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”小説”震災のピアニスト  作者: shiori


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最終章後編「太陽になりたくて」1

 話し終えた私たちは十分、体力的にも休憩出来たので、四方家を離れ、再び歩いて隆ちゃんの暮らしていた佐藤家を訪れた。


「―――見せたいものがあるんだ」


 4年ぶりにここに来るのは隆ちゃんも同じなのに、堂々と迷う様子もなく家に入っていき、私を連れて行きたい場所へと先導してくれる。


 綺麗に片付けられた家の中を歩き、連れて来てくれた場所は隆ちゃんの部屋だった。

 

 4年前、最後の日を過ごした思い出の場所。


 そこにはあの日と変わらない、隆ちゃんのピアノが置かれていた。


(―――変わってない……この場所だけはあの日と変わっていないんだ)


 思い出が蘇ってくるようで、私は心にグッときた。


「晶ちゃんに喜んでもらうと思って、準備してもらったんだ。

 

 お母さんにお願いして、日本を離れた日と同じレイアウトにしてもらった。


 電力も繋いでもらったから、今すぐにでも弾けるよ」


 それは甘美な誘惑のようだった。


 震災後のまだ復興の進んでいない町の中で、こうして変わらない光景が広がり、あの日と変わらないピアノが私たちを出迎えてくれている。


 こんなにも惹かれる光景はないだろう。


 隆ちゃんが部屋の電気を付けて、ピアノの前まで向かって歩き、懐かしそうにピアノの状態を見ている。


「大丈夫だね、ちゃんと使えるよ」


 どこまで彼は私のことを想ってくれているのか。


 こうしてピアノが今も生きている姿を目の前にしてくれるだけで、不安に震えていた心が満たされるていくようだった。


 隆ちゃんのお母さんが直してくれたという一台の電子ピアノが持ち主の手に渡った瞬間だった。


「最初は晶ちゃんに弾いてほしいな、この町の人たちのために。


 僕がいない代わりに、この町と一緒に寄り添って来たのは晶ちゃんだから」


 私は頷いて、感謝の気持ちを込めて軽く触れるように彼にキスをして、迷うことなくスッとピアノ椅子に腰かけた。



 ピアノ椅子に座った瞬間、懐かしい情景が蘇るようだった。

 

 あの日の心地よい風と桜の景色。


 ここだけはあの瞬間と変わらない、変わらないものを持っている。


 何も終わっていないんだ……私も、私たちの関係も、この町も。


 だから、前に進んでいくためにもう一度、愛おしい人を想うメロディーを奏でよう。


 忘れないように、寂しかった日々を、悲しかった日々を忘れないように。


 いつかはきっと、雨が止んで、太陽の光が雲間から降り注ぎ、暖かい気持ちにさせてくれることを願って・



 ―—―私は気持ちを込めて、この町の人々に向けて『RAIN』を演奏した。



 白と黒の鍵盤に指先を載せ力を込めて、丁寧にメロディーを奏でていく。


 心が洗われるような演奏を、ピアノの音が愛おしく、好きになれるように。


 繊細で切ないメロディーが澄み渡るように部屋中を包み込んでいくのを、私は笑顔で出迎えた。



(―――ありがとう、隆ちゃん。私は幸せだよ。こんなに気持ちのいい演奏ができるなんて)



 響き渡るメロディーを隆ちゃんも笑顔で満足げに聞き入っていた。


(悲しい曲って悲しいだけじゃないんだよね。

 無くしてしまった大切な記憶も呼び覚ましてくれる、優しい音楽なんだよね)


 だから、私はずっとこの『RAIN』が好きで、弾き続けている。


 物悲しくも優しい単調なメロディー、単調であるからこそずっと耳に残り、何度も頭の中でリフレインし続ける、そしてまた、聞きたいと、弾きたいと思い返し演奏する。この曲には、そんな魔力があるのだ。


”りゅうちゃん”


 演奏が終わり、私は彼を見つめながら、口話で名前を呼んだ。


 彼が少し物悲しい表情の私に気付いて見つめてくる。


 私は筆談ボードを開いてあらかじめ書き溜めておいたメッセージを開いた、隆ちゃんは不思議そうにその様子をじっと見ていた。


 そして、私は今日伝えようと思っていた一つ目の言葉を彼に贈った。



”私が海に行きたいって言ったのは、弔うため。津波で帰ってこれなくなったたくさんを人を、慰めるため。


 痛みを和らげて、安心して眠ることが出来ることを願う祈りのため。


 そして、この曲を演奏する勇気を貰いに行きたかったの。


 私はずっと怖かったから。


 もう、怖くないか確かめたかったの、海も、波の音も。


 私は雨音を聞くことすら怖いと思う程だったから

 

 そう、この曲の題材になっている少女みたいに”



 雨の音は、いつも私を目覚めさせようとやってくる。

 

 多くの犠牲となった人がいるにも関わらずに、幸福にあることを許さないと言ってくるかのように、黄泉の国から、見張り続けるように。


 

”だから、しっかりとした自分になって、祈りを捧げられるようになりたかった。


 心を込めて演奏できるようになりたかった。


 弱いままの私じゃ、みんなを勇気づけることはできないと思ったから”

 

 この場所からでも海は近くても、まだ距離が離れているから波の音は聞こえない。

 でも、『RAIN』を演奏し終えた私は、少し心が強くなったように、気持ちが落ち着いていた。


「晶ちゃんは成長したんだね。心も身体も立派に大人に近づいているんだ、綺麗な姿のまま」

 

 筆談ボードに書かれたメッセージをしみじみと眺めた後、言葉を続ける隆ちゃんの瞳は綺麗で、やっぱり叶わないなぁと思った。


 彼はいつだって、人を比べることも嫉妬することもせず、人の良いところを尊敬し吸収して、進化していく人なのだ。

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