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”小説”震災のピアニスト  作者: shiori


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最終章後編「太陽になりたくて」2

”今日のためにビデオレターを撮ってきたの。この前の答えをちゃんと自分で考えたの、だから聞いてください”


 私は彼にそう伝えて、タブレット端末を手渡した。


 この旅のもう一つの目的を果たす時が来た。


 そこには彼に伝えなければならないメッセージが詰まっている。


 私は全部観終わったら、呼んで欲しいと伝え、席を立って部屋を出ると、彼のことを信じて一階のリビングへと下がった。


”答えに辿り着こうすればするほど、好きでいることは苦しいと本気で思った”


 将来の事なんて全部忘れて、この場で気が済むまで抱き締め合うことが出来ればどれだけ幸福かと思う。


 でも、それじゃあダメなんだと本気で考えるくらいに、私は……私たちは大人になってしまったのだ。


 それは、たぶん衝動的にキスを交わした別れの日とは決定的に違う。


 事前に約束を交わして、抱き合うことを話したあの時から、約束通り、抱き合うことになったあの瞬間から、もう確かに昔の頃から引き返せないほどに変わっていたのだ。


 自分たちで決めて、責任を取ろうという意志を持ってしまったのだ。



 私は一人、膝を抱えて身体を丸くしながら、年月を重ね成長してしまった事を少し恨みながら、彼がビデオレターを観終わって私を呼んでくれるのを待った。


 ウィーンで一緒に暮らさないか? そう言ってくれた彼のことを待たせてしまった分。結論を今日まで待たせてしまった分、私には待ち続ける義務があったから。


 だから、身体が疼いてくるのを堪えながら、私はすぐ近くに彼がいてもずっと耐え続けることに決めた。



 晶ちゃんからタブレット端末を受け取り、晶ちゃんが部屋を出ていくと途端に静けさと共に、寂しさが込み上げて来た。


 何でだろう……晶ちゃんの声を聞けていたわけでもないのに、急にこんなに静けさに対して孤独を感じ、恐怖のような感情に囚われるのは。


 不思議だ……ウィーンで暮らすようになって距離を取っている間はこんなにも意識することなんてなかったのに、大人に近づいた彼女が僕にとってそれだけ麻薬のような作用を果たしているという事なのか……。


 でも、こんなに愛おしくて抱き締めたい気持ちはあっても、今は晶ちゃんのメッセージに耳を傾けなければならない。


 今この間にも、晶ちゃんが遠くに行ってしまうような怖さはあって、不安でいっぱいになるけど。でも、誠意がなければ、彼女とずっと一緒にいることが出来ないことを分かるようになってしまったから……。


 

 僕はピアノ椅子に腰掛けたまま、暑さも忘れたまま再生ボタンに手を伸ばした。


 ビデオレターと伝えられた動画が再生されると、教室を背景に学生服姿の二人の生徒が机に座りながらカメラの前に映っているのが視界に入った。


 一人は四方晶子、晶ちゃんだ。


 もう一人は……分からない……覚えていないだけかもしれないが、分からなかった。


 しかし、おそらく晶ちゃんのクラスメイトなのか、晶ちゃんと同じくらいの年齢の少女だった。

 ロングヘアーの晶ちゃんよりも髪は短いが清潔感があって、澄んだ目をしていて人当たりのいい明るいタイプに見えた。


 僕は映し出された映像に集中した。


「佐藤隆之介君へ、今日は晶子にどうしてもと頼み込まれたので、晶子から渡された手紙を読ませていただきます」


 カメラ目線だった晶ちゃんが発声を始めた隣の少女の方を向きながら笑顔で頷いている。


 話し始めた少女の声はハキハキとしていてやはり活発そうな委員長タイプで、晶ちゃんとも仲の良い様子が感じられた。


「晶ちゃんがこんなに笑顔を浮かべて……この子のことを信頼してるんだな……」


 緊張はしていたが、殺伐とした様子ではなく、悲しい様子でもないので、少し安心した気持ちで僕はタブレット端末を手に微笑ましく見ることが出来た。


「手紙を読み上げる前に、佐藤君はあたしのこと覚えてるかな?


 あたしはそうね……隣の晶子みたいに魅力的な女じゃなかったから佐藤君は覚えてないかもしれないけど、5年生と6年生の時に同じクラスメイトだった夕凪梢(ゆうなぎこずえ)よ。


 佐藤君は実はっていう程じゃないけど、ハーフで美形男子だったから女子にも人気だったのよ? 佐藤君ってば、そういうの全然意識もせずに放課後になったら晶子のところに行ってたと思うけど。


 まぁそれはいいわ。


 小学生の頃だものね。音楽留学のためにウィーンにっていうのも何だかプリンスって感じがして、あたしとしてはなかなか想い続ける対象としては信じられないけど、晶子はずっと佐藤君のことを信じて来たみたい。


 晶子とあたしが再会したのは震災の影響で晶子がこっちの高校に転入してきたからだけど。

 

 聞けば聞くほど驚かされる事ばっかりよ。

 ドラマで聞くような浮かれた話ばっかりで……震災の話しを深刻そうに説明されるよりはずっといいけどね。


 そういうわけで、晶子がこうして元気に高校に来ているのも佐藤君のおかげかもしれないから、あたしなりに力になってあげようと思ったの。


 だから、内容に目を通しただけで、恥ずかしいラブレターだけど、今日は読んであげるわ。晶子の頼みだからね。

 

 ちゃんと最後まで聞いて、それであたしのことを思い出したら、お礼くらいは言いなさいよ、ついでだってことは理解してあげるし、晶子を通じてでいいから。


 それじゃあ、これ以上長くなっても仕方ないから読むわね」


 前置きというには長い説明だったが、友達想いであることがはっきりと分かる雰囲気で夕凪梢(ゆうなぎこずえ)は、声を出せない晶子の代役を引き受け、手紙の朗読を始めた。

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