら生きているって信じて。


 あなたのピアノは、時々でも日本にいても聞くことが出来たから。

 

 それを支えに、ずっと想い続けながら生きて来たんだよ」



 僕のいないところでも、一人寂しく、パッヘルベルのカノンを弾き続ける、晶ちゃんの姿が頭に浮かんだ。

 

 それは、とても物悲しく、切なくて、僕の心にもしっかりと突き刺さる感傷となって、心の奥底にしこりとなって残った。


 

「でも、そういう気持ちも一緒にいられるようになって、忘れられたよ。


 雪が溶けるように、辛かった日々の記憶も、幸せな思い出で溶かしていってくれたよ。


 だから、もう大丈夫だけど、そういう気持ちで生きて来たってことは覚えていてください。



 ―――それじゃあ、隆ちゃんがあの日、言ってくれた提案への返事をします」


 ゆっくりとしたトーンで話す彼女の言葉がそこで一旦止まる。


 僕は思わずドキリとさせられた。


 次の言葉に込めた気持ちの重さを痛いくらいに分かっていたから。


 だけど、例えどんな答えを出したとしても僕は受け入れると決めている。


 晶ちゃんが考え抜いた結論だから、僕は次に繰り出される言葉に向け、覚悟を決めた。


 一呼吸置いた夕凪梢が、手紙を手に再び口を開いた。


「私は、やっぱり日本に残るよ。一緒にウィーンで暮らすことは出来ないです。


 でも、心が苦しいのは私も同じです。


 だって、隆ちゃんが一緒に暮らしたいって言ってくれたことは本当に嬉しかったから、こんな告白されて、大切に想ってくれて正気でいられるはずがないってくらい、本当に嬉しかったから。


 だけどね、私はまだ、やり残していることがたくさんあるから。


 私は悲惨な震災から生き残った人たちにピアノを通じて勇気を与えながら、亡くなってしまった人たちが安心して天に昇っていける世界にしたいの。


 それは、ピアノコンクールで『RAIN』を演奏した気持ちと同じ。

 あの時の気持ちは嘘じゃないから、私はちゃんと自分の言葉に責任を持って現実と向き合いたいの。


 それが大人になっていくってことだと思うから。

 きっと、お母さんなら、私にピアノを教えてくれたお母さんだって、そうするって思うから。みんなに勇気を与えようと、ピアノを弾き続けるだろうって思うし、そうであってほしいって、やっぱり思っちゃうから。


 だから、私にとってカッコよくて尊敬してきた、お母さんがいない代わりに、私は一生懸命、これからもここで弾き続けるよ。


 みんなが、私の演奏を聴いてくれる限り、ありがとうって伝えてくれる限り。



 ――—私、そのためだったら声が戻らなくたっていい、後悔したりしないよ。



 今のまま、永遠に声を取り戻すことが出来なくったっていい。


 そんなに軟な私じゃない。


 だって、私のピアノの音はこれからも変わらないから。


 隆ちゃんから勇気をもらって取り戻した音色は、私のカンタービレはずっとこれからも続いていくから。


 ピアノの演奏を通じて、私の気持ちを伝えられるから十分だよ。


 だからごめんね、隆ちゃんが私の声を取り戻そうと手伝ってくれるのは嬉しいけど、今はまだ一緒にはいられない。



 だから、隆ちゃんは世界的に有名なピアニストになる夢を私の分も叶えてください。



 隆ちゃんにはそれが出来るって信じてるから、ラフマニノフようにだってなれると思うから。


 私だって寂しい、ずっと傍にいて欲しいよ……。


 でも、今はお互い、できることをしよう?


 私には、私にしか出来ないことがある。演奏の依頼をしてくれている人もいる。だから、まだ隆ちゃんとは一緒にいられない。



 長くなっちゃったけど、これが私の答えです。

 この気持ち、受け取ってもらえると嬉しいかな。

 

 最後に、私はね、被災した人たちに傘を差してあげたいの。

 雨に濡れて、心が沈んでしまった人たちに向けて。

 

 自分が幸せであればいいだけじゃなくて、幸せを分けてあげられる人になりたい。


 そして、いつか、隆ちゃんや、式見先生、お世話になってきた人たちにも、”太陽のように明るく照らしてあげられる人になりたい”


 そういう私になっていこうと思います」



 そこで映像は途切れ、ビデオレターは終わった。

 これで、全部、最後まで観終わったということだろう。


 僕は言葉の一つ一つを胸に刻みながら、ピアノの演奏の邪魔にならないようにタブレット端末を置いて、10本の指を鍵盤に載せ、晶ちゃんがするように、祈りを込めた。


「……ありがとう、晶ちゃんの気持ち、十分すぎるくらい伝わったよ」


 この先にあるのが、再び訪れる”別れ”であったとしても、僕はその決断を受け入れることにした。


 再び静まり返った自室で、決意を込め、僕は背筋を伸ばし演奏を開始した。


 僕が僕なりに伝えるための手段は、やっぽりピアノだと思ったから。


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